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木剣って痛いのよ

魔法の詠唱って語彙力必要です

『行動範囲が広がりましたね。まさかハイハイだけで屋敷中を歩き回るとは思いませんでした』


 いや、今俺は有酸素運動をしているのだ。こうして体力をつけて何があっても動けるようにしておきたいんだ。


『とてもスローライフを目指している人間の言葉とは思えませんね。しかも魔力を消費しながらハイハイして、今度はどこへ向かっているんですか?』


 今、俺は階段すらも自由自在に登れるほどに筋力と体力が付いた。勿論同時進行で魔力も増えた。一歳になり屋敷の中限定だが移動してもそこまで怒られる事はなくなった。と言っても、厨房や風呂場、玄関ホール等は危険だからと見つかり次第自室へと連行されている。


『ここは、メイド達の休憩室ですね』


 この時間、ここにはリューがいる。家族の昼食が終わったらようやくリュー達の昼食の時間になるからだ。そして、なぜこの時間にここに来るかと言うと、この部屋だったら姉と兄にちょっかいかけられる事もないというのが理由だ。寝ている時に頬をつつかれて目が覚める不愉快さを二人はまだ知らないのだろう。よく終電がなくなって帰れなくなったら会社に泊まっていたいた。朝は警備の人に起こされるから無駄に早起きだったのも懐かしい思い出だ。


『なんというか、酷い世界ですね』


 全部が全部そうじゃない。たまたま自分が就職した会社が黒い所だったというだけだ。


 だからこそ、今度こそは働かずに収益を得てスローライフを送るのが目的だ。その為の魔法と体力だったら今のうちから得ていた方が都合がいい。


 そんな事を分霊と会話をしながらメイドの休憩室のドアへを『べしょんべしょん!』と勢いよく叩くとそっとドアが開いて笑顔のリューが俺を抱き上げた。


「ウィルフィード様、また来たのですか?」

「だー」

「蒸かした芋ならありますが⋯⋯」


 別にご飯を狙ってきたわけではないのだが、食べられるのであれば食べるのも手だろう。今のうちから食事もしっかりと摂っておくのは悪い事ではない。


「あれ、ウィル様また来たの?」

「ターニャ。蒸かした芋ありましたよね? 少し潰してもらえませんか?」

「はいよー」


 健康的な小麦色の肌に黒い髪。スラっとしたスタイルのメイド。ターニャは砂漠の国出身で、いつも元気なメイドだ。多少口が悪い所はあるが、長い事メイドをしているらしく肝心な所では優秀だったりもする。


『しかし、ここに逃げたとしてもいずれ見つかると思いますよ?』

「う~」


 分霊の言葉に思わず唸ると何かを察したのかターニャが笑いながら頭を撫でてリューをキッチンの方へと引っ張っていく。当然抱っこされている俺も一緒に移動する事になるのだが、丁度そのタイミングで休憩部屋のドアがそっと開いた。


「あの、こちらにウィルは?」

「シルヴィア様。ここならドアから死角だから動かないで」


 小声で言うなり急いでシルヴィアの所へ行くターニャは俺がここにはいない事を告げて、リューもいないから散歩にでも行っているのだろうと諭すとドアを閉めた。何やらしたり顔でこちらへ戻ってくるターニャは再び俺の頭を撫でると笑う。


「逃げて来たね? ま、ここなら一応リューやアタシもいるからゆっくりすればいいさ。他の皆もウィル様がいると喜ぶしね」

「あう」


 シュタっと手を上げながら返事をすると一瞬驚いた表情をしたターニャだったが、満足したかのように頭を撫でてくれた。言葉遣いをリューに注意されながらも芋を潰して食べやすくした所で三人での食事になった。


 素材そのものの甘さを存分に感じながら満腹になる頃には睡魔が手招きをし始める。悲しいかな身体は赤子。お腹が膨れれば眠くなるというものだ。それに抗う必要もなく、リューには申し訳ないがこのまま寝てしまおう。


「ウィル様お眠なんだね。んー、ベッドに連れていくと起きちゃうかな?」

「大丈夫だと思います。ターニャ、申し訳ないですがウィルフィード様をお部屋へお連れしてもらえますか?」

「珍しい、どうしたの?」

「起きるかわかりませんが、ウィルフィード様の晩御飯の準備等がありますので」

「ああ、そうゆう事ね。いいよ。っと、しっかり大きくなってきてるね。顔は冴えないけど、可愛いもんだね」

「ターニャ」

「あははは。それじゃ、ウィル様ベッドに転がしてくるよ」

「丁寧にお願いしますね。くれぐれも!」

「はいはい」


 そっとターニャへと渡された俺だったが、ターニャの抱っこは凄く安定していて心地よいホールド感がある。人によって抱っこの仕方が微妙に違うが、ターニャの抱っこも気に入った瞬間だった。


 ☆


 二歳を過ぎるとまだ三単語や四単語だが意思疎通ができるようにもなり、歩くこともできる。走り回ることもできるので、日中は兄と追いかけっこをしたりして体力をつけている。


「ウィル~! 待て待て~!」

「やーだー!」


 キャッキャと笑いながら庭を駆け回る俺と兄さんの事を微笑みながら見ているのは両親と姉。特に危険なことがなければ笑って見守ってくれている。一通り走り回って疲れると両親の所へと戻り水を飲む。記憶にあるカルキ臭い水とは違い、とても美味しいと感じる。どこかの湧き水だろうか?


『この領地の内陸側に湧き水のポイントがあるので、恐らくはそこから持ってきたものかと』


 はー、なるほどね。だったら空間収納が使えるようになったら取りに行くのもいいだろう。こんな美味しい水なら数多くあってもいい。


「ウィルは結構体力があるほうだね」

「そうね。ずっと動き回っているものね」

「元気でいーじゃん!」

「そうね」


 家族のそんな会話を他所に水を飲み干して一息入れる。そこでふと気になる事があった。


「まほう」

「うん?」

「まほう、みたい」


 そう、両親が魔法を使っているのを見た事がないし、姉も兄も魔法が使えるようなのだが見た事がない。無論、俺自身も魔法が使えないわけじゃないが、未熟な腕での発動が怖いのでしっかりと発動したことはない。テレキネシスは別だと考えて訓練しているが、それとこれとは別だ。攻撃性の魔法というのを見た事がないのだ。


「ウィルは魔法に興味があるのかしら?」

「そうね。じゃあちょっとだけね」


 立ち上がった母さんは一度目を閉じると深呼吸を一つ。


「それじゃ簡単なのにしましょうか。『炎よ 形を成して威を示せ』」


 詠唱と共に人差し指を立てた母さんは、その指先に火の球を浮かべていた。


「火属性の魔法、ファイアーボールね。でもこれはもう少し大きくなってから。シルヴィアももう少しで出来るようになるかしらね?」

「おー!」

「わたしにはまだ早いです」


 ふふん。なんて得意な顔をして母さんはその魔法を空へと打ち上げると、今度は父さんが立ち上がりこちらを向く。そのまま詠唱を開始すると今度は指先に光の球が現れた。


「無属性適正があれば、こうして暗いところで光源になるライトという魔法も使えるようになるよ。この辺りは練習してできるかどうか確認しようか。魔法というのはイメージが大事だよ。あとはどれだけスムーズに行えるかは反復練習がモノを言うね。剣の道と同じで一朝一夕には行かないけど、頑張ろうね。特にカインはね」

「えー。オレ剣がいいー!」

「はははっ。剣も魔法も使えたらその分強くなれるさ」


 この言葉を間に受けた俺はその日の夜から寝る前にライトの魔法を練習した。


 ⭐︎


 そんなこんなで三歳になったある日の事。


「ほらほら、攻めるだけが剣じゃないよ。守り、反撃して隙を突くんだ。カイン、そんな大振り僕には当たらないよ」


 木剣を弾かれた兄さんはそのままコツンと頭に一撃を貰って悶絶した。

 兄の剣は猪突猛進型で、基本防御は考えていない。剛の剣だ。


「そう、上手よ。シルヴィアは飲み込みが早いわね」

「ですが、維持ができません」


 手の上で真っ白になった炎を浮かばせて額に汗している姉は魔法の才がある。取り分け火属性と親和性が高いようで、その習得は早いようだった。けれど魔力操作と魔力量にまだまだ難があるようで、魔法の維持ができずに炎を作ったところで終わっている。

 兄は父に剣を、姉は母に魔法をそれぞれ教わっていて、俺はというと、ビニールシートで寝転がっていた。


「ウィル様大丈夫?」

「いたい」


 ターニャに膝枕をされながら頭を撫でられそんな心配をされる。撫でる手が心地良い。

 先ほど兄から稽古だと称して一撃の元木剣を頭にくらって不貞腐れたところをターニャが介抱してくれているのだ。ちなみにリューは買い出しに行っているのでいない。


「カイン様は手加減とか知らないからね。木剣もろくに振れないウィル様相手に一瞬で勝負決めに行くのはちょっと危険だね」


 ちょっとだけぷりぷり怒りながらも優しい手つきは変わらずターニャは途端に破顔した。急になんだと思ったが、俺の顔を覗き込んで笑っている。それに不思議そうな顔をしているとターニャは言う。


「ウィル様の顰めっ面があまりにも三歳児とは思えなくて」


 取り敢えず笑って誤魔化したが、実際問題転生前と合わせたら三十はすぎている。そりゃ三歳児には見えないだろうさ。


『前世の苦労が魂に刻み込まれていますからね。それはそうとこのメイド、メイドらしからぬ気安さですが、貴族として思うところは?』


 分霊の突然の言葉に一瞬驚いたが、ターニャに思うところなどない。貴族と言われても、魂は三十過ぎのおっさんだ。これくらいが丁度いいし、貴族というプライドはない。


「でもウィル様はそのまま育ってくださいね。変なプライドばかりの貴族にはならないでください」


 いやに真剣な表情で彼女が言うもんだから思わず頷いてしまった。きっと何かがあったのだろう。深く聞くつもりはないが、気に病みすぎても困る。


「ターニャ、だいじょぶだよ」

「⋯⋯はいっ」


 今までで一番可愛い笑顔だった。

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