友人はどうにも悩んでいるようだ
遅くなりました。ちゃんと続けますよ。
「ウィル、頼む! オレに魔法を教えてくれ!」
「無理」
「なんでだよっ!?」
グラス・ハーケン。ここ魔法科に於いての学年二位である。そんな彼は初日の騒動以降こうして顔を合わせるたびにそんな事を宣うのだ。
「今日は馬鹿と鍛錬なんだよ。無駄に魔力使うと死ぬ」
「現実味が無さすぎて理解が追いつかん!」
「威張るな! 散らすぞテメェ!」
「そうは言うがな、お前は首席で世界最強の弟子だ。そんな奴がクラスメイトであれば教えを請わない理由はない」
殊勝な心掛けだがタイミングが悪い。
「ウィルフィード」
「リィリア、助けてくれ。馬鹿が一匹纏わりついてくる」
「言うじゃないか! でも本当に魔法を教えて欲しいんだ!」
そう懇願するグラスにリィリアは溜息と共に問いかける。
「グラスさん、貴方へ魔法を教えている人はいますよね?」
「⋯⋯ハーケン公爵家は代々騎士の家系だ。オレは剣の才能がなく、魔法の才能がたまたまあったんだ。だからこうして魔法科にいるが、オレの魔法はほぼ独学だ」
悔しそうな顔で話すグラスに俺は思わず聞いた。リィリアは聞き流しそうだったから口を挟んだと言う方が正しいか。
「お前独学で次席なのか?」
「⋯⋯そうだ」
「グラス、セリアに紹介してやるよ。勿論、弟子の候補として」
「本当か!?」
「ああ。でも、一つ覚悟して欲しい。セリアは魔法のこととなると、厳しい。それに耐えられるならだけどな。まずは今日俺から伝えとくよ」
先程とは変わって良い笑顔で頷くグラスと分かれてリィリアと一緒にセリアの元へと向かう。リィリアは未来の義父、現国王からの手紙を届けるために。俺は地獄に身を落とすために。
グラスの事を伝えるとセリアは少し考えてから、まずは一度様子を見るとのことだった。まぁ多分弟子にするだろうという確信がある。きっと彼も一緒に地獄を見てくれるだろう。道連れは大事だ。
⭐︎
ある日の朝、いつも通りグラスとメイと話をしていた。
「そういえば近々野外活動と称した泊まりでの親睦会があるらしい」
野活。なんと懐かしい響きだろうか。
俺の時は確か山にある少年自然の家で肝試しして幽霊見た女子が泣き出したり、男子が作ったカレーが思ったよりも美味しくて女子に人気だったり、部屋のベッドに備え付けてある簡易な棚の下に『死神が来る』なんて子供にしか効かない悪戯書きがあって騒ぎになったりしたなぁ。うん、懐かしい。
「親睦会と言ってもクラス単位ではあるんだが⋯⋯」
「何か問題でも?」
「どうやらチームを組むらしい。多分オレの予想だと、ウィル、お前はハブられる」
「なんでだよっ」
突然の失礼な物言いに反論しようとするが、メイまでも神妙に頷いている。コイツ本当に俺の許嫁か?
「あのね、アンタ首席なのよ?」
「ん? ああ」
「世界最強とまともにやり合う首席なんてアンタだけなの。正面切って戦ったら負けるし、組んだら手柄はアンタの独り占め。だから組んだ連中は安全という恩恵以外何もないのよ」
「なん、だと!?」
失念していた。確かに入試の実技試験はセリアとマジでやり合った。いや、最早いつもの鍛錬だ。それを見られている以上は、メイの言うことも事実。逆の立場だったら俺だって組みたくない。
「でも、まあ⋯⋯アタシはアンタと組んであげるわ」
「おう、ありがとな」
普通に返事をしたつもりだったが、メイはフイと顔を逸らしたと思ったら何処かへと行ってしまった。なんか悪いことをしただろうか。
「ウィル、お前は一回死んだ方がいい」
既に死んどるわ。
⭐︎
「さて、お前達も既に知っての通りだけど、野外活動がある」
朝一でナインさんの口から出た言葉に教室内は騒つくが、当の本人の表情は優れない。
「毎年使ってる山なんだが、ちょっと問題があってね。場所が変わるかもしれないんだ」
「先生、その場所ってのは?」
「海の街エスフォルトを南西に行った所にある魔物の森。そこが毎年使ってる野外活動の場所なんだけどね」
おや、毎年うちの領内でそんな事をしているとは思いもしなかった。しかし、何か問題があるなら俺の耳にも入るはずだけれど、何も知らないな。
「あまり公にもできないんだけど、キミ達は当事者だしなぁ」
「⋯⋯リィリアか」
「ん、ウィルフィードは理解が早いね。どうにも竜峰ドラゴンテイルを挟んだ隣国──ベイル帝国がきな臭くてね」
ベイル帝国。前に父から聞いた事があった。現皇帝はフーガ・ベイル。ブラックランク冒険者で、父の元パーティにいたと。気性は荒く、粗野ではあるが、強者へは敬意を持って接する武人だと。しかし無益な争いは好まず、彼に連なる貴族達も力はあるが、理性を持っている。まるで国そのものが統率された軍隊のような所だと。
そんな所が何故魔の森なんかに手を出すのだろうか。竜峰ドラゴンテイルに囲まれ、魔物も強く、生半可な冒険者じゃ死んでしまうような森だ。
「⋯⋯つーか、危険極まりない森で野外活動って何考えてんだ?」
ふと心のお漏らしが出たところでナインさんは眉尻を下げた。言いたいことはわかるとでも言うのだろうか。
「いや、そのことについてだけど、魔の森は比較的安全な方なんだよ。森の中心に行けば行くほど危険だけど、本当に危険なのは中心よりも更に山に近づいた所。そこまでは確かに強い魔物が多いけど、安全ではあるんだ。キミも森に入ってただろう?」
「まぁ、あんまり奥には行かないけどさ」
「そうゆう事だよ。でもベイル帝国がなんの目的があって魔の森に踏み入っているのかはわからない。調査中だけど、結果はまだだよ。そうゆうわけで、今年はもしかしたら森じゃなくて、王都からも向かえる竜峰ドラゴンテイルの入り口付近になるかもしれないね。勿論、現段階ではリィリアが狙われている可能性は高いよ。帝国も一枚岩じゃないからね。野外活動中に──って事もあるから、彼女はキミがしっかりと守る事。許嫁なんだからね」
そう釘を刺されてしまった。実際何かあったら全員守る気ではいるが、あまり心配はしていない。何かあれば脳筋二人が秒で駆けつけるはずだ。奴らは何よりも闘争を好む。
⭐︎
「「へっくしょん!」」
その頃ウィルフィードにそんな事を思われている地域知らない両親だったが、王都の方を睨みながら呟いた。
「ウィルね」
「ウィルだね」
しっかりとバレているのであった。
⭐︎
野外活動を一週間後に控えたある日の放課後。
「たーだいまー」
「おかえりなさいませ、ウィルフィード様」
「ウィル様おかえりー」
リューとターニャに出迎えられて帰宅した俺の後ろにはリィリアとメイ、グラスがいる。それに気がついていないはずはないが、どうやらまずは主人の俺を優先したようだ。
「御三方もようこそおいでくださいました」
「殿下とお嬢はまずは着替えましょうか」
流石にリィリアとメイには敬語を使うターニャだが、メイの呼び方だけは違和感満載だったりする。
「ターニャ、その呼び方はさぁ」
「いいじゃないですか。メイお嬢様と呼ばれるよりも」
「そうだけどぉ」
「はいはい、お二人ともまずは着替えを優先しましょう。グラスさんもいることですし」
なんて言いながらリィリアの温度で家へと普通に入っていく。
「いや、知ってたけどマジで仲良いし許嫁なんだな」
「今更かよ」
「そうは言ってもな。確かにあの決闘はあり得ない事だが、冒険者の貴族というのを気に入らない貴族もいる」
それは現国王に対して、認めていないと宣言しているようなものだ。まさか国王は別で、その他は認めないなど頭の悪い話だ。
「言いたいことはわかるが、その目は止めろ。心がざらざらする」
酷い言われように肩をすくめて返事をする。
会話が切れたのを見てリューは俺達を伴って、食堂へと向かう。それについて歩く俺達だったが、ふとグラスが鼻を鳴らして屋敷の匂いを嗅ぎ出した。貴族としてそれはどうなのか。
「いや、すまん。なんか甘くていい匂いがしてついな」
「あー。近々新しい商売を始める予定でな。お菓子⋯⋯んースイーツというものを作っていたんだ」
「またお前はそうやって手を広げるのか」
「俺はスローライフを送りたいんだ。そのためには金がいる。不労所得が必要だ。それにな、甘いものは世の女性達を虜にする。この王都ですら存在しないだろう。菓子専門店は」
「まぁ、確かに。料理人というのは職人だからな。その腕でもって提供される料理は安くはない。しかし、手軽に甘味を口にできるのであればそれは良いことなのだろうさ」
妙に神妙な面持ちのグラスは食堂で椅子に座ると何か考え込んでいる。そこにリューが温かい紅茶と試作品のクッキーを数枚添えてやると、おもむろに口に運んだグラスは目を見開いた。
「⋯⋯美味い」
「そうか。お前、なんかあったか?」
「⋯⋯現在王都の甘味というか、食に関してはあまり豊かとは言えない。これはその産業の半分近くが諸外国からの輸入に頼っているからだ。関税を取る分値段は上がり、王都ですら貧困の差が激しい。オレはそれが気に食わない。一部ではあるが、貴族達は私服を肥やす事にしか興味がない。この現状をどうにか変えたいと思っているが、上手くはいかないんだ」
「そうか。そんで、そいつを食ったお前は少しでも気分が和らいだか?」
「ああ。これは美味い。けれど、高いだろう?」
力なく笑うグラスは貴族としてはまっすぐすぎるのだろう。きっと彼は将来的に正しさを貫こうとして敵を作る。いや、もしかしたら既に敵を作っているのかもしれない。だから、彼の考えに少しでも近づくのなら、先に値段を伝えてやろう。
「そいつは五枚入りで銅貨三枚だ。薄利多売ってやつだよ。でも、数売ればいい。それを気になった人が今度は少しだけ背伸びして店内で飲食してくれればいい。体制が整えばバラ売りもする。そしたら、金のないやつでも買えるだろ? 食ってのは腹も満たすが心も満たすもんだ」
「ああ、そうだな。お前の言う通りだ。家は騎士の家系だが、母が商家の出でな。オレのように貧富の差を考えて薄利多売をしていたが、それを気に食わない貴族に潰されてな。幸いその時には父と結婚していたから母がどうにかなったわけではないが、その話を思い出すと悔しくてな。父は武人だが、騎士とは国を守護するための盾であり、国そのものの民を守護する剣だとも言っている。なるほど、魔法だけが全てではないのか」
「力があっても手段がなきゃな。これが成功すれば従業員を増やせる。そしたら、少しは貧しい奴らに金が入るだろ。お前、一枚噛むか?」
「⋯⋯母に相談してみるよ」
堅い表情のままでそう呟くグラスだったが、その雰囲気は幾分か軽くなっていた。きっと彼の中では色々と決まったのだろう。
「さ、そろそろ御二方がいらっしゃいます。女性をもてなすのに男性がそんな堅い表情ではいけません」
そう柔らかく笑うリューはとても綺麗だった。
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