第41話 コンテニュー?
もし、このまま年をとったら?
今年は初めての一人クリスマス兼誕生日会になるだろう。
これまでは細やかだが育て親の乳母と二人で小さなケーキを囲んでいた。
ロウソクを2本だけ立てて、せーので1本づつ消して、切り分けて食る。
乳母は遠慮がちに自分の分を小さくとりわけ、ワタシに大きなサイズをくれた。
直ぐに大晦日が訪れて、年が明けて新年になり、今年はいい一年になるようにと
近くの神社に二人で出向いて精一杯お願いした。
乳母は去年亡くなった。
もうあの家に戻りたくないし、両親の顔も思い出せない。
独りで生きて高校に通い、紗耶香に出会い冴姫に再会し、彩や秋に出会い。
初恋の南風春斗に出会って、佐藤愛美という少女と不思議な出会い方をした。
全部全部忘れられないし三菱冬華の中に息づいている。
凡そこの世界における最低な出生の少女は数奇な運命を辿り、葛藤していた。
春斗と出会った日、あの場所にいた女と愛美を重ねてしまう。
運命はまた同じように巡り、冬華はそれを断じて許すことが出来なかった。
その癖自分のことは棚に上げている。
愛美や紗耶香との情事を春斗には内緒にして隠し通している。
ワタシは愛美を許すことが出来ないのか?
本当はもうどうだっていいのだ、また昨日一昨日のワタシ達に戻りたいのだ。
紐解いてみたら単純な事なのに何故?
意地の張り合いはどこまでも続いてしまうと、取り返しがつかなくなる。
そうなる前にどうにかしたいのに。
「・・・・・・」
得も言われぬ嫉妬の感情や愛憎の悪心が冬華の思慮深さを妨げている。
ここで許したら春斗の心は愛美に靡くのではないか?
愛美はワタシのことが大好きな筈なのに春斗に心奪われないで欲しかった。
ずっとワタシが彼彼女達の中で『一番大切な人物』であって欲しかった。
隠さないで欲しい疎まないで欲しい妬まないで欲しい見捨てないで欲しい独りにしないで欲しいずっと傍にいて欲しい愛して欲しい恋して欲しい嫌わないでいてくれて欲しい汚さないで欲しいワタシだけを見ていて欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい
小さな器は瓦解寸前で、思考の全てが悪い方悪い方にズリ落ちていく。
「ハァ・・・ハァ・・・」
もし、この喉仏に突き立てた妖しく光る刃物に力を加えたら?
きっと愛美は今までのことなんて忘れて、心配してくれるだろうか?
ワタシはこの醜く惨たらしい黒い感情を消し去り二人を許せるだろうか?
答えは、やってみないと理解らない。
最低最悪なワタシの人生の終止符を打つのは、ワタシ自身だったんだ。
「・・・!!!駄目ッ!!出来ないッ!!!」
自ら命を絶つことが、どれだけの人間を悲しませるのか?
その中で生まれる負の感情がワタシの慰めになりえるのだろうか?
違う、そんな感情の構われ方なんて無意味で生産的じゃない。
とぼとぼ風呂場の浴室から出た冬華は、明かりもつけない真っ暗な部屋の中、
机の上に置いてあったスマホの灯りに気付く。
「着信アリ・・・」
連絡者の名前は『須藤紗耶香』
昨日送られた用件をまだ返してないから電話したのか?
(・・・休もう)
心身が憔悴し、消耗しきった冬華の精神は限界を迎えていた。
わざわざ自殺なんてしなくとも、明日には本当に死んでいてもおかしくない。
親友に彼氏を寝取られたショックと、その親友を許せず絶交したこと。
並びに彼氏を激昂させたこと。一切合切全てを無下にし水泡に帰したこと。
(・・・ごめんね乳母ちゃん)
枕元に垂れる水の線の理由は、もう冬華本人も理解りえなかった。
「冬華は、俺達がいなくちゃ駄目なんだよ」
もう何度同じようなことを彼女に囁き続けたのだろうか?
泣き止むまでずっと抱き締めて離さず、濡れる涙で服が汚れようとも構わない、
なぜならば大切な友人が困っているのを放っておけないから。
ベッドの上で泣き顔を見せ項垂れる愛美ももう終わりにしたいと思ってるだろう?
「・・・うん、そうだよね、そうだよねって頭では理解ってるんだけどさ」
愛美は春斗の腕の温もりに包まれ、幸せな気持ちになっていた。
(こんな時でもアタシの心って正直すぎて笑っちゃう)
冬華に対する申し訳なさと一秒でも長くこの時間が続けばいいという邪な気持ちが
佐藤愛美の精神に降って湧いて理性と感情の狭間で鬩ぎ合いを繰り広げている。
「愛美」
「えっ?」
春斗の呼びかけに何の構えもせず応じ顔を上げただけなのだが、
南風春斗という男子高校生の目には少し違って見えていたらしい。
(っ・・・)
この弱々しく疲弊した幼気な少女が見せてくれた不意を突かれた素の表情、
それがなによりも愛らしく春斗の嗜好の琴線に弾かれるよう触れられ、
また彼の心には悶々とした思春期の少年特有の雑念が生まれだす。
(最近可愛いなって思うことが増えたけど)
涙の線を残すあどけなさの塊の上目遣い、傷心者同士の慰め合いの空間、
冬華に糾弾されたことをまた愚かにも繰り返したいと願う健全な少年がいた。
(もう、離れないといけないのに)
やっぱり悪いコトを悪いと思いながらするのは人間の性なのであろうか?
頭同士をくっつけて、目線を合わせないようにするも、
(あっ)
視線を下ろすと愛美の白シャツの内側が透けて見え、目のやり場に困ってしまう。
「・・・・・・」
沈黙は金、雄弁は銀とはよくいったもので。
喋ればまだ理性を保つことが出来たかもしれない、しかし沈黙は・・・駄目だ。
(あぁ、またやっちまってるよ)
この場合金はどれを指しているのだろうか?
冬華をもう失望させたくないし裏切りたくないと思っている、それはお互い同じ。
あの雪の降り頻る初体験のように、ピュアな青春とは言い難い歪んだ愛欲が、
予期せずここで育まれようとしている。
(・・・ほらね?浮気は、悪くてキモチ―ことは癖になるっていったじゃん)
自分達は違うって思ってたのに、世の中の高校生達はどうしているんだろう?
案外同じように思い悩み境遇さえも似たような人々がいるのかもしれない。
「治らないね、紗耶香の浮気性は」
今日は珍しく冴姫の家に来ていた。
「酷いこと言ってくれるじゃないの」
ガラス張りの窓際で僅かな夕焼けを残した闇夜を眺めながら、贅沢に過ごす。
「いやいや、紗耶香の方が酷いことしてますよー」
愛美とのキスのことを言ってみたら、彼女は呆れたように頭を抱え嘆いた。
けれど私のこの性格も含めて好きになったし、まぁ愛美ならと許してくれる。
(史夏とのことは怒った癖に)
「あっ、今史夏さんのこと考えてたでしょ!?」
ズバリッ!といった感じで指を差されるが、その指を手で押し返す。
「べっつにーいーんですよ?わたしなんて捨てて史夏さんのとこ行っても」
口をひょっとこのようにつぼませていじけたように不貞腐れる冴姫に、
「悪かったと思ってるわよ」
と心の底から思ってるか分からない謝罪をする紗耶香。
「まぁでも、私だって誰彼構わずなんてことはないわ」
そうだ、私の『恋』は初恋で止まってしまっている。
(口に出すと冴姫に怒られそうだから言わないけど)
「これからだって・・・そんな人現れるかしらねぇ」
「紗耶香、大学行ったらコロッと意見変えそうだよね」
「そういう冴姫だって!!男をまだ知らないじゃないの!!」
「わたしはいいんですよ♪元カノさんに縛られてないから~」
「なんですって!?」
「まぁでも、もし史夏に好きな人が出来た、或いは隠れて浮気なんてされたら」
「?」
「・・・考えたくないわね」
「そう?紗耶香はいっぺん知っておいた方がいいと思うけど?」
経験者は語る。
「地獄のような苦しみだったよー、今は大分落ち着いたけど~」
隣に寄り添う彼女は更にこちらに距離を詰めて、私の肩に黒髪の頭を乗せる。
「・・・結局こうして一緒にいられるだけで許せちゃうんだからさ、ズルいよね」
「そうね、あの時アナタに見捨てられなくて本当によかったと思ってるわ」
「そう?じゃあわたしが浮気しても一回分は見逃してね~」
「はいはい、そんな相手がいるのならね」
静かな空間でこうして二人寄り添えるのがなによりの幸せだ。
「・・・綺麗な月ね」
窓の向こうは誰そ彼時も過ぎ、美しい満月が夜空を煌々と照らしていた。
軽く、唇同士の表面だけをくっつけてみる。
そしてすぐに離し、目を合わせてベッドに埋もれている手を重ね合わせる。
指を人差し指、中指、薬指、交互に絡めて、両者はお互いの頭を首筋に乗せる。
鼻と口の間の人中部分を左右に揺らし、鼻先だけを表肌に刺激させて愉しむ。
春斗の目線が先程からずうっと下に向いてるのを愛美は認め、
見られている部分を確認してみる。
僅かにシャツの第1、第2ボタンから開けられた空間に興奮しているようだった。
(・・・)
どこからが浮気と呼べるライン?傷つけるライン?
そんなのは人によって様々だろう。
だがしかしアタシ達がやってるコレを、冬華は許してくれないだろうね。
(でもさぁ、我慢できないんだよアタシ達は)
自身の犯す罪をほんの少しでも和らげたい開き直り、なにも反省していない。
それは春斗も同じだったようで・・・。
(ヤバイ・・・めっちゃヤバイ・・・)
彼も健全で不健全な男子高校生なのである。
理性以上に性衝動は生半可な理由で抑えられるものではない。
それから延々この巧みな攻防は続き、お互いジリジリと焦らされていく。
(キスしたいもっと春斗のこと知りたいなんもかんも脱ぎ捨てて解放されたい!)
(首めっちゃいい匂いする胸触りたい押し倒したい今すぐこのズボンを下ろして)
愛美は言わずもがな、春斗までこの空気に当てられ性欲が増長されていく。
二人が再び一線を越えるのも時間の問題だった。
その時愛美は過去の自分に殴りつけられたように再びあの日を思い出す。
そして勢いよく密着した春斗を押し返しながら耳まで真っ赤にした顔でこう言う、
「アタシ!春斗のこと大好きで、異性として好きになっちゃったと思うけど」
「やっぱり冬華のこともすっごく大事な大事な親友だから」
「こういうのは・・・やめた方がいいよね!すっごく名残惜しいけど!」
愛美の言葉を聞いて春斗もハッと気づかされた。洗脳を解かれ正気に戻るように。
と同時に愛美に言われてしまったのを恥ずかしく思い頭が熱く沸騰しそうになる。
愛美は春斗の肩をぽんと叩いてベッドから降り、シャツのボタンを閉め始めた。
春斗も変な気分のまま地面に足をつけ、帰る準備をする。
「愛美」
「ん?」
家の玄関口、春斗は自分の中で組み立てた大切な想いを率直に伝える。
「俺さ、明日からも毎日お前に話しかける」
「いくら無視されようが嫌われようが関係なく」
「んで絶対冬華とも仲直りさせられるよう頑張るからさ」
若干顔を紅らめながら恥ずかしそうに言われるが、とても嬉しく元気づけられる。
「・・・うん!」
「あっ、やっと笑ったな」
アタシの笑顔につられ、春斗も満面の笑みを浮かべ応えた。
(・・・バイバイ)
離れる背中に小さく手を振るも、もちろん彼はそんなことに気付かない。
「・・・さむっ」
家に入る前ふと空を見上げてみた。
(・・・あーあ、キスしとけばよかったなぁ)
星空と満月を見てちょっと後悔してしまう。
(結局、どっちの『恋』も実らなかったなぁ)
ホントは哀しいハズなのに、彼女はうっすら微笑んでいた。
「おはよ!」
窓際の少女は毎朝頬杖をついて窓の外を眺めている。
「・・・おはよう」
そしていつも決まって不愛想な挨拶を返してくれた。
「・・・放課後冬華の家行こうと思う」
あれから数日なにもアクションを起こさないで静観していた愛美。
一応春斗は何回か説得を試みてくれたらしいが、あちらが渋るらしい、
しかしこのままでは埒が明かないので冬休み前の今日行くことにした。
「分かった」
春斗は心強い一言をくれて、俄然やる気と緊張感が高まっていく。
「んっ、だめだよ」
帰り道、相変わらず降ったり止んだりの雪道を歩きながら
落ち着きのない春斗の動向に気付き、断りを入れる。
「は?なにがだよ?」
隣を歩く少年は愛美の発言の意図が分からなかったようで、不思議そうにした。
「えっ?アタシと手繋ぎたかったんでしょ?」
なんてわざとらしく煽ってくるものだから春斗も思わず、
「ちげーし!」
と大声で突っ込んでしまった。
「・・・」
とはいえ満更間違いでもなさそうだった。
キス未遂事件の日から逆に愛美のことを意識するようになってしまい
春斗は困っているのだ。
(そりゃまぁ、そうだよなぁ)
距離感が近くて親しみやすく男っぽい感じで接せられる女子なんて、
変に気取ってる同学年の女子なんかよりも遥かに男子からしたら毒になる。
それに容姿も悪くないし、最近は寧ろ可愛さに磨きがかかったようで、
クラスの男子の評価も少しづつだが変わってきているようだった。
(クソッ、なんなんだよこのムズムズは)
横目でチラリと見ると余計に彼女を意識してしまい、参ってしまうな。
(もしここで俺がキスしたいって言ったら、愛美はどんな反応すんだろ)
冬華のことは一先ず置いておいて、あの日の彼女の実質告白ともとれる
『好き』宣言に春斗はアタマを悩ませていた。
(そりゃ俺には彼女がいるし、悪気はあるさ・・・でも)
どうして人間という生き物は自由なようで不自由なんだろう?
もし俺が冬華と付き合ってなかったとしたら、愛美と付き合ってたのか?
そんなことを今更想像したってしょうがないが、
(愛美がいつか他の奴を好きになって、付き合ったら、そん時俺は)
きっと後悔すると思う。
なら俺が彼女の『初めて』としてなにもかもを教えてあげたい。
他の男に取られてしまうくらいだったらいっそこの手で―――。
「春斗?」
少し前を歩いていた彼女は俺の顔を覗き込んでどうしたのといわんばかりだ。
「えぇ??!あごめん!考え事してた!」
意識しないようにすればするほど変に考えてしまう。
「なに?アタシと冬華のこと心配してくれてた?」
後ろ手に鞄を持って革靴を履いた足先を大きく上に上げ歩こうとすると、
「うわっ!?」
「っ!危なねぇ!」
緩い下り坂、凍っていた地面でバランスを崩し転倒しそうになる愛美を支える。
「あっ・・・ごめん」
急なことなので後ろから抱きかかえるような体勢になってしまい緊張が走る。
「・・・いや、滑りやすいから気をつけろよ」
「う、うん・・・」
それから冬華の家に向かうまでの間しばらく無言の時間が増えた。
もし喋ることなどあればきっと一言目は声が上ずってしまい恥をかいただろう。
「じゃあ押すぞ」
冬華のアパートの玄関前、春斗はアタシに最終確認をする。
アタシは無言で頷いて、彼は呼び鈴を鳴らした。
「はーい」
「俺」
「開いてるよー」
鍵の開いた扉を開けて、アタシ達は冬華に対面することになる。
「えーと、どういうことかな?」
どうもこうもない、友情を取り戻しにきたのだ。
「冬華、その―――久しぶりだね」
つい数日会っていないだけなのにえらく懐かしく感じる顔に挨拶をする。
彼女は思っていたよりもいつも通りの表情に戻っていた。
「うん、久しぶり。っていってもそんなに日が空いた訳じゃないけどさ」
「それで今日はなにしにきたの?」
表情は和らいでいたとしても、相変わらず冷たい態度。
「おい、そういう言い方はないだろ」
春斗はアタシの味方でいてくれるらしい。
「・・・ごめん冬華、改めて謝りにきたんだ」
一歩、前へ出る。
「ここじゃ狭いでしょ?まあ奥で話そうよ」
よかった、門前払いされず話は聞いてくれるみたいだ。
「・・・ごめんなさいっ!!」
開口一番、小柄な少女は大きな言葉でアタシに謝った。
それはあまりに突然すぎて、一瞬なにが起こったのかを理解させないほどで、
「え」
アタシも隣の春斗も開いた口が塞がらない。
「・・・あれからいっぱい悩んで、後悔してた」
俯く少女はなぜアタシのことを許そうと思ったのか語ってくれる。
「もしワタシがワタシじゃなかったら多分、すぐに仲直りできてた」
「でもね、ハル君と付き合う前のこと思い出したり」
「ワタシの人生のこと顧みたら、すっごく二人のこと許せなくなって」
「結局あの時は自分の心を納得させられないまま、あんな風に怒ったんだ」
「本当馬鹿だよねぇ」
「友達の過ちの一つや二つ、簡単に許せる人間になれると思ってたのに」
「それがこの有様だよ。何一つワタシは・・・ワタシは・・・・っ」
三菱冬華の繊細な心情は強迫観念に近い激情が排斥の働きを見せたのだと、
彼女は忸怩たる思いで語ってくれた。
「愛美と別れてから少しして、死のうと思ったんだ」
「はぁ!?」
これには春斗も寝耳に水だったらしく、とても驚愕した様子。
「ごめんね。全部投げ捨ててしまおうと、逃げようとしたの」
「出来なかった。こんなワタシは死ぬ勇気もなかった」
「そんな時ワタシを救って慰めてくれたのは・・・紗耶香だった」
『もしもし?やっとでてくれた』
「・・・」
『体調の方は大丈夫?最近よくないって言ってたし、ご飯は食べてるの?』
「紗耶香、ワタシね」
『?、どうしたのよ、そんな暗い声して』
「ワタシ・・・・・・もうどうしたらいいか分かんないや」
『え?・・・今家にいるの?』
「・・・うん」
『じゃあ今からアナタの家行くから、待ってて』
「それから紗耶香が来てくれて、あの顔を見たらすっごく安心しちゃって」
「泣き喚いて抱き着いて息もできないほど苦しくなって」
「・・・今までのこと全部話した」
「紗耶香はずっと言わずになにもワタシだけを見て真剣に話を聞いてくれた」
「そしたらさ、また涙がでてきちゃって」
「一通り話を聞いてくれたあと、紗耶香も自分のお話をしてくれた」
「そう・・・そんなことがあったのね・・・」
「ほんっと最低だよねワタシ。こんなんじゃもう一生愛美と仲直りだなんて」
「それは違うわ。絶対に違う」
「・・・紗耶香は強いからそういう風に言えるんだよ。ワタシは弱いんだ」
「弱いから受け入れられなくて大切な人を失おうとしてる」
「もしかしたら春斗君とももう・・・終わりかもね」
あの時と同じ様に冬華はベッドの壁際に背をつけ、頭を丸め塞ぎ込んでしまう。
私は体育座りで嗚咽を漏らす少女の頭を撫でることしか出来なくて、
自分は大事な後輩になにもしてあげられないのかと無力感に襲われた。
(・・・冬華は私とは違う、でもどこか似ている)
思い返せば私の人生も大概酷いものだった。
この子は周りが冬華のことを掻き乱していたけれど、私はその逆。
須藤紗耶香は色んな人を傷つけ、振り回し、泣かせ、自分は高嶺にいた。
最愛の人達を失う悲しみをこの子にはしてほしくない、
だってまだ・・・まだやり直す機会なんていくらでもあるのだから。
「それで、冬華は二人を本気で忘れることが出来るの?」
「たとえいつか二人の罪を許したとしても、全部がもう手遅れになる」
「私は誰よりもそれを知ってる。苦しくて苦しくてたまらなくて死にたくなった」
「前に話したけど愛美にも、当てつけのように汚して嫌な思いをさせた」
「冬華は私みたいにならないでちょうだい」
「アナタも失ってきた苦痛はよくわかるでしょう?」
「・・・」
「うん、分かってる。今はまだ気持ちの整理がついてないのよね」
「二人がそんなことしてたなんて未だに信じられないし信じたくないのよね」
「そんな二人を許そうとしていない自分も許せない。辛いわよね、苦しいわよね」
(温かいなぁ)
彼女に寄り添われ腕の中にいて、安心する言葉をかけられると心が浄化される。
「これは冬華、アナタの問題でもあるから、いっぱい考えましょう」
「答えは今すぐじゃなくていい、落ち着いてから、納得のいく解答を導けたら」
「その時改めて、愛美に会いましょう」
そうだ、答えなんて今すぐ出さなくていいんだ。
今がこんな気持ちでも明日明後日にはもうすっかり忘れているかもしれない。
でもこんな簡単な答えに、ワタシ一人じゃ決して辿り着けなかった。
さっきまで自殺を考えて世界の終りのような気分に浸っていた人間が笑っちゃう。
もうこんなにも愛美に会いたがってるし、春斗にだって会いたい。
ちっぽけで矮小な矜持もどす黒い腹の底の負の感情も、
もう必要ない。もっと自然体で体を張らずに生きていこう。
「・・・ありがとうございます」
小さな体の底から絞り出すような感謝の言葉、それを聞いた紗耶香は安心した。
「いいのよ、冬華の為だもの。困ったことがあればいつでも言ってね?」
「・・・ふふっ、紗耶香って本当。ワタシの乳母ちゃんみたいだね」
「そうね、それならアナタや愛美はさしずめ手のかかる姉妹みたいな感じかしら」
「・・・姉妹」
愛美が泊りに来た日、ワタシが死のうとした場所で家族の話をした。
ワタシだって春斗に内緒で愛美と体だけの関係を結ぼうとした。
その時彼女は、悪魔の誘いを惜しがりながらも断った。
ワタシとのこれからを考えてくれて。
愛美は春斗とのキスをした時なにを感じなにを想ったのだろう?
ワタシをないがしろにして快楽に溺れる為?欲望に素直に従った結果?
違う。彼女だって女の子なんだよ、恋心の一つや二つだって抱いてしまうし、
近しい男子に対してそういった感情を持ってしまうでしょ。
例えそれが許されなくて二人だけの秘密になってしまうような関係だとしても。
ワタシが勝手に想像してたこと。勝手に想像を裏切られたと失望したこと。
愛美だって苦しかっただろうし、これからも恋心は切り離せず友情を続けるんだ。
『友情と恋愛は上手く成り立たない』
それでも人はしがらみの中で生きてコミニケーションとって繋がっていくんだ。
『同じ人を好きになってしまった後悔』よりも、
『同じ人を好きになれた幸せ』をとりたい。
永遠なんてないかもしれないけれど、ずっと続く友情を創り上げていこう。
たとえお互いがいつか道を外れてしまっても支えあって前に進めるような。
いつか『生きててよかった』と笑い合って言い合えるような人生を。
涙を拭って、顔を上げる。
「ありがとう、くよくよ独りで悩んでたけど、もう吹っ切れた!」
紗耶香に向けられた決意満ち溢れる表情、今まで見てきてどの冬華よりも素敵だ。
「じゃあ私は帰るわ」
「えーもう少しいなよー」
やっぱりまだちょっと寂しいのか、寄り添われ甘えられる。
「もう、ホント少しだけだからね」
「ふふっ、やった」
体が冷えるのは、もう少し後になりそう。




