北京動乱編-6 防衛会議
更新遅れ…というかネタひねり出すのが大変すぎる点もあるので…再編することにしました。そのために別のシリーズ管理にする予定です次回更新がおそらく切れ目かな…
5月中旬 横須賀海軍工廠
横須賀にある乾ドックには予定外の軍艦が入渠していた。防護巡洋艦の松島。日清戦争時に連合艦隊旗艦を務めた軍艦である。
そして彼女(松島)が受けている工事は予定外のものだ。
松島は日清戦争に向けて清国海軍の戦艦定遠級2隻に対抗するために計画された4隻のうち1隻で、完成できた3隻のうち唯一その特徴たる主砲を艦の後部に積んだ船であった。
だがこの主砲は使い物にならなかった。搭載数はたった1門。装填時間も長い。これは命中率に響いた。砲弾は1発目の情報をもとに2発目の発射条件を決めるが、条件が目まぐるしく変わる戦場、特に海戦では発射まで時間がかかれば1発目の情報など糞の役に立たなくなる。
特に主砲に使われる10~13インチ(25.4~34.3cm)級の主砲関連技術の発展で装填時間は極めて短くなった。投射可能弾数はもちろん、命中率も格段に進歩した。
結果として松島はすでに完全に時代遅れの判断だった。実際、主砲を主戦力とした場合妥当だ。日清戦争時代でも使えないという判断(これは砲に対して小型過ぎる船体が耐え切れなかったことによる評価で砲自身に対する評価ではないが。)だったが。
なお、この問題は設計する前から分かっていたのに、この砲の搭載を強行した日本海軍の責任であり、設計者のエミール・ベルタンの責任ではない。
日本海軍はこの艦の前後よりフランス式設計から英国式設計に移行している。この艦が原因で移行させる判断をしたというのは正しくない。正しかった場合は理不尽である。どちらかというと松島の就役と同時期にフランスからの回航中に行方不明になった巡洋艦畝傍の影響の方が大きいだろう。こちらも日本海軍の要望により武装過剰のトップヘビーが酷かったが。
「田中さん。噂は聞いていました。この船本当に使えるのですか?」
海軍工廠に似つかわしくない2人が話している。1人は陸軍軍服を着ているので陸軍の人間。もう一人は工員でもない民間人だった。
「まあ、主砲は実戦で役立たずです。こけおどしでしょう。海軍もわかっているので今回も砲身撤去の許可が出た。まあ、こけおどしのために木製艤装砲身はつけろとのことですがね。まあ、艦首シコタマ積んである軽量級速射砲はまだ使える。」
「そういってくれると嬉しいね。この老骨もまだ働けるのだと。」
後ろから声がすると2人は振り返る。
服装は海軍将校。しかも将官。とっさに敬礼する。2人は海軍に属したことがないので階級章に関しての知見は低い。だが田中はその相手が誰であるかに気が付く。会ったこともある。
「この船の初代艦長は私だった。完成してフランスから日本への航海も私が責任者だった。思い入れがあってな。」
「鮫島常備艦隊司令長官殿。此度のご協力感謝いたします。」
鮫島 員規中将日清戦争時代の連合艦隊参謀長だった人間である。性格は寛厚。故に壮絶な状況では判断に欠ける。特に何かと対立していた伊東祐亨司令長官と坪井航三第1遊撃隊司令官の仲裁をしなかった。その役割を部下に投げる。そのほかにも部下に任せることが多い。
ただし、伊東祐亨司令長官と坪井航三第1遊撃隊司令官の対立は戦術論・運用面の対立であり、その論理は正反対。中途半端な折衷案は火を注ぐだけだったという状況と推測もできる。まあ、部下に押し付け癖は事実だったらしいが。
「時代は変わるな。10年前に主力だった船はすでに旧式だ。」
「10年あれば変わります。「あれ」も10年後には旧式です。その準備も進めてはいます。技術・戦術的に先を行かねば戦には勝てないと考えます。あの世界は次の主役です。」
「そうか。出し惜しみはできんな。」
1900年6月7日 北京
また北京は後手に回った。鉄道線の破壊により、早急な北京脱出が困難になって3日目。ようやく北京公使館区の防衛についての話し合いがもたれた。
後手に回っている度合いはひどかった。増援の再要請こそ行われ、10日に2000の兵が大沽を出ることになっているが、欧州各国に正確な地図の用意がないほどであった。
だからこそ、彼らは自分たちが持ち込んだ不正確な地図を無理やり組み合わせて全体の地図の作成から始まる。
そして総指揮官すら決まっておらず、階級と兵力、最新兵器の数の呼応が飛び交う。
平時なら自慢合戦で済むが、ここは戦時に近い。
「そもそも根本的な兵力が足りん。およそ1㎞四方を守るには数が足りん。」
そこに議論は尽きる。1㎞4方、4000mに均等に400名の兵士を立たせるだけで兵士同士の間隔は10m間隔にしかならない。しかも約450名のうち、100名を公使館区外の教会防衛にこの時点で回しているのでこの状況よりも悪い。
「正確には南北822m、東西936mですね。これは東側の突出しているベルギー、イタリア、オーストリアを除いての数値です。まあ、まるで子供が大人の服を着ようとしているような状況であることには変わりないですが。」
柴五郎がここでようやく口を開く。その場が一気に凍り付く。
「柴殿。正確な地図があると?」
柴五郎は無言で厚紙を渡してくる。開かれると、すぐに古い地図が捨てられるほど正確なものだった。
だが指揮権問題や個々の国家の思惑から話し合いは硬直化する。
柴はまた口を閉ざす。白人たちの間に割って入ることを避けたのだ。人種差別がひどい時代、その行動だけでも顰蹙を買う。
地図を出したのはそれだけでも出さないと話が一向に進まないと考えたからだ。
そして各国の駐在武官の能力の見極め。話す内容から類推される力量を見ておかねばならない。初めて見る武官・兵士同士で作られる混成部隊であるからこそ必要なことである。
だが次第に話はまとまってくる。公使館区の比較的外側にいる国はその大使館正面を守りたいと主張している。
となると南側は問題ない。北京城の外郭城壁をそのまま防衛線にできる。門と城壁上の狙撃で南からの守備は可能だ。
西・北は南ほど固くはないが、北京城の内部城壁(その内側に宮城がある)・見晴らしのいい通りもあり、何より強国の英ロ大使館が近い。最大の問題は東側。突出しているベルギー、イタリア、オーストリア=ハンガリー大使館は距離が離れているうえに兵力過少。ベルギーに至ってはほぼ皆無だった。
当然、会議は東側大使館の放棄に移行する。
具体的には先ほどの3か国とその次に東側にあるフランスだ。なお、フランス大使館の南西はドイツ、西は日本、通りを挟んで東に隣接するのがイタリアの公使館だ。
この放棄に頑強に抵抗するのはフランスとオーストリアだ。
ベルギーは守り切れないと観念した。イタリアは欧州各国でも1段下に見られる国力しかないので無視されやすいので傍観している。その実は位置的に道路を挟んで隣接するフランスの議論が先というべきだろうか。
オーストリア曰く
「建物が石造りで頑丈なので頑丈。」
その言い分にようやく五郎が口を開く
「衝撃・振動には弱いので爆破されたら終わりです。中華は火薬発祥の地ですので火薬は手に入りやすいと思われます。それに主要地域よりも離れている。前哨基地、監視塔としての役目しか期待できません。ことが起きればすくに放棄が必要ですのでできるだけあらかじめ西側に民間人と弾薬以外の物資を避難させる必要があります。」
これで有事放棄の前提は決まった。
フランスはもっと横暴だった。フランス大使館はこの公使館区域でイギリス公使館の次に広い。ゆえに人員も多いので放棄するのならその代わりの建物を要求した。
なお、公使館区域でイギリス大使館以上、最大の敷地を有するのが前に登場した愛新覚羅 善耆の邸宅粛親王府である。
無論反発を受ける。危険なところに住んでいるから安全な家をよこせと言っているようなものだ。
ここでも柴五郎の話が入る。
「東側に突出することは連携がとれる距離であれば問題はないというよりも好都合です。敵はこの突出部に攻めかかってくるでしょうからここで敵兵力の狩場を作れます。ちまちまつぶすよりもまとめて一網打尽のほうが楽ですから。」
と、突出していることに対して肯定論を出す。
無論、その無茶苦茶な論法に周りから文句が出る。フランス大使館を囮にするような行為だからだ。
しばらく柴は冷静に聞き、何か申し開きを求められたときにようやく口を開く。
「例えば1万の兵を持つ指揮官だとしていったどの程度の損害が出たらこの公使館区域の攻略をあきらめます?」
その場の人間に問う。厳しい顔で。
「10人…100人…1万人中1000人」
公使たちはその言葉を自分の中で考える。武官たちは顔を青くしている。
「3000…5000」
場は静まり返っている
「ここまで殺せば…傷つければ兵たちは戦意を失います。」
場は凍る。それは暴虐の理論だからだ。
「敵側の得られる利益を超えた想定を以上の惨たらしい死者、重傷者を生むこと…それが敵の攻撃の意図を刈り取る確実な方法です。」
ここまで述べ、話を終える。その先、周りは口を開かない。
「まあ、これは戦場での話です。今回の暴論は外には出さないでください。まだ今は平時です。まだ戦争は始まっていない。下手に話せば兵も民間人も暴発しかねませんから。
ただし、戦争が起きれば伝えてくれても構いません。それで殺しをためらうものがいれば伝えてください。殺しに来るものは殺される覚悟を持たねばなりません。だから殺して差し上げてください。とね。」
顔の変化が恐ろしい。前半は優しく、後半は厳しく。そしてなぜか目線はロシア人に向けている。そして、顔は再び優しい顔になる。
「最終的に守り切れないのであれば御河(大使館区中央を南北に流れる川)以西に撤退します。撤退時に足手まといになられるぐらいなら民間人だけでも時期を見て逃がすべきでしょう。これもことが起きた時の話ですが。川の東側の大使館はそれに備えておきましょう。」
会議を終えて
「結局総指揮官は決まりませんでしたね。」
日本側で会議に参加していた柴五郎と原胤雄海軍大尉(愛宕陸戦隊)は話している。その間に割って入る人間がいる。ロシア人だ。
「柴五郎殿」
どうやら目線の文句らしい。だが証拠はないので会話の白を切りとおす。ついに明言は取れなかった。だが最後に彼は口を開く
「あの話は攻撃側の意思です。ですが、防衛側であれば話は別です。戦場に立つ兵たちが降伏しても自分たちはおろか後方の家族の安否まで危険にさらされることを予測できていた場合、その抵抗は頑強になるでしょう。それこそ最後の1兵に至るまで戦死するぐらいにはね。」
この話の五郎さん。アニメ化された作品内のセリフをどんどん使っています。どうやら田中に吹き込まれた模様。ただし最後はウクライナ戦争を元ネタとする。
引用作品
元寇戦記アングルモア 対馬山城金田城の守備兵の少なさを評しての言葉
コードギアスの名言の一部改変
GATE小説版0話後編巻70ページごろ
皇居防衛線の会議中のセリフより。このセリフ…ほとんどあの基本的に温和な伊丹のセリフです…でもこの気持ち政府要人の方々には胸にとめて外交に励んでほしいと思う今日この頃です。
これができれば日本も隣国(国名は言いませんというか隣国のほとんどが横暴国の範疇に入る日本の状況の悪さが悪すぎますね…)の横暴から身を守れるだろうに…




