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竜の恩返し

続きますよー

 額に浮かぶ汗など気にせず全力で魔力を注ぐ。その魔力は白い竜の呪いを打ち砕かんと少しずつ呪いの核へと食い込んでいく。

 この解呪を始めて既に一時間くらいは経っただろうか。ヒナを拉致する前に置いていった砂はもう残り少ない。あの砂が落ちて俺が死ぬのが先か、この竜を助けるのが先か。


「ウィルフィード様!」

「だい、じょうぶ! 問題ないっ!」


 一瞬遠のきかけた意識がヒナの呼びかけによって引き戻された。正直なところ、この呪いが解呪できるかどうかはヒナの腕にかかっているが、俺はその前座でしかない。だが、その前座でさえ、膨大な魔力を消費し、精神を削っていく。


「もう少しなんだ、もう少しで掌握する」


 呪いの核は見つけたが、その呪いが俺の魔力を拒絶するのと同時に、白い竜の魔力までもが俺を拒絶しているのが問題で、これさえなければ一気に解呪の肯定は進むというのになんとも歯がゆい。

 それでも諦めるわけにはいかない。これは俺がやり遂げなければならない。

 そんな想いに駆られる理由は多分黒い竜の魔力に想いが篭っているからだろう。


「⋯⋯待てよ」


 目を閉じて己の中で暴れる竜の魔力をゆっくりと沈めながら白い竜へと流し込む。


「はっ、これか」


 それは今まで感じていた抵抗を一切感じる事なく流れていく。そして、それが核に届いた瞬間、再び拒絶された。


「⋯⋯なるほど。竜の魔力はコイツが拒絶しないため、次はこの核が竜の魔力を拒絶するのか。だったら、俺の魔力で⋯⋯。ダメか。核の周りを竜の魔力で覆って、その中を俺の魔力で――行ける、か」


 砂はこうしている間にも少しずつ減っていく。本当に、もう残り時間が少ない。


「ヒナ!」

「はいっ!」


 仕上げはヒナの魔法によって、この呪いを解呪すること。その為には核に魔法を届かせなければいけない。

 ヒナは竜に触れている俺の手を通して解呪の魔法を使うが、その詠唱が終わらない。呪いの解呪というのはこう一気にやるものではない事はなんとなく理解はしているが、それを一気にやらなければならない、ぶっつけ本番だが、これをしなければ皇国との友好関係を結んだことも無駄になってしまう。名によりも、魔法は生活を豊かにするためにあって、それをこんな汚い手段を用いる事が俺は許せない。

 ただ、許せないというだけで、命を懸けるのは馬鹿らしいと言われるだろう。けれど、逆だ。許せないからこそ、命を懸けてその信念を貫く必要がある。


「ウィルフィード様!」

「おう、いつでも」


 詠唱が終わったのだろう、あとは俺がこの呪いの核を掌握すれば終わりだ。


「ヒナ、悪いがタイミングは任せる」

「はいっ! 絶対に、成功させます」


 呪いの核というのは黒い球状をしている。そして、その核を覆うように黒い棘が竜の心臓へと絡みついている。心臓のさらに中には竜の魔石があり、それを使ってこの呪いは発動していた。つまりは、この竜が生きている限りは、この呪いも発動し続けているということにほかならない。


「竜の魔石ってのは、随分と⋯⋯じゃじゃ馬だなぁ! おい、俺が絶対にお前をこの汚い魔法から解放してやるから、大人しくしやがれ!」


 俺の言葉に一瞬だけ竜は目を開いた。その目は一瞬だけ揺れ、俺を見る。


「心配すんな、大丈夫だ」

「ええ、必ずこの呪いを解いてみせますっ!」


 その言葉に納得をしたのか、安堵したのか白い竜――エクリュはゆっくりと目を閉じる。

 それが受け入れる為の合図だと理解した俺は一気に呪いの核へと魔力を通した。


「ヒナ、頼むっ!」

「はいっ!」


 ヒナの魔法が発動した瞬間、呪いの格が砕け散り、その呪いが発動者に還るのを理解した。そしてそれと同時に砂は全て落ちた。


「間に合った、か?」

『⋯⋯ああ。見事だ人間。貴様等は見事に我との契約を履行した。良かろう、我の名において許可をする。この山を好きにするがいい。ただし、貴様等二人が認めた事だけだ。それ以外人間の身勝手でこの山を穢す事は許さぬ』


 ノワールの言葉に安堵した途端に物凄い疲労感に襲われた俺はその場に座り込んでしまった。強烈な睡魔が襲ってくるのに争うことができず、そのまま意識を落としてしまった。


 ⭐︎


「ウィルフィード様っ!?」


 エクリュに寄り掛かるようにして突然意識を失ったウィルフィードを心配して声をかけてみたが、どうやら眠っているだけと理解したヒナは安堵の息を吐いた。


「ノワール様、ありがとうございます」

『貴様が今代の巫女か。ならば我から貴様にもエクリュを救って貰った礼をしなければな』

「いえ! そ、そんな事は!」


 恐れ多くも崇めているドラゴンからの言葉に全力で否定していると、ノワールはフッと笑ってヒナへと諭すような口調で語りかける。


『良いか、巫女よ。我らドラゴンは長寿であるが故に、人の一生など星の瞬きに過ぎぬのだ。だからこそ、恩を仇で返すような真似は魂に誓って出来ぬ。故に、貴様を正式な巫女と認め、稀代の魔法使いと共に礼をしなければならぬ。なに、そこの魔法使いとお揃いの紋章を与えるだけだ』


 それだけ言うと何かをしたのだろう、ヒナの右手にドラゴンの紋章が浮かぶ。それは途轍もない魔力で構成された術式で、そんな魔力に当てられたヒナは一瞬で気を失ってしまった。


『馴染むためには休息が必要だ。しかし⋯⋯規格外だな、この子等は』


 ノワールはずっと何も言わずに見守っていたレティアへと堪らず声をかける。


「そうね。ウィルに関しては、わたしの使徒って立ち位置だから規格外だけど、本人の努力の賜物ね。この子は、今の仕事に誇りと使命を持って修行をしていたのね。人間って凄いわね」


 ヒナへの素直な賞賛を送るレティアを見てノワールは何かを決心したのだろう、居住まいを正す。


『女神よ、一つ我の我儘を聞いてもらえるか?』

「場合によりけりかな」

『うむ。我は、この巫女を正式に使徒へとしたい。しかし、巫女の魂がどうにもわからぬ』

「そう、ね。まあ、その辺りも含めて聞きたい事があるから、そろそろ出てきなさい」


 何もない虚空へ向かって言い放つレティアに続いてノワールも虚空を見る。その目はどこか寂しそうな目をしていた。

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