報酬とメイドと依頼
遅くなりました。ちょっと体調崩したりなんだりと進捗が遅れたて申し訳ないです。
「水龍の撃破、おめでとうございます。これで、海の村エスフォルトの安全は護られました。と言っても、海魔に関する事だけになりますが、それでもその意味合いは途轍もなく大きい」
気がつくと白亜の空間にいた。
目の前にはナイスバディでローマな服装をした美女が一人。髪色は黒で腰程まであり、少し表情は掴めないものの目鼻立ちはハッキリしている美人。
「⋯⋯分霊か?」
「はい。今は女神に代わり世界を見ています」
「確か魔力切れでぶっ倒れたと思うけど」
顔が認識できるという事はまだ女神としての格が低いのだろう。世界を見ているというのは本当に女神として世界を見ているだけなのだろう。もしかしたら他にも色々あるのかもしれないが、きっと見ているという言葉は俺達が認識している見ていると違うはずだ。
「まずは水龍撃破の報酬を。ウィルフィード、こちらへ」
初めて分霊に名前を呼ばれた気がする。なんだか今更ながら照れ臭いが言われるがままに分霊に近づいていく。
「転移魔法を使用するためには最大魔力値が必要です。あくまでそれは使用条件ですので、まずは足りない分の魔力を上昇。あとは近距離から練習を始めてください。今代の英雄」
「お、魔力が上がったのが凄いわかるな。ありがとう。あと、俺は英雄じゃないよ。あの龍の討伐は父さんがしたって事にするから俺は何もしてない事にする」
「何故ですか?」
「俺はスローライフを目指してる。そこに英雄って肩書きは邪魔なんだよね。でも、許嫁二人が王族と貴族だし、どうしたものかと」
リィリア殿下もメイも上級貴族で、俺と比べるととてもじゃないが嫁ぐのには不釣り合いだ。それを解決しなければいけないのだが、いかんせんまだ五歳だ。彫刻販売が順調で、それなりに資金があるとはいえ、一生暮らすにはまだまだ足りない。しかも三人分だ。
「爵位を上げる気にはならないのですか?」
「いやだよ。まだ五歳だし、政治なんてわからない。参った問題だよ」
「貴方はずっとそればかりです。力があるのならそれを行使するべきかと」
「俺は俺のために魔法を鍛えて使う。目的は他者から見たら不純なのかもしれないけど、それは知った事じゃない。力があるから使うんじゃないんだ。目的があるから力を欲するだけだよ。順番が違う」
「人間とは難しいものです。ウィルフィード、またしばらくしたら会いましょう。それと、女神に言伝を──」
白亜の空間が溶けるように薄くなっていく中で、俺は確かに分霊から女神への言葉を聞いた。これを伝えたらどんな顔をするのだろうか楽しみだ。
⭐︎
分霊から魔物の討伐報酬として魔力を貰い、まずは石とか小さいものから転移の練習をすること一週間。なんとか数センチだけの転移は成功した。馬鹿みたいに魔力を消費して。更に一週間で十数センチまで距離を伸ばしたところでわかったことは使用する魔力量は変わらない。大きさを変えても消費量に変化がないのは距離的問題の可能性があるので要検証が必要だ。
さて続けるぞといった所で俺は父に拉致された。文字通り拉致だ。問答無用で小脇に抱えられたと思ったら、いい笑顔で母さんに『行ってきます』なんて言い腐って走り出した。
それからどれくらいだろうか、途中から走るというよりも超大ジャンプと言って差し支えないような移動法になった。乗り心地は最悪だ。揺れまくって、昇って降ってを繰り返すしかしないジェットコースターだと思ってもらえるといいかもしれない。猛スピードで。
途中から色々諦めて考える事を辞めた。最早習慣化している魔力操作の練習を全力でやろう。人間集中すればどんな状況でもなんでもできるはずだ。
⭐︎
『ウィル、呼ばれていますよ。魔法の練習はそこまでです』
不意に女神の声に意識が浮上する。本当に全力で集中していたようだ。途中から記憶がまるでない。
「ウィル、大丈夫?」
「え、あれ⋯⋯。ここどこ?」
「オルグよ、至急報告しろとは言ったが、流石に子供を抱えてこいとは言わん。息子を殺す気か? 先程の腐った魚のような眼を見ただろう?」
「いや、陛下あれは何かに集中している時のウィルの目です。ウィル途中から何かしてたよね?」
「いや、その前にここどこ? なんで陛下が?」
父の言葉を無視して再度問いかけると答えたのは陛下だった。どうやら原初の魔物を討伐した事を父が鳥を使って報告したようだ。それについての説明のため城に呼ばれたらしいが⋯⋯。
「到着があまりにも早いと思ってな。オルグを見ればスッキリしたような顔をしておるわ、貴様の目は死んでおるわで察したわけだ。オルグがまた無茶をしたとな。だからここはおれの私室だ。少しはゆっくりできるだろう」
「お気遣いありがとうございます。父さん、次何の説明もなしに拉致したら流石に俺も怒るからね」
「いやぁ、ごめんね。ウィルなら大丈夫かなぁと思ってて。でも実際大丈夫だったわけだし──」
「──父さん」
自分でもわかるくらいに今表情がなくなっただろう。もうそれくらいに怒ってはいる。俺が聞きたいのは言い訳じゃない。二度としないという宣誓だ。誓え、神に。
「二度としません⋯⋯」
「ん。破られた場合は問答無用で俺の全力での一撃受けてもらうからね」
「あ、うん。それは嫌だ」
「オルグは変わらんな。昔もそうやってミリアを怒らせていたな。まあいい。して、討伐の件だが」
下手に隠しても仕方がない。重要なのは対外的に流す情報では父が討伐したという事にしてもらえれば問題はないのだ。それを条件に討伐の状況を説明した。最初こそ驚いていたものの、何かに気がついたのか陛下は腕を組み鼻を鳴らして言う。
「まったく、オルグにそっくりだ」
最後はそう言われて話は終わった。
そして王城にいるということではたと思い出し、リィリアの事を聞くと返答は予想外のものだった。
どうやらリィリアは今魔法の練習を家庭教師から受けているらしい。
「あー、この間の一件で思うところがあったんですかね?」
「ま、そうだろうな。しかしウィルフィード、その事について一つだけ貴様に忠告というか、大人としての助言を一つしてやろう」
「はい」
「お前は子供だ。中身はおおよそ子供のそれではないが、もっと大人を頼れ。あの場にはオルグもいたし、おれもいた。デルフィだっていただろう。危険と判断したなら、リィリアもメイ嬢も放っておいて逃げるべきだった。そうでなければ何故反撃しない?」
ああ、なるほど。確かに俺の対応は子供のそれじゃない事は自覚している。けれど、俺の中で一つの線引きがある。
「いや、子供の喧嘩に親が出ちゃいけないでしょ?」
俺の言葉に絶句する二人の大人。何事も考えすぎなんだ、この世界の人間は。貴族だなんだと言ってもたかが五歳だ。勿論親の爵位が子供の地位に関係するのは理解しているけれども、やっている事は子供の喧嘩。しかも、自分が気になる子と仲良くしている男がいたからしてしまった可愛い嫉妬であれば尚更。
「まぁ、流石に親の権力振りかざすって言った時点で彼女達の事を持ち出した俺が悪いですけどね。権力振りかざすならそれより上の権力で叩き潰すしかないってわけでもないんですけど」
「⋯⋯一つ聞いておく。もし、仮にもだがな、二人が怪我をしたらどうしていた?」
何を寝ぼけた事を言っているのだろうか、この陛下は。
「陛下、俺一体誰の子供で、誰の弟子か知ってます?」
その言葉に盛大に深い深い溜息を吐く陛下は言う。
「おれは貴様が子供とは思わん。オルグ、これに躾は無意味だ。これは既に中身は成熟しきった大人と同等だ。末恐ろしいが、リィリアの夫となるとこれほど頼もしいのもおらんだろう」
「陛下、もっと良い条件の男っていっぱいいると思うんですよ」
「ん? そうだな」
「で、なんで俺なんですか?」
「ああ、その事か。まあいいか。お前とメイ嬢とリィリアは同じ日に産まれたんだ。同じ時間に、同じ場所で。オルグとおれは元々ブラックランクの冒険者で、デルフィはプラチナランクの冒険者だ。デルフィは魔法使いであったが故に単独ではなくパーティ単位だがな。顔見知りで仲間が、同じ日に、同じ場所で、同じ時間に子を授かるのは最早運命だろうとな」
あ、これ女神の仕業だ。絶対そうだ。
『黙秘権を行使します』
語るに落ちたな。黙秘権を発動した時点で認めてるようなもんだ。さっさと分霊と代わってもらおう。
「しかし、おれもただそれだけで決めたわけではない。あのパーティで見極めるつもりだったがいらぬ心配だったわけだ。あの場での対応、子供のそれではなかったが⋯⋯実に冷静で理性的だった。感情のまま動くことも時には必要だが、あの場ではそれは悪手でしかない。それを五歳児ながらも見事理性で相対した。それだけでも娘の許嫁としては合格だ。可愛げはないがな」
酷い言いようだ。けれど、認めてもらっているのは正直に嬉しい。ならば、もう一つ聞きたいことがあるからついでに聞いておくとしよう。
「ついでに陛下に一つ質問がありますがよろしいですか?」
「おれが答えられる範囲でならな」
「ありがとうございます。この部屋に入ってからずっと魔法で姿を消している人は何者ですか?」
「なんだ気が付いていたか」
「父さんも気付いてて無視してたので、護衛か何かだとは思うんですが、どうにも気になってしまって」
微動だにせず、気配を揺らぐこともせず、ただ陛下の少し後ろに控えているであろう場所を見る。普通に見れば何もない、誰もいない空間だけれども確実に誰かがいる。
「イース、出てくるが良い。貴様の要望通りに同席させた結果だ。理解しろ」
「はっ、失礼致しました。お初にお目にかかります、姫様の専属メイドのイース・バーベナと申します。この度はわたくしの我儘にて無礼を招致で姿を消し、同席致しましたことお詫びいたします」
「久しぶりだね、イース」
「はい。オルグもお元気そうで」
どうやら父とも知り合いという事は昔のパーティメンバーだろう。それにしても魔法の腕が見事過ぎる。セリアには及ばないが、恐らくは隠行に関しては上位にいるレベルだろうか。
「何故わたくしが陛下の後ろにいると?」
「気配消し過ぎてそこだけぽっかり穴が空いたみたいになっていて。風の流れもそこだけは通らないですし。あと、その手の隠蔽とか隠密系の魔法は俺には無意味ですよ。魔眼使えるので」
時間にして数秒。目を見開いて驚きの表情をしたかと思えば、途端に膝をついて首を垂れたメイドに理解できないでいると彼女が口を開く。
「試しました。姫様の伴侶として相応しいかどうか。それがそもそもの間違いであるとは思いも致しませんでした」
「ああ、それは仕方ないですね。でも次からはちゃんと風も流した方がいいですよ。探知に優れた魔法使いには見破られるでしょうし」
「はぁ⋯⋯。ウィル、イースはねブラックランクの隠密だよ。五歳児が見抜ける程度の腕なわけないよ。それにね、探知に優れた魔法使いなんて早々いないよ。本当にキミはボクの子供かい?」
違うがな。
とは言わない。紛れもなくこの身体は両親の子で間違いないはずだ。多分、きっと、恐らく。中身は別もんだけどな!
「父さん、それは母さんに伝えても良いんだよね?」
俺の言葉を理解した父は一瞬で青くなったが、酷い事を言う父は放置だ。
「陛下、我儘を聞いていただきありがとうございました。今この瞬間よりわたくしはウィルフィード様を主人と認め、姫様共々お仕え致します事をお許しください」
「許すもなにもそれは貴様の自由だ。悪いがウィルフィード、貴様には将来イースの面倒も見てもらう。存分に稼げ。彫像以外の手段でもな。というか功績を上げろ。貴族にならなければ流石に嫁に出せぬ」
おっとここでハードルが上がったぞ。何のハードルかって? 勿論人生だ。俺はスローでイージーに生きていたいんだ。貴族なんて面倒なもの拒否をしたい。
「今回の討伐はオルグの功績にしておくが、褒賞は出る。それはウィルフィード、貴様が受け取れ。金はあっても腐らん。貴族の責務として経済を回すのも一つだ。もっとも、貴様は既にそれをし始めているが。そうだ、一つ作って貰いたいモノがある」
「作れるモノなら」
「魔法で武器は作れるか?」
「⋯⋯お断りします」
「いや戦うためではない。装飾剣でいい。シンプルで構わん」
それなら出来なくはないが、鍛治士に怒られないだろうかと心配はある。一応この世界の既存の職業とバッティングしないように気をつけてはいる。バランスが崩れて職を失う人がいるのはいただけない。
「材料はもらえますか? あと、どんな感じにしたいのか」
「任せる。材料は用意できるものであればするが、無茶はするな」
こうして陛下の要望を聞き出すと、本当にシンプルなモノを望んでいるようだった。装飾剣というからもっとゴテゴテしたものを希望かとも思ったが、シンプルなのは陛下の好みの問題らしい。
さて、シンプルでいてそれなりに見栄えのするものは難しい。となれば俺の知識や記憶の中でそれっぽいものとなると、正直かの英雄王が手にしたという聖剣か選定の剣が真っ先に浮かんだ。学生の頃にコスプレするってやつがいたから作るのを手伝ったからの記憶に残っているというのが正しいだろうか。
「わかりました。装飾剣で陛下の要望であれば材料はいりません。地魔法で作ります。少し細工しますがいいですか?」
「ああ、構わん。過度な細工でなければそれでいい」
納期は別にいつでもいいらしいので、満足できるものが出来上がったらという事で了承してもらった。
リィリアに会ってから帰ろうとも思ったが折角魔法の練習をしているのだから邪魔するのも悪いし、今日のところは帰ろうと決めた。
もっとも、父の単身暴走に再び担がれるという事を失念していた俺だった。
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