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#2. 付きまとう音楽家-3

「イザークさんって普段はあまり馬車乗らないの?」

「…まあ。」


その態度、言葉からは馬車に乗りなれている様子は見受けられなかった。そういえばと外を見れば一頭、車をひくものとは別に馬がつながれている。イザークは何度となく繋がれた自分の馬を見ては身体を少し揺らせていたのだ。まさか、その可能性が浮かんでシャディアはイザークを見た。


「いつものイザークさんなら夕方には着いてる?」

「…急ぎなら昼過ぎには。馬車とは違い速度を求めるので。」

「ごめんなさい、付き合わせちゃって。」

「は?」


完全に何も考えずに口から出ている言葉はイザークの素のものだろう。一瞬何を言われているのか理解できなかったのか、シャディアと目を合わせた瞬間に納得したような表情をした。


「今更ですね。」

「ええ…まあ…そうですけど。」


痛いところを付かれしおらしく顔を逸らして俯くとイザークのため息が降ってくる。


「性分です。自らの足で動くことが多いので、こう…運ばれるという状況に落ち着かないだけですから。」


少し不本意な色を混ぜながら答えるイザークは確かにその言葉通りだと思った。組んでいる手は親指が落ち着き場所を探して動いている。イザークは騎士だ。ともすれば馬車に収まるようなことは彼の言う通り余程のことがない限りないのだろう。これはもしかして苦行だろうか、そう思いシャディアはイザークに先ほどのお菓子を差し出した。


「お菓子もう一つどうですか?」

「いや、甘いものはもう。」


きっと馬車に乗り慣れていない分、かなり窮屈に感じている筈だ。触れるか触れないかの距離をとって、大きな身体を狭い馬車の中に押し込めるのは大変だろうに。改めてイザークの身体つきの良さに感心していると車内が大きく揺れた。


「わわ…っ!」


車輪がくぼみにはまったのか馬車が大きく揺れてシャディアはイザークの方に揺さぶられてしまった。反射的に相棒の楽器、ドーラを抱きしめて守ったが思ったよりも自分に与えられる衝撃がない。


「大丈夫ですか?」

「え?」


頭上から聞こえた声に誘われて顔を上げれば、すぐ目の前にイザークの顔があり思わず目を見開いて固まってしまった。


「ごめんよ、お嬢さん。」


そう言いながらイザークとは反対隣のお菓子をくれたおじさんが身体を起こすのが肩越しに見えた。全く状況が理解できていなかったので言葉を返すことが出来なかったが、数秒してシャディアとおじさんの間にイザークの腕があったことに気が付く。


イザークが雪崩れてきたおじさんを堰き止めてくれていたのだ。


「シャディア、足は?」

「え、あ、大丈夫…。」


反射的に答えたものの放心に近い状態のシャディアに納得はしてもらえていない様だった。


「えっと…。」


シャディアは怪我をしている方の足に目を向けた。軽く動かしてみても特に新たに痛みが増えているわけではなさそうだ。何にもぶつかっていないし、変に力が入らなかったことを確認する。


「うん、大丈夫です。」


今度こそ納得がいったのか、イザークは頷くとシャディアの身体をゆっくりと起こしてやった。今はもう通常の揺れに戻った馬車の中で少し前までと同じ位置に座り直す。イザークの腕もシャディアを抱え込む様な形から元の胸の前で腕を組む体勢に戻った。あの一瞬の揺れの中で素早くシャディアをその腕の中に入れてくれたのだ。


あの僅かな時間にシャディアを労わる為の色々なことを考えて守ってくれたのだ。シャディアは視界の中の自分とイザークの足を見つめて心が温かくなる。


「…やさしいな。」


そう呟いたのは胸の内なのか声に出ていたのかは分からない。イザークはシャディアを心配してくれているのだ。シャディアは馬に乗れないわけではない、でも足を怪我しているという理由から馬車を移動手段に選んでくれたのだ。自分の馬をわざわざ繋げて運んでもらい、慣れない面倒なことを何も言わずにしてくれているのではないのだろうか。


こんな押しかけて強引に自分のペースに巻き込んだシャディアを気にかけてくれている。ほんの少し後悔をしながら、時折外に繋がっている馬をすがるように見つめながら。なんて優しい、なんて可愛らしい。何だか嬉しい気持ちが高まってシャディアは表情が崩れてしまった。


「ふふ。」


堪えきれずに笑みがこぼれてしまう。シャディアの声に気付いたイザークが不思議そうに見つめてきたので目が合った。シャディアの笑い声の理由が分からず片眉を上げて何かと表情だけで問いかけてくる。その可愛らしい表情にシャディアはまた少し笑ってしまうのだけど。


「イザークさん。」

「はい?」

「ありがとうございます。」


突然のお礼に理由が分からなかったのかイザークは目を丸くして見つめ返す。しかしにこにこと微笑むシャディアの様子からさっき支えたことだろうと解釈して笑みを浮かべた。


「いえ。」


気にするなという意味だろう、腕を組んだままの手が指先だけ伸びた。その些細な行動も、自分の声に答えて貰えた事も嬉しくてシャディアははにかんだ。


よくよく見れば笑みを浮かべることが少ないものの、わずかに崩れる表情がいいものだなとシャディアはイザークの横顔を盗み見しながら考えていた。しかしふとある疑問が浮かびシャディアはイザークの顔をじっと見つめた。整った顔立ち、それは分かってはいたが改めて思う事がある。


「…イザークさんの方が私より年上よね…?」

「まあ…おそらくは。」

「ねえ、その敬語やめてくれない?年上からそんな風に言われるのも何だか変な感じがする。」


覗きこむように窺えばイザークの表情が戸惑いと苦々しいものに変わっていく様が見えた。これは心底面倒だと思っているなとシャディアも察することになる。


「…距離感というものを察して欲しかったんだが。」

「え~~~~~~~?むだ~~~~~。」

「語尾を伸ばさない。」


低く落ち着いた声に諭されてもシャディアは納得がいかない。これ以上踏み込むなとでも言いたいのか、それにしてはイザークが親切にしてくれている節も多々あるのにと頬を膨らませた。


そうこうしている間に馬車は目的地の街に着いたようで、お菓子をくれたおじさんを含め乗客は次々に馬車から降りていく。イザークは立ち上がる時も馬車から降りる時も手を差し出してシャディアを自然と支えてくれていた。


「距離感って…こうやって手を握ったり寄り添う近さで座る仲なのに。」

「補助や馬車の席は判断材料にならない。」

「抱き寄せてもらったのも?」

「だっ!!!!???」


あまりの衝撃でどこから出たのか分からない声は喉を圧迫して息が詰まったようだ。喉を押さえながら肩で息をするイザークの背中をさすってやる。


「大丈夫?」

「ちょ…そういう誤解を受けそうな言葉は避けていただきたい。」


顔を赤らめ涙目でシャディアを睨むその姿は、精悍な顔つきで周囲を警戒するものとは異なり愛嬌があった。ああ、やはりなんて可愛らしいのだろう。


「あれは馬車の中の事故でしょう。」

「でも私の腰をこう…。」

「説明は不要です。」


顔を真っ赤にして自分の発言に反応するイザークが可愛く思えてときめいた。


「イザークさんって…。」


そうなのね、とシャディアは勝手に納得して何度も頷く。その反応はいつも見る他の誰かと重なり、シャディアが何を考えているのかイザークは察しがついたようだ。


「何ですか。」

「いいえ。何も。」


ドスの効いた声は笑顔でさらりとかわしてシャディアは手を差しだす。


「旅は道連れ世は情け。仲よくしましょ。」


歌うように出された言葉はみるみるイザークの顔色を悪くさせた。


「お先真っ暗だ…。」

「楽しい歌でも歌いましょうか。」

「そういう問題じゃない。」


不貞腐れながらもちゃんと言葉を返してくれるイザークに顔がゆるんで仕方がない。何となくイザークは最後まで付き合ってくれそうな予感がしてシャディアは胸があたたかくなった。


意外にも待ち時間の短かった乗り換えはほぼ貸し切りのようなものだった。御者に断りを入れて馬を繋がせてもらうと数組しかいない客車へイザークが乗り込んでくる。人が少なくてもシャディアの隣に座るイザークに思わず頬が緩んだ。笑顔で自分を見つめるシャディアに気付いたイザークは不思議そうに眉を上げた。


「何か?」

「ううん、この馬車を降りたら今日の目的地よね?」

「ええ。」


質問に答えるなりイザークはすぐ足の容態を尋ねてきた。問題ないと言えば再び納得の声と共に頷いて胸の前で腕を組む。どうやらこれはイザークのお決まりの姿勢のようだ。


「イザークさん、手遊びでもする?」

「手遊び?」

「子供の頃よくやったの。イザークさん勝負勝負!」


何だかんだと言いながらもイザークはシャディアを無視することなく付き合って、他愛のない話をしながら二人は馬車に揺られ続けた。次の街に到着したのは夜も近い夕方の頃だった。


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