大事なことは教えて
ちょっと間があきました。すみません。
気がつけばこの世界に来て五年が経とうとしていた。
「ウィルももうすぐ五歳だ。貴族として一応お披露目パーティに参加しないといけないね」
「やだよ、面倒くさい」
ある日の夕食どきに父からそんな言葉が出て、速攻で拒否した。貴族の生活は不自由していないが、貴族の繋がりは正直面倒くさい。
「ウィル?」
「そもそも父さんだって貴族の集まり面倒だからって基本行かないでしょ?」
「それは⋯⋯そうだけど」
王都から馬車で大体三日か四日くらいの距離にあるが、父はあまり貴族の付き合いというものに興味がない。故に色々理由を付けて断っていることは知っている。そんな父だからこそ自分が貴族の付き合いをあまりしていない事を指摘すると強くは出られないのも知っている。
「それでもシルヴィアやカインだって一応お披露目パーティには出席したんだよ。だからウィルも出なくてはいけないよ?」
「えー⋯⋯。俺そんなニコニコしてるだけとかできないよ?」
「ウィルは目が死んでるからな!」
「兄さん酷い」
大きくなるにつれて度々言われる事だが、この辺りはもう致し方ないと諦めている。なんたって魂が社畜なんだもの。
『女神の力を持ってしてもその死んだ魚の目は回復できませんでした。神などと言っておきながら不甲斐ないと猛省します』
喧しい事この上ない。大体分霊が魂に刻み込まれている以上は女神なんて社畜と同等だ。何せ女神に休みなんてないんだからな!
『⋯⋯お披露目パーティ参加の方向で因果を調整しますね』
神は死んだ!
⭐︎
結局お披露目パーティ参加は決定が下され、当日の正装だなんだと準備が進む中で合間を見つけては魔法の練習に勤しんだ。
「最近じゃ魔力が尽きることが少なくなった。これじゃだめだ。何か手段はないだろうか」
ベッドに転がりながら思案するが良い方法なんて全く思いつかない。こんな時は外へ出るのが一番。颯爽と部屋の窓を開けると庭では父と兄が剣の鍛錬に勤しんでいる。兄も来年で八歳。王都の学園へと行くらしい。ちなみに姉のシルヴィアは十歳になり、とっくに王都の学園に通っている。全寮制ではないが、一々ここから通うわけにもいかず、学園の寮で生活をしている。たまに手紙がくるが、得てして中身はない。
『子供のする事じゃありませんね』
「うるさいよ」
最近分霊はなんだかんだと小言が多くなった代わりに、硬さというのが少し和らいできた気がする。気安い感じで、こちらとしてはありがたい限りではある。
窓から飛び降りて、着地は風魔法で勢いを殺す。そうすると軽やかに着地ができるのだ。
──決まった。
なんてくだらない事を思っていると父にしっかりと怒られてしまった。別に危なくないんだが、外から見たら危険に見えるのであれば仕方がない。これからは控えよう。
『怒られたらやめましょう』
さて分霊の小言を聞き流して、父と兄の再開した鍛錬をボーッと見つめる。
兄は以前にも増して猪突猛進で攻めていると思いきや、いきなり引いてリズムを崩す。そしてまた猛烈に攻める。
対する父はそんなものどこ吹く風と兄の剣を見切っている。しかしその顔はどこか嬉しそうだ。今の俺では父の顔色ひとつ変える事はできないだろう。純粋な剣だけでは。
「カイン、攻めの途中で急に引くのは良いね。でも剣の軌道が単調だからもっと視線でフェイントを入れたり、軌道を変えないと難しい場面が出てくるよ」
「父さん強すぎて話になんねぇ! ウィル! やろうぜ!」
兄の誘いに思いっきり眉間に皺を寄せると苦笑した父は言う。曰く、剣の強さや鋭さ、体捌きではカインにはまだまだ及ばないが、戦い方は参考になると。父に一瞬視線を送ると小さく頷いたのを確認して木剣を握る。
「良いよ。でも身体強化くらいは使うよ?」
「おう! んじゃ、始めようか!」
父の合図と共に結構なスピードで突っ込んでくる兄はそのままの勢いで下段から斬り上げを仕掛けてくるが、所詮は木剣。骨は折れるし痛いが切り落とされるわけではない。だからこそ、斬り上げに対して接近。そのまま刃先を踏み付ける。勢いはあれども力の入りにくい初動を抑え、こちらも木剣を振るう。
「うおっ!?」
「流石に反応が早いなぁ。ダメか」
木剣を振りながら胸に一撃入ればいいと思ったがそれは叶わず、後ろへと跳ぶ。驚きながらもしっかりと追撃してくる兄ではあるが、その一撃は先程よりも振りが大きい。きっと着地と同時に斬り込むのであろう事はわかっている。であれば次は地面に足がついた瞬間に、足に魔力を集中させて再び前へと出る。
「またかよっ!」
今度は突き込んでくるのを下から斬り上げて懐に入る。その勢いで少しだけ押し込むように体当たりをすると体勢を崩しながらも木剣を振るうが、それはギリギリ当たらず更に体勢を崩したのを好機と見て切っ先を胸へと突き付けたことにより終了した。
「それまで!」
「なんもできなかったー! 悔しい!」
「兄さんはもう少しフェイント使うべきだよ。全ての動作が攻撃に集中しすぎてわかりやすいね」
まさに猪突猛進。攻撃に全てをかけた強力ではあるが、リスキーな戦い方は正直相性がいい。そうゆう相手は大概が小細工を嫌う。
「わかってんだけどなぁ⋯⋯。うーん」
頭を掻きながらボヤいて片手で木剣を縦やら横やらに振るう兄は何かが納得いっていないようだが、大きくなれば変わるのではないだろうか。そもそも八歳児の振るう剣圧じゃない。風切り音があまりせず、振るった勢いで風が起きる。
「魔法、使えばいいのに」
「ははははは。ウィルは魔法の方が得意だからね。でもカインは魔法に関しても覚えた方がいいのは事実だよね。本人のやる気が感じられないけど」
「難しいけど難しくないのに。理論はさておき、詠唱覚えればできるんだけどなぁ」
頭の後ろで手を組んで言ってはみるが、果たして戦闘中に詠唱なんてできるもんだろうか?
ふと思って父を見ると素敵な笑顔で言った。
「魔法使う前に倒せばいいんだよ」
脳筋だこの人。やだ怖い。
「ウィルはカインのようなタイプが相手だったらどうする?」
「そもそも戦わない。それでも戦わなきゃいけない場合は逃げる」
「その理由は?」
「え、怪我させるの怖いし」
俺の返答に父は驚いた顔をしていった。それも自分じゃ気が付かなかった意識の指摘。
「じゃあウィルはカインのような相手──違うね、戦闘になったら勝てると思っているんだね」
「──いや、それはどうだ? 相手が常に相対した場合とは限らないか。不意打ち、暗殺、罠、多勢に無勢もあり得るのか。あとは外堀から埋められて全てが敵になる事か。貴族社会なら他の貴族に目をつけられる事もか。そうすると派閥争いとか無駄な権力抗争に巻き込まれるのか」
「ウィ、ウィル?」
一人でぶつぶつと考え込んでいると分霊は呆れた声で俺の意識を引き戻してくれたが、それは少し遅かったらしく父にショックな事を告げられた。
「どうしたんだい急に死んだ魚のような目をして⋯⋯怖いよ?」
「父さんなんか嫌いだ」
雷に打たれたかのようにビクンと身体を跳ねさせた父はそのまま膝から崩れ落ちたのだった。
父のショックはその日の夕飯まで引き摺ったのかどんよりとした空気を纏っていたが、いざ食事が始まるという時には復活していた。きっと母にでも慰められたのだろう。
「そういえば、ウィルのお披露目パーティ参加の件だけど、出発は明日。道中で寄るところがあるんだ」
「寄るところ?」
「そう。キース卿の所に寄るから」
「キース卿?」
初めて聞く名前に首を傾げるとすかさず分霊が教えてくれた。
キース・デルフィ辺境伯。ここいら一帯の元締めであり、父の上司に当たる人らしい。
「ウィルが産まれた時以来ね。確かキース卿のご息女も参加だったかしら?」
「は?」
「あれ、ウィルには言ってなかった? キース卿にも同い年の子が居て、今回一緒に行くのよ?」
「聞いてないけど」
「ミリア言ってなかったんだね。僕はてっきり伝えているものだと思ったけど」
「お互い考えることは一緒ね。というわけで、キース卿のご息女はウィルに任せるわ」
何故この両親はこう大事な事を言わないのだろうか。というか貴族の令嬢の相手なんかしたくはない。
「まあ、キース卿も悪い人じゃないし大丈夫だよ。どっちかというと魔法に対して熱心な方だからウィルと話は合うんじゃないかな?」
「そうね。ご息女も魔法が得意みたいだし。いっそウィルが色々教えてあげるのはどうかしら?」
「そうだね、それは名案だね。ウィル、魔法得意だよね?」
段々と怪しくなる雲行きに急いで食事を済まそうとすると背後から肩に手を置かれて、ゆっくり振り返る。
「ウィ・ル・さ・ま」
「はははは、どうしたんだいターニャ?」
「お行儀がよろしくないみたいですねぇ〜?」
笑顔ではあるが確実に怒っているターニャは俺と視線を合わせるように膝を付くと予想外の事を宣う。
「そんなんじゃ許嫁に嫌われますよ?」
「え?」
ターニャの言葉に父は今まさに思い出したかのように手を叩いて、母は『そういえば⋯⋯』なんて小さな声で言っている。
「そんな大事なことはもっと早く教えてよ!」
「ウィルは許嫁なんかいるのかー。すげーな、嫁探ししなくていいじゃん」
「兄さん人ごとだと思ってさぁ!」
「んー⋯⋯いや、実際いーんじゃねーの? 言い方悪いけど、ウィルは次男だからここを継げないし。それだったら婿に行って養子になれば家督を継げる。もしくはなんかしら功績を立てて授爵するしかないじゃん?」
兄の口から出る音にその場にいた全員が目を見張り、口を開けて呆然としていた。それもそうだ、普段から脳筋な兄の言動を見ていれば自然と残念な子という印象しかない。それが、まさかそんな事を言うだなんて思いもしない。
「兄さんから知性の光が──いってぇ!」
「ぶっ飛ばすぞウィル!」
「もう手でてんじゃん!」
照れた顔で思い切り頭を叩かれたが、怒りも何もない。むしろとても穏やかな気持ちだ。
『随分と優しい表情ですね。初めて見ました』
分霊ですら驚くほどの顔をしたのか俺は。仕方ない取り敢えず気持ちを切り替えよう。
「うをっ!? 急に目が腐った! ウィルのそれ怖いからやめてくれよ」
「兄さん酷いなぁ──いったぁ!?」
「その顔ムカつくからやめろ」
再び同じような顔をするとまた叩かれた。しかしこれはこれで面白いのでいいだろう。問題は許嫁の話だ。
「んで、許嫁の話なんだけどさ」
「ああ、お披露目パーティでね」
サラリと流して食事を開始する面々に俺は思わず叫んだ。
「大事なことは教えてよっ!」
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