シーガルの提案と邪なる神
元気に生きてます。
入学してから早くも三ヶ月が経った。リィリアとの婚約が大々的に周知され、ゴーマン侯爵は学院を追放された。新しい担任はナインさんになり、ナインさんの伝手で色々な冒険者達から色々な事を学んだ。
今日は休日で家でまったりしているとシーガルが深刻な顔で朝から訪ねてきている。
「聞いてるっスか?」
「聞いてるよ。もうそろそろ時期的には暑くなってくるから新しい商品をだろ?」
「そうっス。彫像は人気で売上も右肩上がりっス。他国にも取引できて商売は安定してるっス。けど、それだけじゃ商売は成り立たないっス」
今俺はシーガルに彫像を平民用に月三百体と貴族用に月十五体卸している。売上は経費抜きで大体月に金貨四十五枚。シーガルの店兼自宅は家賃が交渉した結果毎月金貨二枚。その他諸経費は金貨五枚。毎月金貨三十八枚が利益になる。シーガルにはそこから毎月金貨金貨十枚を渡していて、それなりに繁盛しているが故にそろそろ新商品が欲しいとの要望だ。
「ちなみにシーガルはどんなのがいいと考えてるんだ?」
「そうっスね。今は彫像メインっスかけど、日用品なんかも販売したいっス。そっちの方が継続販売と数は売れるっス」
「価格的にはどうだ?」
「難しい所っスね。そもそも何を売るかが問題っスね」
「暑い季節かぁ」
「ちなみに、氷室みたいなのはあるのか?」
「王都じゃ無理っスね! あれは小さな村とかで天然の洞窟みたいな年中温度が低い所じゃないと」
今の状態は販売商品を俺に依存している形だ。今はまだ小さい商会だから構わないが、この先困ることになる。
「なあ、暑い季節とか関係なしになんだけどさ」
そう前置きをして現状を確認。シーガルも商品を俺に依存しているのは良くないと考えているのは理解した。ではどうするか。
「ああ、そうか。魔法を使うから限りがあるのかぁ。って事は使わないで職人に頼ればいいのか」
「職人っスか? でも王都だともうめぼしい職人は専属になってるっスよ?」
「そうだよなぁ。時にシーガルよ、お前砂糖は仕入れできるか?」
「んまぁ、それくらいなら⋯⋯」
「そうか。じゃあ、卵、小麦粉もか?」
「まぁ、可能っスけど」
「うし、ちょっと今からお前の嫁さん連れて来い」
急な俺の要望だったがシーガルは二つ返事で家を出て行った。それから小一時間して不思議そうな顔をするシーガルの嫁さんと子供がやってきた。
「は、はじめまして、イアと申します」
恐々と頭を下げた女性──イアはシーガルの伴侶でとても可愛らしい女性だった。
シーガルは一歳になるかならないかくらいの子供を二人抱えている。
「こっちは双子の娘っス。名前はレイとルイっす。目元に黒子があるのがレイっスよ」
取り敢えず赤子の頭をそっと撫でて、イアさんへと向き直る。
「はじめまして、ウィルフィード・レオニスです。いつもシーガルにはお世話になってます」
「そ、そんな頭を下げなくてもっ」
「ウィルフィード様が丁寧に対応してるっス⋯⋯! 天変地異っスか!?」
シーガルはあとで無理難題押し付けよう。コイツはもっと苦労すればいい。
「取り敢えず、イアさん。料理がお上手だと聞きました」
「そんな事はないですよぉ⋯⋯」
「それでですね、イアさんはスイーツショップ、お菓子屋さんを経営して頂きたいと考えています」
「え?」
「まずは俺が手本を見せるので一緒に作ってください」
戸惑うイアさんを拉致してキッチンへ向かい、リューからエプロンを受け取った。
「さぁ、クッキーとパンケーキを作りましょうか!」
こうして俺とリューによるお菓子作りの指導が始まった。
イアさんは覚えも良く、一度やって見せたら簡単に出来るほど料理が上手だった。そして何よりも試作として作ったクッキーにはまった。それはもう見事に。
「こ、これは素晴らしいです! ウィルフィード様、イアはこれを多くの人に食べていただきたいと思います!」
その後は自身で色々考えながら幾度となく作り、満足がいくクッキーが出来上がったと思ったら今度はパンケーキにも興味を示した。
これは俺が暇だから作っていたもので、クッキーと同時進行で作って覚えていた。
「メインはパンケーキと紅茶です。クッキーはお持ち帰りです。パンケーキは紅茶とセット経費などを考えると銅貨七枚クッキーは持ち帰り用に銅貨五枚。安いですが、数が出れば儲けは出ます」
儲けとしてはパンケーキで銅貨四枚、クッキーで銅貨二枚程度だ。薄利多売は売れる事は売れるが、採算が採れない場合もある。軌道に乗るまではこっちで援助もいいだろう。ゆくゆくは貴族向けの高級店の出店もいいかもしれない。いや、その場合は貴族向けにデリバリーがいいだろう。完全予約制だ。
「いっそシーガルの商会を大きくするか。奴隷を買って、レシピは他言無用、門外不出とするか。うん、そうしよう。仕入れから材料がわかってもどうしようもない部分を作るか」
どうしようもない部分とは言ったものの、どうしたものか。俺の今の手持ちには塩しかない。砂糖や卵は仕入れができる。
「ああ、そうか。シーガル、ここいらで食用にならない木の実ってないか?」
「食用にならない? あるっスけど、食用にならないのにどうするんスか?」
「まだ構想段階だから詳しくは言えないが、取り敢えず集めてくれないかな?」
「わかったっス。量はどうするっスか?」
「んー、少量でかまわない。そうだな、この皿一杯分でいい」
怪訝な顔をしながらも頷いたシーガルを他所にイアさんはばっかみたいな量のお菓子を作っているのだった。
⭐︎
ふと目が覚めた。まだ日陽も登らぬ時間帯。
「⋯⋯参ったね、どーにも」
嫌な気配がして目が覚めた。
外はまだ星空で、夜中なのは理解した。
『まさか気が付かれるなんてね』
ベッドの足元には半透明の少女が立っている。嫌な気配の元凶。
「なんだ、お前?」
『はじめまして、ウィルフィード・レオニス。別に危害を加えるつもりはないわ。挨拶よ』
そう言って目の前の半透明な少女は綺麗にカーテシーをする。肩口で切り揃えられた金髪に金と赤のオッドアイ。大きくなったら美人と称して差し支えないだろうという幼さの残る顔、発展途上ではあるがスタイルはいいだろう。歳は中学生くらいに見える。
『女神の気配が最近ずっとあるからなんだろうと思って来てみれば。そう、貴方使徒ね』
「んで、お前は?」
『ヴィーナム。邪神ヴィーナム。詳しくはレティアにでも聞いてちょうだいな。尤も──貴方の中にいるその神の成り損ないでも良いけれど。近いうちに直接挨拶に行くわ。それまで死なれたら困るから加護をあげる。上手く使いなさい』
一瞬フワリと浮いたと思ったら目の前にいて、額にキスをされた。
『それじゃ、またね』
突然の事に戸惑っていると今度はレティアが部屋へと転移してきた。その顔はとても不機嫌そうだ。
「見つかったか」
「おい」
「ウィルってさー、本当に女の子に好かれるよね」
「おい」
不機嫌な表情のままベッドに潜り込んでそんな事を呟くレティアを見ていると自然と溜息が出るのは仕方がない事だろう。
「何が不満なんだよ」
「ヴィーナムは邪神なんだよ?」
「ん? ああ、そうだな」
「怖いとか危ないとかそうゆう感情はないの?」
「⋯⋯ないな。というか、邪神って全部が全部邪なのか?」
「そう言われると難しいよ。全部が全部邪じゃないけど、それでもそう呼ばれる所以はあるの」
言いたい事はわかる。警戒する必要があるのも理解している。けれど、感覚的な問題ではあるが、あの邪神ヴィーナムは何かが違う。
「レティア、神というのはお前だけか?」
「違うよ。わたしは確かに女神だけど、あくまでこの世界の観測が目的」
「何故観測する?」
「神のお仕事だからね。どういった進化を辿り、繁栄するのか滅びるのか。あ、でも勘違いしないで欲しいのは、基本的に世界はこの世界に生きる命のモノ。人も獣人も魔族も関係ないの」
「じゃあ魔物は?」
「あれは、なんだろう生態系の一つかな。動物の亜種みたいなもの」
「じゃあ、邪神は?」
俺の問いに眉尻を下げたレティアは言う。
「元々は私と同じ観測する側だった異星の神。異星の寿命を迎えて、それを無理に防ごうとしちゃった善なる神の成れの果て」
「邪神ってのは何を目的に?」
「特に。わたしと一緒で、魔人族の信仰対象なだけだよ。ようは魔人族側の観測者」
「でもレティアは世界の観測者だろ?」
「うん、世界と人族観測者、魔人族の観測者。どこの世界もそういった観測者がいる」
「ほーん。つーかさ、お前最初とだいぶ口調違うけどなんかあったか?」
「ある意味では自由だから、お堅い喋り方もしなくていいかなって」
そう言っておどけるレティアだったが、表情はあまり優れない。何か言いたいことがあるのかと待っていると、それに気が付いた彼女は眉間に皺を寄せた。
「邪神の加護。悪いものじゃないけど、やりすぎかなぁ」
「ああ、そういえばそんなん貰ったな」
「魔力増大、生命力強化」
「二つもか」
「そう。ただでさえ前魔法適正持ってる上に馬鹿みたいに魔力増やしたから最高峰の魔力量なのに。世界最強のセリア・フォーマルハウトより多い魔力量が更に多くなったの。あとは生命力強化は状態異常にかかりにくい。元々健康な身体だから余計健康だよ」
「デメリットは?」
「性欲旺盛」
デメリットがデメリットではない気もするが、どうなのだろうか。
「いわゆる絶倫ってやつだね。人の範疇だからそこまでじゃないけどね。解禁されたら気を付けてね。娼館は禁止。多分普通の女の人じゃ壊れちゃうね」
「⋯⋯まあ、うん。その辺は抑えられる自信があるからいいよ」
「なんで目逸らすかな?」
笑顔のレティアが怖かったのと、彼女のお尻の柔らかさに既に悶々とする俺だった。
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