魔力を増やそう
まったり進みましょー
気が付いた時には誰かに抱かれていた。感覚的に縦抱きであろう状態から察するに三ヶ月か四ヶ月といったところだろうか?
『産まれてから大体三ヶ月というところです。お久しぶりですね』
頭の中に響く声に驚いたが、確か女神の分霊と会話が出来るのを思い出す。
『首が座ってきたのでそろそろいい頃合いかと思い、意識を覚醒させました』
それは助かる。この乳幼児期に動けないけれども魔法というのがどんなものなのか知っておく必要がある。
『まだ産まれて間もないので魔法を使うことはできませんが、魔力を増やす事はできます。幸い赤子の睡眠時間は一日の半分程ありますので、増やす過程で眠ってしまっても不審に思われないでしょう』
それはいいことを聞いた。魔力を増やす方法を早く知りたいが、まずは家族構成が知りたい。
『今貴方を抱いているのが母親のミリア・レオニス。父親はオルグ・レオニス。姉にはシルヴィア・レオニス。兄はカイン・レオニス。そして貴方はウィルフィード・レオニスとしてレオニス男爵家に生を受けました』
というと俺を今抱いている女性は母親か。であればこの安心感も道理。しかし動けない身体というのも不自由なもんだ。首が座ってきたって事はこれからずり這いとか寝返りか。まぁ時期にできるようになるだろうしそこは魔力を増やしながら、徐々に動いていけばいいか。
そうこうしていると立ち上がった母にベッドへと転がされた。何か言っていたようだが生憎何を言っているのか理解できない。赤子の耳だからなのか、それともこの世界の言語だからなのかは不明だが、後者であればもう一度言語を学び直す必要が出てくるのは面倒だ。何せ三十年近く日本語で生きてきたのを今更他の言語とは正直滅入る。
『徐々に覚えるはずです。これから毎日しっかり教えますので』
そんなものより魔力の増やし方を教えてくれ。
『ではまず、魔力の感知から。丹田に意識を向けてください。私が貴方の魔力を少し動かします。どうですか? わかりましたか?』
なんかお腹がモゾモゾする。言語化するのは難しいが何かがあるのは理解した。これをどうすればいいのか⋯⋯。
『感知が出来たならこれを使いましょう。魔法が使えないと言いましたが、厳密には発動する程の魔力がありません。ですので無属性魔法、テレキネスでまずは足元のタオルを引き寄せる練習です。まずは小さい気泡をイメージしてください』
その言葉通りに小さい気泡をイメージする。そのまま誘導に従って、気泡が身体から出ていくという工程を想像。そのままタオルの端に気泡がついて、それを引き寄せる。そういった工程でこのテレキネスという魔法を行使する。
勿論そんな簡単に発動するはずもなく、一気に身体が重くなったような錯覚をする。
『今のでも魔力を消費します。身体が重い感じがしますね? それが魔力欠乏状態。ゼロフィルという症状です。ですが、この工程を行ってこそ魔力は増えます。他にも魔力を消費する行動があり、お腹に感じた魔力を身体中に動かす事です。今の総量を百だとするのなら、十、二十、三十と段階を踏んで魔力の移動を行えば防御にも攻撃にも利用できます。百ゼロでの行使はリスクしかなく、精緻な魔力操作が出来てこそ、貴方の望む転移などの空間魔法が可能となります』
どうやらスローライフへの道は遠いようだ。けれど頑張ろうじゃないか。スローライフのためだったらこの動けない時間を有効活用してやる。
☆
あれから三ヶ月、順調に生後半年を迎えた俺は魔力を消費しては気絶してを繰り返して着々と魔力を増やしていた。まだハイハイはできないが、ずり這いで移動することも可能になった。正直転がる方が早い。魔力を増やすことも大事だが、こうして動いて体力を付けなければならない。なんでもそうだが、結局のところ体力がモノを言う。魔法を使うからといって体力をつける事に間違いはない。
「あーー!」
「そっちは廊下です」
たまたまメイドが部屋の掃除に来ていてドアが開け放たれていたために、廊下で這って体力を付けようとしたら見事に抱えあげられてしまった。抗議の声を上げるが、彼女はどこ吹く風と部屋のドアを後ろ手で閉めて、そっと俺を下した。
「そんな顔をしてもダメなものはダメです。本当に目が離せませんね」
困り顔で笑ったメイドの足元で仰向けに転がり再び抗議の声を上げた所で気が付いた。スカートの中が丸見えだ。
「はいはい、赤子だからとスカートの中を覗くのは感心しませんね?」
ちょっとだけ怒った表情をしたが、メイド――リューはふっと表情を和らげると今度はベビーベッドへと俺を移動させると掃除を再開した。
リューが俺の専属メイドになってからまだ一月程。しかし、毎日規則正しく俺の世話をしてくれて、お風呂も一緒だ。父さんと母さんは姉と兄と一緒にそれぞれ入浴しているため俺はメイドと一緒に入るというわけだ。胸は大きく素晴らしい。くびれもあるし、お尻も小さい。まさに俺好みの身体をしているが悲しいかな、赤子ではそんな気も起きない。眼福だとは思うが、あまりそうゆう目で見るのも申し訳ない。
「あー⋯⋯」
暇を極めた赤子というのはベビーベッドに転がされると本当にすることがない。だからこそする事は一つ。魔力を把握するためにも十ずつ魔力を動かして右手へと集める。それを左手に移動。次は左足、右足、戻って右手、左手と繰り返していく。移動するたびに魔力が減っていく。都合二十回の移動で魔力が尽きてそのまま気を失った。
目が覚めると再び魔力を消費。そのまま気絶のルーチンを繰り返す。そんな事を続ける生活にもちょっと退屈だと思っていたころだった。
「ウィルー?」
ベビーベッドを覗き込む一人の少女。姉のシルヴィア・レオニスだ。
「可愛い」
確か今は五才だっただろうか。大人しい見た目通りにおしとやかではあるが、魔法の才能があると言われていた。そんな姉はほころんだ笑顔で優しくほっぺをつついたり、手を握ったりしている。時たまこうして部屋に来ては少し戯れていくという事がこの日から増えた気がした。
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