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#1. 駆け出した音楽家-3

「少し尋ねても?」

「はい、何でしょう。」

「…先程は追われていた様でしたけど。」

「え?ああ…よく分からない言いがかりを受けて。お酒でも入っていたんでしょうかね?あの人、急に演奏をやめろと叫び出したかと思えばこの子を奪おうとしてきたので慌てて逃げたんです。」


この子、そう言いながらシャディアが触れたのは間違いなくその楽器で。その仕草や言い方でシャディアがどれだけ楽器を大切にしているかイザークに伝わってきた。楽器を包む布から出た紐は常に自分の手首にかけられていて片時も離さないように工夫されている。シャディアにとって大事なものであることは明白だ。


「本当…無事でよかった。」


そう呟いた声はとても小さかったけどイザークの耳にも届いた。次第に目が曇っていくのをイザークは見逃さない。シャディアの中で渦巻く感情は綺麗なものではなかった。


本当にあの時はどうなるかと不安や恐怖でいっぱいだった、そして少し離れた今もまだその余韻はある。やはりどう考えても何が原因かは分からなくて、何でもないようにイザークには吐き捨てたが、その実本当に怖かったのだ。街並みも空気も人々の雰囲気も温かくて気に入っていたのに。


「来たばかりですけど、揉め事が起きた以上もうこの街には居られませんね。」


せめて名物食べられて良かったです、そう続けて寂し気に肩を竦めるシャディアにイザークの眉が寄って目を細めた。


「失礼ですけど…どうして旅を?」

「あー…えっと、まあ思うところ?がありまして。」


先程までとは一変、急に目を泳がせシャディアは明らかな動揺をみせて言葉を濁す。少し引きつった笑みを浮かべて忙しなく食事に気持ちを切り替えたようだ。聞かれてはいけないのだろうか、うっかり踏み込んでしまったとイザークは申し訳なく思った。


女性のあれやこれやを聞き出すなんて、あの人たちに知られたら何を言われるか分からない。ほんの少しかいた冷や汗を無かったことにするようにテーブルの上を見渡した。


「これも美味しいですよ。」


まだシャディアが手をつけていない料理を差し出して話題をかえるしかない。そして自分の分も皿にとって食事を進めていく。


「…ありがとうございます。」


そんなイザークの振るまいに瞬きを重ねてシャディアは小さくお礼を口にした。気持ちを汲んでくれたのだろうか、そんな気がして申し訳なく思った時だった。


「いらっしゃーい!」


来客を歓迎する声と共に鋭い顔つきになってイザークは入口に視線を送る。僅かな時間だったが、すぐにその厳しさを解いてまたシャディアとの食事に意識を戻したようだ。シャディアはイザークという人物にただただ感心してしまった。


「イザークさんはとても優しい人ですね。」

「…はい?」

「今も私の身を案じてくれているんですよね?ありがとうございます。」

「あ、いえ。」


素直に感謝を伝えれば、イザークは当然の事だと言わんばかりに制してきたのでシャディアは少し申し訳なく感じた。それと同時にシャディアが抱えていた違和感に近い疑問のようなものを口にしてしまう。


「私、実は村を飛び出して旅に出たんですけど…想像以上に治安が悪くて驚いているんです。街の人は慣れているのでしょうかね…私が知らなさすぎるのかな。」


最初こそ自分に向けられた言葉だったが、少しずつ独り言に変わりどんな立ち位置で聞いていいものかイザークは困ってしまった。彼にとってそれは聞いてほしかったのか、胸の内で留められず口から零れてしまったのかは分からない。


しかし気になる部分を見付けてしまった以上、念のために聞くことにしようとイザークは口を開いた。


「治安が悪いというのは…さっきの事ですか?」

「はい。少し前の街でも同じような事があったので二度目です。」

「二度目?」

「ええ。楽器を持ってると狙われるのでしょうか?」


そう言いながら楽器に触れるシャディアにつられてイザークも楽器をくるんである荷物に視線を向けた。


「いや…そんな事は…。」


そこまで口にしたがふと疑問が浮かんで言葉を変える。


「…それは高価な楽器ですか?」

「この子がですか?いいえ、私の手作りなので。」

「手作り!?」

「ご覧になりますか?」


そう言いながらシャディアはイザークが頷く前にはらりと布を部分的に開いて見せた。


そこにあったのは木目調の弦楽器、朱色や藍色で所々に模様が描かれたものだ。よく見るものと少しだけ雰囲気が違うようだが、残念ながらイザークにはそれ以上のことは分からない。


それがしっかりと顔に出ていたようで、眉間にシワを寄せ精一杯目を凝らして価値を探ってみるものの難しかった。


「ドーラと言います。」

「…すみません、私はどうも疎くて…。」


正直に打ち明けて項垂れる。それでもと頭を掻きながらまた目を向けてみるものの、それはやはり楽器という枠を越えて読み取れるものはなかった。教養のなさがここに出るのかと口からこぼれてしまうが本人は気づいていないらしい。思いがけないイザークの姿にシャディアはたまらず笑ってしまった。


「…お恥ずかしい。」

「いいえ。楽器だということさえ分かってもらえたら。」

「さすがにそれは分かります。」


仕切り直す様に食べ物を口に運び続けるイザークが可愛らしくて仕方ない。控えめにとは思うが、どうにも楽しくてシャディアは笑いが止まらなかった。こんなに笑ったのはいつ以来だろう。


「騎士さまって少し近寄り堅い印象でしたが、イザークさん見てるとそうでもないのかと感じました。」

「…っぐ!」


楽器に布をかけなおすとシャディアは緊張を解いたように大きく息と言葉を吐いた。それとは対称にシャディアの言葉によってイザークは身体を固くし喉を詰まらせてしまう。


「大丈夫ですか?」


胸を何度も高速で叩いて水を一気飲みしてやり過ごしたが、先ほどの衝撃はやり過ごせなかったようだ。


「し…失礼。あの、どうして?」

「はい?」

「いや、さっき、騎士とか何とか。」

「え?イザークさんって騎士さまですよね?」

「はいっ?!」


どこから出したのか、先ほどまでのイザークからはおおよそ予想もつかない間抜けた声が聞こえてくる。これはどう対応したものかと疑問が過ったが、それよりも先に生まれた答えがシャディアの口から考えなしに飛び出してしまった。


「だって腰に剣を装備してるし、雰囲気からして明らかにそれっぽい。ここにも詳しそうなので…丘の上の基地に所属なのかと思ったのですが…違いましたか?」


切り出したはいいものの、次第に語尾が弱くなってしまうのは目の前の人物の様子がおかしいと感じたからだと思う。流れて出てきた予想は自己紹介を他人にされているような気分でイザークは居心地が悪くなった。


「…この街には初めてだと…。」

「はい。まだ一日も経っておりません。」


この地に来たばかりなのに、よくそこまで周りを記憶することができるなと感心さえするほどだ。旅慣れているからだろうか。さっきも袋にぶつかったことや中身を予測したことを思い返しても観察力が人よりは優れているような気がする。そんな考えを巡らせながらイザークは目の前の女性をまじまじと眺めた。


「…私は基地所属の騎士ではありません。」

「そうですか…。」

「残念ながら。」


予想を否定するイザークの答えにシャディアは肩をすくめて本当に残念だと眉を下げた。あの鋭い目は戦いをしている人の目だと思ったのに。本当に違ったのか、あえて隠しておきたいのか、曖昧にしておきたいのか、とにかくこれ以上は続けたくない話のようだ。


人当たりのよさそうな雰囲気を醸し出しつつもそこまで人を寄せ付けない絶妙な空気を持っている。少しの答え合わせをした今、改めてイザークという人物について考えてみた。最初はただ非番の騎士さまがたまたま居合わせた困っている旅人に親切にしてくれているのだろうと思っていた。この街の治安のことも合わせて考えたらそうだろうとも。


イザークは親切だ、とても。しかし親切にも一線を引いているようで肩入れはしないのだと思う。それは騎士である職業故だと考えていた、この先の親身になる役割は街の警吏隊だからなのだろうと。


「警吏隊の方ですか?」

「いえ。…私はこの街の住民ではないので。」

「え?」


これはまた意外な答えにシャディアは更にイザークに興味がわいた。騎士でも警吏隊でもないなら彼は一体どういう人なのだろうか。どう見ても品はある、ただの一般市民というには無理があるだろう。彼自身は貴族や位の高い人物ではないのか、もしかしたら彼の周りには多いのかもしれない。


でもそれってどういう立場になるのだろう、そこまで考えてシャディアは考えが深みに嵌ってしまった。それは少し自分本位な企みだった。


初対面、しかも恩人に対してどんな目線で思いふけっているのだという制止をしたいところだが好奇心は止められないようだ。携えてある剣は使い込んであるように見える、手入れがしっかりされているからかきっとそれなりに価値がある物だからか古ぼけては見えない。間違いなく彼は剣技に通じている筈だ。


「…いけるかも。」


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