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恋をしたいと願うなら  作者: 佐伯春
氷の女神と冴島史夏
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第4話 ねとりねとられ

「そっか、そっかぁ~」



俯く少女の顔は見えないが、泣いているのだろうか?


私はバッグからハンカチを取り出し、彼女に手渡す。



「アタシのこと、嫌いになっちゃった?」



「そうじゃないわ、元々賭け金狙いだったんでしょう?」


「このバカバカしいゲームの優勝者に相応しいのはアナタ」


「そう思ったから、『好き』って言ったの」


「後は誰が主催者か分からないけど、その音声を聞かせればアナタはお金持ち」


「賭け金総取りで幸せになれると思うわよ」


「だから私達の関係ももうこれで終わり」



「どうして、そんなこと言うの?」



彼女の顔は、涙を拭いた跡で化粧も表情もぐしゃぐしゃになっている。


観覧車はもう地上に着きそうだ。


「とりあえず、場所を変えましょう」


夕焼けに染まる園内、帰宅する客も多い中私は彼女を連れ話せる場所を探した。





遊園地近くの海が見えるベンチに腰を落ち着けた私達は、先程の続きを話す。



「最初に言ったでしょ、私が別れたいと言ったら別れるって」


「そうだけど、やっぱり納得できないよ」


「元々好きでもない同士が恋を見つけるって話だったでしょ?」

「でも恋は実らなかった。私のエゴに付き合わせて悪かったわ」


「それは一方的すぎじゃない?アタシは!」



「私の今のアナタに対する評価、言うわね」



「『すっごく仲のいい友人』以上ね」



「色々話せて楽しかったけど、私は普段人とそんなに喋らないから」

「話せる友人がいてよかったかなって思ったぐらい」

「多分アナタが彩や他の誰かでも、この日を楽しめたと思うわ」



「アナタも他の誰かと同じ、別に誰でもいいと感じた」



「キスも手作りのお弁当も嫌いではなかったけど」

「やっぱり同性同士だと好きという気持ちにはなれないのかも」



普通ここまでされたら好意の気持ちは湧くと思うが、やはり私には無理だった。



「さっきから聞いてればなんなの・・・?」



黙っていた史夏の顔は見たこともない表情へと変貌し、




刹那、私の顔に衝撃が走る。





バチンッ!!!





(痛い)


痛みに驚き、叩かれた頬をさすってみる。


(やっぱり痛い)


「アンタさっきから聞いてればナニサマなの?!」

「人の気持ちをアンタのモノサシで測ろうとしないでくれる?!」

「好きになりたいーだとか恋が分からない―だとかそんなの当たり前!」




「紗耶香誰かを好きになろうとしてないじゃん!」




「好きの気持ちが分からないと好きになれないの?なっちゃいけないの?」

「同性だから恋心は芽生えない?そんなこと絶対にない!」


「アタシはアンタのことが好きよ!アンタがアタシを好きじゃなくても!」


「それは今までアンタのことが好きだった子も同じ!」

「でもアンタはそれを見ない、気づかないフリして逃げてきた!最低の女だよ!」

「だから賭けなんて馬鹿なことされてる!」

「一番のバカは馬鹿にされてるのに気づいてない、アンタ自身だよこのバカ女!」


「今までどれだけ人の気持ち踏みにじってきたの?それで満足してたの?」


「ネクラでナルシストなアンタに教えてあげる」

「アンタ完璧だから他人を見てもスグに自分と比べてるでしょ?」

「大体アンタが勝つでしょうね、容姿も、頭脳も!」

「だから基本的に人を下に見てんだよ」

「それなのに寂しがり屋だからかまって欲しい、歪んでるよね!」



「怖かったんでしょ?」



「自分を好きな人間と親密になって、自分の本性に気づかれるのが!?」



「矛盾だらけのクソみたいな人間、アナタは自分で自分自身をそう思ってる!」

「卑屈な癖に、悲劇のヒロイン気取るのもいい加減にしなよ!」



「自分のことを好きになれない人間が誰かを好きになんてなれるわけない!」



「『好き』になろうとする気持ちを持ってる自分を好きになるの!」



「お互い好きなら性格も欠点もそれを直しあって、受け入れて」

「全部ひっくるめて『恋人』になれるの!」




「中途半端で言い訳ばっかの紗耶香には、一生理解できない話だろうけど!」




「―――言いたいことはそれだけ?」



「もっとあるけど、これ以上はアンタに言っても無駄!」


「『好き』って言葉ありがとう!もう会うこともないから言わせてもらうね!」





「アタシはアンタのこと好きになってたから!それじゃさよなら!」





少女はかつての恋人に背を向け、去っていく。



私はただその背中が、小さく消えていくまで、見つめることしか出来なかった。





(なんで追っかけてこないのよあのバカ女!)


史夏は苛立ちながら家に帰ろうとしたが、その場で足が止まる。


(ちょっとアタシも言い過ぎたよね)


正直自分も恋心というものを完全には理解できてなかった。

彼女に言ったことが正しいとも限らないし、恋愛は多種多様だ、


ただ彼女といる時の、心に灯る暖かさは、忘れ難き幸せであった。


(別にアタシに対して優しいとかさー、好きだったとかさー)


(そういうのはなかったけど・・・)



一緒に過ごせるだけで嬉しかった。



それは男達に対する見返りを求める為の処世術の所作ではなく、

自分から世話を焼ける、共に横を歩ければいいと思った未知の感覚だった。



(これが『好き』って気持ちだったのかなぁ)



別れて初めて気づく心の痛み、切なさ、寂しさ、不意に涙が溢れ出る。



「―――このまま終わりなんて、絶対にさせないんだから!」



彼女のハンカチで涙を拭き、少女は一つの決意をする。





紗耶香はベンチで座ったまま、暗く波打つ海と漆黒に染まる景色を眺めていた。




(こんな気持ちになったのは初めてだわ)




心が締め付けられるような、人の心をキズつけた感触。



(ビンタ、痛かったなぁ)



頬に残り続ける痛み。



普通に考えれば私のやっている行為は最低な事だ。



どれだけの人間を傷心させたのか。



傷つくのであれば私のことを好きにならないでほしいし、

告白なんてしてこないで欲しかった。


断った時のあの顔が、どうしよもなく形容しがたい濁りを抽出し、

身体の奥底に沈殿していく不快感。


高校からはあと腐れのないように、少しだけ夢を見させた。


満足したのを見計らって、別れ話をして、それで御終い。



『私と付き合えてよかったでしょう?』



そんな詭弁で逃げ道を作り、矮小な精神の均衡を保ち続けた。



最初からそんな冷めた気持ちだったから、恋なんて夢のまた夢。

なにかをやりたいという割には、実際に自ら行動しない人間だった。



(今までなんとなくで生きていたからかしら)


私には夢も、やりたいこともない。


何も望まなくても手に入ったから。


でも本当に欲するモノの入手方法は分からない。



(明日からどうしましょう)



日常という車輪は、止まらず回り続ける。



学校に行って、勉強して、部活に行って、寝て、

また同じ毎日が訪れるだろう。




盛り上がりもなにもない虚無の日々。




泣きたくなる。




(あー、私、結局なにも変われなかったわね)



ベンチの背もたれに身体を預け、夜空を見上げた。


手を伸ばせば届きそうな星は、輝きを失わず闇を照らし光を発し続けている。



(―――違うわ、私自身が変わらなくちゃいけない時なのよ)



(史夏に謝って、もう一度『友達』からやり直したい)



(そうしてその先に、彼女に対する本当の気持ちが見えてくるかもしれないし)



例えそれが許されざる行為であったとしても、私は新しい自分になりたい。



(好きになろうとする自分を好きになる、か)



血流の滞る冷徹な身体に力を入れて、立ち上がる。





「お帰りなさい、どうだった?」

「楽しかったわよ」

「そう、お風呂沸いてるから先入っちゃって」

「うん」



娘はいつも暗い顔をしている。


家庭の環境で、彼女には大人を求め、年相応の育て方が出来なかった。

いつからか、娘は分厚い殻に、自分自身を押し込めてしまった気がする。


(本当に、子育てって難しい)


別れた旦那から資金的な援助は貰ってるが、果たしてそれだけでいいのだろうか?


私自身、親としての役目を果たせてるとは思えない。


それは仕方のないことだと決めつけている自分は、母親失格だと思う。



(今の紗耶香に私がしてあげられること・・・)



他力本願だがせめてあのを変えられる、

そんな人に出会ってくれればいいなと、母は願う。





「おはようございます須藤さん!」

朝の授業前、話しかけてきたのは冴姫サキだった。


「昨日はどうでしたか?」

目をキラキラと輝かせる大和撫子の問いに、芳しくない結果を伝える。


「そうでしたかー、それは残念でしたねー」

「まぁでも悪い経験では無かったわ」

「喪失感とかはありますか?」

「うーん、モヤモヤはあるわ、叩かれたのもショックだし」

「あと―――」

「?」


「今更だけど、やっぱり嫌われるのって、気持ちいいものじゃないわ」

「まぁそりゃそうですけども」

「多分私が間違っていたと思うのよ、全部」

「卑屈になりすぎですよー、それに今の話聞いてたら」

「?」


「須藤さんにとって」

「冴島さんは心揺れ動かされる存在になっているのではないでしょうか?」


「・・・」


「彼女と仲直りできると思うかしら?」

「きっとうまくいきますよ!」


「昨日の事で、多分須藤さんの心は確実に変わっていってますから!」


話し合ってると、チャイムが鳴ってしまう。



「とりあえず、また後でお話聞かせて下さいね」



その後は特に何もなく、1日が過ぎていった。


冴姫には連絡先を教えて、史夏のことは進展があればとだけ送る。





放課後のテニス部、久々に会う彩に話しかける。


「彩、こないだはその・・・、ごめんなさい」


「あっ、須藤先輩、お疲れ様です」

「ええ、大丈夫ですよ」



素っ気無い返事、私は彼女も深く傷つけている。



確実に彩の『こうい』というピー玉をバキバキに踏み潰して―――。



でも受け入れてしまうと自分が押しつぶされそうになるから、向き合わずにいた。



それじゃダメなんだ、彩は私を大切に思ってくれてたでしょう?




「じゃあ私行くんで「待ってちょうだい!」





「この後どうしても、二人だけで話せない?」





(紗耶香遅いな~)


寒空の下、史夏は校門で彼女を待っていた。


(昨日の事謝りたいな・・・)

(それでまた仲直りして、改めてこの気持ちを口に出して伝えたい)




しかし―――。




(ん?あれは)


テニス部の部室から人影が二つ出てくる。


(紗耶香と彩かな・・・?)


遠くて確信はないが、なんとなく嫌な予感がした。


(二人でどこに行くんだろう?)


もう部活も終わりの筈の時間だが、その影は校舎裏の方に向かっていく。



史夏もバレぬよう、後を追う。





「本当にごめんなさい」


開口と同時に彩に平謝りをする。が、これで許してもらえるとも思っていない。


「何のことですか?」


素知らぬ風に答える彩、その眼差しは冷たい。


「私、ちゃんと謝ろうと思ったの、今までのことも、こないだのことも」

「アナタの気持ちにもちゃんと気づいてた、でもあえて触れないようにしていた」


「あのファミレスでの出来事も最低よね」


「本当は今日どんな顔して会えばいいかわからなかった」



「それでも!「紗耶香先輩」



話を止める彩。




「別に怒ってもないし、嫌ってもないですよ」

「でもね、あなたのことが本当に好きなんです、どうしよもなく」

「それをあんな形でブチ壊された挙句に謝罪だなんて」


「そうよね、ごめんなさい」


紗耶香の申し訳なさそうな姿が、彩の心の奥底の嗜虐心をつついた。


「なんですかその態度?今までそんな弱々しい姿私にも見せたことないのに」

「いつからそんな表情カオ出来るようになったんですかぁ?」


ぬぅっと彼女の深く暗い深海のような瞳に覗かれ、私はたじろいでしまう。



「本当は嘘なんじゃないんですか?先輩嘘と人傷つけるの得意ですもんね~」


「嘘じゃないわ!私はエゴイストでナルシストだと思う!」


「けど!」


「アナタにまでそんな風に言われたら私は―――!」


自然と溢れる涙を、腕で拭う。

当たり前にあったモノや関係は、元には戻せないのか?



「よくそんな被害者面で言えますね!私だって!」



「あなたに告白して、好きになってもらって、二人きりの時間ときを過ごして!」

「いっぱい思い出を作って、それを笑いながら話し合いたかった!」


「けど好きだからこそ、行動に移せなかった!」


「あなたに誰かを好きになってほしくなかった!」


「誰かと付き合う度にヒヤヒヤした」

「本当に恋人同士になるんじゃないかって」

「それでもそんな子はいなくて、いつも杞憂に終わって胸をなでおろした」




「そんな時ですよ、アレを見せつけられて考えが変わりました」




彩は私の首に両腕を回し、なにかを耳打ちする。





「紗耶香、私にもキスしてよ」





「それで、アナタが許して・・・、彩の気が済むのなら・・・」


「あの子とどこまでヤったんですか?」


「えっ?」


「チューより先のことですよ、もしかしてシてないんですか?」


「何を言ってるの?私達女同士だし、それにあの子、史夏とはもう―――!」



「もう捨てたんですね、史夏ちゃんかわいそう」


「でもそれなら~」




「私と付き合っちゃいましょうよ♪」




耳に吐息がかかる度、体の芯が熱くなる。


「またアナタのこと傷つけるかもしれないし、それに」


「それに?私のことが好きじゃない?別にいーですよそんなの」

「私がずっと一緒に居られればいいんですから、好きにならなくてもいいです」



「いつかの為に色々調べたんですよ~、女の子同士でのヤり方とか」


彼女の繊細な指使いは服の上から上半身、下腹部までを丁寧になぞられ、

柔肌にさざなみの様な鳥肌が立つ。


「どうなんですか紗耶香先輩?」


耳を甘噛みされ、丹田の内側の燃え盛る炉に欲情という名の薪がくべられる。




彼女の手は背中の下に這い寄ろうとしていた。


「これ以上は本当に・・・お願い・・・!」


普段と違う彩に、恐怖と混乱を覚える。



(私が彩をこんな風にしてしまったの?)



曲がりなりにも一番の友人と思っていた人間に迫られる。


「大丈夫ですよ、これからも毎日普通の生活を送ればいいんです」

「何も怖い事なんてないでしょ?私と付き合ってるって公言すれば」

「もうあなたに告白する人間もいなくなるし、誰も傷つかない」


彼女アヤの甘美な囁きに耳も心を閉じる事が出来ない。

その関係を彼女が望むのであれば、私も好きの気持ちを諦めてしまおうか。



いや、もしかしたら共に過ごす中で、彩に恋心が芽生えるかもしれない。



狂恋を孕む少女の頬にそっと手をかけ、心の隙間を埋めてもらう準備をする。



寒さが厳しい夜の筈なのに、お互いの体温なのか、汗が止まらない。

激しい発汗と心臓の鼓動が劣情の快楽に誘おうとしている。



「彩・・・」「紗耶香先輩・・・」



私は彼女の薄い唇に、自分のぷくりと張った唇を重ね合わす。



(しょっぱい・・・)



最初は静かに、自然と激しさを増して求めあう。



(ダメ、止まらない・・・!)



ひっそりとした校舎裏に、ピチャクチャ水滴のような音だけが奏でられ、


お互い溜まっていたもの全てが放出されるように強く、深く、溺れてゆく。




息が苦しい、呼吸をするのも惜しいくらいの激しい接吻。




突然、彩はプハッと顔を離す。



「キスしてっていったけど、がっつきすぎですよ、紗耶香先輩」


「それに自分から舌入れてくるなんて、ちょっと見損なっちゃいました」


フルフルして涙をこぼす愛しの先輩に、ついついサディスティックに責める。


「もしかしてあの子に仕込まれたとか?」


「そっ、それは・・・」



驚いた。



確かに紗耶香は嫌でなければある程度までは許す人間だ。

あれからどこまでいったのだろう?


不意に視線を感じ、グラウンドの方に意識を向ける。



「ッ・・・!」



一瞬、傍観者と目が合ってしまった。



その子はすぐに姿を隠したが、間違いなく史夏だった。


どろりと自分の中の黒い液体が、純白の半紙を染めていくのがわかる。





紗耶香を壁に押し付けて、両手を掴み抵抗できなくさせる。


「紗耶香先輩―――好きだよ、ずっと前から愛してた―――」


後輩の耳心地の良い愛惜の物言いに、紗耶香は悶絶してしまう。



(なんで・・・?いつも言われてる言葉なのに)


(今のこの子から言われると、すっごく―――!)


(あぁ・・・、彩は本当に、本当に私のことが大好きなのね―――ッ!)



「どうしたいですか・・・?」

彩の優しい仁愛の囁きに、紗耶香はもうどうしよもなくなっていた。




「にしていいから・・・「えっ。なんですか?聞こえないですよ?」




「もう彩の好きにしていいから!もっと私のことを愛してほしい!」




悲痛な叫びが、空虚な虚空にこだまする。




ブレーキの壊れたトロッコに乗せられてしまった紗耶香、



ここから先は深淵に続く下り坂、お互いのボルテージが上がっていく。



彩のナニかが私の口腔を伝い喉の奥に、身体の中枢奥深くに纏わりついてくる。



(史夏、私、馬鹿だったわ)


(あんなにアナタと交わしたキスが、何も感じられなかったことが)


(今こんなにも気持ちよく脳髄に共振して蕩けて犯してくれてる)


(自分の事を、心の底から好きで、受け入れてくれる人のキスって)


(こんなにも心地よいモノだったのね・・・)



いつの間にか彩の手は、運動着の中に滑り込み、乙女の聖域に触れられ、

紗耶香の心臓ハートを溶かし揉み解していった。


そのあまりに激しい臨界点を超えてしまいそうな彼女の指使いを、

紗耶香はただただ受け入れることしか出来ない。



「ねぇ、紗耶香先輩!」



お互い欲情に浸かり淫れあう中、彩は私に問いかける。



「史夏ちゃんと私さ、どっちの方が好き?!」



陰に隠れ息を殺していた史夏は、恐る恐る痴態の現場に聞き耳を立てる。



(イヤだ、紗耶香、そんな奴に負けないでよ!)


紗耶香アナタの好きって気持ちに、アタシが答えてあげたい)


(アタシ頑張って振り向かせてあげるからさ!もっと紗耶香アナタといたいから!)



(だから―――!)




「今はアナタとのキスの方がいいから!もうそれ以上聞かないで!」




「あのフミカにはすっごく感謝してるけど、ひどいことをたくさん言った!」

「思い返すと悲しくなるし、辛くなるし、嫌われたかもしれない!」




「だから!」




「今だけは―――、アナタの優しさに甘えさせて頂戴―――!」




深く、深く、堕ちていく。




「あなたより私の方がいいってさ!」





「史夏ちゃん!」





「「!?」」





校舎の死角から予期せぬ闖入者が姿を現した。





グラウンドの照明の逆光のせいで顔つきまではよく見えないが、


あの髪型に服装・・・間違いなく史夏だ。



「嘘―――ッ!なんで―――?!」



あまりの衝撃に脳の処理ができないまま、彩に手を抑えられる。



「待って!史夏!これは違うのよ!」



悔しそうに震える彼女の足元に、無数の雫が零れ落ちていく。



「何が違うんだよこのバカ女・・・!」



フルフルと体を小刻みに震わす彼女の声は掠れていた。


彩の片手は上半身から下半身へと移り行く。


「あっ、ちょっと待って彩!そっちは本当に!」


言うが早いか、彼女の手腕は見事なモノだった。



「ッ・・・!」



腰に力が入らなくなり、立っていられるのもやっとだった。



「やめろよアホ後輩!!!」



「ハァ、なんですかその言い方?元カノさん?」



彩は史夏に見せつけるように、続ける。



「紗耶香は私の『彼女』なの?あなたには関係ないでしょ?」


「それはそうだけど―――ッ!、紗耶香はこれでいいの!?」



地面に崩れ座る紗耶香は、服を乱雑に着直し、足早にこの場から去ろうとする。



「ちょっと待ってよ!」



横を通り過ぎようとする紗耶香を史夏は逃さないよう手首を掴むが、



「離してちょうだい・・・」



と疲弊しきった形相の彼女に睨みつけられ、怯んで手を引っ込めてしまう。







「あーあ、もう少しで堕とせると思ったのにな~」


両手を後ろに組んで伸びをしながら残念がる彩に向き直る史夏。



「アンタさ、なにしたのか分かってんの?」



「先に私の気持ち踏みにじったのはあなたでしょ??」


「いきなり現れて、また金目当ての女と思ったら」


「わざわざ私の前で先輩とのあんなことを見せつけてきて」


「普通に考えてヤバイとか思わなかったの?」



「・・・・・・・」



ぐぅの音も出ない。


確かにあの時はやりすぎた。

だけど周囲に私達はカップルだと認めさせたくて、紗耶香の発言が悔しくて、

あんなしないような無神経なこともしてしまった。



「だからお返ししてあげたの♪」

勝ち誇った笑みを浮かべる彩に一つの疑問をぶつける。



「紗耶香はさ、本当にアンタの言いなりになると思ってんの?」



「ハァ?」

負け犬の遠吠えを聞くような怪訝な顔をする彩。


「だってそうでしょ?元々今日、紗耶香はアンタに謝るためにここに来た」

「それを利用して、私と付き合ったら許すとか言ったんでしょ?」


「・・・」



「それなのにさっきの反応、明らかにアタシのことを意識してた反応だった!」

「それはちが!」



言い終える前に、スマホのあの音声を流す。



『須藤紗耶香は、冴島史夏のことが好きよ』



「なっ・・・!」

「多分アタシと別れたって言われただろーけど、これが真実!」


「アンタは紗耶香のこと一方的に好きでも、アタシとは両想いなワケ!」


いずれバレるだろう嘘だが、ここはこの手札を切るしかない。



「だから悪いんだけど」

「大好きな人の為にも、せいぜい仲直りして、アタシ達のこと、応援してね!」



私はそう捨て台詞を吐くと、急いでこの場を後にする。


(明日刺されたりしないかな、アタシ)


命の危険に脅かされる中、後ろも振り返らずに逃げる。





一方の彩は、紗耶香が背をつけていた壁に身体を預けていた。


(まだこの手の中には先輩の温もりがあって)


刹那的とはいえども、彼女を感じ、自らの掌の中で支配していた。



彩は蒸れた甘酸っぱい細指を丁寧に舐りあげ綺麗にする。




(明日からどうしようかな)




そんなことを考えながら、また一人思いに耽る。





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