日清戦争 -31 気球再建
田中義三 二等軍曹 (伍長相当) 平壌
田中義三は出世した。18歳の二等軍曹。のちの表現では伍長である。はっきり言って若すぎる。だが、勲は大きい。彼の発案はこの戦争への大義名分の獲得に貢献し、戦地では効率的、略奪に逢いにくい朝鮮人人夫の運用により物資的余裕を生んだ。
戦場では気球部隊の事実上の地上指揮官として気球を運用した。意見具申による清国軍将兵の犠牲を含めれば1000名以上と推定。これを勲として出世させないわけにはいかない。
「二等軍曹への昇進と気球部隊の再建と再建後の指揮を任せる。」
伍長となると、下士官という立場になり士官の命令を兵士たちに伝え、実際に指揮する。下手な純粋培養の士官より頼りになる存在になる。
さらに気球部隊は操縦手である島津源蔵と観測員兼指揮官の砲兵士官が墜落死したことにより、地上側の指揮はより重要になる。ただの一兵士では地上指揮は困難であろうということもある。
「輜重の指揮は外されるのですね。」
気球の指揮をせよと第5師団長 野津道貫 中将に命じられた田中は聞く。
「そうだ。正直言うと君の復帰は想定外でな。すでに代替要員も平壌戦の当時には到着していた。だからこそ元山支隊に貸し出しができたのだ。それにな気球の運用ができるのは君しかおらんのだ。島津殿から直々に気球について教育された君にしかね。」
「気球は操縦をされていた島津源蔵殿の戦死により、運用が難しくあります。」
「君にはできるはずだ。」
「風を読む必要があります。ロープはありますが、流されたりされる恐れがあります。風を読む力が必要です。」
「風を読む…か…意見はあるのだろ?」
「一応は…ただ組織の壁を越えていただく必要があります。」
「なんだね?」
「海軍は数年前に薩摩閥内外問わず大規模な人員整理したと聞きます。薩摩海軍時代は蒸気機関の能力不足から帆船の時代。風を読むという意味では素人よりはましかと。」
「彼らは海軍の新時代に適応できないとして予備役送りにされた人間だと聞いている。」
「閣下。どこが適用できなかったのでしょうか?ここでしょうかそれともここでしょうか?」
田中は頭と心臓を指し示す。
「ここ最近の船を見ていると蒸気機関の発達は目覚ましいものを見ます。それに対応できなかった人間ということはまさに帆船しか扱えない海の男です。帆船は風。それだけ風読みについての能力はあるやもしれません。それこそ気球には必要であると愚考いたします。」
「よかろう。海軍には話を通しておく。人を引き抜くのではなく、使われていない人間を使うのであれば問題はない。むしろ上策だろう。」
「ありがとうございます。」
気球隊
「直せますか?」
「田中二等軍曹殿。」
田中が話しかけたのは島津源蔵と共にやってきた技術者の一人である。
「籠は問題ありませんが、気球本体は問題大ありです。朝鮮半島の資材では質が悪すぎて修理は困難です。」
「野津閣下は次の戦でもこれを使うつもりのようです。お願いします。直してください。」
「しかし…」
「私は気球隊の指揮を任されました。新任の下士官だけで、士官はいません。おそらく、気球が直らなければ隊は解体されかねません。この隊は臨時編成部隊です。解体に際してさほど手間はかからないでしょう。」
「それでは我々は不必要とみなされ、帰国させられる…ということですか?」
「それならマシです。帰国は許されず、このまま人夫に回されかねません。それだけ日本は兵站に苦労しています。元輜重兵の目線から見て可能性は否定できません。」
「その才幹生かすために今ここで戦ってください。本土からの必要物資は私から手配いたします。」
(まあ、朝鮮半島の第1軍は立見尚文少将の先鋒ですら食料不足で進撃できていないんだがな…時間はある。発破はかけてみるもんだな…)




