日清戦争 -24 黄海会敵
陸軍が清国軍の自壊により勝利を収めた9月16日の翌日。17日。日本艦隊がついに清国艦隊を発見した。
日本海軍は日清戦争の勝利のために制海権を必要としていた。朝鮮の陸上インフラの不足は行軍に大きな制約を生む。特に朝鮮半島のインフラレベルの低さは軍需物資の輸送はおろか産業にすら悪影響を与えている。この産業への影響。特に軍事的活動においては食料の現地調達に悪影響が出る。
平時、郊外から都市部への輸送能力の無さゆえに食料を生産しても大量に運べない以上食料を生産する欲求が低下する。食料生産能力が低ければ余剰分も少なくなる。この余剰分を戦時に軍が購入する以上、現地調達にも悪影響が出る。
日本は朝鮮国内も当てにできない以上本土からの輸送にさらに依存する。
この物資の輸送も陸上輸送には限界がある。陸上輸送、特に鉄道を使用しない今回の朝鮮半島のような場合、この時代においては人力もしくは馬による輸送になる。その場合、輸送時に糧秣 (食料と馬の秣) を消費する。その消費分の輸送もしなくてはならないために膨大な人員、費用、物資を必要とする。それに比して海上輸送は船舶による大量輸送ができる。そのために輸送に比して必要な物資が少なくて済む。必要なのは船の燃料・陸上輸送に比して少数の乗員の食糧だ。
効率的な輸送を実現するには確実に海上輸送を確保する必要がある。そのためには海上輸送の妨害をする清国艦隊の排除を行う必要があるのだ。
だが、清国も同じ影響を受ける。海上補給線の維持は重要だった。そのために貨物船や陸軍の輸送の護衛に動く必要性があった。黄海開戦時、清国艦隊は鴨緑江に輸送される陸軍部隊の護衛のために展開。その状況で日本艦隊に発見された。
日本の艦隊は北に清国の艦隊を見つけると陣形を単縦陣に移行させる。戦術的な優位さはもちろん、設計面では日本の主力艦隊の所属艦の多くが小口径速射砲を舷側に並べ、つるべ打ちすることが可能 (初期設計時には意図していない艦もある) な設計だったことにより、舷側方向に砲弾の投射能力が高い単縦陣を採用していたことによる。
やがて見えてきた清国艦隊は艦を南に頂点を向けた「へ」の字状に横に並べた単横陣を敷く。この戦術は日本側にとって予想されたものである。
清国艦隊の所属艦の多くが正面への火力投射能力を重視している設計をしていることが外観からもわかり、さらに30年前に行われたリッサ開戦による戦訓もあり、横陣形で開戦することが予想されていたためである。
日本艦隊は清国との戦争に備えて艦隊演習を繰り返しており、その中で戦術実験も繰り返された。その際の戦訓である単縦陣を基本戦術とした艦隊の整備を行った。
その成果が…この戦いで示されることになるのだった。




