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#2. 付きまとう音楽家-4

「着いたー!」

「シャディア、これを。」


目的地に着いた馬車が止まり、降りようとした時にイザークはタオルをシャディアの頭にかけた。何事かと思えばイザーク越しに見えた景色に合点がいく。外は小雨が降っているようだった。


「足元に気を付けて。」


先ほどと同様にいつの間にかシャディアの荷物もイザークが持ち、痛めた足を気遣って手を差し伸べる姿は物語に出てくる人物のようだ。馬車から降りるとすぐにシャディアの大切な楽器を返してしっかりと持たせてくれる。


「…ありがとう。」


眺めていたから知っていたし、そうだろうと知っていたけど手を乗せて改めて感じた。シャディアよりも大きな手は力強く頼もしさを感じてほんの少し胸が高鳴ったのだ。


「ふふ。イザークさん、まるで王子さまだ。」

「…ん?何か?」

「何にも?」


この呟きは聞かれない方が都合がいい。それでも音にせずにはいられずシャディアは呟いたのだ。気のせいだったかと首を傾げるイザークはシャディアを気遣いながらもすぐに移動するように促した。このまま雨に打たれ続ければ風邪を引いてしまう。


「宿を取りに行こう。」

「もしかして同じ部屋?」

「ばっ!そんなことある訳ないだろ!!」

「冗談なんだけど。」


慌てて顔を真っ赤にするイザークを眺めてシャディアは冷静に言葉を足した。


「イザークさんて…。」


そこまで言いかけてシャディアは笑い、イザークは拗ねた様に顔をそむけると馬を連れて宿まで進み始める。手綱を持っているため手を引いてはもらえなかったが、歩幅は丁寧に合わせてくれているのを感じていた。


幸いにも一番近い場所の宿屋に入ることができ、イザークは馬の手入れを任せて二人は受付をすることにした。雨だということも合わさって人が多く宿の中は賑やかだ。


「二名様ですね。一部屋で宜しいですか。」

「二部屋用意してください。」

「えーーーー?お金勿体ないから別にいいのに…。」

「二部屋で!」


宿屋の主人は目を丸くしてシャディアとイザークに目を配らせたが、結局はイザークの意見を聞き入れた。やりとりから二人の間柄を察したのか、生暖かい目で何度も頷きながら手配をする主人にイザークはまたため息がつきたくなる。


ここでどれだけ弁解したところで無駄だと分かっていても否定したかった。そんな事はどうでもいいと先へ進もうとするシャディアにもため息を吐きたい。宿屋の主人の案内で宿内に隣の食堂と繋がる通路があると聞き、荷物を置いたあと食事はそこで取ることに決めた。


明日の馬車の時間も確認し、イザークは隣り合った二部屋の手続きをしてシャディアに鍵を差し出す。そこでシャディアの手が冷えていることに気が付いたイザークは予定を変更することにした。


「とりあえず荷物を置いたら風呂に入った方がいいと思います。雨に打たれて身体が冷えているでしょうから。」

「浴場から帰ったら?」

「こちらの部屋の扉を叩いていただければ。」


鍵を受け取り、部屋の扉の前に立ってシャディアは動きを止める。手の中の鍵を見つめたまま動かなくなったシャディアの異変に気が付きイザークが話しかけた。


「何か…。」

「イザークさん。」

「はい?」


イザークの反応を受けてシャディアは身体を彼の方に向き直した。その真剣な表情に何事かとイザークがたじろぐ。


「女の人に距離を詰められたり、触れられたりするのって苦手ですよね?」

「は!?」

「浴場付近には誘惑上手なお姉さんがたくさんいますからね。お気をつけて!」


そう楽しそうに早口でまくし立てるとシャディアは返事も聞かずにさっさと鍵を開けて部屋の中に入っていった。困ったのは取り残されたイザークだ。


「…一体何の助言のつもりだ?」


呆れるような苛立つような、何とも形容しがたい感情に襲われた憤りはどうすればいいのやら。イザークは遠慮なくため息を吐くと自分に充てられた部屋へと入っていった。


とりあえず冷えた身体を温めることが最優先だ。そう感じていた二人は部屋に準備されていた宿着を手に取り必要最低限の物をまとめて浴場に向かった。


「あ。」


部屋を出た瞬間、偶然にも二人は出くわしてお互いに見合ってしまう。


「タイミングばっちりですね。相性いいのかも。」

「…何故そう考えられるのか理解できない。」

「いつでも前向きなもので。」


呆れるように言葉を投げてもシャディアは楽しそうに跳ね返してくるだけだ。また一つため息を吐くとイザークは手で足を進めるように促した。


「さっきのはどういう意味で?」

「え?」

「浴場云々について。」

「ああ。」


何となく引っかかっていた疑問を突き出してみればシャディアは大したことではないというように口を開く。


「綺麗なお姉さんは湯上りの男性を狙って浴場付近にいらっしゃるそうなんです。」


その標的になりそうだなと感じたので忠告をしただけだとシャディアは続けた。


「…普通逆じゃないのか。」

「いや、案外そうでもなくって…。」

「忠告する立場が逆ではないのかという話だ。」


言葉を遮ってイザークが詰め寄ってきたものの、とても納得できないシャディアは不満げに小さく唸った。


「イザークさん、こういうことに疎そうだし。」

「…そこまで酷くはない。」

「控えめな否定だ。」


「とにかくだ。」


嘘がつけない性格なのかイザークは盛大に眉間にしわを寄せて自分の中の語彙を引っ張り出す。取り繕う言葉が見いだせないまま発した答えに結局は笑われてしまうのだ。


「浴場は確かに注意した方がいいかもしれない。私の方が早く上がるだろうから近くで待機しておこう。」

「待っててくれるの?」

「だからと言って焦って上がらなくてもいい。」

「でも。」

「足を痛めているだろう?ゆっくりと浸かって疲れを落としてきてくれ。私も不審なものがいないか十分に観察して本部に報告する必要がある。」


最初に注意という言葉を使ったということは、街で男に追われたような危険のことを含んでいるのだろうとシャディアは理解した。任務のような感覚でいるのかイザークはさっきまでとは違って受け答えがはっきりしている。これが普段の仕事している時の顔なのだろう。


さっきまでと少し雰囲気が変わってシャディアは何故か少し寂しい気持ちになった。


「ありがとう、イザークさん。じゃあ、もう少し砕けた話し方にしてくれない?」

「…何故そうなる。」

「だって硬すぎる。」

「だからこれは…。」

「年上の体格いい人から堅苦しい言葉を使われている女の人、これって結構目立つと思いません?」


シャディアの言葉にイザークの思考が停止した。


「私の身に起こる危険を警戒してくれているのなら、変に目立たない方が得策じゃないかなと。ね?」


言葉もなくシャディアを見つめていたかと思うと、イザークの表情が面白いように変わっていく。これは間違いなく自分の中の葛藤と戦っている表情だった。折れたくないが折れなくてはいけない、天を仰いでは項垂れて首を捻ってはまた仰いで、感情の移り変わりが目に見えて実におもしろい。


それは少しずつ浴場に歩いていく間ずっと繰り返されていた。イザークを振り回して楽しむなんて自分も随分と意地悪になったものだとシャディアは可笑しくなる。


「イザークさん。じゃあここで待ち合わせね。」

「あ、ああ…。」

「ちょっとお待たせするかも。」

「気にせずゆっくりしてくるとい…。」


そこまで口から出るとシャディアの何か言いたげな視線に気づいて言い淀んだ。


「ゆっくり…どうぞ。」


適度な崩しどころが見つからなかったらしく、イザークの台詞は腰が引けた今の体勢の様になんとも頼りないものになってしまった。


「…ふふっ。はーい。」


堪えきれず笑ってしまったことを咎められる前にとシャディアは女性側の浴場へと入っていく。そこに残されたのは芯まで身体が冷えつつある無残な男の姿だ。


「…疲れた。」


年下の女性にいいように振り回されて一体自分は何をしているのだろう。せめてもの救いは上役たちがこの場にいない事だと、今日何度目かの慰めにため息が落ちた。足元に浸みこむような悲しい声を漏らしてイザークも浴場へと入っていった。


しかしそこは騎士としてここまで努めてきた誇りがある。イザークは浴場にいる間も外でも変わらずに不審な人物がいないのか注意を怠らなかった。行き交う人々の会話、関係性、動き、全てに目を光らせても特別変わったことは無い。


それでいうと、シャディアと出会ったあの街でもあの男以外は特に変わったことは無かったのだ。


「…俺の目をすり抜けているのか…。」


あそこまでの異常さを見せるのは余程の事がない限り滅多にない。むしろ騒ぎを起こすのは一般市民の方が多いとイザークは知っていた。


「…二度襲われた…これは偶然か?それとも奴らの狙いに彼女が当て嵌まっている?」


心の中で呟いた言葉が声になるかならないかの音で口からこぼれた。イザーク自身、上役や同僚からの評価をそのまま受け取ればなかなかの感覚を持っている筈だ。不審な動きをするものがあれば間違いなく気が付ける。


その信頼もあって帰省ついでに街の様子を見て来いと上役から任務を貰っていた。


「イザークさん!」


手にしていた本を適当にめくるふりをしながら周りを観察していたイザークの元へシャディアが歩いてくる。その様子から彼女の足の状態は酷いものではなかったのだと感じられてイザークは密かに安堵した。


まだ回復には時間がかかるだろうが、長旅で悪化した様子も無い。それは実に喜ばしい事だった。


「お待たせしました。」

「いや。」

「どうでした?綺麗なお姉さんたちから声をかけられたりした?」

「…いや。」


まだそのネタを引っ張ってくるのか、そういう思いで苦笑いを浮かべたイザークにシャディアは悪戯が成功した子供の様に笑う。時間が経つにつれてシャディアはどんどん見せる表情を増やしていった。まるで近所の子供に懐かれるような気分だとイザークは肩を竦める。


「お腹が空いたー!ご飯に行きましょう!!」

「まずは荷物を戻してからだな。」

「もちろん!」


無邪気に笑うシャディアはきっと警戒心を手放しているだろう。イザークはそう考え静かに神経を研ぎ澄ませた。自分の中から消えない違和感を信じて何も無いように演じ続けることにした。


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