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心の病 part2

作者: pinoneko

小学生の頃に、母親が首を吊っている所を目撃した主人公唯斗。

その事がキッカケで心を病み、人との関わりを拒んで生きてきた。

そんな唯斗が高校生に入学をして、小林キキという女性と出会った。

彼女との出会いから、母親の件で一度辞めたサッカーをもう一度始める事になったり、彼女を救うために喧嘩をしたりと騒がしい日々を送る事になる。

彼女と過ごす時間の中で唯斗は笑顔を取り戻す事ができ、癒えることがなかった心の傷が少しずつ癒えていく事を体感する唯斗だったが、彼女には秘密があった。

彼女は唯斗を入学前から知っていて、唯斗を目的として高校に入学をしてきたのだった。

彼女は一体何物なのか—。

また唯斗の想いは届くのだろうか—。

この信号が変わったら言おう。

そんなことを考えながら何個も信号を渡ってきた。

彼女に振られたらどうしよう。

そのことが、そのことだけが頭に引っかかり声を出せずにいた。

そんなことを何度も考え、信号を何個も渡っていると彼女の家の前についていた。

「送ってくれてありがとう!今日は本当に楽しかったよ!また学校でね。」

意気地なしな自分に本当に嫌気がさした。

 何度もチャンスがあったのに、覚悟も決めたはずだったのに、目の前にいざ立つと本当に怖くて仕方がなかった。

それでもこのことだけは伝えたかった。

「あのさ、小林さん」

彼女は少し間を開けて返事をした。

「...小林?」

はあっと小さくため息を溢して言い直した。

「キキさん」

「…なに?」

「部活辞めようと思うんだ」

彼女の顔を見るとポカンとしていた。

「え、なんで?この前の事があったから?」

彼女は珍しく真剣な表情で僕に問いかけた。

「ううん、それは関係ないけど理由を話すことはできないんだ」

ごめんと付け加えようと彼女の顔を見たときに驚いた。

彼女の目から涙がツーッと溢れていた。

 僕は戸惑い、頭が真っ白になった。

彼女は何も言わず、玄関の扉を急いで開け、家に入ってしまった。

彼女の涙の理由を考え、僕はただその場に立ち尽くしていた。


 翌朝、昨日の事を思い出し、どんよりとした気分とどこかキキさんと会うのが気まずい気持ちで学校に登校をした。

キキさんのカバンが机に置いてあるのが見えたのでキキさんは学校にはついているがどこかに行ってしまったのだろうと思った。

彼女が教室に入ってきたらなんと声をかけるべきなのかを必死に考えていた。

 昨日のことを聞きたいが学校の中でなんで昨日は泣いていたの?なんて聞いたら失礼だろうと思い、ここは無難におはようと言うことが正解だろうと勝手ながら解釈をした。

キーっとドアが開く音がして扉の方に顔を向けたが、そこに現れたのは少し泣いた後が残っているキキさんと鬼の形相で僕を睨みつける高田の姿だった。

あまりの形相に背筋がピンっと張ってしまい声をかけるタイミングを見失ってしまった。

 授業が始まっても授業の内容なんか頭に入ってくる訳もなく、キキさんの泣いている理由についてずっと思考を巡らせていた。

まず原因は部活をやめると言ったことであることは間違いなく、僕の癖で悪い方へと思考が言ってしまった。

「恋愛禁止の部活動」、彼女はどこか抜けているところはあってもそこは最初に説明もあった理解しているはずだ。

そこを辞めると言い出した僕に告白されると思い、友達だと思い込んでいたキキさんは関係が崩れてしまうことが嫌で涙を流したのではないだろうか。

 キキさんはサッカー部に所属しているからそういう関係にはならないだろうと思い、今まで僕に対して遊びに誘ってくれていたのではないだろうか。

キキさんは僕のことを友達として接してくれていて、そこに僕が恋愛感情を持ち込んでしまったのだ。

 てつやと花火をしたあの日に覚悟は決まったはずだったのに、振られることが分かってしまうと僕の覚悟がいかに弱く、脆いものだったのかが分かる。

そして、僕がこの想いをキキさんに伝えてしまえば、この関係は本当に終わってしまう。

告白をして、振られて、じゃあもう一度友達からやり直せるとは到底思えず、今まで通りとは行かないことは分かっていた。

そう思うと、自分の抱いていた感情に恥じらいを感じてしまい、自分の気持ちを悟られないように、心に蓋をするみたいに、机に顔を伏せた。


 それからキキさんとは一度も会話をせずに放課後を迎えた。

てつやはいつも通りに声をかけてきてくれた。

「唯斗、退部届今から渡しに行くのか?」

てつやの声が聞こえているのか、高田とキキさんがその声に反応してこちらを見ているのがわかった。

「あ、うん。…渡しに行くよ」

サッカー部を辞めることの意味は無くなってしまったが、てつやと話したことを無かったことにしづらくなってしまった僕は咄嗟にそう返事をしてしまった。

「そっか。俺はじゃあ部活に行ってくるから気をつけてな!!」

てつやは昨日と今朝のことを知らないから僕のことを覚悟を決めたかっこいい男として応援してくれているのだろうが、僕はそんなにかっこいい男ではなく、むしろ意気地なしのダサい男だということを知らない。

「頑張ってね。また明日!!」

精一杯の元気を振り絞っててつやにまた明日と伝えた。

 その後、丸山先生のところに行き、退部届を渡したが先生は何も僕に聞かなかった。

「ルールなんて破ってもいいんだぞ」

急なよくわからない名言を一言だけ披露し、先生は退部届を受けとった。

 足元を見ながら階段を降り、廊下を歩いていると僕の視界に足が2本現れて僕の歩いていた足を止めた。

「立切、あんた何がしたいの?」

フッと顔を上げるとそこにいたのは高田だった。

「あれ、キキさんは?」

質問の問いかけに対する反応ではなくキキさんのことを聞いてしまった僕は僕に対して少し、懲りないやつだなと憐れんだ。

「たく..あんたまで下の名前で呼んでんのね。キキは部活行ったよ。あんたサッカー部辞めんの?」

やはり高田は今朝、キキさんにそのことを言われていて僕を睨んでいたのだろう。

「うん」

僕は高田の目も見れずに二つ返事をした。

「なんで?」

「なんでって言われても...」

「きき泣いてたよ」

知ってるよ。そんなことは。

「ああ、知ってるよ」

「なんで泣いてるのかは知らないでしょ」

そこも知ってるよ。理由ならいっぱい考えて結論も出た。

「知ってるよ」

「いや、あんたは知らないよ」

なんだこのいたちごっこは。

間髪を入れず、高田は話を続けた。

「あんたはききのことを知らないし分かってない。けどききはあんたのことよく知ってるよ」

僕だってキキさんに適当に絡んでいたわけでもない。高田に言われたことに少し苛立ちを覚えた。

「最初にききにあんたのことを言われた時にどんなやつかと思って見ていたけど、あんたがいい奴なのはわかった」

「他の人には手を差し伸べたりはしないけど、ききには必ず手を差し伸べるし、自分が危険になってもあんたは守った。富永の件も益田の件もそうだった」

今更なんなんだ?これ以上キキさんの話はしたくない。

「あんたしかいないの。私じゃダメなの。あんたならキキのこと本当にわかってあげられるし守れる」

高田が何を言っているのか全く理解できなかった。

守る?何から?

「高田、さっきからなんのことを言ってん...」

「れな」

僕の後ろから聞きなれた声が突然聞こえてきた。

後を振り返るとキキさんがいた。

「れな。何してるの?なんの話をしているの?」

もう一度振り返ってみると初めてみる高田の焦った表情が目に写った。

「いや、立切が部活を辞める理由について聞いてただけだよ。キキも気になってたでしょ?」

「そりゃあ、気にはなるけど。唯斗くんが話せないなら無理に聞きたくはないよ」

キキさんがそういうと高田とキキさんの間に謎の間ができて、僕が何か話さざるを得ない空気になったのが感じられた。

「バイト..そう、バイトがしたくて。お金がどうしても欲しくなって。部活してたらバイトできないから辞めようって思っただけなんだ」

とっさにでた言い訳はバイトだったが理には叶っているしなかなかの言い訳だった。

この言い訳が場を収めることができるのか不安だったがキキさんの方を振り返った。

「え。バイト?バイトだったの?」

キキさんは呆気に取られた表情をしていたがしっかりと僕の目を見て言っていた。

「サッカーは好きだけど今はアルバイトをどうしてもしたくて...」

これは押せばいけると確信をした。

「なんだ...そんなことなら昨日行ってくれたら良かったのに!!ほんと唯斗くんは言葉足らずだなあ」

「はは...ごめんごめん」

「私のせいかと思ったよ。本当に」

まあ、キキさんのせいかと言えばそうではあるが、人のせいにするのはよくないだろう。

「別にキキさんは何もしてないじゃん」

「そっか。良かった。サッカーしなくなるのは悲しいけど本当に良かった」

キキさんは僕の気持ちに気づいていたのだろうか。

 友達の関係を続けることができて本当に嬉しいと思っているのだろうか。

この時に僕は思った。

キキさんとは友達の関係を続けて、少しづつ距離を縮めることの方が良いのだろう。

彼女に自分の気持ちが完全にバレないように振る舞って、少しづつ距離を縮めていこうと。


 世の中には色々な恋愛像があってその分、過程もある。

仲の良い男女がいて、どちらか片方が意識をしてしまえば関係は徐々に壊れていくだろう。

 恋をしてしまった片方はすぐに答えを求めずに徐々に距離を縮めて意識してもらい発展する。

はたまた、男らしく距離を詰めてアプローチをして意識してもらう。

それとは反面、どちらとも既に両思いでベストなタイミングを逃し、徐々に距離を詰めようとおとなしくしていた結果、片方にこの人は気がなく友達だと思っていると思われてしまい徐々に友達としての距離は縮まってはいるが、恋愛としての距離が離れていってしまう。

それに気がつけず失敗をする。

だが、そのどれもが結果論であり正攻法なんて存在しない。

 だから青春は儚いもので、失敗もして成功もする。

成功した人の助言を幾ら聞いたところで自分も同じ結果になるとは限らない。

皆んなが口を揃えて言う。

人によると。

 インターネットで”○○されたら脈あり”なんて書いてある記事を見ても当てはまる人もいるし当てはまらない人もいる。

というかそんなことを調べる人はだいたい安心したいから調べているに過ぎず、脈なしですと書かれても違う検索方法でまた調べて当てはまった記事だけを信じるだろう。

その1人の人の気持ちですらこのインターネットが普及した時代でもわかりやしないのだ。

気を持たれたいから格好をつける、気を持たれたいからクールなふりをする、気を持たれたいからお金持ちのフリをする、気を持たれたいから分かったフリをする、気を持たれたいから嘘をつく。

 そのどれもが1人の人を意識した結果なのだから素敵だが、いつかは必ず足を引っ張る。

もっと必死に生きていたら、もっと必死に向き合って話をしていたら、もっと必死に自分の思いを伝えていたらもっと彼女のことを理解していたら、あんな事件は起きなかったのではないだろうかと思うが、人生は皮肉の連続でその事件があったからこの先があって、今があると。

この時の僕はまだ知らない。


――高校2年生の春。

 部活を辞めて少しすると、高校に入学をして一年が過ぎた。

2年のクラス発表で僕はまた、キキさんと同じクラスになったが、それだけじゃなく、てつやも同じクラスだった。

高田は他クラスで、キキさんと一緒にクラス発表を見にきていてかなり落ち込んでいた。

「れなは残念だったけど唯斗くんとまた同じクラスになれて本当に良かったよ!」

「またよろしくね...」

キキさんの後ろで僕を睨みつける高田に少し遠慮しながらそう答えた。

 部活動を辞めたが、学校ではキキさんともてつやとも話をしていたし、部活をしていた頃と変わらない日常を送っていたが春休みの間はてつやとは遊んでいたが、キキさんとは連絡は何度か取っていたがキキさんが忙しく、遊びに行くことは無かったので、久しぶりの再会だった。

久しぶりに会ったからか、彼女が少し疲れているように見えたのが気になった。

「春休みはかなり忙しそうだったけど大丈夫?なんかげっそりしているように見えるんだけど」

「あれ、言ってなかったの?キキ」

高田が間髪を入れずに話に入ってきた。

「学校には内緒なんだけど、キキ春休みの間、部活動とバイトしてて朝から夜までずっと動いてたんだよ」

部活をしながらアルバイト?

そんな話は聞いていなかったので心配になった。

「学校があるときはできないけど、春休みだとかなり時間が空いていたからね。ちょっとお金が必要になったこともあったから」

そうだったのか。

僕は春休みの間、バイトをしてゴロゴロしていただけだったから、部活動とアルバイトを両立させたキキさんがものすごい偉人に見えた。

「お疲れ様!あまり無理しないでね」

今になって知ったので体を気遣うことしか僕にはできなかった。

この時にキキさんの後ろから僕の目をじっと見る高田に違和感を覚えたが、なにか触れることはなかった。

 それぞれが新クラスの教室に戻って先生の話を聞いて下校になったが、キキさんは忙しくカバンを背負って僕に「また明日!」とだけ伝えてそそくさと帰っていった。

僕はあくびをしているてつやに声をかけた。

「てつや、今日って部活ないの?」

「お!遊びの誘いか!嬉しいけど普通に部活があるんだよな〜」

部活は普通にあるのか。だとしたらおかしいな。

「キキさん帰ったけど大丈夫なの?」

「あ〜。唯斗は知ってると思ってたけど、春休み入ってから部活にあんまり来なくなったんだよな。先生は何か聞いてて、許しているみたいだけど」

そうだったのか。

連絡を取ってはいたが、部活動の話はあまりしなかったので知らなかった。

サボるようなタイプでもないだろうしやっぱり心配だ。

また本人に聞いてみよう。

「それより一週間後の授業参観だよ。俺勉強できねえし当てられたら答えれねえから絶対親に怒られちまうよ〜」

そういえば新学期にはいってすぐにこの学校は授業参観があるんだったっけ。

 一年生の時にも確かあったけど僕は父さんが仕事休めなくて来なかったから気が楽だったな。

「去年そういえばてつやお母さんに廊下で頭叩かれてたね」

「おい、嫌な記憶が蘇ってきたじゃん。辞めてくれ〜」

落ち込んでいるてつやを見て僕はからかって笑っていた。

「唯斗は今年も親父さん来ねえのか?」

「うん。今年も来ないから気楽に授業でも受けるよ」

どんなことがあったのかまでは言っていなかったが、てつやには片親のことを言っていた。

「この学校進学に力入れてるから授業参観はほとんど皆んな来てるけど唯斗は仕方ねえよな〜」

てつやは悪気があって言っているのではないと知っているから何も言われたことに気にはしなかった。

「そういえば小林さんとこも来てなかったよな?」

言われてみれば、確か僕とキキさんのところだけ授業参観に来ておらず、一回は必ず授業中に当てられるはずだったが飛ばされたことを覚えている。

「なんか共働きで忙しいって言ってたよ」

キキさんにあの時声をかけられて、片親しかいなくて仕事が忙しいから誰も来ていないと言えず、に共働きだと嘘を言ったら「私も!」と言っていたことを思い出した。

「じゃあ、部活言ってくるわ〜」

相当授業参観が嫌なのか、珍しく肩を落としながらてつやは教室を後にした。

そんなてつやを見届けた後、僕も教室をでて帰路についた。


 国道163号線の大きい信号を渡れば、もうあと少しで家に着くとこで信号待ちをしていると妙なおばあさんと出会った。

「あら、こんばんは」

信号待ち中に隣でヘルパーさんのような方に車椅子を押されているおばあさんが僕の顔をじっと見つめていることは気がついていたが気にせず信号を待っていたら声をかけられ思わず不信感を抱いてしまった。

「...こんばんは」

おばあさんが挨拶をしてきただけにも関わらず、そっけない返事をしてしまったがおばあさんは笑いながら僕に声をかけてくれた。

「そんなに怪しいものじゃないよ。あなたは今何歳?」

「16歳です」

すると静かにおばあさんはなぜか頷いた。

「知り合いの子に似ていて、幼い頃しか知らないけれど今はお兄さんと同じくらいの歳になるから思わず声をかけてしまったわ。ごめんなさいね」

おばあさんの会話では良くある話だろうと思い、不信感も消えていた。

「いえ、全然大丈夫です。気になさらないでください」

「ありがとうね。その制服は芦間高校かしら?学校は楽しい?」

この辺では有名な進学校ではあったが、おばあさんが制服で高校の名前を言い当てた時は、ちょっとだけ驚いた。

昔に通っていたのかな?それともこの辺の高校の名前を当てずっぽうで言ったのかな?

「はい!そうです。...そうですね。今は楽しいです」

 高校一年生の時は色々なことがあったが今は友達もいるし、キキさんとは友達をやれている。

今は楽しい部類に入るだろうと思い、少し間を開けてしまったがそう答えた。

 僕が返事をし終わると信号が青に変わり、ヘルパーさんがこちらにお辞儀をしていたので僕もお辞儀を2人に返し自転車を走らせた。

信号を渡った先でちらっと振り返ると、おばあさんとヘルパーさんは信号を渡らずにそっと僕の方を見つめていた。

おばあさんは世間話が好きなイメージがあるし、悪い人ではないと思いそれ以上気にすることはなかったが妙な出来事として記憶に残った。

 それから授業参観の日まで淡々とした日々が続いた。

授業参観の日には去年と変わらずてつやは母親に頭を叩かれていたし、僕の親もキキさんの親も来ておらず、キキさんと2人で頭を叩かれているてつやを見て楽しそうに笑っていた。

同じ日にキキさんに部活動のことを聞いてみたが、ちょっとお金が必要で週に3回ほど今もバイトをしているということで部活は、バイトがない日は参加をしているということを聞いた。

お金のことはあまり深入りしてはいけないだろうと思いあまり突っ込んだことは聞かなかった。

「そっか。体調には気をつけてね。何かできることがあったらなんでも言ってね」

すると彼女は待ってましたと言わんばかりに要求をしてきた。

「じゃあ再来週の土曜日に立切くんがバイトなかったらあそぼ!!」

「え、キキさんは部活とかバイトは大丈夫なの?」

「うん!その日は両方休みだから!弱ったフリをしてれば優しい言葉をかけてきてくれると思って待ってたんだ〜。引っかかったね」

きっとフリではないだろう。

彼女が疲れているのは感じ取れるし、心配をかけたくないから強がっているということもわかっていたが彼女に騙されてあげるフリをした。

「なんだよ!疲れてなかったのか。再来週の土曜日ね。ちょっと確認してみる」

土曜日はいつもアルバイトをしていて当然再来週もシフトに入っていた。

「うん!空いてる!じゃあ再来週の土曜日空けておくよ!」

やった〜!と喜んでいるキキさんをみて、僕もあれくらい感情を表に出すことが出来たらいいなあと彼女を尊敬した。

「じゃあ今日は部活行くから、またね!!」

「うん!頑張ってね」

再来週の約束をして彼女の姿を見送った後、すぐに僕は携帯でアルバイトの変わりを探し始めた。

 久しぶりに彼女と遊びに行く約束をして胸が躍った。

彼女に気持ちを悟られないように淡々と日々を過ごしていて、隠そうとすればするほどに想いは増し、勝手に舞い上がってしまうが、これ以上踏み込むことが出来ないと言い聞かせてまた現実に生きる。

その繰り返しだ。

 何かで恋愛は好きになった方が負けだと書いてあったが、ぐうの音も出ないほどにその通りだと思った。

彼女には悪意はなく、僕に友達として接していてその純粋な心を僕は悪だという。

だが、僕も益田の件や富永の件で彼女を助け出し、遊びにも行って危ないからと言って家まで送ったりしても気持ちの一つも伝えはしない、彼女が告白をしてきてくれればと淡い期待を抱きながら、高田やてつや側からみれば思わせぶりをしている僕もまた、悪となんら変わりのないものだろう。

 てつやはあれから何も聞いてこず、あくまで僕から言い出すのを待ってくれているのだろう。

高田には最初こそ睨まれていたが、今はいい奴認定をされてて、僕が彼女をどう思っているのかは気になっているだろう。

そんな僕だが、何も行動をせず、一度は覚悟を決めたが勝手な解釈をして彼女との関係にヒビが入ることが怖くて友達の関係を保ってウジウジとしている。

本当に気持ち悪く、意気地なし野郎だ。


ーーー5月2日、土曜日

「お待たせ!!家まで来てくれてありがとうね!」

僕とキキさんは彼女の家の前で待ち合わせをしていた。

「ううん、全然大丈夫だよ。自転車漕ぐの好きだし」

「そっかそっか!じゃあ行こっか!」

 今日は高田の誕生日プレゼントを買いに行きたいらしく、そこについてきて欲しいとのことだったのでショッピングモールへと行く。

キキさんの家から出発をして自転車を漕いで3分ほど経った時に、どこかみたことのあるような人がキキさんに声をかけ、僕たちは一度自転車を止めた。

「ききちゃん!今からお出かけ?」

「あ!鈴木さん!そうだよ!」

隣で一緒にいる僕の方にも目を配りその女性はお辞儀をした。

こちらもお辞儀を返すとその人は僕とキキさんを交互に見てクスッと笑った。

「ち、違うよ、鈴木さん!!勘違いしないで!!」

彼女は焦った表情で僕とキキさんの関係を否定した。

「え〜、でもその子がいつも言っている男の子じゃないの?」

「や・め・て!!」

彼女は顔を真っ赤にして必死に訴えかけていた。

「ははは、冗談よ冗談。気をつけてね」

「鈴木さんも気をつけてね!!色々と!!」

僕も鈴木さんという女性にもう一度お辞儀をしてその場を去った。

「あの人は誰?」

どこか見覚えがあったのでキキさんと彼女の関係が気になった僕はキキさんに聞いてみた。

「あの人のことはもういいの!!!」

よほど勘違いされたことが恥ずかしかったのか、石田さんの話はタブーとなった。

 それからはたわいも無い会話を繰り返し、気がつくともう目的地となるショッピングモールに到着していた。

「高田さんには何を買うの?」

まだ決めていないのか、んーっと彼女は悩んでいた。

「まあ、ぶらぶらしながら決めようか。一緒に考えるし」

すると彼女は、パッと笑顔になってうん!と返事をした。

「これとかどう?れなっぽい気がするんだけど」

キキさんが靴を持ちながらそういった。

「おお!いいねえ。今っぽい感じもするし悪く無いと思う」

「だよねえ。ちなみに立切くんって何センチあるの?」

「えっと26.5かな。キキさんは?」

「私は23!」

そんな会話をしながらすぐに決めずにじっくりと2人で高田のプレゼントを考えた。

 その後、アクセサリーや、洋服、雑貨などのお店もみたがSNSで人気のコスメをプレゼントすることに決まった。

「今日はありがとうね!!れな絶対喜んでくれるよ」

「喜んでくれるといいね!」

一緒に考えるとは言ったが、コスメに関しては本当に何もわからないのでほとんど彼女1人で頑張って決めていた。

結局何もしていないと思いながら、フードコートで晩御飯を一緒に食べていた。

「唯斗くんって優しいね」

「急にどうしたの?」

「いや、別に〜。ねね!唯斗くんって今気になってる人とかいないの?」

急な質問と綺麗な眼差しで僕を見つめるキキさんに思わず心臓が止まるかと思った。

「え、それもどうしたの急に」

「ん?もしかしているの!?」

お前だよなんてかっこよく言えたら本当に気が楽なんだけどな〜。

「キキさんこそどうなの?」

「あ!話逸らした!!いるってことだね!」

うん、いるって、目の前に。

「ん〜、じゃあどんな人がタイプなの?これくらいならいいよね!?」

「え〜。じゃあ、キキさんも答えてくれるならいいよ」

「唯斗くんみたいな人!!はい、答えたよ!次は唯斗くんの番だね!」

あまりの出来事にポカンとした表情を浮かべていた。

キキさんは本当に何を考えているんだろうと思った。

それでもあまりにもなんとも思っていないかのような顔をしているので僕の方がおかしいのでは無いかと錯覚をしてしまうほどだった。

「ねえ〜!私は勇気を出して言ったのに唯斗くんは言わないとかずるいよ!ほら!!」

「あ、えっと...どんな人が好きとかは無いんだけど、好きになった人がタイプかな。」

キキさんは目をぱちぱちさせて僕の話を聞いていた。

「んーなんかずるい気がするけど、!ちょっとおトイレに行ってくるから待っててね!」

正直に答えたつもりだったけどなんとか深掘りだけはされずに済んで良かった。

 キキさんがトイレに行っている間、キキさんのタイプの人の話を思い出すとすごく顔が暑くなったので僕もトイレへと行くことにした。

トイレの方に歩いていたがキキさんがトイレの前の踊り場で電話している姿が見えた。

でも、その姿はさっきまでのキキさんとは違いものすごく焦っているようで声を荒げていた。

いったい誰となんの電話をしているんだ?

話している内容は詳しく聞こえないがキキさんが敬語で話しているのが聞こえたので親や友達では無いことは分かった。

 ここで何故か退部届を出した日に高田に言われたことを思い出した。

『あんたしかいないの。私じゃダメなの。あんたならキキのこと本当にわかってあげられるし守れる』

キキさんにあの後何か釘を刺されたのか高田はこの時のことをもう話さなかった。

キキさんはあの時からずっと、もしかしたらそれよりもずいぶん前から何かに困っているのではないのか?

 僕はキキさんに気付かれないように席に戻った。

席についてから10分程でキキさんは何も言わずに戻ってきた。

目がパンパンに腫れていて明らかに気分が落ちてる様子だった。

「キキさん、大丈夫?何かあったの?」

キキさんはずっとしたを向いていて首を横に振っていた。

しばらくして落ち着いたのかキキさんは口を開いた。

「ごめんね唯斗くん。ちょっと今から行かないといけない所があるからここでさよならしないといけないや」

今にも涙が溢れてきそうな声色だったが、キキさんはなんとか踏みとどまっている様子だった。

「気にしなくていいよ。でも、僕にできることはない?キキさんの力になれるならなんだってするよ」

僕がそういうと下を向いていたキキさんの顔が僕の方をしっかりと捉えた。

「一緒にいてほしい」

今までは言葉の真意や裏なんて読めやしなかったキキさんだったが、この言葉に初めてキキさんが本心で言っていて切にそう願っているのだと感じ取ることができた。

「うん。一緒にいるよ。任せてほしい」

キキさんは僕の言葉を聞いて何かハッとした表情をした。

「ごめんね。やっぱりいいや。私はもう行くから唯斗君は気をつけて帰ってね」

そう言い残してキキさんは急いで席を立ち走り去っていった。

そばにいて欲しいと言われたり、拒絶をされたりして状況が読めなかった。

キキさんの電話の相手は?内容は?どこにいった?わからないことだらけではあったが、彼女が電話をしているときに手が震えていて怯えている姿を思い出すと考えるよりも先に体が動いた。


 今、僕は病院にいる。

キキさんの後を追い、後ろからついていった先が病院だったのだ。

あの電話はもしかするとお医者さんからの電話だったのかもしれない。

 キキさんは受付の人と何か話をしてすぐさま階段を駆け上がった。

僕も後を追いキキさんがドアを開けて勢いよく入っていったドアを確認して僕も扉の前に立った。

中からはキキさんの泣く声とは別に何人かの泣く声が聞こえてきた。

病室に書いてある名札を見るとそこには病室に2人の患者さんが一緒に寝ているのか、名札が2つ書いてあっり、そこには小林恵美と石田美紀という名前が書かれていた。

その名前を見て思わず手に持っていた鞄と携帯を落としてしまい、廊下にキツイ金属音が響き渡った。

 まず驚いたのは恐らく小林恵美というのは苗字からしてキキさんの母親で、キキさんが電話をしていた時の状況と今も泣いている声から察するに亡くなってしまった状況だということ。

そしてもう一つが、『石田美紀』。

この名前は僕の実の母親の名前である。

僕は頭が追いつかなくなったことと、母の首を吊っている姿がフラッシュバックしてしまい、過呼吸で苦しくなって床に倒れ込んでしまった。

中にいたナースさんが、廊下に響き渡った音が気になったのか、僕の前の扉が開かれた。

「え、大丈夫!?君!?」

扉を開けたナースさんは目の前に苦しそうに倒れ込んでいる僕を見てびっくりしたのか、携帯を落とした時の音以上に廊下に響き渡るように叫んで駆け寄った。

中にいた人もそれに驚いたのかナースさんが駆け寄っていった僕の方を見ていて、そこには目に大粒の涙を流しながらこちらを見るキキさんの姿もあった。

「唯斗くん...なんで..なんできちゃったの...」

キキさんの言った僕の名前に反応をした中にいた人達は、なにやら焦った素振りをした。

中にいたのはお医者さんを除いて4人だった。

 1人はキキさん、2人目は信号待ちの間に声をかけてきたおばあさん。

3人目はおばあさんと一緒にいたヘルパーさんで、キキさんが鈴木さんと呼んでいた人。

4人目は、僕の母親だった。

「唯斗...」

間違いなく母の姿をしていて、声も昔のままだった。

「唯斗。今は落ち着いてほしい。今は小林さん達が涙を流す時間だから、邪魔しないであげて?私と病室を出ましょう」

そういって僕の手を取ろうとした母さんの手が昔と重なって振り払ってしまった。

「ごめんなさい...」

母が手を引っ込めて僕に謝った。

 僕はこの場所が怖くて仕方なかったが固まっている母さんを他所に、キキさんの方へとそっと駆け寄った。

「キキさん、ついてきてしまってごめん。どうしてもキキさんが心配で仕方なかった」

キキさんが泣いていたベッドには顔が青白くなっているがキキさんに似ている女性が横たわっていた。

「ううん、こんな姿を見られたくはなかったけど唯斗君が来てくれて少し落ち着いた。ありがとう。それに…こちらこそごめんね」

「キキさんが謝ることはないよ。今一番辛いのはキキさんだし。ただおばあさんとヘルパーさん以外に顔見知りの人がいてびっくりしただけで僕は大丈夫だから」

そう言って実の母のことをバレないように振る舞った僕を見てキキさんだけじゃなくおばあさんやヘルパーさんも僕をどこか心配そうな目で見ていた。

「あのね、唯斗くん」

彼女は何か他に言いたげな顔をしていたが、僕は母がいるこの状況に耐えきれなかった。

「家族の時間に僕なんかが首を突っ込んでしまったことは本当にごめん。また気持ちが落ち着いたら連絡をして?いつでもどこでも駆けつけるから」

キキさんが静かに頷いたことを確認し、おばあさんたちにもお辞儀をして僕は病室を出た。

母も何か言いたげだったが、キキさんに対する心配や母に対する恐怖と怒りがぐちゃぐちゃになって母と話せば周りに迷惑がかかってしまい、キキさんが落ち着いてお母さんとの最後の時間を過ごすことができないと考え、その場を後にした。


 今日はすごく色んなことがあった日だった。

キキさんと久しぶりにお出かけをして、キキさんの母が亡くなったところに立ち会って、実の母親に久しぶりに会った。

キキさんは大丈夫だろうか。

 実の母親が亡くなってしまったことに対する悲しみは多分僕には理解することができないが、父親が亡くなってしまったと聞けば到底正気は保てないだろう。

母を救うことができなかったことに対して自分を責めていなければ良いのだが今は、家族がいなくなってしまったことで悲しみに明け暮れているだろう。

自分から連絡をしたいが今はそっとしといてあげる方が良いだろう。

 僕はこんがらがった頭を整理することにした。

キキさんが電話をしていた相手は恐らく病院の方か石田さんだろう。

あの電話で母親が亡くなったことを聞かされたに違いないが、どんな病気だったかは正直わからない。

そしてあの場にいたおばあさんは恐らくキキさんのおばあさんで間違い無いだろう。

孫が芦間高校に通っていたのであれば制服を見ただけで僕の通っている高校を当てることができたのなら合点がいく。

そして石田さんは僕の読み通りキキさんのおばあさんのヘルパーさんだ。

 キキさんの父親はあの場にはいなかったが仕事か何かですぐには来られなかったのだろう。

そして問題は僕の母親。

あの人とキキさんの母親が同じ病室だったことは本当に驚いた。

キキさんの母親のベット周りには生活感が出ていたので長く入院をしていたのであろう。

キキさんはお見舞いにも行っていた筈だから、僕の母親とは面識があったはずだ。

だが、母は離婚をして旧姓で入院をしていたため僕の母親だったと言うことには気づいていないだろう。

だが、母親が今も入院していたことには驚いた。

ちっとも良くなっていなかったなんて。

母が成長した僕をすぐにわかっていた事にモヤモヤした。

 悩んだ挙句、心配をかけてしまうだろうと思い、今日のことは父親には言わないでおくことにした。

そんなことを考えているうちに、体が疲れていたのか気がつくと眠りについていた。

朝になってもキキさんからの連絡は来ておらず、一週間立っても彼女は学校に登校はせずキキさんへの心配は募るばかりだった。

「立切。キキのことなんか知らない?」

キキさんの名前に敏感になっていた僕は後ろから急に声をかけられてすぐさま振り向くとそこには高田が立っていた。

「高田は何も聞いていないのか?」

心当たりがあるように何かを思い返した素振りをしていた。

「そうね。何も聞いていないけど」

母親が亡くなってしまったことへの悲しみは想像を絶するだろう。

 彼女がいないところでそんなことを勝手に話すのは失礼だろうと思いそのことは伏せておくことにした。

「先週の日曜日にききに誘われていたんだけど突然いけなくなったって連絡が来たの。それから学校にも来ないし心配になって連絡してみたけど何も返ってこなくて。あんた土曜日にキキと出かけてたんでしょ?なんか変わったところはなかった?」

高田への誕生日プレゼントを渡すために日曜日に約束を取り付けたのだろう。

土曜日にあんなことがあって渡すことはできなかったのだろう。

「いや、普通だったけど。ただ学校に来ないのは僕も心配している」

 高田は思いつめた顔をしていた。

「立切。あんた私がキキを救ってほしいって言ったこと覚えてる?」

退部届を出した時のことか?

そのことなら引っ掛かるところがあって、もちろん覚えていた。

「ああ、途中でキキさんがきたあの日のことだろう?もちろん覚えてる」

「そっか。実はね、キキ昔にもこんなことがあったの」

昔?高校に入学してからはキキさんと同じクラスだったし一週間も学校に来なかったことはなかったから中学の時のことを言っているのか?

「それって中学の時?」

高田はコクリと頷いた。

「突然学校に来なくなってその時も連絡をしたんだけど何も返事がなくて...」

今回は母親のことがあって気に病んでいるから仕方のないことだが中学の時にも何かあったのだろうか。

「それでどうなったんだ?」

「しばらくすると学校に突然登校してきたわ。何かあったの?って聞いても何もなかったの一点張りで..」

 高田の眼差しは遠い過去を振り返るように虚としていた。

「でもそこから時々手が震えていたり、会話をしていても急に空っぽになってしまったかのように表情が怖くなったりすることが増えたの」

そんなことがあったのか。

もしかしたらその時から母親が何かの病気を患ったのかもしれないな。

「学校に急に来たと思えば、行きたい高校ができたって言いだして、よく一緒に勉強をしていたわ。時々遠い未来も見ているかのように考え事をして笑うようになった。そこからは徐々に学校に来なくなる前のキキに戻っていった。それが今の芦間高校よ」

そうだったのか。

ここら辺ではかなり有名な進学校だから行きたい大学ができて希望を見出したのだろうか。

僕がキキさんやてつやと出会った時のように。

「何か夢ができたんじゃないのか?行きたい大学が見つかったとか」

「ううん。それは違う。この学校は確かに進学には強い高校で有名だけどキキは大学に通うつもりはないって言っていたもの」

キキさんは就職希望だったのか。

僕も別に進学はどちらでもいいと言う意見だが、父親を安心させたくてこの学校にきたし理由なんて人それぞれか。

「私はキキが心配だったって言うのもあるけど、ききをそんなに変えたものが気になった。それを知りたくて、必死になって勉強をしてこの学校に入学したの」

「随分長い時間ききとはいるけれど、キキは抱えている悩みを結局私には話してくれなかった。でもあんたならきっとキキが抱えているものを分かってあげれるし救ってあげれる。今はそう確信している」

 高田の言っていることは前の時から何も腑に落ちなかった。

高田は僕なんかよりキキさんのことを知っているし、長い時間を共にしてきた大親友だ。

そんな高田にすら話さなかった事を僕に打ち明けるはずがないだろう。

でもキキさんの母親のことを僕は知ってしまった。

そのことに関わりがあるのであれば、打ち明けてくれる可能性がないわけではない。

キキさんの家庭のことを勝手に話すことはしない僕と同様なのであれば、高田は本当にキキさんのお母さんのことを知らないのかは不明だ。

 退部届を出した日は僕は何も知っていなかったし、土曜日の事を高田は知らないだろう。

それなのになぜ高田は僕にしかできないと言い張るのかがどうしても腑に落ちないのだ。

「なんで僕だって思うんだ?」

高田は覚悟を決めた表情をした。

その後に、何かから解放されたように僕にこう告げた。

「あんただからだよ。立切唯斗。キキがこの学校にきた理由があんただったからだよ」

僕?

この学校に来た理由が僕だって言ったのか?

 高田はキキさんへの心配で頭がおかしくなってしまったのだろうか。

僕は高田ともキキさんとも、この学校に入学してから知り合っていて、入学する前には一度も出会っていない。

そんな僕が理由になる意味がわからなかった。

「何を言ってるのかさっぱり理解できないんだけど..」

当たり前の僕の返事に高田は動じず、凛としていた。

「全ては私も知らないわ。私はあんたがどんな奴かも知らなかったわ。ただ、キキは良く知ってたよ、あんたのこと」

高田は中学3年生の時に起こったことを回想シーンかのように話してくれた。

「れな!私これからたくさん勉強をして芦間高校に進学しようと思うの!!」

芦間高校って確かこの辺では有名な進学校よね?

「行きたい大学とか見つかったの?」

「ううん。大学に行くつもりはない。実はね、会いたい人がいるんだ〜」

「会いたい人?誰?」

「立切唯斗っていう男の子!」

立切唯斗?誰だろう。

キキは可愛いし、学校に来ていない間に変な男に捕まったんじゃないでしょうね。

「会ったことはあるの?」

「あるよ!一度だけ。でも多分向こうは覚えていないと思う」

「一回会ったことがあって向こうが覚えてないってあんた...大丈夫なのそいつ?悪いことに巻き来れたりしてない?」

キキの心配をしたはずなのに、キキは私の心配をよそに笑ってみせた。

「大丈夫だよ。すごくいい人だもん!今はきっと悲しみの中にいて辛いだろうけど..私みたいに」

最後の部分は声が小さくて読み取ることはできなかったけど、キキのこんな元気な姿久しぶり見た。

「なんかよくわかないけど私もききと同じ高校に行く。心配だし」

「えー!!本当に!?れなもいるなら絶対に楽しい高校生活になることは間違いなしだね!3人で仲良くできたらいいなあ」

「まあ、まず受験に受かるかが心配だけどね..」

「うーん、それはそうかも…。」

私たちは2人で笑い合って、その日から一緒に勉強をするようになった。


「これがあんたの名前を聞いた時の話よ。キキとはいつ出会ったの?」

驚いた。キキさんは僕のことを入学前から知っていたのか?

そして僕と一度会ったことがあるだって?

 中学の時は僕は荒れていてとても良い人だなんて印象を持たれるような奴ではなかった。

三年はかなり落ち着いていたが勉強ばかりしていて学校以外の人とろくに会うことなんてなかっただろう。

 記憶を辿ったがどれも良いものではなく、キキさんのような人に会った記憶はないどころか、記憶の中は全て母親で埋め尽くされていた。

「ごめん。わからない」

高田は仕方ないかと言わんばかりに肩を落とした。

「それなら仕方ないわね。でもキキはきっと今でも覚えている。あんたに会うためにこの学校に来たんだもの。だから私はキキを救ってあげられなかったけどあんたならって信じてるの よ…」

 高田が僕のことを警戒していて入学当初から睨んでいたことや、退部届を出した時に話をしたこと、高田の言っていることが全て事実なのだとしたら腑には落ちる。

「でも、あんたがキキのことを覚えていないならなんであんたはききの味方ばかりしているの?」

次は高田が腑に落ちないような表情をして僕に問いかけた。

「どうしてだろうね」

僕は高田が腑に落ちない回答をしてその場を去った。

 僕は帰宅途中も、帰宅をしてからもずっと考え事をしていた。

高田の発言や態度に関しては理解ができたが、キキさんの存在に関しては腑に落ちるどころか謎が深まるばかりだったからだ。

 何度思い返しても彼女と会った記憶はない。

入学をして同じクラスになったときに彼女とは同じクラスだった。

名前を知っていたのだからすぐに僕のことは気がついた筈だけど、キキさんはそのことをなぜ僕に言わなかったのだろう。

何度もそのことを話す機会はあったであろうし、キキさんの性格上、明るく当時のことを話しにかけてくれそうではあるが、そうではなかったのには何か理由があったのか?

その理由に関しても分からずじまいで、彼女からのアクションを待つことしか今の僕にはできることがなかった。

「唯斗〜!ご飯だぞ〜」

父がご飯の準備ができたと下の階から呼ぶ声が聞こえたので僕は返事をして父の元へ行った。

「今日は豚の生姜焼きだ!」

 父は料理の才能があり、作ってくれるご飯は本当に出来栄えがすごく、味も絶品だ。

テレビでニュースを見ながら父と祖父と祖母でご飯を食べていた。

すると父は僕の顔をじっと見つめていることに気がついた。

「ん?どうしたの?なんかついてる?」

「なんかここのところ元気がないけど、大丈夫か?」

母と会って昔のことが蘇ってきたことが態度に出ていたのだろうか。

親は本当に些細な変化に気がつくものなんだなと感心をした。

「いや?別に大丈夫だけど」

大丈夫だと言った僕を他所に、父は祖父と何かアイコンタクトをしていた。

「母さんと会ったんだって?」

知っていたのか。

僕は返事をすることもなく黙り込んでいた。

「病院の先生から電話があってな。唯斗が発作を起こして倒れ込んでいたことも聞いている」

「そっか。ごめん。心配かけるかなと思って言わなかった」

父はそっと持っていた箸を置いた。

「母さんの病院を言っていれば良かったな。あまり母さんの話を持ち出すのはやめておこうと思って話していなかった俺の責任だ。ごめんな唯斗。」

父は父なりの考えがあったことは知っているし、何も父を責めるつもりもなかった。

「ううん、今は前よりマシだよ。ありがとう」

祖父と祖母は心配そうに僕のことを見つめていた。

あの当時僕を見ていて、本当に気にかけてくれているのだろう。

「もう美紀さんの話はやめてあげなさい。ご飯も冷めるし、ほら唯斗も食べて食べて」

祖父が僕に気を使って父に釘をさした。

「何かあったら父さんたちを頼ってくれよ」

父はそう言って箸を進めたので僕もうんと返事をし、ご飯に手を伸ばした。

寝る準備を済まし横になって、携帯を手に取ってキキさんとのLINEのトーク画面を開いた。

今日も何もきていないな。

トーク履歴を遡って過去をなぞっている間に眠りについた。

朝、目が覚めるとてつやから連絡が来ていた。

”今日部活が昼までなんだけど夕方とか暇か?”

久しぶりのてつやからのお誘いに胸が躍った。

”バイトが夕方までだからそっからなら暇だよ!”

土曜日に部活が基本、昼までなことは把握していたから土曜日のバイトを夕方までにしておいて正解だった。

すぐにてつやからも返事が返ってきて、僕たちは夕方に河川敷で2人でサッカーをすることになった。

 アルバイトが終わるとすぐに家に帰宅し、あらかじめ準備していたカバンを取って颯爽と河川敷に向かった。

「お!バイトお疲れさん!」

先に到着していたてつやはリフティングする足を止めて僕に声をかけた。

「てつやも部活お疲れさん!昼までサッカーしてたのに夕方もサッカーなんてほんと好きだね」

アルバイト後に運動をする僕もまあまあだが、てつやの体力の底はどこにあるのだろうと思った。

「いやあ、なんか久しぶりに唯斗とサッカーしたくなってな。鈍ってねえだろうな?」

 僕が部活を辞めて以来、サッカーをすることがなかったので本当に久しぶりだった。

現役を離れてアルバイトばかりしていたので多少実力は劣るだろうが、サッカーには自信があった。

「まあ、見てなって」

てつやとボールの蹴り合いをして何度か実戦形式で一対一をした。

体力の差は大きくあったが結果はほとんど互角に終わった。

「全然動けんじゃん、なんか嬉しいな」

「もう体力の限界が来てるし、このまま続ければてつやが圧勝だよ」

一緒に汗を流して疲れたなと言いながらベンチに座る。

すごく懐かしいものを感じて思わずフッと笑みが溢れた。

「戻りたいのか?部活?」

てつやの中には色んな感情があったのだろう。

僕の目を見ずに小さな声で言った。

「半分半分。戻りたい気持ちもあるし、戻れない気持ちもあるから」

「そうだよな」

「うん。そうだよ」

僕もてつやの方は見ず、目の前の無作為にボールが転がった芝生を見て返事をした。

「てつやは俺といつ出会ったっけ」

「ん?入学式に初めましてだろ?」

「そうだよね」

「何を急に言ってんだよ。運動不足でボケたのか?」

高田の誕生日プレゼントを買いに行った日の夜に会った出来事を除いて、僕は高田から聞いた話をそのまあてつやに伝えた。

「そうか。そんなことがあったのか。小林さん学校にも来てねえし、今は何してんだ?」

「分からない。連絡もしてないし」

「連絡もしてないって、心配じゃないのか?」

もちろん心配はしているが母親のことを引きずっているに違いないし、1人にしておくのがいいと思っているから連絡はできないのだ。

てつやには全てを言っていないから誤解されてしまったのだろう。

「おい。なんか隠してんだろ」

隠してるだろうと言われたことへの動揺と、てつやの怒りが混ざった声色でびっくりして僕はてつやの方へと視線を合わせた。

「小林さんと土曜日に出かけて、日曜の高田との遊びにはバックれて、そっから一週間も学校に来ないけどなんも知らないって?それに知らないけど連絡もしてないだって?そんなんで通じると思ったのかよ」

てつやの言う通りだと思った。

明らかに言っていることはおかしかったのはわかっている。

けど言えないんだ。

「けど言えないって顔してんな。なあ、俺が頼りないか?すぐに誰かに言いふらすようなやつだと思ってんのか?」

「いや、そんなことは...」

てつやは僕の胸ぐらをぐいっと掴んだ。

「あのなあ唯斗。俺は楽しいことだけを共有するのが友達だとは思ってねえ。この一週間、明らかに唯斗が落ち込んでいるのは俺が学校の誰よりも気付いてた。」

 この一週間のことを思い出して僕はてつやから逃げるように視線を落とした。

それを見逃さないてつやはもう一度胸ぐらを掴んでいる手に力を入れた。

「逃げんなよ。キキさんとなんかあったんだろ?お前がさっき言った”分かんない”ってどうしていいのか分かんないって意味だろ?俺にも力にならせてくれよ。俺は何を聞いてもお前を見限らないし裏切らない」

てつやにはお見通しだった。

 僕は心配と不安、母に対する恐怖感から逃れるようにてつやに全てのことを喋った。

キキさんと2人で出かけて告白をできなかったこと、キキさんの母親の事、首が閉まる感覚をなんとか堪えながらも、昔に起きた母親との事や僕のこれまでの過去や今の話も全て。

てつやとサッカーをしてからベンチに座った時は夕焼けだった空も、全てのことを話し終える頃には夜空に変わっていて辺りは真っ暗だった。

「過去にそんなことがあったんだな...。辛いこと話させちまってごめんな。今は大丈夫なのか?」

「うん。隠してたことてつやに話せて良かったよ。聞いてくれてありがとう」

「逃げんななんて言ってごめんな。ずっと1人で戦ってたんだもんな。お前すげえよ」

「逃げてばっかりだよ。キキさんからも。母親からも」

「ちげえよ。自分との戦いにだよ。必死に生きてきたじゃねえか。今まで」

気がつくと目からは涙が溢れていた。

 僕にはカウンセリングの先生にも、父親にも言っていないことがあった。

キキさんに出会ってからは一度もないが、僕は何度も母親と同じように首に縄を通したことがあった。

その度に怖くて、躊躇って、また通して、躊躇って...。

人に言えることではないが何度もそうしたことがあったのだ。

てつやは人生をやめようかと思ったことが何度かあると濁したが恐らく、話の流れから気がついたのだろう。

遠い昔に枯れてしまったと思っていたが、頬を蔦って手に落ちた涙を見て、少し嬉しい気持ちになった。

 てつやは僕が泣いていることに気が付いて、そっと背中をさすってくれた。

何年もためていた涙を流しきり、てつやに問いかけた。

「これからどうしたらいいと思う?」

てつやはスッと立ち上がり、僕の目の前で再度しゃがみこんで目を合わせた。

「決まってんだろ。小林さんに連絡しろ。返事が来ねえなら家まで行けばいい」

「迷惑じゃないかな?」

「一緒にいてほしいってお願いされたんだろ?なら迷惑じゃないって」

「そっとしといてほしいって思われないかな?」

「大丈夫。きっと受け入れてくれるし、きっと待ってんだよ」

「そうかな...」

「そうだよ。誰でもいいってわけじゃない。高田も言ってたらしいけど、お前じゃないとダメだと思う」

僕はてつやの目を見てしっかりと頷いて見せた。

「これは俺の勝手な見解なんだが...」

 てつやは僕の横に座り直して前を向きながら話を進めた。

「唯斗のお母さんは唯斗が本当に大切だったんだと思うぞ」

てつや以外にこんなことを言われていたら何も知らないくせにと怒りが爆発していたところだが、全てを聞いたてつやがなぜそう思ったのがが気になった。

「なんで?それはないでしょ...」

「唯斗が言っていた、唯斗の母さんが首を吊っていた日のことを聞いてさ」

てつやに過去のことを話しているときにも起きた首が閉まる感覚が蘇って息遣いが荒くなった。

「この事を話すと首が閉まる感覚に陥るって言ってたよな。さっきも何度かあったけど今も始まってるか?」

僕は声が出せなくなって、首をコクコクと縦に振った。

「そうか...。でもあの日のことを聞いて思ったんだけど、お前の母さんは守ろうとしたんだと思う。唯斗を」

てつやが何を言っているのか分からない。

僕を守るために僕の部屋で首を吊っただって?

どう関係があるって言うんだ。

「その日の夜、唯斗のお母さんは多分だけど病気の症状で我を失って寝ている唯斗に手をあげようとしたんだと思う」

僕もそう思う。

だが、そうではなくてトラウマを植え付けようと身を犠牲にして首を吊ったのだろう。

「そこで唯斗のお母さんは病気と戦って我に戻った僅かな時間で唯斗に手を出す前に、唯斗の首を閉める前に、自分の首を絞めたんじゃないかなって。唯斗を守るために。」

「結果的に唯斗に消えない傷を背負わしてしまったことにはなった。でも、それでも唯斗のお母さんは生きてて欲しかったんじゃないかなって思うんだ。」

「首を吊ることがどれだけ怖いことかは経験したことはないが想像はつく。唯斗を失わないために、唯斗のお母さんはやってのけたんじゃないかなって思うんだ。」

 てつやの話が終わると同時に僕の首閉まる感覚は消えていた。

僕はずっと勘違いをしていたのか?

あの日、目が覚める前に誰かに声をかけられて終わった夢があったことを思い出した。

「(...唯斗。こんなことしかできないけれどごめんなさい。強く生きて。)」

もしあれが夢じゃなかったら?

母が首を吊る前に僕に対して言った言葉だったとしたらてつやの憶測が正しいと言うことになる。

それでもすぐにそうだと思い込む事ができないほどの傷を負っていた僕は、すぐに確信づけることはできなかった。

「なあ唯斗、一回お母さんと話をすることは無理そうか?」

てつやが言っていた話の行方は僕も気になった。

だが、母にされたことはそれだけではなく、そうじゃない可能性の方が濃厚であることは僕が一番わかっていた。

もしそうでなかった場合、一度希望に縋ってしまった分の跳ね返りは大きいだろう。

そうなると次こそは立ち直れないかもしれない。

「会ってみようと思う」

 母と対面することは本当に恐ろしくてどうしようもない。

でも、僕は母に全てのことを聞きたかった。

多分、父さんやじいちゃんはすごく慌てるだろうし、僕も何度も息が詰まってしまうかもしれない。

それに、母に会う一番の理由はキキさんだった。

どうしても引っかかる事があり母に直接キキさんのことを聞いておきたいこともあった。

 2年前の自分に母に会いに行こうと思うだなんて言ったら、きっと辞めておけって言われるんだろうな。

好きな女の子がきっかけで会いに行けるのか?って膝から崩れ落ちそうだな。

いや、きっと昨日の自分に言ってもそう思っただろうな。

てつやに全てを打ち明けて、キキさんや母親に向き合おうって思えたんだ。

となると好きな女の子と大親友のお陰になるな。

 この2人に出会っていなかったら今頃この世にはいなかったのかもしれない。

もしくはずっと暗くて深い闇の中でうずくまっていたのかもしれないな。

「唯斗。本当に大丈夫か?」

「うん。安心して。戦うって決めたんだ。もう逃げやしないよ」

てつやはカバンをごそごそと漁って何かを取り出した。

「これ、覚えてるか?」

てつやは線香花火とライターを取り出した。

「覚えてるよ」

てつやはニコッと笑って線香花火を渡してくれた。

 一本のライターから出る火に向かって線香花火を2人で近づけた。

二つの花火は同時に着いてパチパチと音が鳴り出した。

三十秒ほど経っただろうか、2人の線香花火は同時に地面に着いた。

「おお、同点か。珍しいな」

「今度こそ勝ちたかったのにな。どうする?もっかいやる?」

てつやは少し見て、首を横に振りこう言った。

「もう押す背中はないみたいだからいい。でも最後に教えておきたいことがある」

「なに?」

「唯斗が部活を辞めた後の小林さんの部活の様子って唯斗は知らねえだろ?」

僕が辞めてからは部活の時間は帰宅していたし知る由もなかった。

「なんか空っぽって感じだったよ。そんな小林さんを見てある時、聞いたんだ。なんでキキさんってサッカー部を選んだのかって。」

確かにサッカーに詳しかったわけでもないキキさんがサッカー部のマネージャーを選んだ理由は知らなかった。

「なんて言ってたの?」

てつやは少し笑いながら僕の顔を見ていた。

「唯斗がいたからだってよ」

キキさん、君は一体何者なんだ?

僕とは本当にどこで知り合ったんだ?

「今も続けてる理由は?って聞いたら唯斗が帰ってきやすいように待ってんだって言ってたよ。」

てつやは話を続けた。

「知らなかったよ」

「え?なにが?」

「部内恋愛の事。めちゃくちゃ驚いてた様子だった。あ、唯斗のことは言ってねえから安心して」

はー..。

やっぱり話をちゃんと聞いていなかったのか。

おそらくあの学校で部活に入っていて知らなかったのはキキさんくらいだろうな。

「どうだ?少しは勇気を出すきっかけにもなったか?」

「うん。キキさんって本当馬鹿なんだなって再認識したよ」

二人でケラケラと笑い合い、しばらくしてから解散をした。

 家についてからキキさんには電話をかけてみようと考えていたが、いても立ってもいられなくなり自宅付近の公園に自転車を止めた。

本当に電話をかけて良いのかという不安と、 久しぶりのキキさんとの会話に手が震え、軽く深呼吸をした。

よし。

そう覚悟を決め直して、着信ボタンを押した。

しばらくの間、コール音が耳元で流れた。

でないかと諦めて携帯を膝下に下ろそうとした途端コール音が止んだ。

「...」

何も声が聞こえなかったので携帯の画面を確認したが電話はつながっている状態だった。

「久しぶりだね、キキさん」

「....」

キキさんは何も返答しなかった。

「キキさんからの連絡が待てなくてごめんね。本当に心配で電話しちゃった」

「...」

「今日はてつやと遊んだんだ。久しぶりに一緒にサッカーをしたよ。その後に花火もして、すごく楽しかった」

「...」

「そういえば、月曜日は英語の単語テストがあるんだって。本当に学校がだるくなっちゃうよね」

「...」

「いつまでも待ってるから。キキさんのこと」

「待たなくていい...」

急にキキさんの声が聞こえて思わず固まってしまった。

「え、それってどう言う意味?」

「...ううん、もう何もない」

なんだかキキさんの様子がおかしいのは第一声の声色で感じ取れていた。

「唯斗くん、あの日廊下で倒れてたけど...大丈夫だった?」

キキさんの言うあの日とは恐らくキキさんの母親が亡くなった日のことだろう。

「実はあの日のキキさんのいた病室にいたもう1人の患者さんは僕の実の母親なんだ」

「...」

「久しぶりに会ったんだけど、母親とは良い思い出がなくて」

「...」

キキさんからの返答が消えていたことには気づいていたが話を続けた。

「てつやにそのことを相談したんだけど、会って見たらって言われて”会う”って言ったんだけど、実はまだ決心がつかなくて」

「会うって言ったの?動悸を起こすほどいい思い出がなかったんでしょ?なんで?」

キキさんが返事を返してくれた。

「確かめたい事があって。それを聞けたら少し母さんを許せるって思ったから。でもその答えが僕の思っていた通りだったらどうしようってすごく怖くて」

「...」

「正直、てつやには大口叩いたけど今も逃げ出しそうなんだ」

僕は少し笑ってそう言った。

「大丈夫。きっと唯斗くんが聞きたいことが聞けるよ」

キキさんはさっきまでの不安が混ざった声色とは違って、優しい声で僕を励ました。

「キキさん」

「どうしたの?」

「待ってるからね」

キキさんはすぐに返事を返さなかったが少し間を置いて声を発した。

「...待たないで」

キキさんはそう言い、電話を切った。

 電波が悪かったと言う考え方もできるが、あまりの儚く、願いに満ちたその声にキキさんの意思で電話を切ったのだと言うことは馬鹿な僕にでも分かった。

キキさんとの会話をした事を思い出して耽るかのように、しばらく公園で夜空を見上げた。


 翌日、僕は創生病院に来ていた。

ここはキキさんの母親が亡くなった場所で、僕の母親が入院している病院だ。

あれだけ母に会うことを燻っていたが、てつやとキキさんと話をしたおかげで踏み込む事ができた。

 昔の僕はこんな事、行動どころか、想像もできなかっただろうなと、成長した自分が嬉しく感じ少し大人ぶってみせた。

前、母がいた病室の前に到着し、名札を確認した。

『石田美紀』

そう書かれた名札があることを確認したがキキさんの母親の名前はもうなかった。

唾をごくりと飲んでドアをノックした。

「はーい。」

母がドア越しに返事をした。

「カーテンでお母さんの顔は見えないようにしてあるわ。さあ中に入って。」

僕が何かを言う前に母さんは僕だと分かっていたかのように僕を病室の中へと呼んだ。

「...失礼します」

僕はドアを開けて中に入った。

 母の言う通り、ベッド周りにはカーテンがあって顔が見えず、シルエットだけが見えた。

「僕が来るって分かってたの?」

「ナースさんが唯斗の姿を見たってすぐに私のところに報告にきたのよ」

そう言えば、父が母さんと会った事を知っていた事が気になっていた。

病院の先生たちは僕たちのことを知っていて、父に報告もしていたのか。

「そっか」

少しの間、沈黙の時間が続いた。

「今日は来てくれてありがとうね」

母の方から会話を持ちかけてくれた。

「あ、うん。今日は聞きたいことがあって来たんだ...」

「そう。その前に、この間はごめんね。唯斗に軽々しくも触れてしまったこと、反省してる」

「ううん。あれは小林さん達のことを思ってのことだから気にしてないよ」

母と会わずにカーテン越しで会話をすれば首が閉まる感覚がキツくなかった。

「良かった。それで聞きたいことって何?」

 そうだ。今日は聞きたいことが二つあって来たんだ。

すごく聞くのが怖いけど、勇気を出して話をした。

「完全に母さんと離れることになったきっかけの日のこと覚えてる?」

母さんは少し沈黙していた。

「...ごめんなさい。せっかく聞きに来てくれたのに、覚えているところもあるけれど覚えていないところもあるの」

やはりうつ病の症状で記憶が断片的になっているのだろう。

「そっか...」

「でも話は父さんから聞いているわ。本当にごめんなさい。あなたを苦しめてばかりで...」

”いいよ”とは言えず、僕も沈黙した。

「小林さんの事があったときにあなたと会ったけど、”あの日”を境に唯斗とはちゃんと会えなくなって、謝罪をすることもできなかったことを本当に反省しているの。本当にごめんなさい」

母からの謝罪の気持ちは十分に伝わっていた。

それでも僕は”いいよ”とは言えなかった。

「覚えているところって僕に話す事ができる...?」

母は当然聞かれると予想はしていただろうが少しの沈黙の後に大きな深呼吸の音が聞こえた。

この事が聞きたかった僕は首の閉まる感覚ではなく、自分の心臓が脈打つ音が身体中に伝わっていた。

「自殺しようとしたわ...」

僕はとんでもないことを母に言わせている罪悪感を感じたがどうしても続きが聞きたかった。

「それは...なんで?」

「あの日に私はあなたの部屋に向かった。でもそれが私ではないことには気がついていたわ。必死に抵抗をしても体は言うことを聞いてくれなかった」

母が話の途中で深呼吸をしなおした。

「でも自我を保つことが一瞬だけどできた。その時にもう考えるより先に覚悟を決めたわ。どうかあなたが目覚めるより先に父さんが見つけてくれることを祈って、自分の首を絞めたの」

母さんは話しながらを声が震えていて泣いていることに気がついた。

 死ぬ覚悟をすぐに決めるなんてどれだけ怖くて勇気がいることかは僕も十分知っていたから母の気持ちを知って僕は顔を伏せた。

「あの後聞いたけれど、唯斗が第一発見者だって聞いて本当に後悔をしたわ。ああすることしかできなかった私を憎んだ。あなたには癒えない傷を負わせてしまったもの」

てつやの言った通りだった。

 母は僕にトラウマを植え付けたくてしたことではなく、僕を助けるために首を吊ったんだ。

それなのに勝手な憶測だけで、僕はあれから母を憎んで憎んで...。

もっと早くに母と話ができていたら僕はもっと可愛げのある高校生だったのだろうなと思った。

 僕は閉まっていたカーテンを勢いよく開けた。

母はボロボロに泣いていたが僕の行動に驚いていた。

「唯斗...。私の事を見ると辛くなるでしょう。大丈夫なの...?」

母が僕の体を心配してくれたが、母の周りのものを見て思わず声が出た。

「え...?」

 小林さんの事があったときに僕は病室に入っていたが、その時には気づけなかったものがたくさんあった。

母のベッド周りには僕の写真がたくさん置いてあったのだ。

いつ撮ったのか覚えのない僕の幼い頃の写真から、まるで鏡を見ているかのように今の自分にそっくりな自分の姿のものまであった。

でもその写真には違和感があった。

 幼い頃のものや、家で過ごしているものなら父が撮り、母に渡していたということで納得ができる。

実際にそんな写真も母のベッド周りには置いてあったからだ。

でも僕が違和感を感じた写真は僕の高校でサッカーをしていたり、学校でてつやと笑い合っている写真だった。

この写真は僕は撮ってくれと頼んだ覚えもないし、むしろ気がついていないようなカメラワークで、明らかに父がその場にいることのできない状況での写真だった。

母はその写真を見ている僕のことに気がついた様子だった。

「唯斗が聞きたかったことはあの時の話だけではないんでしょ?ほとんどがあなたが今考えている事が答えだと思うわ。ききちゃんのことも聞きたかったんでしょ?」

キキさんの名前を母が発した時に母の顔を見直した。

 母は涙ながらも優しい顔をしていた。

「やっぱりキキさんとは知り合いだったんだね...」

母はコクッと頷いた。

高田の言っていたことが全て繋がった気がして少し鳥肌がたった。

「キキちゃんと初めて会ったのはあなたが中学二年生の冬の事よ。よくお喋りをするようになったのはそれから数か月後。その時は、唯斗もキキちゃんも中学3年生の時ね」

やっぱりキキさんは僕の母との会話で僕のことを知っていたのか。

「キキさんのお母さんのお見舞いに来ていたの?てことはキキさんのお母さんはかなり昔から入院していたの?」

母さんは初めて僕と目線を外した。

「そうね。私とほとんど同じタイミングで小林さんも入院していたわね。この病院の入院患者は皆、母さんと同じ病気の人がいるから小林さんもうつ病患者よ」

 なんとなく察しはついていたがやはりキキさんのお母さんもうつ病だったのか。

だとしたら死因はなんだ?

事故のようなものに巻き込まれたのかと考えたが、入院をしていたのならその心配はないだろう。

「自殺よ。」

母は僕の考えている事がわかるのか、突拍子もなくそう言った。

「トイレに言って戻ってこない小林さんを心配した私は、小林さんを追って、トイレに行ったらそこで首を吊っていたわ。」

首吊り自殺か...。

それに話を聞く限り、母が第一発見者で間違い無いだろう。

「助からなかったの?」

「そうね。小林さんは入院中に癌が発症して体が弱りきっていたこともあったけれど...。うつ病の人は気づかない間に自分を傷つけているときがあるけれど、彼女は自分の意思で首を吊ったんだと思うわ。私と同じ覚悟を決めた顔をしていたもの」

癌も発症していたのか。

病院だから早期発見でなんとかなりそうだがそうではなかったのか?

「治療費よ」

母はまた僕の考えていることを見透かすようにそう言った。

「入院をしていてお金がかかるのは当然のことよ。母さんは父さんが負担してくれているからまだ大丈夫。だけど...」

「だけど?」

「小林さんのご家庭は主人がいなくて女手一つでキキちゃんを育てていたと聞いていたわ。そして癌の治療費をききちゃんがアルバイトをして貯めていたことも聞いた」

 キキさんに父親がいないことは知らなかった。

それに、キキさんがアルバイトをした理由は母親の治療費のためだったのか...。

「きっと、キキちゃんに迷惑をかけたくない気持ちが先行してこの世を去ったのね」

話を聞いていてどうしてもやるせない気持ちになった。

「キキさんの父親はどうしたの?」

「交通事故でキキちゃんが中学二生の時に亡くなったと聞いたわ。そのことが精神的ストレスでうつ病を発症したんだとも言っていたわ。おばあさんがいるけれど普段は、介護施設に入っているから...。キキちゃんはきっと今も寂しい思いをしているわ」

高田がキキさんが中学の時に学校に来なくなったと言っていたが、父親の事があってキキさんは中学の時に一時期学校に来なくなったのだろう。

 彼女の人生は僕とは違う絶望の中で生きていて、それでも明るく頑張っていたキキさんを思い出した。

僕なんかよりずっと彼女は本当に強い人だ。

キキさんも母親が何を想ってこの世を去ったのかは気がついていて、今は助ける事ができなかった後悔が付き纏っているだろう。

 それを支えてくれるもう一人の親もおらず、一人でもがいている。

「ききちゃんのことを話すことを忘れていたわ」

暗い話で肩を落としている僕のことを気遣って母は話題を変えた。

「キキちゃんとの出会いは唯斗が中学2年生の時で、仲良くなったのはその一年後だって話までしたわよね?」

僕はコクリと頷いた。

「唯斗が中学3年生の時に父さんがお見舞いに来て、あなたの昔の写真を持ってきたの」

「その後、飾ってある写真を見たききちゃんが写真を見せてほしいと言ってきたわ。どうやらあなたと幼い時に会ったことがあったみたい」

幼い時?高田も言っていた僕に一度会った事があるって言うやつか。

やはり幼い時に何かでたまたま会っていて僕は覚えていなかったのだろう。

「それから唯斗の話をするようになってね。父さんから聞いていた唯斗の現状の話や、私がしてしまった事も含めてね...」

だんだん話が繋がってきた。

 進学校だが進学をするつもりはないキキさんが、この学校に来た理由は何となくだがわかった。

母との会話で、僕が芦間高校を志願していることを知ったキキさんも芦間高校を志願したのだろう。

「母さんは僕が母さんのことを思い出すと首が閉まる感覚になることは知ってた..?」

母さんはまた僕から目線を逸らしてこう答えた。

「父さんから聞いていて知っていたわ。キキちゃんもそのことは知ってる」

やっぱりか...。

「今は母さんからあの日の真実を聞いてかなりマシになったから大丈夫だよ」

母さんが申し訳なさそうにしていたから安心させるためにそう言った。

「ありがとう」

僕は母の目をしっかり見て大丈夫と言わんばかりに頷いて見せた。

「それからはききちゃんが唯斗と同じ高校に入ったと聞いて写真をくれるようになったわ。それがこの写真が私の手元にある理由よ」

話の流れから察しがついていたので、今になっては何も驚かなかった。

「高校生活のことはキキちゃんからよく話を聞いていたわ。あなたが幼い時にあった時とは雰囲気が違いすぎて最初は困ったとか、今は辞めてしまったけれど私が奪ってしまった大好きなサッカーをまた始めてくれたこともね」

そんなことまで聞いていたのか。

サッカーに関しては今思えば無理矢理入部させられたに等しいけど、そう言うことにしておこう。

「それでも優しくて、困った事があれば助けてくれるところは変わっていなかったってすごく笑顔で話していたわ。私もそれを聞いて本当に嬉しかった」

「ところでいつ唯斗は告白するの?」

あまりの予想だにしていなかった質問に喉を詰まらせそうになった。

「え?なんのこと...?」

 母さんは笑顔で僕を見ていて、その笑顔が何年ぶりだろうと考えると少し涙が溢れそうになった。

「隠しても無駄よ。息子のことはなんでもわかるんだから」

あたふたしている僕を見て、母さんは声を出して笑っていた。

「でもね唯斗」

ついさっきまで笑っていた母さんの顔が急に真剣になって僕は何を言うんだろうと唾を飲んだ。

「あまり時間はないかもしれないわ」

時間がない?一体母さんはなんのことを言っているんだ?

「ききちゃんね。今朝、私のところに来たの」

え?

キキさんがここに来たって?

それも数時間前に?

「何をしに来たの?」

「唯斗が訪ねてくるかもしれないから本当のことを言ってあげてって私に言いに来たわ。唯斗はもう大丈夫で救えてよかったと言っていた」

「救う?」

救うとはなんおことを指しているのかわからなかった。

「私のトラウマから救うことよ。真実を言えば大丈夫だからって言っていたわ」

母は話を続けた。

「あなたの過去を聞いたキキちゃんはあなたを助けたいと言って高校に入学したのよ。危ない時はあったけれど救えて良かったって」

心当たりならあった。

 部活に入る前に僕が母のトラウマから過呼吸になっていたところを、誰かに声をかけられた気がして首の感覚が治っていくことがあった。

その時は確かに、キキさんがいた。

やっぱりキキさんは、僕が首が閉まる感覚に陥ることも知っていてあの時に助けてくれたのだろう。

 ”大丈夫。よく見て。あなたは知らないことだらけなのだから。”

この言葉を言ったのはキキさんで、この言葉の意味をキキさんは知っていたのだ。

でも高校に入学してまで僕のことを気にかけてくれる理由が見つからなかった。

母と仲良くなったとはいえ、普通なら流して自分のしたいことをするだろう。

なんでだ...?

「あなたに恩があったみたいよ」

「え..?」

母はまたもや僕の心情を透かして答えを教えてくれた。

「幼い時にショッピングモールで同級生に母親がいないことを理由にいじめられていたキキちゃんをあなたが助けてあげたみたいなの」

ショッピングモール?

いじめられていた?

 僕はトラウマだらけの過去から必死に記憶を巡らせた。

....!!

キッズエリアにいた女の子だ...。

祖父に連れられてショッピングモールに行き、そこで男の子に絡まれていた同い年くらいの女の子がいてその子を庇った記憶を思い出した。

あの時の子だったのか...!

でもそうだとしたら何かがおかしい。

あの時の子は確か、母親は入院をしていて会えるから大丈夫だと言っていた。

 その頃からキキさんの母親は入院をしていたのであれば、母と本当に同じタイミングで入院をしていたことになるだろう。

でも母はキキさんと出会ったのは中学の時だと言っていた。

これだと時系列が明らかにおかしくないか?

 母が首を吊った事件があったのが僕が小学五年生の時でその時期から母は入院をしていた。

キキさんと初めて会ったのもその時期のはずだよな。

なぜ母とキキさんは小学5年生ではなくて中学2年生の時に初めて出会ったのだ?

「母さん。父さんとキキさんは会ったことはある?」

「ないわ」

「そうだよね。父さんは面会場でしか母さんと会えないって言っていたから」

「そうね。今唯斗と会えているみたいに、入院から5年で病室までは来れるから唯斗が高校を入学してすぐの時に一度来たわ」

入学式の時に父がもうすぐ病室に会いに行けると言っていて、”良かったね”と言って父を困らせてしまったこともあったな。

「でもキキさんとは中学2年生の時に病室で会ったんだよね?」

「....そうね」

「キキさんのお母さんも入院当初は面会場でキキさんと会っていたんだよね?」

「面会場から嬉しそうに帰ってくる小林さんをよく見ていたわ」

高田が言っていた学校に来なかった時期の事、僕の母親との接点、その全てが繋がった。

「母さん。さっき言っていたキキさんのお父さんが亡くなったショックからうつ病を発症したって言っていた”小林さん”って誰のこと?」

「....ききちゃんね」

 病室に来れないはずのキキさんが母と会っていた。

学校に来なかったのではなくて行けなかった。

その理由は簡単だった。

キキさんもうつ病患者だったのか....。

「唯斗。今は頭の整理が追い付いていないかもしれない。けどさっきも言ったようにあまり時間はないのかも知れないの」

そういえばさっきも時間がないと母が口にしていたがこの時間というのは一体なんなんだ?

「それはどういうこと?」

「少し違う感覚はしたけれど、私やキキちゃんのお母さんのような覚悟を決めた顔をしていたわ」

覚悟....。

唾をごくりと飲み込んだ。

「死ぬ覚悟ってことだよね...」

母は天井を見上げて考えて事をしていた。

「結果的にはそうね。でも私も、小林さんもそうだと思うけれど私たちが決めた覚悟は大切な人にお別れをする覚悟。意味合いは似ているのかも知れないけれど全然違うものよ」

その後に、母は当時を思い出すかのように窓の外に広がる青空を眺めながら寂しい声でこう言った。

「だって、誰でも死ぬ事は怖いもの」

こんな言葉を心から理解できる事に負い目を感じた。

怖かった。

そうする方が楽になれる物だと思っていたのに、こんなに恐ろしい物だと思っていなかった。

 母からの言葉の意味、自分との重なりを照らし合わせて自然と涙が溢れていた。

「うん。そうだね」

精一杯の返事に対して母は何かに気がついたのか僕の方を振り返った。

「唯斗...。あんたまさか...」

僕は何も返事ができなかった。

 止まらない涙を抑えるために目に力を入れ、膝に置いていた両手でズボンをぎゅっと掴んでいた。

母は追及をせず、ベッドから身を乗り出して僕のことを強く抱きしめた。

ずっとこうしていたかったが、僕は母にもう大丈夫と言って体を引き離した。

今はまだやるべきことがあった。

「母さん、キキさんのところに行かなくちゃ」

母は僕からの言葉に少しハッとしていた。

「そうね。あなたしかいないわ。手遅れになる前に早く行きなさい」

僕は母の目を見ながら強く頷いた。

そしてすぐに立ち上がって向かう準備を始めた。

「ねえ唯斗。大丈夫...?」

カバンを肩にかけたところだったが、母の言葉で少し手が止まった。

それでも止まっちゃいけないことはわかっていた。

「また会いに来るね。今度はキキさんと一緒に」

母は今日一番の優しい声でこう言った。

「どんな事があっても、唯斗だけだとしても....。あなた達から”ここ”に会いに来てね」

「約束するよ。じゃあ、行ってきます」

くるっと回って母を背に、僕は病室を去った。

 去る時に気が付いたが、首が閉まる感覚はいつしか全くしなくなっていた。

母との誤解がひも退かれ、久しぶりに話をしたことをもっと噛み締めたい気持ちがあった。

でもききさんのことを聞いて、ホッと胸を撫で下ろすような気持ちには到底なれず、不安と焦りが付き纏い、僕の足を動かしていた。

病院から出ると自転車に跨り、電車で行くことを考えたが、足を動かしていないと胸がはち切れそうな気がした僕は、ひたすらに自転車を漕ぎ続けた。

 昔、自転車でキキさんの家まで来たことはあったが、その時は部活をしていた時で体力的に問題はなかったのだが今は違う。

焦りと自転車を漕ぎ続けているせいなのか、胸がドクドク鳴っていて息切れが激しかった。

直接会って何を話そうとか、そもそも会ってくれるのだろうかとか、母の言っていた通りに手遅れになっていないだろうかなど、色々なことを考えた。

でも彼女をどうしても助けたくて、一人じゃないんだって伝えたくて、ありがとうって伝えたくて、大好きだって伝えたくて、僕は会いに行く。


キーーーッッ。

 がむしゃらに自転車を漕ぎ続けたからか、あっという間にキキさんの家の前に着いた感覚がした。

荒い呼吸を整えるために一度大きな深呼吸をした。

ピンポンは押すか?

モニター越しに僕が映っていたら出てきてくれるか?

 おばあさんは介護施設に入っていると言っていたから今、いやずっと前から一人でこの家にいるのだろう...。

僕は携帯を取り出し、思い切ってキキさんに電話をかけた。

――プルルルル...。

電話には出なかった。

キキさんの自転車があるのを見ると、家にはいるのだろう。

もしかして......。

この時に母が首を吊っている記憶が蘇った。

ただ、今まで苦しめられていたものとは違って、目の前にはキキさんの姿に変わっていた。

 恐ろしくなった僕はもう一度電話をかけようと、LINEを開いた。

トーク画面を見ると、今さっき電話したものとは別に、前に公園で電話をした記録が残っていて、ふと僕は前のキキさんとの電話の内容を思い出した。

”待たないで”

キキさんに言われたあの一言が僕の頭を過った。

そして、電話をかけながら僕はキキさんの家のドアノブを握った。

頼む....。

そう願って僕はドアを引いた。

キーー。

ドアに鍵はかかっていなかった。

 女子高生が一人で住んでいるのに鍵をかけないのにはヒヤッとしたが、今は不幸中の幸いだ。

綺麗に靴が整えてあって、少しいい匂いがした。

もしキキさんが家を開けていただけなら、住居侵入罪で僕は捕まってしまうのだろうなと考えたが、捕まって彼女が無事なら安いものかと思った。

でも、彼女はこの家にいる。

彼女の家に入ってから、僕の携帯からなっている呼び出し音とは違う着信音が奥の部屋で鳴っているのが微かに聞こえたからだ。

 この静けさに着信音が微かに鳴っている状況がとても怖かった。

本当に彼女は...。

嫌なことばかりが頭を過り、足が震えた。

手も震えていた。

それでも僕は音の鳴る部屋のドアノブに手をかけた。

その時、ずっとなっていた着信音が鳴り止んだ。

手に持っていた携帯を確認したが、”応答なし”という表示が画面に映し出されていた。

 突然、静寂に放り出された恐怖が僕を覆い尽くそうとしたが、僕は負けじと思い切ってドアを開けた。

ドアの向こうの光景は正に、さっきまで頭に流れていた映像そのものだった...。

ひさ足ぶりに会うキキさんは、僕がいつも見ていたきらきらしていたキキさんとは違い、深く心を閉しきった昔の自分を見ているようだった。

バタンと床に膝が着き、こんな時になんだと自分の足を見るとさっきとは比にならないほどに震えていた。

それを抑えようとする手も同じくらいに震えているが、震えが収まることを待っている時間はない。

 その時、床に倒れていた椅子のそばに携帯が置いてあるのが目に止まった。

電話をかけたことによって携帯がついたままだった。

僕からの電話の通知が映し出されていて、彼女のホーム画面に目が止まった。

僕と二人で出かけた時にキキさんの無理矢理撮ってきた、二人が映っている写真が設定されていた。

唇をぎゅっと噛み、震えは止まらないままだったけどなんとか立つことに成功し、キキさんの元に駆け寄った。

椅子を立ててその上に乗り、彼女の首に巻かれていた紐に向かって手を動かした。

解いている間、キキさんの顔を近くで見ると涙が流れた跡があった。

...絶対に助けるんだ。

あの頃みたいに泣いてばかりで、誰かの助けを待っているなんてもう嫌だ。

うずくまって向き合わないなんて絶対に嫌だ。

 紐を解くとそのままキキさんの体を掴んで、彼女が落ちて怪我をしないように抱き抱えて下敷きになった。

はあ...はあ...解けた..。

スッと体を起こしてキキさんの頭を膝に乗せた。

「キキさん...どうして...。遅くなってごめん...」

返事をしないキキさんの体を起こしてそのまま両手で体を優しく覆った。

「ごめん...。本当にごめん...」

 彼女には聞こえないと分かっていても、思っていることを言葉にして吐き出した。

「僕のことを助けてくれてありがとう。おかげで母さんとも打ち解けたんだ。キキさんは知っていたんだろうけど、僕本当に苦しくて誰のことも信用する事ができず、堕ちた人生を歩いていた。自分でも終わった奴だって思って、そんな自分も仕方ないって諦めてたんだ」

 僕はキキさんを抱きしめながら今までの思いを綴った。

「でもキキさんと出会って徐々に変わっていったんだ。キキさんのこと母さんから聞いたよ。あの時の子だったんだね。高校で僕を見かけた時に変わり果てた姿にビックリしたろ。僕のことを母さんから聞いていたって知った時は僕も驚いたよ。親戚や僕のことを知った人たちはみんな可哀想な奴だって目で見るんだ。でも...。それでも僕を可哀想な奴だって知りながらもそんな事思わせずに僕をいろんなところに連れていってくれたよね。本当に感謝してる。ありがとう」

少し遅かったけど、ありがとうとキキさんに言うことができた。

「それとね...」

このままもっとキキさんに話しかけようとした時だった。

耳元で鼻を啜る小さな音が聞こえた。

「キキさん...?」

その音は間違いなくキキさんから聞こえていた。

 キキさんを抱きしめていた手を解き、彼女の顔を確認しようとしたが、彼女は僕の体を両腕で強く抱きしめて確認することが拒んだ。

「良かった...。キキさん。間に合って本当に良かった...」

僕は解いていた腕でもう一度キキさんの体を抱きしめた。

「続けてもいい?」

僕がそういうとキキさんは無言で頷いた。

「キキさんと出会っていろんな感情を思い出したり、貰ったりしたんだ。君を嵌めようとする奴に対する怒り、君が誰かと話している姿に嫉妬なんかもして、誰かと一緒にいることが楽しいって思ったり、早く会いたくなったり、寂しかったり心配したり、ありがとうって思ったり...。キキさんに会わなかったらきっと僕は心を閉ざして、母さんとも会わなくて、生きることに必死になってなかったと思う」

 僕は優しくキキさんの肩を掴んだ。

彼女の腕はさっきとは違って簡単に解くことができて向かい合わせになった。

彼女はボロボロと涙を流しながら、潤んだ瞳で僕を見つめていた。

僕も彼女と同じように涙を流していたが、少し口を窄めて笑顔で彼女の瞳を見た。

「でも今はてつやみたいな友達もいる。それに、目の前に大好きな人もいる。大好きで放っておけなくて、絶対に守ってあげたくなって、ずっとこの先も一緒に生きていたい人が目の前にいる。全部ききさんのおかげ。ねえ、大好きだよ、キキさん」

あんなに伝える事ができなかったキキさんへの想いを、今になってやっと伝える事ができた。

 この言葉を言うのにどれだけ長い時間を無駄にして、自分が大嫌いになって、どれだけ彼女への想いが増しただろう。

数日前までの自分が遥か後ろにいるように感じた。

「待たないでって言ったのに...」

キキさんが今日初めて言葉を発した。

 少しだけ驚いたが、それよりも彼女が生きてるって感じる事ができた喜びの方が大きかった。

「うん。待つなって言われたから会いに来たんだよ」

キキさんは僕の解釈を否定しなかった。

「私のこと嫌いになったでしょ?私、...死のうとしてた」

キキさんは俯いてそう尋ねた。

「僕もあるよ」

僕がそう言うとキキさんは俯いた顔を少し上げた。

「何度も繰り返した。でも今はここにいる。だから落胆なんかしないよ」

キキさんは今、暗い闇の中にいる。

これからどうしていいのか分からないのだ。

かつての僕のように...。

「私、うつ病なんだ。私といても迷惑ばかりかけちゃうよ。唯斗くんが一番わかるでしょ」

彼女はまた俯いた。

「ねえ知ってる?うつ病って症状が軽くなっていくだけでなくならないの。何かあればそれがきっかけでまた再発してしまうんだって...。完治なんてないんだって」

彼女は涙をポタポタと流していた。

「私、お母さんの気持ちがわかるの。誰かに迷惑をかけたくないから生きることに絶望して、この世を去ってしまいたくなってしまう気持ちが...。私はせっかく癒えた心の傷をまた唯斗くんに与えてしまったもの。迷惑でしかないよ、こんな女」

キキさんは止まらなかった。

「医療では無理なの。カウンセリングをしてお薬をもらって終わりだもん。その薬は結局は緩和剤みたいなものなの。心の病気は医療では治せないんだよ。ずっと怯えながら生きていくしかないんだよ。それが爆発するともう取り返しがつかないことになってしまう。我慢すればするほど被害者が増えていく一方なの。もう....どうしようもないの....」

キキさんの口調は強さを増していた。

 僕はキキさんをとめるように問いかけた。

「ねえ、なんで僕なんかのために芦間高校を志願したの?」

キキさんは少し間を開けてこう答えた。

「唯斗くんには小さい時に助けてもらったんだ。うつ病を診断されて少し経った時に病室で唯斗くんのお母さんが置いてある写真を見つけたの。それを見たときにすぐにあの時の子だって分かった。記憶に残ってたからね。その写真がきっかけで良く唯斗君の話を聞いてた」

ここは母さんから聞いていた通りだった。

「話の中で唯斗くんのお母さんが唯斗くんにしてしまった事を聞いたわ。すごく反省していた。そして最後にあなたを助けるために自殺を図ったことも言っていたわ。でもああするしか無かったんだっていうのも理解ができた。それでも唯斗くんはすごくトラウマになっているとも言っていて、話しながらあなたのお母さんが泣いていたのを今でも覚えている。きっとあなたのお父さんから聞いたのね」

 キキさんは一度鼻を啜ってから話の続きをしてくれた。

「唯斗くんのお母さんはあなたがうつ病を発症しないかすごく心配していた。ひどいことばかりして、最後にトラウマの根源になってしまった自分の所為でうつ病を発症してるんじゃないかってね。唯斗くんのお父さんから聞くにはかなり危ない状況だけど、今は勉強に専念していると言われたそうよ。そこで私は唯斗くんとお母さんとの誤解が解ければ唯斗くんのトラウマは消えていくと思ったの。うつ病の苦しさは味わってほしく無かったから...」

その後は高校生活での行動の経緯を話してくれた。

「サッカーが大好きだったけど、お母さんとの一件があって辞めてしまったことを聞いた私は、サッカー部に入部して貰えるように行動をした。勝手に入部届を出したりしてね」

 キキさんは天性の天然ではなかった。

天然なところも多少はあるが、そうでない部分もあったのだろう。

だが、それも薄々気が付いていた。

「やっぱりそうだったんだね」

「だから部活を辞めるって聞いたときは本当に悲しかった。せっかく大好きなサッカーをまた始めてくれたのにって...。でも唯斗くんがしたいことを応援しようって思った」

本当の理由は別にあったが、その件に関しては気が付いていなかったみたいだ。

「ねえ、キキさん」

「どうしたの?」

「どうして芦間高校に入学をしたの?」

キキさんは同じことを聞かれて首を少し傾げた。

「だからそれは...」

「僕を助けるため?」

「そうよ。お母さんからも聞いたでしょ?」

聞いていた。

確かに母と会話をしたときに聞いていた。

でもその理由はキキさんから直接聞いてはいなかった。

「それだけじゃないでしょ?」

「今度はなに?」

「どうして本当のことを言わないんだよ」

キキさんは少し戸惑った表情をしていた。

「確かに助けられたよ。さっきも言ったとおり僕を変えてくれたのはキキさんだよ。でもそれだけじゃないだろ...」

キキさんは黙っていた。

 僕は、そんなキキさんに向かって訴えた。

「自分も助けてほしいからこの芦間高校に来たんじゃないの!?」

「家族を一人失うに似た経験をした僕に会えば、なにか自分の中できっかけになるものが生まれるんじゃないかって期待を抱いてきたんじゃないの!?」

キキさんは声を荒げた僕に対して反発するかのように言い返した。

「私がそんなこと一回でも言った!?勝手に決めつけないでよ!」

「言ってないよ。言ってないから腹が立ってるんだよ。じゃあなんでマネージャーとしてキキさんは入部したの?僕を部活に入れるためならマネージャーなんてしなくてもよかったよね?」

キキさんはすぐに言い返してきた。

「それは唯斗君を部活に入れるためだったんだから仕方ないでしょ!」

「ならすぐにやめることもできたよね?辞めなかったのは何で?てつやが言ってたよ。僕を待ってるって。その待ってるって”助け”をって意味だったんだよね...?」

キキさんは言葉に詰まったのか、目線を横に持っていき、必死に言葉を探している様子だった。

「高田からも話を聞いたよ。キキさんが学校に来なくなったけど突然来るようになって僕のことを言っていたって。その時キキさんの笑顔を見たのが久しぶりだって言ってた。それは希望を見い出したからだよね。助ける予定の人が決まっただけで笑顔になるわけないよね」

 僕も彼女という希望の光が見えて笑うことができた。

きっとそれは彼女も同じだったんだ。

それでもキキさんは黙り込んでいた。

「ドアの鍵だって開いてたよ。女の子が一人で住んでいるのに鍵もかけないでいたよ。待っててくれたんでしょ。誰かの助けを...」

キキさんはそのことを聞くと重たい口を開けた。

「そうだよ...。全部唯斗君の言った通り...。でもね、もう無理だよ」

「...なにが無理なの?」

彼女の止まっていた涙がまた溢れだした。

「治んないんだもん。唯斗君に会って、不思議だけど収まっていたから安心していたの。でもお母さんがいなくなってからまた震えが止まらない。治ることはないんだよ。うつ病って」

彼女の心の叫びは痛いほど身に染みた。

「だから私は救われなくとも、唯斗君を救えて本当に良かったと思ってる。それだけでも頑張って生きていてよかった...」

違うんだ。

それだけじゃないんだよキキさん。

 キキさんに救われたことは言ったけどそれもまだ一部に過ぎないんだ。

母さんやキキさん、父さんにも言っていないことがあるんだよ。

キキさんの心の叫びを聞いても、なんとか抑えていた涙が僕の意思とは反して頬を伝っていた。

「泣かないで、唯斗君。私は助かるとかそんなんじゃなかったの。最初から。でも本当に唯斗君に会えてよかったよ。だから泣かないで...。お願い。このままいかせて欲しい」

キキさんは自分の涙を拭こうともせず、僕の頬に手を当てて涙を拭こうとしてくれた。

そんなキキさんの手をしっかりと掴んだ。

「なんでそんなこと言うんだよ...。なんで諦めるんだよ...。治るんだよ。うつ病だって」

「ごめんね。励ましてくれてるんだね。優しいね、本当に」

掴んでいた彼女の手が震えているのが伝わった。

その震えを止めるかのように、それと覚悟を決めるかのように、僕は少しだけ強く握りなおした。

「僕も、うつ病だったんだよ!!」

涙を流しながら訴えた僕を見て彼女は眼を見開いていた。

「え...。そんな...。嘘だ...」

「嘘じゃないよ。母のことがあって僕はカウンセリングを受けてたんだ」

「それは聞いていたわ。でもあなたのお父さんは先生から何も聞いていなかったわよ?」

僕は蓋をしていた過去を開けて、当時のことを語った。


ーーーカウンセリングを受けていたある日。

「唯斗君、落ち着いて聞いてほしいことがある」

先生はすごく張り詰めた表情で僕にそう言った。

でも何を言われるのかは大方の予想はついていた。

「大丈夫ですよ。もう自分でも気が付いています。...僕もうつ病なんですよね?先生、父には内緒にしてもらえませんか?母のこともあったので...」

先生は僕が気づいていたことに驚いていたが、約束をするかのように、見つめながら小さくうなずいた。

「でも、まだ初期段階だよ。ここからしっかり療養に専念すれば大丈夫だから」

 僕は母が一度目に家を去ったときにうつ病について調べていた。

だからうつ病が完璧には治らない厄介なものだということも知っていた。

だから先生の言っていることは、励ましだという事はすぐに気が付いていた。

 母が首を吊った日、泣き叫ぶ中で僕の中の何かが壊れた音がした。

ある程度落ち着いてから、携帯でできるうつ病診断をしてみたのだ。

結果はうつ病。

信じられずにたくさんのサイトを駆け巡って、色々なうつ病診断を受けてみたが、結果はどれも同じだった。

 父さんに連れていかれて、カウンセリングを受けることになった僕は、先生にうつ病の診断を頼んだのだ。

ネットで受けた結果しか見ていなかったので、病院の先生に診断のお願いをしてもらうときはとても怖かった。

それ結果を聞いてしまうことは、最後通達でもあったからだ。

淡い期待を祈っていたが、結果は僕が見てきたものと全く同じ。

うつ病、そう診断された...。

それからは酷かった。

 自分は壊れていく一方で、非行に走る日々を送った。

思えば母もこんな気持ちだったのだろうか。

自分は変わらないのに周りはあっという間に変わっていく。

人も風景も時代も。

取り残されて誰かの助けを待っていた。

 それでも助は来ず、何かを傷つけているのにそのすべてが自分に返ってくるように痛かった。

警察のお世話にもなり、父が何度も頭を下げている場面を見ていた。

生きていても迷惑になり、生きる目標もなく、希望もない僕は、何度も自分の首に縄を通しては怖くなって、そんなこともできないのかと誤った自分への怒り方をしたこともあり、そんな夜が来ては隠していた睡眠薬を摂取して眠りについた。

その後はこんなことをしても何にもならないとが馬鹿馬鹿しく感じて、怖さ、憎さ、不安、そのすべてを勉強に当てて高校に入学をした。

 高校に入学をしてからも父には内緒でカウンセリングに通って、先生とは高校の話をしたりしていた。

キキさんの話を主にしていたが、初めてキキさんの話をしたときに、先生が僕を見て唖然としていたのを今でも覚えている。

どうしたのか聞くと、初めて笑っているところを見たから驚いたといわれたのだ。

それからはカウンセリングというよりは、先生にキキさんのことを話しに行くような感覚で病院に通っていた。

 とある日、先生にもう一度診断してみないかと話を持ち掛けられて、僕は承諾をした。

「唯斗君。もう君はとっくに大丈夫だと思うよ」

「大丈夫って何のことですか?」

「お母さんのことを考えると首が閉まる感覚がすると言っていたよね」

「....はい」

「痛みが伴う分、厄介ではあったけどあとはその問題だけだよ。その痛みを直すのが何なのかは正直わからない。時間なのか、人なのか。でもそれさえクリアすれば完治なんだ。」

僕は少し苦笑いをして先生にこう言った。

「先生。実は完治しないって知ってるんだ」

先生は漠然とした表情で僕を見ていた。

「するよ。唯斗君。完治はする。完治をした人は少なからずいるんだよ」

先生は僕にそう訴えた。

「正直な話をしよう。病院では限界があるよ。軽症化することしかできないかもしれない。でも僕は、最後まで患者さんに寄り添って奥さんを完治させた夫婦を知っている」

 先生はまっすぐな瞳で僕の目を見つめていた。

「生活習慣がトリガーにはなりうることもあるが、うつ病のすべては人によるものが原因だよ。再発だなんて言葉を使うからよくないんだ。一度治った。でもまたかかった。その原因は決してその人じゃない。その夫婦はどうやって完治をしたのかって思うよね」

僕は小さな声で”はい”と言った。

「幸せを見つけたんだよ。でもその幸せは人によって大きく違う。何かを成し遂げたい、どこかへ行きたい、誰かと一緒に生きていきたい。どれが自分の本当に望んでいるものなのか、それを見つけるのに時間がかかるんだ。近くにあったものがそれだって気が付く人もいれば、新しく出会ったものがそうった事例もある。でもそれは人によってしか見つけることしかできない」

その後も先生は話を続けた。

「僕たちカウンセラーはよく患者さんに趣味を見つけなさいと言うんだ。これは何かに熱中してうつ病のことを考えさせないようにする目的もあるんだけど、本当は何かしたいと思ってもらえような引き金になればいいと思って勧めているんだ。それが幸せに繋がればいいと心から願ってるんだ」

先生は少し悲しそうに俯いてこう続けた。

「うつ病ってね、優しい人がなりやすいんだよ。人に気を使って、我慢して、自分より誰かが幸せになればって思ってる人ほどうつ病になりやすくてね..。弱って迷惑をかけたくなくてこの世を去る選択をする人も少なくはない」

 先生は遠い過去を見ているようだった。

先生ももしかしたら近い人で鬱に悩んだ人がいたのだろうか...。

「鬱になるまで人に優しくしたのに、鬱になった人を世の中は慰めもしない。慰めることがあってもその時にはもうその人がいないことのが多い。優しい人が損をするのが大嫌いでね。患者さんには自分の幸せを優先してほしいんだ。患者さんの周りの人もそれに応えてほしい。したいことができないのに理由があるのなら一緒に立ち上がってほしい。見捨てないであげてほしい。諦めないでほしい。鬱は決して人生の終わりじゃない。そう伝えたくて...そんな人を一人でも多く助けたくて、僕はカウンセラーになったんだ」

 先生は椅子をキイっと音を立てて僕のほうに近寄り、手を握った。

「これがしたい、まだ諦めたくないって思うのはその人自身だけどね、自分で見つけられなくてもいい。誰かのおかげで、誰かが理由でもいいんだよ、唯斗君」

「その幸せが叶えられなかったら僕たちはどうすればいいんですか」

先生は僕の捻くれた質問にも笑ってこう返した。

「じゃあまた探しなおしだね」

「幸せって、そんなとっかえひっかえでもいいんですか?」

不思議そうな顔で先生は僕を見つめていた。

「ダメなの?幸せは決して一つじゃないよ。だめならこれ。叶えば新しいものがきっと欲しくなる。幸せってそんなもんだよ」

先生はとどめを刺すかのように僕にこう続けた。

「唯斗君が話してくれた”光”。つまりはキキちゃんだったかな?」

 僕はキキさんのことを暗闇から引っ張ってくれる光だと称していた。

「その光はね、君が見出したものだよ。君がその子を光にしたんだ。君自身が光だと、その子を選んだんだよ。唯斗君は心のどこかで諦めてなかったんだよ。強く生きようとしていたんだ。そう思うことで光を見つけれたんだよ」

先生から言われたことは僕をはっとさせた。

「...うつ病は完治するって話、信じてもいいですか?」

「うん。うつ病は完治する。僕の医者人生をかけるよ」

 このすべてをキキさんに打ち明けた。

「唯斗君はもう首の症状は治ったの?」

僕は彼女の目をしっかりと捉えてうなずいた。

「キキさんのおかげだよ。もう痛みを感じることはない」

そのことを聞いてキキさんは安心した様子だった。

「キキさんも完治するんだよ。僕は絶対にキキさんを見捨てたりしない。一人になんかしない」

僕は先生がしてくれたようにキキさんの手を優しく掴みなおしてそう言った。

「唯斗君の見つけた幸せは何だったの?」

ここまで話をして気が付いていないキキさんに突っ込みを入れたくなったが、それがキキさんらしくてなんだか嬉しかった。

「キキさんといることだよ。キキさんが大好きなんだ。キキさんがいてくれないと嫌だよ」

キキさんは涙を流しながらも少し顔を赤らめていた。

「でも、私じゃなくても見つけられるんでしょ?」

それでもキキさんは食い下がらなかった。

「ううん。キキさんがいいんだ。キキさんじゃないと嫌なんだ。キキさんが嫌なら仕方がないけど...」

 キキさんは僕の手を解いた。

ダメか...。

「ううん。嫌じゃない。私も...私もずっと好きだった」

そう言って僕の手を優しく掴みなおした。

 キキさんからの言葉を聞いて本当に息が止まるほど嬉しかった。

叫びたいほどに嬉しかったが、ぐっとこらえているとキキさんは手を強く握った。

「唯斗君はいなくならない?」

その表情は今までに見たことがないくらい儚かったが、眼差しは強かった。

「いなくならないよ。キキさんがいてくれれば僕は幸せなんだ」

そういうと次は、見たことのないくらいの笑顔でこう言った。

「私の幸せももう見つかってたよ。だってこんなに嬉しいんだもん」

 涙が悲しくて流れているのか、嬉しくて流れているのか、もう分からなくなっていた。

涙を流しながら二人で見つめあい、お互いがお互いを求めるかのように目を見つめながらキスをした。

初めてのキスはレモンの味だと聞いていたけれど、涙の味がした。

「顔赤いよ」

僕がデリカシーのない発言をすると、彼女も笑って言い返した。

「唯斗君もね」

二人でくすっと笑った後、今までの出来事を思い出し、すべて洗い流すかのように二人で涙を流しながら抱きしめ合った。

 僕が泣き止んだ後もキキさんは泣いていて、僕は彼女の頭を撫でながらすべて流しきるまで彼女を抱きしめながら待ち続けた。

キキさんは落ち着いた後に今回の事を話してくれた。

 首を吊ったのは僕が到着する少し前だったみたいで何とか一命を取り留めたらしく、一応病院に行くことを進めたが、本人が大丈夫だと押し切るので彼女の家で安静を見届けることにした。

「ねえキキさん。迷惑でなければでいいんだけど、今日は一緒にいてもいい?」

彼女はもう大丈夫だと信じていたが、あんなことがあった後だったので、心配になった僕はキキさんにそう尋ねた。

「うん...。一緒にいてほしい。この家には私しかいないし大丈夫だけど、唯斗君こそ大丈夫なの?」

「うん!気にしないで、僕ん家は大丈夫だから」

「...ありがとう」

彼女は申し訳なさそうな表情だったので、僕は大丈夫だという意味で軽く微笑んで彼女の頭を少し撫でた。

 父さんに今日は友達の家に泊まると連絡をすると、すぐに”了解”と返事が来たのでそのことをキキさんに伝えると彼女はどこか安心したような表情をしていた。

「あ...」

彼女が何かを思い出したかのようにぼそっと呟いた。

「どうかした?」

そう僕が聞くと、彼女は壁に立掛けられたカレンダーを見ていた。

「明日学校だけどどうするの?」

そういえばそうだった...。

学校に登校するのなら一度準備をしに家に戻らなければならないが、今は彼女の傍を離れたくはなかった。

「キキさんはどうするの?」

「うーん...。早く学校に行ってれなにも会いたいけど、明日も休もうかな。火曜日から行こうと思う」

「じゃあ僕も休んじゃおっかな」

「え、だめだよ。唯斗君はちゃんといかなくちゃ」

「たまには休んでも誰も文句言わないよ。バイトもないし、それに...。」

「それに?」

彼女は首を傾げながら僕のほうを見つめていた。

「久しぶりにキキさんと会えて嬉しいんだ。だから今は一緒にいたい」

僕がそう言って彼女のほうを見ると目が合ったが、彼女はすぐに目を逸らして髪の毛をくるくると触りながらこう言った。

「まあ、そう言うなら...」

その姿があまりにも可愛くて堪らなかったが、これ以上何かを言うと怒られそうな気がしたので”ありがとう”とだけキキさんに伝え、その場を終えた。

 その後、コンビニに夜ご飯を一緒に買いに行き、キキさんの家に戻ってご飯を食べた。

お弁当を食べているキキさんの手が急に止まって彼女の手を見たが震えているわけではなかったのでどうしたのと尋ねると、彼女は持っていたお箸を置いた。

「この家で誰かとごはんを食べるのはいつぶりだろうって考えてた」

父親は幼い時に無くし、退院してからは母親とも会えず、おばあさんは介護施設に入っていたからずいぶん長い間この家に一人で住んでいたのだろう。

僕なんかじゃ想像もつかないほどに寂しい想いをしてきたんだろう。

「キキさんさえよければいつでも来るからね」

僕がそういうとキキさんはお箸を持ち直した。

お弁当を顔の近くまで持っていき、下を向きながら箸を進めていたが次第に涙がぽたぽたと流れ落ちていた。

「キキさん...」

心配になって思わずキキさんの名前を小さく呟くと、彼女はそれに気が付いたのか顔を横に振った。

「違うの。なんだか温かくて...。ありがとう...唯斗君」

僕らは何も会話をせずお互いがお互いのペースでご飯を食べ終えた。

 そのあとはお菓子を二人で食べながらテレビを見て、学校の授業は今何をしていて、最近起きたしょうもない話をしたり、キキさんが学校に来なくなった前と変わらない温度感で会話をしていた。

二人で話をたくさんしていると、キキさんが時計をちらっと見た。

「もう21時だ。お風呂先入る?」

キキさんは当たり前のように僕にそう尋ねてきて、思わず飲んでいたジュースを吹き出しそうになった。

「いや、僕はいいよ。着替えもないし...」

「お父さんの服とか捨てずに全部残してあるから、それ着ればいいよ」

お風呂には入りたいけど、実はキキさんの家にいるだけで緊張をしていて、キキさんがいつも入っているお風呂だと想像をすると気が持たなかった。

「いや~...。やっぱり今日はいいかな...」

彼女は僕の話を無視して引き出しからパンツと寝間着を僕に投げつけた。

「この後一緒に寝るんでしょ...。お風呂入らないと、ほら...。私は先入るからね!!」

彼女は顔を真っ赤にしながらドアをいきおいよく閉めた。

 僕はぽかんとしながらも、キキさんの言ったことを思い出して困惑していた。

”ほらってなに!?

一緒に寝るって布団別だとおもってたけどそうじゃないのか!?

いやでも好き同士だし別におかしくもないものなのか...?

というか、好きだと伝えたけどこれは付き合っているということでいいのか?

ちゃんと口にして言ったほうがいいよな...?

いくら何でも順序があり、付き合ってからだよな...。

そして、付き合って一日目でするものなのか?

本当にキキさんがなにを考えているのか分からん!!”

 頭が追い付かずあたふたとしていると、キキさんがお風呂から上がって部屋に入ってきた。

「え、早くない?」

「そう?30分くらいだったけど」

時計をちらっと見ると21時半を少し過ぎていた。

 僕の落ち着きがなかったせいで時間感覚がおかしくなっていたのか。

「ほら、唯斗君も早く入ってきて...」

彼女はお風呂上がりだからなのか、さっきより顔を赤くしていた。

彼女の幼くていつもとは違う可愛さのあるすっぴん姿と、少し濡れた髪や寝間着姿に思わず目が点になっていると視線を感じたのか顔を両手で覆った。

「すっぴん不細工でしょ...。恥ずかしいからあんまり見ないでよ...」

「ううん。凄くかわいくて...」

思わずそう言ってしまうと、彼女は指の隙間から目を出して僕のほうをちらっと見た。

「ほんと...?」

「ほんとだよ」

「...ありがとう」

彼女は小さな声でそう言った。

「ねえ、ききさん」

「今度はなに?」

「きちんと言っておきたいことがあるんだけど...」

そういうと彼女は覆っていた手をどけて僕の横に座った。

「なに...?」

彼女は首を少し傾げて、改まった僕を不思議そうに見つめていた。

 お風呂上がりのいい匂いがしたり艶やかな肌が近く、僕は無様にも顔を真っ赤にしてしまった。

「雰囲気作ったりするほど慣れてなくて...ごめん。恥ずかしいけど回りくどいことは嫌だし、きちんと言葉にしてキキさんに伝えたいことがあります...」

彼女は何を言われるのかを悟ったのか、一度ゆっくりと瞬きをした後、しっかりと僕の目を見つめながら”はい”と言った。

「キキさんが大好きです。ずっと一緒にいたいです。臆病で意気地なしでダメな僕だけど、絶対にキキさんを大切にします。それだけは約束できます。僕と付き合ってください」

僕の雰囲気もない告白に対して彼女は笑わずに最後まで僕の目を見つめながら聞いてくれた。

「返事はじゃあ、唯斗君がお風呂に入ってからするね」

彼女は意地悪な顔をしてそう言ったので、恥ずかしさが絶頂に達した僕は、顔を真っ赤にして”はい!”と勢いよく返事をし、お風呂に入った。

シャワーを浴びているときも恥ずかしさが消えることはなく、叫びたい気持ちになったが必死に堪えて体を洗うことだけを考えた。

 お風呂を上がるころには恥ずかしさは消えていたが、胸がずっとドクドクと鳴っているのが伝わった。

ただ、なんでこんなことを言ってしまったんだという気持ちは全くなく、言えたことへの清々しい気持ちで満たされていた。

キーー。

 お風呂から上がり、キキさんの部屋のドアを開けると電気が消えていて真っ暗だった。

「キキさん、お風呂ありがとう。上がったよ」

すると奥のほうで携帯の画面から出る光が急に現れた。

「お帰り!こっちだよ~」

彼女は携帯を振って位置を知らせてくれた。

「これが唯斗君の枕ね」

すでに横になっていた彼女はポンポンっと枕を叩きながらそう言った。

本当に一緒の布団なのか...。

嬉しいけど緊張のが大きいな...。

「入っていいよ」

布団をかぶりやすいように片手で持ち上げ、僕が入るのを待ってくれた。

「...ありがとう。お邪魔します」

 今、僕は彼女と一緒の布団で横になっている。

緊張で潰れてしまいそうだった。

しばらく無言の時間が続いた。

 目が暗闇になれたのか仰向けで天井を見ていると消灯した電気や周りの壁がうっすらと目視できるようになっていた。

「唯斗君」

横で寝ているキキさんが僕の名前を呼び掛けた。

「どうしたの?」

「さっきの返事してもいい?」

唾をごくりと飲み込んだ。

「うん」

「...こちらこそよろしくお願いします」

その一瞬、彼女は声を小さくしていたが、周りから出る雑音がすべて止まったかのように、しっかりと彼女の言葉が耳に入ってきた。

 僕はキキさんの方向へ体を動かすと、キキさんはすでに僕のほうを向いていて向き合う形になった。

「大好きだよ、キキさん」

「私も大好きだよ、唯斗君」

暗闇の中お互いが見つめ合って言葉を交わし、お互いが惹かれ合うようにキスをした。

「初めてだから優しくしてね」

彼女はそう言って体を委ね、僕たちは重なり合った。


 朝、目が覚めると彼女の顔がそこにあった。

見慣れない部屋に一瞬ここはどこだろうと戸惑いを感じたが、すぐに昨日のことを思い出し状況を把握した。

 目が覚めて隣にキキさんが居ることが嬉しく感じたが、夜のことを思い出して恥ずかしさが後からやってきた。

そんな恥ずかしさを紛らわすために携帯を開くと、時刻は12時を過ぎていた。

そんなに寝ていたのか...。

 昨日は本当に色々なことがあった。

涙もいっぱい流したし、疲れているんだろう。

 彼女の寝顔が本当にかわいくて、このままずっと眺めていたいけれど、目を覚ますとお腹がすくだろうからなにか用意しておこう。

起こさないようにそっと立ち上がって、起きていないかキキさんのほうをもう一度確認をした。

あまりにも無防備な姿にくすっと笑みがこぼれた。

きっとバレたら怒られるんだろうけど...。

それでも今見えているものをどうしても残しておきたくて、携帯のカメラで思わず彼女の写真を一枚撮って保存した。


――それから一時間後。

「ご馳走様!本当においしかった、ありがとね!」

彼女は僕が作ったご飯を残さずに食べた。

 彼女は僕が作った味の保証もないご飯を本当に美味しそうに食べてくれて、その表情を見れただけでも幸せだった。

「今日は家にいる?」

キキさんは外に遊びにいくことができていなかっただろうと考え、どこかに行きたいところはあるかという意味で尋ねた。

「唯斗君が良ければ行きたいところはあるんだけど...」

少し僕の顔色を窺ってそう答えたキキさんに対して僕は頭からハテナを飛ばすように首を傾げた。

――ガチャン。

「あら、キキちゃんも来てくれたのね。いらっしゃい」

 僕は母の病室にキキさんと来ていた。

キキさんが僕の母のところに行きたいと言い、それを断る理由ももう無くなった僕は、二つ返事で行こうと言って今に至る。

「こんばんわ!」

キキさんが元気よく挨拶をし、二人の雰囲気間を見るに、やはり母とはかなり長い付き合いのようだ。

「二人とも昨日ぶりよね。ありがとうねキキちゃん。あなたのおかげで唯斗ともう一度話をすることができたと思っていて、本当に感謝しているの」

「いえ。私も唯斗君に助けてもらってばかりなので」

母はじっとキキさんの顔を眺めた後、僕のほうをチラッと見てにっこりと笑った。

「自慢の息子だもの」

母に頑張ったねと言われているような気がして、僕はうんと頷いて見せた。

「それより、今日は二人揃ってどうしたの?」

キキさんは思い出したかのようにアッという表情をした。

「実は、唯斗君と..」

「付き合ったんだ。昨日キキさんに告白をして付き合ってもらったんだ。そのことをキキさんが報告したいって言って来たんだよ」

母は驚く素振りを見せず、僕とキキさんの顔を交互に見て微笑んで見せた。

「そう。二人ともお似合いだわ。お互いが両思いだったものね。良かったわ」

両想いという言葉を聞き、お互い顔を赤らめながら目が合ってすぐに逸らした。

「二人にも私から報告があるの」

 僕は突然の母からの報告宣言に唾をのんだ。

「どうしたの?」

「実はね、まだ時間がかかるかもしれないけれど退院の目途がたったの。体の休養は足りていたし、心の休養はキキちゃんと唯斗からもらったから」

心の休養?

僕はなにかした覚えはなかったが何のことだ?

「うつ病のきっかけは職場でのストレスなの。唯斗が生まれたときにはすでに限界を迎えるところだった。でもあなたの顔を見ると頑張れたの。それでも限界をとうに越してしまってうつ病を患った。あなたには勘違いさせてしまったと思うわ」

 憶測でこうだと決めつけていたところはあったけど、母のうつ病のきっかけについては聞いたことはなかった。

生まれた時期からおかしくなっていたと思い、理由は僕だと決めつけていた。

母はかなり前から自分自身と戦っていたのか...。

「職場から離れて身体的には回復をしたけれど、唯斗に大変なことをしてしまった罪の意識から病気がよくなることは無かったわ。でもあなたが私を許してくれて、またこうして会いに来てくれたお陰で幸せなの。見る見るうちに良くなっていくわ。だから二人ともありがとうね」

「私はそうなるんじゃないかと思ってました。本当に良かったです!」

キキさんは母の回復も願っていたのだろう。

その言葉はまっすぐでずっしりとしていた。

「母さん良かったね。母さんが頑張ったからだよ」

母さんはうっすらと涙目になっていて、本当にうれしくて安心しているのが伝わった。

「せっかく来てくれたのにこんな話をしてごめんなさいね。母さんは二人が会いに来てくれただけで嬉しいから、二人の時間を大切にしなさい。親なんて二の次でいいのよ」

行こうかとキキさんとアイコンタクトを交わし、二人で同時に立ち上がった。

「また来ますね!」

キキさんは笑顔で母に手を振り、病室を出た。

 それに続いて僕もドアノブに手をさしかけたところで、母が僕の名前を呼んだ。

「唯斗、キキちゃんはもう大丈夫。昨日とは顔つきが違うわ。間に合ったのね」

僕は振り返ろうとしたが母はそれに気が付いて止めた。

「そのままでいいわ。あなたばかりに頑張らせてしまってごめんね。それだけ唯斗に伝えたくて。キキちゃんが待ってるわ。行ってあげなさい」

僕はドアノブを握る手に力をぐっと入れた後、すぐに力を抜いた。

「母さん。正直に言うとね、今までしんどかった。でも過去があって今があるなら僕は、その過去も必要なものだったのかもしれないと思ってる。キキさんと幼い時に出会ったことも、母さんとの事がなければその時は訪れなかった。そんなキキさんのおかげで今では母さんとも会えてる。だからいいんだ。遠回りをしたのかもしれないけど、いまが幸せだから。だからもう謝るのはやめてほしい」

「そう...。最後に一つお父さんから唯斗のことを聞いていたり、今の唯斗を見て謝りたいことがあるの。それで最後にするわ」

母さんは少し間を開けて小さく深呼吸をする音が後ろから聞こえた。

「大人にさせてしまったね。もっと違う経験を積んでそうなってほしかった。まだ年も全然なのに無理やり大人にならないといけない状況にさせてしまったことを反省してる。もっと周りの子たちみたいに青春を謳歌したかったよね。本当にごめんなさい」

 何も気にしないで遊んでいたかった。

ずっとサッカーをしていたかった。

良いことをしたら褒めてほしかったし、悪いことをしたら怒ってほしかった。

辛い表情をすると家の人たちが困ると気が付いてからは、大丈夫なふりをしていたけど、なんで自分だけなんだって駄々くらいこねたかった。

なんの疑いもなく人に接していたかったし、落ち着いた雰囲気を出すんじゃなくてもっと無邪気でいたかった。

それでも、僕は僕で良かった。

「母さん、僕は大人じゃないよ。いつまで優しい父さんと母さんの子供だよ...。じゃあ、またね」

母さんからの返事は聞かず、僕はキキさんの後を追うように病室を後にした。

 病室を出るとキキさんは扉の外で静かに待っていた。

「もういいの?」

「うん。ありがとう。また会えるから。もういいんだよ」

キキさんは僕を見つめてゆっくりと瞬きをしながら優しくうなずいた。

「そうだね。じゃあ行こっか」

 キキさんと僕は二人で手をつなぎながら廊下を歩いた。

キキさんは病院で過ごした時間があるからか、たまに懐かしむような表情で自動販売機を見たり、カウンセリングルームを見たりしていたが、その度に僕のほうをチラッと見て微笑んだ。

きっと過去と今を比べているのだろう。

 僕も遠く辛い過去を思い出しては節々に、キキさんのほうを見て微笑んだ。

「ねえ、唯斗君は私の事いつくらいから好きだった?」

「うーん。あの時には好きだったんだろうなと思うけど、益田に絡まれていた時からかも。なんか危なっかしいから、守りたくなっちゃうんだもん」

「あの時か!私は唯斗君のことを知ってるって隠していたけど、唯斗君の視点だとあまりお互いの事わかっていない状況よね?もしかして惚れやすいタイプ?」

今思えば確かに浅かったとは思うがどうしてあんなに気になっていたんだろう。

「もしかすると一目惚れかも..」

僕がそういうと彼女は足を止めた。

「どうしたの?」

そう言って振り返ると彼女は顔を少し赤くしていた。

「私もだよ」

ん?

一目惚れってこと?

でもそれって...。

「...いつの一目の話?」

彼女は止まっていた足を動かして僕の手を引っ張った。

「それは内緒!」

彼女はいたずらっ子な笑みを浮かべて僕のほうを振り返った。

その笑顔がとてもキラキラしていて、無意識に足だけが動き、彼女と横並びでまた歩き出した。

「でも、一つ教えておいてあげる」

彼女は僕のほうを見ず前を向いて歩きながらそう言った。

「この病院ってうつ病の重症患者さんが入院するところなの」

まあ母がいるくらいだからそうだろうとは思っていた。

前に母の病室を出たときに看護師さんが心配になって病室の外で待機していたし...。

「人と会うと何をするかわからないから普通のケガの人たちとは会わないよう決めた方針なんだって。そしてもう一つ、唯斗君はすでに聞いたのかもしれないけど、五年の間この病院で入院をするなら面会場でないと身内の人に会うことはできないの」

もちろんその話は父さんからも母さんからも聞いていた。

「私もその一人。病院の計らいで私はお母さんと同じ病室にしてもらったの。でも私は異例のスピードで病院を退院するにまで回復したんだ」

母と同じ重症者でそんな事可能なのか?

高田が言っていた感じ、キキさんが学校に来なかったのは数ヶ月程度。

 僕でも軽症者の扱いだったのだからキキさんはもっとうつ病の症状がきつかったはずだ。

そんな僕でもうつ病の回復は数年を要していて、母は目処が立ったのはつい最近でそれまでに何年も経っていた。

なのに数ヶ月。

たったそれだけで...?

「あなたの話を聞いているだけで、この先が待ち遠しくなった。楽しみにしているだけで、私は重症患者から軽症になったんだよ。嘘みたいでしょ。だから唯斗君の言っていた先生から聞いた話、私は疑ってないよ。信じてる。幸せを願って自分も救われた一人だから」

僕もキキさんも、うつ病によって人生が変わった。

お互い親がうつ病を患っていて、親がきっかけとなりうつ病を患った。

その先は真っ暗で途方もない闇の中だったけど、二人が出会って大きく人生がまた変わった。

「唯斗君、明日から学校に戻るよ」

キキさんの顔つきは真っすぐで活力に満ちていた。

「本当に大丈夫?まだ休んでもいいんだよ?」

それでも無理をしていないか心配をしていた僕に対して、キキさんは微笑みながら顔を横に振った。

「一人だったらまだ無理だったかも。でもまだ唯斗君がいるって気が付けたから、大好きな人が私を見てくれてるから大丈夫。唯斗君も辛くなったらいつでも私を頼ってね。絶対に力になるから!」

「わかった。明日は学校で待ってるね」

うん!っとキキさんは笑顔で返事をして、二人は病院を出た。

 その後、二人でご飯を食べて解散をした。

もう少しキキさんと一緒に居たかったが、彼女はおばあちゃんのところに行きたいからと言って二人は別れた。

日が落ちて夜に差し掛かる直前になって僕は家に着いた。

「ただいま~」

玄関で靴を脱ぎながらそういうとドタドタと僕のところへ走ってくる音が聞こえた。

「あれ、父さん。どうしたの?」

 父が僕を出迎えてくれた。

「唯斗。母さんから連絡があったよ」

母さんとの仲が戻ったことを父に言うつもりだったが、先に母さんが話をしてくれていたのか...。

「ありがとうな唯斗...。母さんを許してくれて。今日も病院へ行ってくれてたんだってな。母さん嬉しかったのか、泣きながら電話をかけてくれたよ」

泣きながら?

会っていた時は泣いてはいなかったけど、我慢していたのかな...。

「また、父さんと一緒にお見舞いにでも行ってあげよう!きっと喜ぶよ」

父はボロボロと泣き出して僕をぎゅっと抱きしめた。

「辛い思いをさせちゃってごめんな...。本当にありがとう」

 父の想いが伝わって涙がでそうになったが大人げなく泣いている父を見てくすっと笑いながら父の肩をさすった。

父が落ち着いてから母の病院に行った経緯について話をしたが母からすでに聞いていたのかすべて知っている様子だった。

それでも僕が母のことを話している姿が嬉しかったのか父は微笑みながら僕の話を聞いていた。

「じゃあもう寝るね。お休み、父さん」

かなり話し込んだせいで時刻はもう22時を過ぎていた。

「ああ、ありがとうな。話をしてくれて。ゆっくり休みなさい」

僕はコクっとうなずいて自分の部屋に戻ってベッドに横たわり、すぐに目を閉じた。


――翌日の朝。

「おはよう唯斗!昨日は学校休んでたけど大丈夫か?」

てつやは僕の顔を見ると近寄って心配をしてくれた。

「おはようてつや!大丈夫だよ。ちょっとさぼりたくなって休んじゃっただけだから」

 学校の廊下でてつやとじゃれていると奥から高田とキキさんが話をしながら歩いてくる姿が見えた。

「キキ本当に大丈夫!?なんで連絡くれなかったの...?」

「すごく風邪が長引いちゃっただけだから大丈夫だよ!連絡はごめんね。レナとの約束断っちゃったから怒ってないか怖くって...」

高田ははーっとため息をこぼしていた。

「そんなんで怒るわけないでしょ!まあキキがこうやって学校に来てくれたからもういいけど...。何か困りごとがあれば何でも言いなさいよ!!」

「えへへ...。ありがとう。レナの事が大好きだから怖くなっちゃて」

キキさんにそう言われた高田は照れながらキキさんを軽くたたいた。

「あれ、小林さんじゃん。なんか久しぶりに見たな。唯斗は来るって知ってたのか?」

「うん。聞いてたよ」

「そっか。キキさんと話し合えたんだな」

「哲也が背中を押してくれたお陰だよ。本当にありがとうね」

僕がそういうとてつやは強く僕の背中を押した。

「ほら!おはようくらい言ってこい!」

後ろを振り返るとてつやは優しく僕を見つめていた。

本当にてつやはいいやつだな...。

「あれ、唯斗君!おはよう!これ洗ったから返すね!」

キキさんは袋をカバンから取り出して僕に渡した。

「なにこれ?」

キキさんはにやっと笑ってパンツだと答えた。

それを聞いていた高田は、ん?と言いながら袋と僕とキキさんを何度も見ていた。

「立切...。あんた...」

高田はものすごい形相で僕を睨んでいて、それを見たキキさんは後ろでケタケタと笑っていた。

「キキも笑い事じゃないでしょ!!あんたらほんとにどういう関係なの!?」

 僕が高田に怯えていると、キキさんが今にも襲い掛かりそうな高田を止めてくれた。

「唯斗君と私、付き合ってるの。最近だからレナには言えてなかったの。ごめんね」

キキさんからそう言われた高田は僕とキキさんを交互に見返した。

「え、うそでしょ..?」

高田は何が何かわからないというような表情をしていて、僕に確認をするかのように聞いてきた。

「本当だよ」

「頭の整理がつかないわ。ちょっと頭痛くなってきた。もう教室に戻るわね...」

突然のことが多すぎて頭が追い付いていない高田をキキさんは心配していた。

「これからは隠し事はしないようにするから、ごめんねレナ...」

高田は深くため息をこぼした。

「まあキキが幸せそうだからいいわ。でも後でちゃんと説明してよ?」

「うん!わかった!」

高田はまだ授業を受けていないのに疲れた様子で教室のほうへと歩いて行った。

「私たちも教室いこっか!」

「うん!そうだね」

「唯斗君今日、放課後一緒に帰ろ?」

上目遣いで僕の顔を覗き込むようにお願いをしてきた彼女の可愛さに悔しくも目を逸らしてしまった。

「うん...。帰ろっか」

やったー!と彼女は喜んで見せて、それを愛くるしく僕は眺めていた。

 この先こんな幸せがたくさん訪れるのかな。

彼女に出会えて本当に良かった。

放課後の帰り道、キキさんと歩きながら夕焼けを眺めていた僕は、こんなことを考えていた。

 人生、なんでも経験が大事だという人がたまにいる。

自分に言い聞かせるという点では何とも思わないのだが、わざわざ他人に押し付ける類の人間に出会ったことが僕にももちろんあった。

確かに、経験は自信につながり自信を成長させる要素の一つに成り得るだろう。

でもそれはメリットの一つでしかなく、デメリットももちろんある。

 僕やキキさんは二人とも幼くして、うつ病という病気に巻き込まれた。

その後は自信までもがうつ病患者になり、世の中を去ろうとした。

こんなものは経験しなくていい。

 経験は時に、自信を失って、自身を衰退させてくる。

まさにメリットの裏側の話だ。

世の中はメリットしか表に出ていないから、時に人の感覚を鈍らせる。

 経験は武器になる。

でもその刃は自分にも向いていることを忘れないでほしい。

心を大事にしてほしい。

早く忘れてしまいたい。

でも、背負ってしまうことになっても僕にはやりたいことがあった。

「唯斗くーん...おーーい」

キキさんが退屈そうな声で僕を呼んだ。

「ごめん。ちょっとぼんやりしてた」

「あはは、何それ。おじいちゃんみたいなこと言わないでよ」

キキさんは、カバンをゴソゴソと漁って、一枚の紙を取り出した。

「今日配られた、進路調査票何かこう。進学するつもりはないし。唯斗君はどうするの?」

「大学は行くつもり。大学に行って論文の勉強とかをしたら、本でも書いてみたいんだ。」

「本?なに書くの?」

キキさんは不思議そうに僕を見ていた。

「うつ病に関する本。できれば物語みたいなのがいいかな」

キキさんはさっきまで不思議そうな表情だったのに、今はもう納得した顔をしていた。

「本当に、優しいんだね。一人でも自分と似た経験をした人を助けたいんでしょ?」

「助けるなんて大それたものではないよ。ただ、少しでも勇気や期待を持つ、キッカケになればいいなってだけ」

「そう。唯斗君らしいね。その本、見つけてくれるといいね。」

僕とキキさんは学校からの帰り道ではない河川敷を、自転車を押しながらゆっくりとあてもなく歩いた。



うつ病でない人へ伝えたいことがある。

 うつ病を患った人は心が弱いわけじゃなく、優しすぎたのだ。

 見捨てずに、かわいそうな人だなんて思わずに、親身になって寄り添ってあげてほしい。

 あなたの行動で救われる命があることの重大さを理解してほしい。

 あなたの助けを待っている人がいることに気が付いてほしい。

 それは自分じゃないなんて思わずに...。

 唯斗の母親が唯斗にしてしまったことはすべて事実にあるお話だ。

 時にあなたを傷つけるだろう...。

 矛盾してしまうが、自分がダメになりそうだったらすぐに手を引いてほしい。

 一人でも多くのうつ病で悩む人を減らしたいという願いがあって、あなたにもうつ病を患ってほしくはないから。

 うつ病の患者さんが願っている「大切な人がうつ病になってほしくない」という願いを代弁して...。


最後にうつ病に悩む方に聞いてほしい。

 うつ病に今も悩んでいる人は世の中に多くいるだろう。

 うつ病で悩む方には心当たりもあるだろうが、重度の症状を患えば、生活保護の生活になったり、障害者手帳をもらうことがある。

 そのことで社会から切り離された感覚に陥ってしまうこともあるだろう。

 それでもあきらめないでほしい。

 人生が終わりだと思わないでほしい。

 強くなくてもいいから生きてほしい。

 優しすぎる自分を痛めつけず、責めないでほしい。

 生きていれば何かがあるから。

 それはいつ訪れるのか分からなくて苦しむ時間のほうが長いのかもしれないけれど、きっと訪れる。

 安心してほしい、うつ病は必ず治すことができるから。


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