米西戦争編-12 小さな勝機
「私にはアメリカがサンチャゴのスペイン艦隊の無力化を急ぎすぎているように思えました。私は時間をかけても問題ないと考えその発言もしました。」
田中が言うと、
「確かにそんなことルーズベルト大佐に言っていたな。私もその説明に納得したなその時。」
荒木が肯定の言葉を発する。
「ですがその後も急いだ。気球の助けなくばむやみに砲弾をばらまくことになるような艦砲射撃が代表例です。そして閉塞作戦が行われた。その差が気になったのです。しかし、この資料を見て私は納得しました。」
田中はジェーン海軍年鑑の2つのページを見せる。
「戦艦ペラヨと建造中の新型装甲巡洋艦?」
名も知らぬ観戦武官(海軍)が疑問の声を上げる
「はいこの2隻が参加した場合、戦局は最悪の事態になります。通商破壊はもちろん、都市砲撃まで東海岸からカリブ海までこの2隻が暴れまわることになる」
その状況に恐怖を覚える観戦武官(海軍)が田中の言いたかったことを続ける。
「そうなったら米艦隊がこの艦隊へ向けられる戦力はおそらく装甲巡洋艦2、旧式戦艦1・・・表面上の性能を見ればおそらく互角・・・しかもスペイン艦隊には攻撃先の選択自由がある・・・」
これに補足を田中が加えて同意する。
「私も同意見です。装甲巡洋艦4隻を抑えるには戦艦3隻程は必要でしょう。交代を考えればもう1隻。合計4隻は必要となると愚考いたします。」
ここで大砲をよく知る柴五郎が口を開く。
「艦載砲は陸軍の野戦砲とは桁が違う。要塞砲でも持ち込まなければ太刀打ちができない。無防備な市街を狙われては多数の犠牲が出る。米国人は激高するだろうな。だがその前にそれは非人道だぞ」
「しかし柴少佐殿。責められるという意味ではこの攻撃を防げなかった海軍も非難されることでしょう。」
すぐに反論するのは荒木だ。非道な事でも策略と考えるところはだいぶ田中に毒されているようだ。
「しかしな・・・」
口ごもる柴五郎に援軍を出すのは田中義三だった。
「1度目はいいが2度目以降はスペインへの復讐よりも海軍への非難が勝ります。それに戦争に関する物資が運ばれている恐れがある港湾を狙ったとでもいえばいいでしょうし、米国は銃社会。国民全員が銃をも手に取り戦う可能性がある。いくらでも口実など作れますよ。少佐。ともかく、それが続けば国外が動く可能性が出てきます。米国に味方するかそれともスペインに味方するかの差異が出てきます。」
「その勢力次第では・・・ということか・・・」
「はい。そしてその場合アメリカに不利になるかと愚考します。植民地を多く持つ国にとって独立を大義名分に据える戦争は受け入れがたいでしょう。」
「確かに厄介だな・・・」
その時、秋山が立ち上がると、机に日本地図を持ってくる。正確には極東地図に近い。日本、日本海、黄海、東シナ海などがすべて網羅されたものだ。
「そんなことよりもそれを前提に日本を当てはめてみてくれ。どう思う?」
その口調はある意味その問いに対する答えが当の本人の中で出ているかのごとき言葉だった。
「まずいな・・・」
真っ先に声が出るはやはり田中だった。
「わかったか田中。他山の石にせねばならん。この戦争で起きたすべてのことをだ!!それが我らの役目ぞ。」
秋山の叫びに皆顔色を変えるしかなかった。
日本 海軍省
「いきなり大きな提案書だな。」
電報の内容を見ているのは海軍大臣の西郷従道だった。アメリカから届いた電報。電報は高いのでそこには概要しかなかったが、後日報告書が届く予定だった。
内容は『装巡コロンを購入し、後続を検討すべし』
だった。その隣にいたのは山本権兵衛だった。
「コロンに該当する船は今回の戦争で米国に鹵獲されたクリストーバル・コロンのことでしょう。こちらで調査したところ、スペインではなく、イタリア製。どうやらイタリアは同型艦の輸出に積極的で自国で取得する分を後回しにしてでも輸出している模様です。輸出先はスペイン・アルゼンチンなどです。まあ、スペインはコロンだけの模様ですが。」
「つまり、比較的早く導入できると?」
「戦争に間に合う船です。仏独墺の駐在武官・外交官からはロシアが当該国に軍艦を発注しているとの情報もあります。ロシアの軍拡は想定以上です。至急増備しなければならない。」
「その試験導入のために現物を見てみたほうが早いということでしょう。図面も至急イタリアに要請しています。」
ジェーン海軍年鑑に出ている図面だけを見ている。
「議会に臨時の予算請求を急ぎます。」
「それでは遅い・・・予算流用を進めてくれ。」
西郷の出した判断は重罪だった。
「閣下はいつも責任を自らに課しておいでです。申し訳が立ちませんので連名で・・・」
「議会に出すならそれでも良い・・・だが至急必要なんだろ?わしの腹で済むならそれでよい。」
「しかし、しかも1月と経たぬうちに2度目です。お立場が・・・」
「国を守れるならばそれでよい。君は知らなかったことにしてくれよ。わしの後任は任せる・・・。」
ここに海軍大臣が決まった。史実通り1898年11月8日内閣の交代に伴い大臣も交代した。
史実、戦艦三笠などの購入の際に山本・西郷両名の共謀により予算流用についての話がありました。この時記述では山本が海軍大臣だったことになっているけど、三笠の発注時期と山本・西郷両名の大臣在任期間を考慮すると山本が次官(海軍省のナンバー2)、西郷が海軍大臣の時代ではないかと判断して立場を設定しました。そして、その時期に内閣の交代があった時に西郷は海軍大臣から降りています。1隻やるのも2隻やるのも同じだからこの時期にコロンの輸入を入れました。
なおコロンは・・・史実で日本海海戦に参加した艦艇の同型艦に当たります。




