日清戦争 -16 印象操作
話し合いを終えて
「参謀長。当面…この事態を隠匿してよろしいのでしょうか!?彼は閣下を!!」
「かまわぬ。あれは20年後の日本を背負う人材。ここで経歴に傷をつけるわけにはいかぬのでな。30年の秘密とするのであればそれは武勇伝となろう。」
「しかし…」
「それに彼は儂に勝ったのだ。いや。わしが彼と会うことを決めた時点で彼の勝利は疑いなかった。そのような戦を仕掛けられる人間だ。彼は。」
「どういったことでしょうか?」
「私が止めなければ彼は自決していた。ここで死ねば死体が残る。生きていても治療のために人手がいる。そうなれば隠しようがない。内外に情報が洩れる。それに彼は森鴎外とともに帰国した。ここで危難に会えば彼はそれを知れば…彼はそれを新聞に流すだろう。若者が命を懸けたのだ。大人が命を懸けねば申し訳が立たなかろう…文字通り命に代えても古志の死、若造の死を伝えようとするだろう…それは軍の非になる。」
「!!」
「認めざるを得ない。このことを軍法会議にでもしてみろ。その時点で若造は名声を得るだろう。それも軍に批判材料になる。生きているのだから口がある。その分、証言もするだろうしな…」
「…」
「今日のことは忘れろ。」
「了解。」
8月3日現地時間朝 ロンドン
日本大使館 青木周蔵
「大使!!今朝の新聞 タイムズ紙です!!」
駆け込んでくる秘書官。手には新聞が掲げられている。
「ケンブリッジ大教授の見解です。国際法上合法との見解です。」
「よし、本国に打電。こっちも情報を流せ!!」
4日の日英新聞の見出し
『日本陸軍初戦の勝利 亡き大隊長に捧ぐ』
『大隊長、兵站への朝鮮人による襲撃の責任を取って自刃。誰も続くな。勝利のために』
『襲撃朝鮮人 清より脅迫、人質、買収』
などの見出しが並ぶ。
6日には英国の別の専門家からも日本側が正当であるという見解が出され、英国の世論は沈静化した。むしろ日本の正当性が示された一面もある。
4日に軍の正式発表として朝刊に古志大隊長の死が正式に自刃であることが公表された。通常であればこれは不祥事に近い。
しかし、それは陸軍の初戦、牙山の戦いの勝利によって覆された。古志の大隊が奮戦したことを『大隊長に捧ぐ勝利』として喧伝し、さらに自刃の原因となった兵站襲撃も朝鮮人が清国に脅されて襲撃を行ったという本当はでっち上げに近い情報 (田中が筑紫艦内での偽造によって作り出した情報) を流し、美化された。いや、美化しすぎた。
国内では戦争に対して賛美した人間が騒ぎ、戦場を知らん人間が刀剣類をかざしながら戦場に志願している。
「鉄砲の時代に刀剣の腕なんて意味がない」
戦場を経験したことのある人間はそれを見てつぶやくしかない。だが若く、時代錯誤を無視することができない人間がいた。
その人間は左腕を吊った軍服の若者…田中義三だった。




