#2. 付きまとう音楽家-5
「うん!この料理もピリ辛で美味しい!イザークさんに任せて正解だった!」
大きな一口を頬張って今日何度目かの称賛をシャディアは口にした。大皿を何品か頼んで二人で取り分けるようにしたのだが、それが大正解だったらしい。一度に何種類もの料理が楽しめてシャディアは大いに満足していた。
「…それはどうも。」
「この先ってもう王都しかないんでしょ?何となく他のお客さんの服装がきらびやかになっている気がする。」
「まだ少し距離はあるけど…この街は王都付近では割と大きな街ではある。だからだろう。」
「ふーん。やっぱお城に近い方がお偉いさんとかお金持ちが住んでいる率も高くなるのかな。」
「さあ。」
適当なイザークの返事を聞いても何も思わないのかシャディアは美味しそうにパクパクと目の前の料理を口に運び続ける。満足の要因にほんの少しずつイザークの言葉が砕けてきていることも入っているという事をイザークは知らなかった。
「イザークさんは濃い目の味が好き?」
「あ、辛すぎたか?」
「ううん。美味しい!疲れているときは辛い味が食べたくなるの。」
「ああ、それは分かる。」
初めてかもしれない穏やかな共感にシャディアは嬉しくてはにかむ。本当の事を言えば全体的に濃い味付けばかりで少し口直しをしたかったが、そんな事も気にならなくなった。イザークはお酒を頼んでいる、それは少し意外だった。
「お酒も好きなの?」
「嗜む程度に。本来は任務中の飲酒は避けたいが、酒に慣れる為必ず一杯は飲むようにしているだけだ。」
「慣れる為?」
「酒を飲まされた隙に何かあってはいけないからな。何に対しても強くて損はない。」
「へえ…そんな考えがあるのね…。」
それでも酒が入っているせいか少し饒舌な気がする。
「ん?任務中は避けたいって…今は任務中じゃないんでしょ?」
「…似たようなものだろ。」
素朴な疑問が浮かんで問いかけてみれば、イザークは不本意と言わんばかりに皿にあった一口分を食べた。それ以上は語ろうとしない姿勢だが、シャディアにはイザークが何について話したのか分かってしまったのだ。まるで任務の様に責任をもって自分を王都まで送ろうとしてくれているのだと感じられて嬉しくなる。
「護衛代…手持ちのお金で足りるかな。」
照れ隠しのようなものだったが実際、騎士を秘密裏に雇う報酬は高額だろうと覚悟はしていた。王都では質屋に行って売れるものはすべて手放してお金を作ろうと覚悟を決める。
「最悪出世払いにさせてね。私きっとお金持ちの誰かに気に入られて稼いでみせるから。」
ちゃんと払い終わるまで居場所を知らせると続け、シャディアもまた一口を食事を進めた。
「…少し聞いてもいいか?」
「なに?」
「どうして位が高い人たちを求める?」
イザークの問いにシャディアは瞬きを重ねることで反応を示す。その仕草はその先に続く言葉を待っているようにも見えた。
「城下や他の街や村でも音楽に触れている人たちは沢山いる筈だ。」
「うーん、そうね。確かに位が高い人だけが耳が肥えてるって訳じゃないんだろうけど、でもやっぱり多種の音色や楽器の種類を目や耳にしているのは…そういう人たちだと思うの。」
言葉を進めるにつれてシャディアの声は次第に温度を下げていった。それは少し強引な、それでいて突き放すように刺していく鋭さも含んだ言葉だとイザークは構える。ここまででこんな声を使うシャディアに触れたのは初めてだった。声の温度と同時に瞳に宿すものも冷たく染まった気がしてイザークは目を細めた。
「そういう人たちにしか分からない音楽っていうのもあるだろうしね。執着だってきっと…。」
少し掠れたような声はイザークに聞かせる為に出したものではないと瞬時に悟った。彼女の視線はわずかに下がりどこか遠くに思いを馳せているようだ。そうだと思えばすぐに気持ちを切り替えたようで次に視線を上げた時には今まで通りのシャディアがそこにいた。
「あとはお捻り?とか嫁にこないか?とかね。副産物も多そうだし。」
「…玉の輿、というやつか。」
「あはは、あれは半分冗談なんだけどね。別にこの腕を買ってくれるのならそれでいいの。お金に困ったらその辺の後腐れ無さそうなお兄さん捕まえればなんとかなるだろうし。」
「ぶっ!!」
気付かれないようにする為か少しずつ声や態度を明るく変えていくシャディアに違和感を覚えたが、その先の爆弾発言に一気に吹き飛んだ。吹き飛んだのは思考だけでなく喉に流し込もうとしていた酒もだった。
「大丈夫?」
「げほっげほっ!…っな、何を言い出すかと思えば。本気か?」
「嘘言ってるように見える?結構まじめなんだけど。お金が無くなりかけた時は何度か過ったよ。」
何度も過るほど金に困っていたのならなぜ単価が高そうな人間を選んで護衛を頼もうとしたのだと突っ込んでやりたい。しかしそれしか方法がなかったと今回のことは叱りにくい状況にイザークは唸った。
「…それでも若い女性が軽々しく口にしていい話じゃない気がするが。」
「大丈夫、イザークさんを誘わないから安心して。」
「その言われ方も複雑だな。」
「え?あ、違うよ?好みじゃないとかじゃなくて、イザークさんはそういうこと出来ないでしょ。」
さも当然の様に拒絶されたことに苛立ちを覚えてイザークの目が細くなる。そんな彼の中の誤解に気付いたシャディアはすぐに訂正の言葉を広げた。ただその中にも見つけたイザークの中で流し辛い単語に声が低くなる。
「…堅物だと?」
「…その言い方だと誰かにそう言われたのかな。」
「真面目すぎると。」
拗ねたように答えるイザークにシャディアは苦笑いをした。湾曲した解釈に困ってどう解釈しようかと考えるような声を出す。
「まだ少しの時間しか過ごしてないけど…イザークさんは真面目というより誠実なんだと私は思う。堅物ともちょっと違うかな。」
虫の居所が悪いイザークは酒を喉に流しながらシャディアの言葉に耳を傾けた。これはさっき浴場の前でからかってしまった自分も悪いのだと感じたシャディアが苦笑いを浮かべる。
「女性に対して紳士的、うーん…女性にっていうより誰にでもそうかも。優しくて、潔くて、寛大で、だからこうやって私の事も相手してくれている。」
これまで自分が感じたイザークからの優しさを一つ一つ思い出しながら言葉を繋げていった。いつもよりゆっくり、両手で何かを模る様に動かしながらも身振り手振りで自分の中にある言葉を探しながら伝えていく。
「すごく温かくて、綺麗な人で。」
自分に向けられた綺麗という言葉に疑問が浮かんで片眉を上げたが、問う前にシャディアが言葉続けた。
「だからイザークさんには不誠実な事をしてはいけないって私は思う。」
何故か強く力を持ったその言葉にイザークは惹きつけられた。
「イザークさんならきっと相手を思って全てを受け止めようとする。例え利用されていると分かっていても責めないんじゃないかな?」
「そこまで優しくはない。」
「でも私には優しい。」
イザークの中のシャディアの印象とまた違う言葉が紡がれたことに目を細める。その仕草は真意を探ろうとしているのか不快の表れかシャディアには判断ができなかった。しかしそんな事は気にならないのだ。
探り合いか、見つめあったまま沈黙を選んだ二人の間を軽快な音楽が通り過ぎていく。元よりシャディアがご機嫌だったのはずっと陽気な音楽を楽団が奏でてくれていたからでもあった。
「…優しくはない。」
「ふふ、そうだね。だったら尚更イザークさんは幸せにならなきゃいけない人だ。」
言い切ったイザークの声はほんの少し感情の荒さが伝わってくる。それを可愛らしいと感じているシャディアは決して軽んじているわけではなかった。ただ、イザークらしいと思ったのだ。
音楽が止まると歓声や指笛と共に拍手が沸き上がる。その音にシャディアは楽団の方へと身体を向き直した。団員たちが言葉を交わしている、どうやら次の曲が決まったようで目を合わせた団員たちは一斉に弦を揺らした。
初めの三音も聞けば何の曲か分かるくらいこの地方で親しまれているものだろう。音楽の始まりと共に客たちは賑やかに手拍子を始めた。次々に席を立って踊り出す客たち、シャディアはそんな様子を見て笑みを浮かべた。
「イザークさん、踊ろう。」
「は?」
「こんな楽しそうな音、踊らなきゃ勿体ないよ!」
「ちょ…っ!」
そう言って立ち上がったシャディアに手を引っ張られる形でイザークも立ち上がる。慌てて周りを見れば仲がよさそうに男女が両手を取り合ってくるくると回りながら拍子に合わせて身体を揺らしていた。
「俺っ踊れないぞ!?」
「気にしなーい!適当に回るだけでいいの!」
「足は大丈夫なのか?!」
「そんなに激しくなけりゃ大丈夫でしょ!」
しっかりと両手を握って向かい合っては身体を揺らす。片手を離して繋いだままの手を軸にシャディアはその場で軽く弾みながら回って見せた。
「ほら!」
次はあなたの番だと促してイザークも同じように回転させられる。躓きそうになるもシャディアはただただ楽しそうに音に身を任せていた。
「お、おい…っ」
怪我をした足は大丈夫なのだろうか、そう心配して見ればシャディアはうまく痛めた足をかばいながら音を取っているようだった。シャディアにリードされる形でイザークも音楽に浸っていく。
「あはは!上手!」
ふと周囲を見渡せば半分以上の客が自分たちと同じように踊っている景色に圧倒されてしまった。今までこんな体験をしたことがない。賑わいの中からは少し離れた場所にいるのがいつもの自分たちの居場所だったからだ。いつも聞こえていた賑わいの中心はこんな景色だったのかとイザークは新鮮な気持ちになった。
これはシャディアと居たからこそ見れた景色だ。
「ね、イザークさん!」
屈託のない笑顔でシャディアが何度も声をかけてくる。イザークに話しかける以外はずっと音楽を口ずさんでいるようだ。時折近くの客と目を合わせては互いに笑いあって楽しいという気持ちを共有していた。
「楽しそうだな。」
「もちろん!私は音楽家だよ!?」
音楽は私の全てだよ、そう続けるシャディアに思わず見惚れてしまうのは仕方がなかった。そのくらいシャディアは活き活きとしていたのだから。くるりと自分の懐近くまで入ってくるシャディアに戸惑いつつも、結局彼女が納得するまでイザークはひたすら付き合わされてしまったのだ。
それでもこれほど楽しい夜は初めてだと、認める自分に苦笑いを浮かべながら。
次回も章で更新します。