日清戦争後 -02 戦争の再開
田中義三は開戦当初から従軍していた部隊所属で、負傷し一時離脱しても多くの場面で最前線での活動を支援。士官学校への入学が認められたため、終戦直後、優先的に帰国したために大陸派遣軍の中で一番早く帰国した兵士の一人になった。
5月24日 沖縄沖
「また戦場送りか…」
田中義三はため息をつく。
田中は京都で二代目島津源蔵と面会したのちに急ぎ広島に向かった。広島には第5師団の師団司令部がある。開戦当初朝鮮に派兵された第9旅団は第5師団所属部隊であるために同隊に所属していた兵士に手紙を送る場合、事情と金次第で手紙ぐらいは送れるかもしれないからだ。
そこで拘束された。いや正式には動員された。
台湾に出兵することになったのだ。
この戦争では近衛師団は大規模戦闘を経験していない。清国との決戦に向けて動員はされていたが、派兵前に終戦を迎えたためである。戦地に赴いても戦闘を経験していない師団それが近衛師団と第4師団だった。国内から精兵を集めた近衛師団にはそれはある意味屈辱であったかもしれない。
更には近衛師団が当時の組織に改編されたのが1891年。日清戦争以前の最終従軍は1877年の西南戦争。17年前になる。もうすでにその当時の兵は現場にはいない。
いくら日本中から優秀な兵士を配属した精鋭であれど実戦経験のなさは不安を誘う。
そこで実戦経験のある帰還した将兵や優先帰国途上の部隊や頭数で経験不足を補うために本土にいた予備兵を臨時編成。派遣するという形をとることにしたのだ。この中にはかつての内戦に従軍した老兵すら含まれていたが。
史実では近衛師団を先陣に威海衛から撤退した第2師団を後衛に台湾の独立勢力を駆逐した。
だがこの世界では威海衛からの撤退も日清戦争によって占領した領域からの撤退も延期した。これもまた田中の発言を聞かれてしまったことによることだった。陸軍参謀次長。日清戦争を主導した陸軍軍人の一人川上操六に。
「どうやら台湾ので反乱の動きがあるらしい。しかも清の役人主動とのうわさだ。」
「もう下関条約を締結して、平和裏に台湾を引き渡すことに決定したのであればそれを履行しないのは条約違反。それに伴い発生したこちらの不利益を清国政府は賠償する必要がある。」
田中が広島で久しく会うことになった兵役期間中の教官と話している際に様々な情報を加味して発言した内容がこれである。
「いいこと聞いたな。久しいの。田中君。」
後ろから聞こえた声の主こそ川上操六だった。
本来、陸軍組織そのものの参謀である川上は帝都東京にいるはずの人間である。東京を離れてもあまり遠くにはいない。そのような彼が広島にいた。
それは当時、帝都が東京ではなかったためである。
日清戦争に伴い、日本は天皇の位置を動かした。天皇は一時的に広島にいたのだ。すなわち、天皇が広島にいた1894年9月15日から広島を離れる翌年の5月30日まで8カ月半日本の首都は広島だったのである。
川上もこの影響で広島にいた可能性はある。その過程で再び2人は相まみえる。
「か、川上操六閣下⁉」
驚き、飛び上がるように敬礼をする。
(ああ…睨まれているよな…)
「で、どう思う?どうしたらその賠償取れると思う?」
単純に聞いてきた。
「ハッ!!今大陸にいる陸軍の帰還を遅らせ、且つ台湾周辺を海軍艦艇で封鎖する必要があると愚考いたします。」
「前者はわかる。実際に清国が賠償金の支払いをしない可能性を考慮して威海衛からの撤退は賠償金の支払いを見届けてからの撤退になることになっておる。だが後者はなんじゃ?」
「ハッこの反乱行為が清国の役人が主体である確固たる証拠である逃亡者の拘束を行うために必要であると愚考します。」
「うん。海軍は今、余裕がある。艦艇を派遣することは容易であろう。わかった。」
川上は立ち去ろうとする。川上の目が田中から離れると田中はすぐに顎に手を当てる。
「川上閣下!!前者についても意見具申があります。」
「どうした?」
「当方は条約を守る必要性は現時点でありません。先に不義をしたのは彼らであります。ですので現占領地からの撤退もすべきではなく、清が交渉に応じた時期に撤退の再開を行うべきと愚考します。」
「じゃがそうしたら台湾に送る兵が不足すっぞ。1個師団程度なら前線から引っ張ってこれようが、それ以上は難しいぞ。」
「帰還済みの兵士や大陸に送っていない補充兵、予備役兵、警官隊、海軍陸戦隊などを寄せ集めて臨時編成部隊を編成。頭数はそれで。」
「そうか。そういえば田中。君は士官学校へ行くのでは?」
「ハッ12月からであります。幼年学校卒に加わるのは自分の存在が孤立しかねませんのです。中学卒や兵卒上がりと共に入学します。ま、私は最低限の小学校しか出ておりませんが…」
「はっはっは。そうかそうか。田中曹長。(戦地での活躍で出世済み) 君は広島から出てはならんぞ…台湾に行ってもらうことになるだろうからな。」
「ハッ」
(どうしてこうなったのだ?)
けじめをつける主人公とけじめをつけられない国家。
そして主人公は自業自得で再び戦地に赴くのである。




