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恋をしたいと願うなら  作者: 佐伯春
佐藤愛美の物語
38/42

第38話 愛が止められない

「この時期にこんな雪降るなんてロマンチックだよね!」



暖房の効いた教室では女生徒達が窓の外を眺めながら談笑している。

時期は遂に12月に突入し学校全体の雰囲気は俄かに浮足立っているようで、


「冬休みは家族で実家に帰るんだ」だとか、

「俺は部活の練習が」など様々な会話が耳に入ってくる。


(はぁ)


窓際の席に座るアタシは降り頻る雪を迷惑そうに眺めながら、

頬杖をついて悪態なんかをついてみる。


(なんて)


どんよりとした曇天は心を写すように静かに雲を流し変わり映えしない。



「テストの点数、どうだった?」


騒めく放課後。春斗がアタシの近くに寄ってきて努力の成果を聞いてきた。


「はい」


机の中で折りたたまれていた紙きれを春斗に渡すと、


「おおー!すげえじゃん!」


と驚かれた。恥ずかしい話だが自分でも信じられていないほどの高得点だ。


「学年でも結構いいところいってるんじゃないのか?」


「別に興味はないけどさ、二人のおかげだよ。ありがとね。春斗は?」


「俺はまぁ平均以上かな、でも愛美には負けるよ」


「ジュース一本奢りね」


「はぁ!?―――ってまぁいいけど、一本なら」


「冗談、そのお金は冬華の為に取っておきなよ」


「・・・そうだな」


「それじゃあアタシは帰ろうかな」


横に引っ提げられた鞄を肩に回し席を立つアタシに、

「部活は?」

と聞いてくる。


「この天気じゃ外は使えないし、体育館も埋まってるでしょ」


「そっか、ならどこかでお茶でもしないか?」


「なにそれ、デートに誘ってるの?」


「そうじゃなくて!その、クリスマス冬華の誕生日だから」


(顔なんて赤らめて真剣に悩んじゃってアタシに相談なんてさ)



春斗にその表情をされるだけで、佐藤愛美の脈動は歪になる。



「・・・いいよ、付き合ってあげる」


「!、ありがとう!」


ウチの高校はクリスマスよりも早く冬休みが訪れるのだ、

時間があるとはいえ準備をするのに越したことはない。


「じゃあえっと、どこ行こうか?」


「とりあえず―――あっ」


1階に降りた時、ちょうどこちらに向かってくる先輩と目が合った。


「こんにちは」


アタシは軽い会釈だけ交わし、彼女の横を通り過ぎようとすると、


「待って!」


と引き止められた。


「春斗、先靴履いてていーよ」


「あぁ、分かった」


同級生をこの場から離れさせ、呼び止めた本人に向き直り尋ねる。


「なんですか?」


「っ・・・いやえっと、声かけたかったから」


愛美の無愛想で冷淡な態度に思わずたじろいでしまう空。



(あーあ、ホント自分自身が嫌いになりそう、ガキだよガキ)


いつまでこんな不貞腐れてシケた態度とってるんだろう?


あの夏の日は久々に仲良く話せてたじゃないか?

なにをピリピリイライラしてるんだ?気持ちの切り替えがまだつかないのか?


『ごめんなさい』


12月ぐらい素直な心でいられたらどれだけ楽だろうか、その一言が言えない。



「康君は家でもちゃんと勉強してるかな?」

「こないだの期末あんまりよくなかったらしいんだけど・・・」


(また兄貴の話かよ、ウゼーな)


穏やかに接しようと藻掻けば藻掻く程、浮かび上がる思考が乱暴になっていく。


「さぁ、大丈夫じゃない?彼女でもない空ちゃんには関係ない話でしょ?」


ラインを超えた発言をしてしまう。してはいけないと理解わかっているのに。


「因みにさぁ、兄貴新しい女できたみたいなんだよねぇ」


「え?」


愛美から出た新事実に空は愕然とした表情を見せてくれる。



「最近はそのとよくウチ来てるよ、空ちゃんとは全然違うタイプの子!」


「空ちゃんはもうとっくに捨てられてるんだからさ、兄貴と関わるのやめなよ?」


茫然と立ち尽くし目の焦点があってない少女を更に攻め立てようとしてしまう。



(駄目だって頭ではわかってんのに!!)



思考とは裏腹に空が傷つく言葉を平気で選んでしまい、止まらない。

空のこれ以上は聞きたくないという苦痛に歪む顔が愛おしく見えてきた。



「大体!」


更に言葉の暴力をぶつけてしまおうとした瞬間、



「おい」



後ろから声をかけられた、それも聞き覚えのある。



「兄ッ!?いっ!!?」



言うが早いか振り向くが早いか、気が付くと肩を思いきり引かれ床に倒された。



「なにすっ!?」



アタシは目の前に出てきた男に文句を言おうと思ったがハッと気づき、

周りを見渡して自分の犯した罪の重さを曝されてしまう。



「どうしたの?」「痴話喧嘩?」「ケンカだケンカ」「康と妹さんじゃね?」



自分では一切気づかずにいたが、周囲には人だかりができていた。

そんな群衆達に囲まれている中でアタシは空にあんな酷いことを言ってたんだ。



「少し頭冷やせ」


康は倒れ込んだ妹に一言言った後、涙目の空の手を掴み何処かへ去ってしまった。



アタシはその場にへたり込んでしまい、体に力が入らないのを確認すると、


「・・・くっ」


自分が惨めすぎて、みっともなさすぎて涙が溢れ声を押し殺し泣いてしまった。

周りの人間は心配したりヒソヒソと小声で話すも誰も助けてくれる人はいない。

当たり前だ。自分の身から出た錆、卑劣な本性、馬脚を露したのだから。


「おいおい?!大丈夫かよ?」


騒ぎを聞きつけて戻って来てくれた春斗が愛美の介抱をするも、

こういうことが初めてなのでどうしたらいいか分からないといった様子だ。


「なんの騒ぎですか?」


そうこうしたら教師まで駆けつける始末、自然と野次馬達も捌けていった。





「大丈夫?少しは落ち着いた?」


アタシと春斗は談話室に連れられ事情を聞かれていた。


「はい、すみません、もう大丈夫なんで帰ってもいいですか?」


腫れぼった死んだような目をした生徒の言葉に素直に従う先生ではなく、


「なにがあったか分からないけど、喧嘩やイジメの類ではないのよね?」


と少しでも理由を探ろうと心配してくれる。


「違いますよ、アタシがちょっと言いすぎちゃったんです、もういいですか??」


どうしても明かせない事情があるのかもしれないと察したのか、

先生は「一応担任の先生には伝えておくから、えっと、佐藤愛美さん?ね?」

と名前とクラスを確認されて、解放された。



「・・・ごめん」


「俺は別に、謝る必要なんてねーよ」


廊下に出て、二人共顔は見合わせないよう昇降口まで向かう。



「あれさっきの子じゃない?」「空に怒鳴ってた子だよ!」


どうやら一躍有名人になってしまったらしい。


力なく革靴に履き替えて、白く濁った銀世界に傘も差さないで歩み出ると、


「おい!風邪ひくぞ!」


後ろから差し出してくれた春斗の大きな黒傘に入れてもらい学校を後にした。





「アタシさ、ホントは女の子が好きなんだ」


佐藤愛美は今まで誰にも伝えてなかったであろう本当のことを

俺にカミングアウトしてきた。


弱々しく隣に寄り添う親友は冷たく氷の様で、

彼女自身もまた顔を上げずに目線は伏し声も暗く生気がない。


雪の踏みしめる音が妙に耳に残る中俺はただ一言、


「―――知ってたよ」


となんとなくわかっていたことを伝える。伝えた上で、


「冬華のことも・・・好きなのか?」


と尋ねてみる。



「・・・うん、好きだったよ。でも今はもう、いいんだ」


口先ばかりが僅かに動き、

長く伸びた前髪が彼女の目元にかかって本心を読み取ることは出来ない。


「あの人―――空ちゃんっていうんだけどさ」


愛美が話し始める。


「前に一目惚れして、好きだったんだよね」


「うん」


「でね、夏休みのあの日、はぐれた日あったじゃん?プール行った後の」


「・・・」


「あそこで告白したんだ、空ちゃんに。そしたらフラれちゃってさ」


「物凄い言われて、それですっぱり諦められて、嫌いになれたと思った」


「でもさ、夏休み最後の日あの人はアタシの前に現れて、遊びに誘ってきた」


「ホントは嫌なはずなのに、なんだか断れなくて、日が暮れるまで一緒に泳いだ」


「色んな話をしてさ、これでちょっとは元の関係に戻れたかなって思ったんだよ」



「でも結果はあの有様」



力なく吐き捨てるように笑う彼女に、俺はなにも気の利いた言葉をかけられない。



「なんでさ、こうなっちゃうんだろうね」



「ホントはあんなこと言いたくないのに、どうしても酷いこと言っちゃう!」



「自分で自分をコントロールできなくて!自分がされたことを彼女にしちゃう!」



慟哭が響き、頬は微かに水気を帯びている。



「アタシだって・・・アタシだって嫌に決まってるじゃん!!」



誰に言うでもなく自分の中の心に訴えかけているのか、

抑え込められていた感情が溢れ出しそうになっているのか、爆発している。



「アタシさ・・・なんなんだろうね?」


彼女は顔をこちらに向け、尋ねてくる。


「アタシの人生ってさ、ただ人を不幸にするだけで、自分も幸せになれなくて」




「生きてる価値ってあると思う?」




瞬間―――。




一台のトラックが愛美の横ギリギリを通り過ぎ、よくないことを考えてしまった。




「あっぶね!」


俺は思わず道路側に立たせてしまった愛美を引き寄せて、

その場を過ぎたトラックを睨んだ。


「ごめん!ケガとかしてないか?!」


男として配慮に欠いた行動を反省し、いきなり引っ張ったことを謝まる。



「・・・」


肩を抱き寄せたから俺の胸元にうずめさせるような体勢をとってしまった愛美、

驚いたのか暫く放心したように動かなくなって、ゆっくりと顔を見上げる。


道の端とはいえ狭い通路なので迷惑そうに横を通り抜ける人と目が合った。



「愛美、大丈夫そうならそろそろ離れ―――」



俺は目線を彼女に落とすと、

そこには涙を流した跡を残すあどけない少女がこちらを凝視していて、


「えっと」


惚けたような、しかして目線は一切外さずなにかに耽ているようなかんばせ。



愛美は冬華と違って身長も低くないし、俺もそこまで高いわけじゃない。



彼女の顔がほんの数センチの距離で止まっていて、このまま近づけてしまったら、




ドクン、ドクン。




心臓の鼓動が早くなっていく、なにを期待してしまっているのだろうか。



(落ち着けよ俺!相手は愛美で冬華の親友で、女の子が好きな子なんだよ!)



必死に冷静さを取り戻そうにも、彼女の瞳の奥の暗闇がそれを許してくれないし、

余所見をすることもできない。



「あっ・・・えと・・・」



お互いの息は白く霧散していき、徐々に徐々に、愛美の顔が紅く染まっていく。



(これは・・・ヤバイ)



彼女がなにを考えているのかなんて知りもしないが、間違いなくこの状況は――。



肩に乗っかった傘を頭に乗せて、二人の顔が誰からも見えないよう目隠しを作る。



もう既に周りは暗くて、電柱の灯りも黒地の傘の所為で遮断されている。



通り抜ける乗用車から放たれたライトが偶に両者の顔を照らしていく。




(これじゃ俺らまるで―――)




愛美は少しだけ踵を上げて、背伸びをした。




そうして長い睫毛と潤んだ瞳をゆっくりと閉じていき―――。




やけに艶やかなリップの光沢感ある小さな唇に春斗は―――。




(冬華、ごめん、俺は)




愛美の事は好きだけどそれは友情で、恋愛感情なんて持ち出した事もなかった。


薄々冬華の事は好きなんだろうなぁって知ってたしそっちの方を警戒してた。


気の合う一緒にいて苦じゃない異性の友達、それ以上でもそれ以下でもない。


万に一つでもなにかよからぬことに発展するなんて思いもしなかった。



(今ばっかりは許してほしい)



冬華とは違って背を曲げなくても届いてしまう距離―――。




首をちょっとだけ彼女の方に傾けたのなら―――。




「んむっ・・・」




冬華じゃない他の誰かの唇に、俺の心は奪われていた。





重ね合わせた唇を離すのにどれくらいの時間が必要なのだろうか?



これ以上はダメだと思うし、そろそろ爪先立ちも辛くなってきた。


だからアタシは名残惜しくも彼の唇から離れる決意をもったのに、


「あっ―――」


離れた筈なのに、足を下ろした筈なのに、目も開けた筈なのに、


春斗はアタシの顎に手をそっと乗せて、また引き戻される。



今度はさっきと違う軽い感じじゃなくて、もっと深く本気の角度で。



先程よりも重ね合わされた面積が大きくなり、

口の中の呼吸がより直に鮮明に感じ取れてしまう。



(アタシ友達の彼氏と、男友達とキスしちゃってるよ)



キスをしたら働かせようとしていた理性は、何処か遠くへ散歩しに出かけた。



今までの他の誰とも違う感触、味、満たされる心地良さ。



春斗だからよかったのかもしれない、他の誰かならこんな事出来なかっただろう。



(こんなとこ誰かに見られたらマジやばいのに)



初めての春斗とのキスは甘酸っぱさなんかなくて、未知の接吻だった。



そして遂に我慢できなくなったのか春斗の方か踏み込んではいけない領域へと、




踏み込んでしまった―――。




お互い唇を離し、一瞬まだ足りなさを感じてしまい顔を見合わせた後、

これ以上は本当にまずいと理性が働いて口を手で拭い、再び歩き始める。


「・・・」   「・・・」


冷え切った体の冷たさとそれに似合わない顔の血色の良さが、

この男女に先刻なにが起こっていたのかを物語っているようだ。



「家まで送ってくれるの?」


無言で歩いていたが春斗の自宅はこちらではないことに気付く愛美。

そんな彼が気を遣ってくれているのか尋ねてみると、


「おう」


と恥ずかしそうなか細い返事が返ってきた。


「ふーん」


愛美は下唇を上唇に被せるようにして、そっぽを向いてしまったのだが、

その仕草がなんというか子供っぽくて、可愛いなと思ってしまう春斗。



「じゃあ、今日はありがとう、心配かけさせてごめんね」


愛美の家の前で別れの挨拶をすませる二人。


「いや別に、それよりさっきの先輩に謝っといた方がいいと思うよ」


一転、愛美の表情は曇ってしまった。


「そうだよね・・・頑張ります」


「おう、それじゃあまぁ、明日また学校で」



後ろを振り向いて、夜空を見上げる。

雪はますます積もる速度を高めていき、帰り道が怠く感じてしまう。


(早く風呂入りてー)


そんなことを考えていたら、


「わっとぉ?」


背中に重さが圧し掛かる。


「愛美?」


背骨の辺りにおでこでも当てているのだろう愛美に声をかけるも返事はない。


(まぁ暫くは・・・そっとしておいてやるか)


凍てつく夜の寒さが二人を優しく包む、彼女が満足するまで。





「ただいま」


居間に向かうと既に夕食が並べてあり、父も兄も座っていた。


「あらお帰りなさい、随分寄り道してたのね」


母親の声がキッチンから聞こえてきて、


「夕飯出来てるから手洗って上着かけて、早く食べてちょうだい」


と催促してくる。



「いただきます」


手を合わせ温かい手料理を頬張っていると父が、


「テストの結果はどうだった?」


と聞いてくる。


「よかったよ、はいこれ」


手元に持ってきていた答案用紙を全教科分渡し、父がそれに目を通す。


「よく頑張ったじゃないか」


「ん、ありがとう」


そこからは特に何も言われることもなく、静かに夕食を食べられた。



「おい、愛美」


(きたか)


食後リビングでテレビを眺めていると、兄が声をかけてくる。


「大体は空から聞いた、お前が適当な嘘をついたのも告白の事も」


「・・・」


「こんな時期に心配事増やしてムカついてるが俺はなんも言わねぇ」


「でもな、空だけには絶対謝っておけよ?それだけは約束しろ」


「・・・はい」


「絶対だぞ?」


「はい」


「よし、それじゃあ俺からはもうこの話題は出さない、話は終わりだ」


それだけ言うと兄は自分の部屋に戻っていった。


「・・・」



(わかってるーつーの)


この心の中のムシャクシャもモヤモヤも、彼女と話せば解消されるだろうか?


ソファに寝転んで、手元のスマホを開き空の連絡先に指を伸ばした。





「どうだ、勉強の方は順調かい?」


豪勢な食器や料理が並ぶテーブル、こうした趣向に冴姫はウンザリしていた。

そしてまたここに、頭を悩ませるタネが一つ・・・。


「ええまぁ、今のところは順調です」


久しぶりに帰宅した両親と食卓を囲んでいたが、あまり嬉しくはない。


「テストの結果もよかったの!流石私達の子よね?」


母親は美人だが、性格はどうだろうか。


「それで、学校の方は楽しいかな?」


父親は物腰が柔らかいが、かなり意識が高く苦手だ。


「はい、楽しいですよ。もうすぐ卒業と考えると寂しくなりますが」


当たり障りのないよう、刺激しないよう返答は慎重に。


「そうか。まぁ大学はもっと楽しくなるだろうし、心配しなくてもいいさ」


「ところで一つ聞きたいんだが・・・」


父の食事の手が止まり、嫌な緊張感が走る。



「冴姫は高校に・・・恋人がいるらしいじゃないか」



わざとらしく首を振って大げさに質問を強調してくる、芝居臭い動きだ。



「・・・それは、なんのことでしょうか?」


「とぼけなくてもいいさ、好きな人が出来ることは素晴らしいじゃないか?」


クサい台詞回し、落ちこぼれの三流役者だった癖にこの場で披露しないで欲しい。


「だが冴姫の高校は確かぁ、女子高・・・だったよな?」


「まぁ!それじゃあ冴姫ちゃんの恋人は女の子なの!?」


(チッ)


「ご存じでしたか。ええその通りです、わたしには付き合ってる方がいます」

「でもそれがなにか問題になりますか?」


「いつまでだ?期限はどのくらい?」


「そんなっ!!真摯にお付き合いしてるんですからそんなの決めてません!!」


思わず熱くなってしまい、椅子から勢いよく立ち上がってしまった。


「冴姫ちゃん、お食事中は静かにしましょうね?」


冷徹な母の叱りに従い、腰を下ろす。


「いいか冴姫、父さんも母さんも異性恋愛も同性恋愛も理解がある方だ」

「現に僕達の会社でもそういう人間はいるし、禁止にもしてない」


「だがね、一つ問題があるとするのならば」



父の眼差しに息が詰まりそうになる。わたしはこの先の言葉を知っているから。



「冴姫が鳳凰院家の人間というのが問題なんだ」



(でしょうね)


「娘よ、君には自由な教育方針で接してきた、やりたいこともやらせた」

「これからも好きにするといいさ」


「ではなぜ?」


「前から言ってるだろう?大学を卒業したら子を残してほしいんだよ」


「・・・」


「若い内に子孫を残す、伝統的な鳳凰院家の仕来りだって知ってるだろう?」

「相手は君が選べばいい、好きな相手を。その上でこちらでも審査するが」

「なんだって?!相手が女の子?こりゃ大変!審査のしようがないじゃないか!」

「子供だって産めない!それはちょっと困るなぁ」



「なら父さん達の提案はこれだけだ、高校卒業を機に彼女と別れなさい」



(やはりきましたか)

(上流階級の制度にはウンザリしていましたが、ここまで要求されるとは)


冴姫は露骨に肩を下ろし、不快感を示してしまう。


それを父は見逃さなかった。


「落胆してるようだが父さんちょっと冴姫の交際相手とその身辺を調べたんだ」


ハッと顔を上げ、父が背中から取り出した紙束を慎重に観察する。


須藤紗耶香スドウサヤカ18歳高校三年生誕生日8月30日生まれOよりのA型身長175cm」

「体重とスリーサイズは・・・ここは飛ばそう」

「両親は離婚歴アリで現在は母親と二人暮らし、家族仲はそこそこ良好」

「父親は、逮捕歴があるな。現在は釈放済みで都内のバーで勤務してる」

「鳳凰院家が誇る探偵集団も『彼女はとても素晴らしい』と太鼓判を押してるな」

「それでー・・・奇異な性格で周りを混乱させてたがある日ピタリと止む」

「これは付き合う前の記録だから情報が曖昧だ、しょうがない」

「元々冴姫と付き合う前に『冴島史夏サエジマフミカ』という少女と付き合っていたが」

「彼女の家庭の事情から別れることに・・・冴島さんの家の子か」


父はどうやら史夏の両親を知っているらしい。


「世間は狭いな。それでその後付き合ったのがウチの娘と・・・」

我家ウチの優秀な探偵によると横兵のホテルに女同士で入室したのを確認」


なんという辱め。本当に24時間わたしのことを監視しているらしい。


「なるほど、僕達も昔はこれぐらいラブラブだったよな?」


「そうよね~、横兵でよくデートしたわ~」


「話を進めてください」


「おっと失礼。交際はそこそこ順調で喧嘩してる様子もなし・・・最近までは」


父は嬉しそうにわたしを一瞥し、再び資料に目を落とす。


「彼女の元カノがサンフランツスコから日本に旅行に来てて、そこで再会」


「土台場で一日デートの後夜は遅くまで一緒に紗耶香宅で過ごす・・・」


「そこまで調べてたんですか!?ストーカですよストーカー!」


行き過ぎなプライバシーの侵害を糾弾するが、お構いなしに父は続ける。


「これによると紗耶香君は冴姫という存在がありながら史夏君と浮気したんだ」

「忘れられないんだろうな、ロミオとジュリエットと同じさ」

「二人は運命の赤い糸で結ばれていたが離れることになってしまった」

「マリアナ海溝よりも深い愛を育んでいるのを邪魔しているのは誰だ?」


「・・・・・・」


父はアタシを指差し、こう言った。



「君だよ、冴姫。君が二人の仲を引き裂いているんだ」



「なっ―――!!」



自分の父親とは思えないような無神経な発言に泣きだしそうになるが我慢する。


「君達は楽しい楽しい海水浴でもケンカしてたらしいじゃないか?」


もう徹底的に見聞きされているんだろうな、紗耶香に謝りたい。


「集音マイクで聞き取れた範囲では紗耶香氏は史夏氏と復縁したい」

「しかし冴姫様がそれを拒み、紗耶香氏との交際を続けたい様子・・・」

「だってさ」


父は紙の束を母に渡し、今度は母がそれに目を通していく。


「言ったはずだ、交際をするのは自由だが大学は必ず出てもらう」

「もちろん成績も落とさずに周囲の評価も良好な事」

「大学在学中は君が選んだ男性と交際、またはこちらが手配する」

「大学卒業後は鳳凰院家の長男を産むことに専念、兄弟が出来れば尚よし」

「後は好きにすればいい。主婦をやって旦那と暮らしてもいいし」

「働きたいんだったら鳳凰院グループの席はいつでもあけてある」


勝ち誇ったようにこちらを見つめてくる父、なにも言い返すことが出来ない。



(最悪な展開になってしまった)


ここまでされたらもうどうしようもないし、素直に従うしかないのか。


(わたしがもし違う存在で、生まれで、別の学校の男子だったとしても)

(貴女と出会っていて、もっと幸せな未来を送れる日があったのでしょうか)



「で?どうするんだい?」


父の言う事に従わないとなれば、なにが起こるか分からない。

わたしだけならまだしも紗耶香や他の人間にまで迷惑を掛けたくない。


「・・・分かりました」


父はよく言ったというように頷くが、


「ですが!こちらも譲れない条件があります!!」


「なんだい?」


「わたしはまだ紗耶香と、別れたくありません!」


「好きにするといい、高校生活までは」


「大学でも・・・紗耶香とお付き合いしながら相手を探します!!」


「それでは駄目ですか?」


無理は押し通すもの。ここまで来たら引き下がれない。


「本気で考えてるのか?紗耶香君をキープしながら?他の男に浮気?」


呆れたように手を上げる父。


「もし僕が紗耶香君の立場なら嫌だね。この事は彼女に話すのかい?」


そうだ、同じ大学を志望してる以上楽しいキャンパスライフは見込めなくなる。

あれだけ紗耶香に史夏との逢瀬を責めておいて自分は大学で男漁りするのか?



「それでもわたしは!紗耶香が好きなんですよ!初めてできた大切な人!」



「その気持ちだけは史夏さんにだって負けないくらいなんです!!」



「どうしてお父様もお母様もわたしの恋路を!ささやかな幸せを!」



「認めて・・・容認してくれないんですか・・・」



駄目だ、限界だ、もう涙が止まらず心がどうにかなってしまいそうだ。



少女漫画の負けヒロインはきっとこんな気持ちなんだろうな。


こんなに苦しいのなら偶には勝たせてあげればいいのに。



でもこれは漫画でも小説でもない現実なんだ、悔しいけれど仕方ないんだ。





おめおめ泣いているわたしを見てなにが可笑しいのか、静かに笑い始める父。


「なにが可笑しいんですか!?お父様には分からないでしょ?!」


「クククッ、いやいやすまんすまん、少し意地悪が過ぎたなと思ってさ」


「はいぃ??」


状況がよく分からない。


「いいさ、冴姫が飽きるまで紗耶香君と付き合えばいい」


「!?、いいんですか!!」


「もちろん。冴姫が初めて好きになれた相手なんだろう?」

「なら大切にすればいいさ、この資料を見る限り下手な男よりはまともだろう?」


「そうね、素敵なね、お母さんもいいと思う」


母は半ば引き攣った笑顔でわたしの方を見たり父の方を見たりで忙しい。


「ただいずれにしても・・・言いたいことは理解わかってくれるよな?」


「ええ」


未だに根付いてしまっている男尊女卑の考え方、父の要求は先程と同じだろう。


「僕の父さん、冴姫の御祖父様はこっちの考え方が古いんだよ」


頭をトントンと叩き、自分の意思とは関係なくわたしへの嫌がらせが

家柄ないし祖父達の所為であることを示しているようだった。


「御祖父様は冴姫と紗耶香君の交際に反対しててね・・・」

「それでこうして冴姫の心を折ろうとしたわけなんだけども失敗だな」



「兎に角だ、まずは大学受験から頑張ってくれ」


「はい!」


「それにまぁ、今の彼女が世界の全てじゃないだろう」


「いつかもっと好きになれる男が見つかる筈さ」

「大学じゃなくたってお見合いじゃなくたって、運命の彼が」


父は小声で独り言の様に呟いていたが母はその考え方に否定的だった。


「いーえ!男の素晴らしさは3Kあってのものなんですよ!?」

「それにウチの冴姫ちゃんをどこぞの馬の骨とも分からない男になんて!!」


「君は相変わらず父さんみたいな考え方なんだな」



あーだーこーだ一通り口喧嘩も終わり、父がこちらに改めて向き直る。


「冴姫、さっきも言ったが君が紗耶香君と付き合っていく以上」

「僕達は君の彼女やその身辺に目を光らせなければいけないし」

「冴姫が知りたくないような秘密も知れてしまう」


「それに話を聞く限りじゃやっぱり」


「それは分かってますから」


力強く後に続く言葉を言わせないように遮らせてもらう。



「いつかいい報告が出来るよう、冴姫は頑張りますから!」


「お父様お母様、不肖な娘ですが何卒、よろしくお願いいたします」



向かいに座る両親に深々と頭を下げ、感謝の言葉と決意を固める。



「冴姫の人生だからな、生まれや家柄は呪ってくれても構わないが」

「支えてくれる友人や自分自身のことは、大切にしてあげなさい」


久方ぶりの父親らしい言葉に元気に「はい!」と答える冴姫。



季節は12月、もうすぐクリスマスにわたしの誕生日なんだ。

イベントが盛りだくさんで不安も晴れた冴姫の心は誰よりもワクワクしていた。





師走―――、一年の中で一番一喜一憂されるその日々を駆け抜けるために。




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