米西戦争編-14 鹵獲艦の宛
1898年11月20日
日本大使館 武官室(便宜名)
この世界の日本大使館には観戦武官を経験した者たちが集合している部屋があった。通称武官室と呼ばれている。そこは外交官でも限定された人間しか入ることは許されない。その限られた人間の一人は連絡係だ。
「元観戦武官の諸君。作業中に済まない。新しい公使を紹介するぞ。小村寿太郎氏だ。秋山君。田中君。両名は彼から話があるとのことですのでのちに公使室に来るように。」
連絡係は部屋に入ることなく、ノックすると、出入り口前で用件だけ伝える。返答のノックを聞くとその場を去っていった。
公使室
「私は出立直前に君たちの提案の元ある船の購入に関しての交渉を命じられている。だが君たちから見てその船が日本に必要か否かを聞きたい。」
小村は2人に問う
「海軍出身で各艦の視察を行った者としては日本で運用するに問題はないと判断します。」
先に答えたのは秋山だった。秋山は各艦を視察していたので各艦の性能については最も理解している。
「性能的には問題ないか・・・」
小村はその発言を聞くと首を縦に振る。
「外交的にはイタリアをこちらに引き寄せる効果があるかと。ロシアとの戦争は大国間の代理戦争の様相をも持ちます。ロシアの背後には3国干渉の協力国仏独、日本は多数の軍艦を発注していることにより英国が背後にいるととらえることができましょう。問題は中立国をどうするかということです。」
次に口を開くは田中。田中自身ほぼ船について言われてしまったがために外務内容に言及する。
「そのためには日本から軍艦購入という口実の下、接近する必要があるということか・・・」
当然、小村は外務官僚。専門家だ。すべて言い終わる前に内容を理解する。
「鹵獲艦を輸出してくれるアメリカはもちろん、今後交渉して継続購入するイタリアの両国を中立国からの鞍替えを誘うことができるでしょう。」
田中が補足する。アメリカにとって鹵獲艦は戦果だ。これを有効活用することも国民に対しての義務だ。だがこのまま資金不足で使えないのであれば義務を果たしていないと言っても過言ではない。
「現在、日本の主力艦はほぼすべて英国製です。英国の建造能力を加味して仏独の支援を受けているロシアの軍拡は英国頼りだけでは間に合わないかと。極論、使用砲弾などの共通化さえできれば運用上の問題はありません。」
秋山は自分の発言の不足部分を遅れて補う。だが、外務官僚である小村は疎い内容について聞きなおす。
「砲弾の共通化というと?」
「新造中の海軍艦艇の主砲はいくつかの口径に分けて同じ砲弾を使えるように武装と統一しているのです。戦艦級の12インチ・・・30.5㎝砲、大型巡洋艦の8インチ20.3cm砲 その他副砲・軽装艦の主砲級の砲群・・・基本的に日清戦争の主力となった防護巡洋艦のころから砲弾の共通化を進めており、共通化ができていないものは相当旧式艦です。」
秋山は日清戦争時代の黄海海戦に旧式巡洋艦乗り組みということで参加できなかった。この悔しさを忘れたことはない。だからこそ田中と巡り合い、亡き坪井 航三への突撃訪問につながっているのだが。
「それって秋山さん。ロシアと戦争では役立たずの船ということですか⁉」
そこに発言を飛び込ませるのは田中だった。
「半分そうだが・・・どうした。」
それに戸惑うは秋山だった。話が急に変わる。その様子を見ていた小村は何ともいえない顔をしている。
「話を脱線させて申し訳ありません。小村閣下。思いついたことがありますが、今回の話とは違います。また1枚報告書を書く必要が出てくる内容です。このあと秋山さんと話す内容ができただけです。」
田中はすぐに詫びる。秋山はすぐに元の話に戻す。
「ですが、問題があります。同型艦の主砲は8インチ連装砲もしくは10インチ単装砲のいずれかです。早急な取得には手法にこだわっていられません。ゆえに10インチ艦も購入する必要が出てきますが、10インチは…日本海軍の共通化砲弾にありません。この砲弾は…供給が困難です。」
「秋山さん。用意すればいいのでは?それに8インチに共通化すればいい。いざとなったら主砲未搭載で輸入して後日搭載でもいい。スペイン艦コロンは未搭載のまま参戦していた。」
「そう簡単に言わんでくれ。10インチで建造中の船にいきなり8インチを発注すれば主砲塔の搭載が遅れて竣工が遅れる。」
「戦争はまだ先です。日本もロシアも準備ができていません。日清戦争のころ、シベリア単独横断を成功させた福島中佐にお話を伺いました。シベリア鉄道の完成と日本の戦争準備を考慮して開戦は1903~05年でしょう。それまでに日本国はロシアに勝てるだけの艦を用意しなければなりません。現状製造されている艦を8インチで導入しても問題はありますまい。」
「それなら問題はない…か。」
「ならばイタリアへの発注は問題ないのだな。」
その話し合いを聞いていた小村がそのまとめを言う。2人はそれに首を縦に振る。
「しかし10インチ砲はこれを機に導入すべきでしょう。準戦艦として扱うには十分な火力です。8インチではさすがに戦艦には力不足です。それに8インチ連装砲よりも10インチ単装砲のほうが構造は簡素でしょう。ゆえに費用も安上がりになるはずです。」
「利点は単装砲という事象しか当てはまらんぞ。」
「確かにそうですが、装甲巡洋艦級の製造は楽になるでしょう。さらに先を見てみればもっと世界中で10インチ級の砲は流行ると思う。」
「どうゆうことだ?」
「現時点の米国と英国の戦艦設計思想の違いを考えれば見えてきます。
現時点の英国は戦艦の建造に際して予算と工業力があるので1隻当たりの性能を妥協しても数を作れますが、米国はそうではありません。米国はその双方が少ないので1隻当たりの性能を重視します。そのために主砲以外に巡洋艦の主砲級の砲を複数搭載します。」
田中は資料に持ってきたジェーン海軍年鑑を見せながら言う。
「しかし、ロシアは日本との戦争に備え、想定以上の大軍拡を進めています。これは英国にとっても脅威です。将来的に米国のように個艦性能を重視しなくてはならないときは来る。その際に10インチ級の主砲は採用される可能性があります。おそらく英国の巡洋艦の主砲23.4㎝級の主砲が採用されやすいでしょうが規模は同程度です。」
正直秋山には分らない領域に話が入る
「お前・・・造船関係者に知り合いでもいたか?」
「僕は広告気球の発案者です。一応設計関連のことを独学ですが学んでいますし、これだけ概略図があれば分析ぐらいはできます。」
ジェーン海軍年鑑を手に持って肩をすくめる。
「お前は技術屋というよりは発想屋だろ。実務は他人に投げまくっているだろうに…」
「功績は他人のものだぞ。」
憎まれ口をたたきながら、年鑑を机に下す。
「話を戻しますと、日本は英国から艦を輸入していますが、根本的には米国寄りの性格です。日本は工業力がありませんので個艦性能を限界まで高める必要性があります。そうなれば現行米国では主砲と副砲の中間砲は8インチ。しかし将来的に以上の砲を求められます。ならば現時点で10インチ砲弾を統一するように動いても問題はありますまい。」
「とりあえず君たちの意見は本国に伝えるべきだな。報告書を頼む・・・いやそれには本場の技官の協力を仰いだ方がいいだろうな・・・」
「日本の造船技官はおそらく英国に多くいるかと。現在建造中の日本艦の建造の任に当たっているかと。」
「では英国でまとめてくれ。」
米海軍省
「確かに鹵獲した4隻中。コロンだけなら輸出はできよう。残りの3隻は同型艦なので構造はほぼ共通。改造はしやすかろうが、いかんせん先立つものがない。修理・改造・補給体系にない砲の換装…金が足りん。このまま4隻遊ばせておくよりも1隻あきらめて3隻の戦力化を急ぐことに異存はない。」
小村はあっという間に交渉をまとめた。金額については話し合いが設けられたが、輸出自体には前向き。だった。
予算がつき次第、米国は沈没・擱座した1隻のサルベージを開始。残余の2隻とともに砲関連の米国規格化を急ぐことになる。




