表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋をしたいと願うなら  作者: 佐伯春
佐藤愛美の物語
36/42

第36話 ドラマチック・ラブ

「ちょっと向こうまで歩いてみようよ」



アタシは冬華の手を握り灼熱の砂浜を足裏で踏みしめながら

海沿いの細長いコンクリートでできた出っ張っている部分を進む。


途中には遠洋をカメラで撮る人や物思いに耽る人、

自撮り棒で自分達と景色を写す女子達など様々な人達とすれ違った。



「ここが行き止まりかな?」


消波ブロックを見下ろしてみると、


「見て愛美!カニと・・・ひぃ!?ゴキブリがいっぱいいる!!」


冬華が驚き鳥肌を立てるのも無理はない。

灰色の石肌には無数のフナ虫と小さいカニが蠢いているのだ。


「ここの海さ、透き通ってて綺麗だよね」


アタシはその反応もお構いなしに身を乗り出し覗き込む。

さらにその下の海底には、いくつかの小魚が悠々自適に回遊していた。



「ふぅ・・・」


一呼吸入れる為その場に座り込むが、冬華は躊躇っているようだった。


「大丈夫、フナ虫はここまで来ないって」


とはいえアタシも得意なワケではない。



「よっこいしょ」


なんとも少女らしくない声を出しながらようやく座るが、


「あっつ!?」


余りにも熱かったらしく、思わずこちらへと寄りかかってくる冬華。


「おっと、大丈夫?」


「うん、びっくりしちゃった・・・」


そして幾分か落ち着きを取り戻した後、二人で黄昏てみる。



「その、こないだの夏祭りは心配かけてごめんね」


先日の件について、改めて謝罪をする。まだちゃんと言えていなかったから。


「ううん、愛美はよく頑張ったと思うよ、偉い偉い」


そう励まされながら頭を撫でられると、なんだか無性に甘えたくなってしまう。


「告白した人のこと、まだ忘れられない?」


「ううん、もう大丈夫。アタシとは考え方も住む世界も違うんだなって」

「世の中はそんなに甘くないんだなって教えてくれた!」


強がりの空元気で心配性の少女の顔を曇らせないよう努力してみるが、


「いやーでもねー、万に一つでも可能性があると思っちゃったんだけど」

「やっぱしさ、改めて現実突きつけられちゃうと・・・ね?」


少しでも気を緩めると涙が出てしまいそうになるのを耐える。


「・・・仕方ないよ」


「でもそう考えると冬華も春斗のこと好きだけどさ」

「アタシとのキスも、悪くないって思ってたでしょ?」


「えっ!?いやいやワタシはハル君一筋だって!!」


「ホントかな~?冬華って案外素質あると思うんだよね~」


「やめてよぉー」


やはりこの子はからかいがいがある。


多分うぶで世間知らずだったから、異性も違和感なく受け入れられたのだろう。

それは人間の一生にとって究極的な、恋愛の謳歌の仕方だとアタシは考えている。


『好きな人を愛し、ヤりたい人間とは肌を重ね合わせる』


淫奔的であると糾弾されそうだが、なにもアダムとイブがこの世の全てではない。


結局のところ人のサガは理性によって制御されている。


見掛け倒しの薄っぺらいハリボテで偽らなくたって、

お互いキモチよくなれるのがイチバンいいでしょう?



「ねぇ冬華」


隣に寄り添う女友達、親友の肩に腕を回す。



「前に言ってたこと、覚えてる?」



耳元にゆっくりと囁きかけ、甘い吐息を吹きかけてあげると、


「ッッッ!」


彼女は軽く身震いをした後、息がだんだんと荒くなっていくのが分かる。


「やめて、愛美」


受け入れないように言葉では止められるが、体は嫌がってないように見える。


「ごめん、悪いと思ってるんだよ」

「でもね、アタシが今も冬華のこと可愛いって思ってるのはホントなんだ」


大丈夫。この先端の部分で二人仲良く背を向けていたら、他の誰も気づかない。


「別にどこか触ろうだとか、そんなエッチなこと考えてないよ」


「ただちょっとだけさ、冬華の体温、温もりを感じたいだけなんだ」


ギンギンに太陽が照りつけてくる。イケナイことだとしてもやめたくない。



「・・・ほんと少しだけだからね?」


「うん、分かってるよ」


首筋から漂う日焼け止めの匂いが堪らなく香しい。


(あー落ち着くなぁ―――・・・)


海のざわめきと隣にはこんなに可愛い子がいれば、他に欲しいモノなんてない。



アタシは束の間の美味しい幸福に舌鼓を打った。





「史夏は―――いつこっちへ帰って来られるか分からないの」

「それでも私は、彼女と繋がりを持ち続けていたいし」

「彼女もあの日のことをなかったことにして、私とよりを戻したいって」

「そう、言ってきたわ」

「もちろん私と冴姫が付き合っているのも知っている」

「でも冴姫が納得できる話ではないというのも分かる」



いい加減うんざりだ、どうしてこの人は人の気持ちを慮れず、

自分の理想を主体にし、叶う願望だと信じているのだろうか?



「わたしとこれから付き合っていくのは、紗耶香にとって罰ゲームなの?」


「わたしはただ貴女の隣を歩いて、楽しい毎日を共有できて笑って話せて」


「それだけでよかったのに、わたしを捨てたくて史夏さんのことを話すの?」


「そういうわけじゃ―――!」


「わたしの気持ち、ちゃんと考えて話してるんだよね?」


(もう彼女の心はわたしの傍にはなくて、取返しもつかないんだろうなぁ)



人は理不尽に直面すると全てを投げ出したくなり、考えるのをやめてしまう。



「もういいですよ、貴女のお望み通り、『恋人ごっこ』もやめちゃいましょう」


「結局これから付き合い続けたとしても」

「わたしは貴女にとっての都合の良いキープでしかない」

「そんなのわたしが望んだ未来なんかじゃない、耐えることなんてできない」


「ならいっそ、もう貴女の顔なんて見ないで、忘れて別の道を歩みたい」


「冴姫」


「もうその名前で呼ばないでください」


「今日この瞬間から、わたしと貴女は赤の他人」


「そっちの方がお互い気も楽になるじゃないですか」



彼女はゆらりと立ち上がると、元の場所に戻るよう私の横を過ぎようとする。


「さようなら、わたしの初めての恋人さん」


「そうやっていつまでも人を馬鹿にしながら何も学ぼうとせず生きてください」


「―――出会ったあの頃のように」



水面を蹴る音がやけに耳に残る、距離がどんどん遠ざかっていくから―――。



「「待ってちょうだい!!」」



声を荒げ、立ち去る彼女をとりあえずは引き止めた。



(私は馬鹿だ)


自分のことを棚に上げ、彼女に甘え、楽な関係を維持してたんだ。


(人は変わる)


最初こそ私の全てを受け入れると言ったが、ずっとなワケがない。


(冴姫は本気で私を愛し、信頼してくれてたのに)


悉く全てを打ち壊してきていた。


積み重ねていた互いの時間、全てをだ。


(冴姫を失望させるなんて、私だって嫌に決まってるじゃない!)


一番の良き理解者だからこそ、もう二度と関われないなんて、絶対に嫌だ。



「・・・私が全部悪いの。許してくれなんて言わない、だから―――」



だからどうして欲しいのだ?



次に出る言葉と行動が伴っているのか?また二言目には史夏のこと?




「だから―――」




怖い。




この後の私の口から出る一言で、彼女との友情は朽ち果ててしまう。


そう思ったからまた私は、責任に圧し潰されないように判断を委ねた。



「冴姫の―――アナタが私に望むこと、言ってちょうだい」



「こんな私をまだ信じていてくれるなら、私もその気持ちに応えたい!」



「『恋愛ごっこ』だなんてもう言わせないように頑張るから!!」



「史夏なんて関係ないわ!!それ以上に!」



「アナタと絶交だなんて・・・考えたくもないの・・・」



溢れる涙はとめどなく、ぽたぽたと雫を落とし、海と混ざりあっていく。





(無理なんですよ、これ以上は)


冴姫だって絶交したいとは考えてもないし、あっさりと袂を分かちたくもない。


(でも、紗耶香の心が史夏さんにある以上、わたしは踏み込めない)


(ですがせっかくお付き合いできたのに簡単に手放すなんてしたくない)



「分かりました。そこまで言うのなら」



踵を返し彼女の方へ振り向くと、


(うっ)


こんな瞬間でさえ、紗耶香は綺麗だ。


水面に弱々しくへたり込む彼女が湿り気と陽光の陰りも相まって、

まさに水も滴るいい女という表現以外が見つからない。


消え入りそうな涙に濡れた美形の顔にそっと手をかける。



「せめて、彼女に再び会う決心がつくまで、わたしの気が済むまで別れない」



「それならばわたしも今日までのことは不問にしたいし許します」



「たとえ紗耶香さんにその気がなくても」



「わたしは―――友達以上恋人未満の気持ちであったとしても諦めたくない」



「・・・冴姫は、本当に優しいのね」


提示された条件がいかに生易しいものなのか両者理解していた。



やけに冷え切った手の感触を確かめ、少しづつ熱をもっていくのを感じとる。


「冴姫がいいのならこれからも・・・」



(わたしってホント甘々ですよね、激アマですよ)


でもこの人の魅せる笑顔の前では、どんなことも許したくなる。



「はい!しょうがないから仲直りしてあげます!」



濁流は一時的に堰き止められ、再び清流の水路に戻り始める。


どこまでも清らかで純粋な無色透明に澄み切って―――。





「テトラポットの上に乗ってると危ないわよ」


夕暮れ、独特の空気に砂浜の人々は身体を寝転ばせ、どこもかしこも静かで、

アタシは一人で先程のコンクリートの長通路、その一番端にいた。



「・・・紗耶香姉」


地平線の彼方にゆっくりと身を隠していく太陽を眺めていると、声がかかる。


「聞いたわ、冴姫に史夏と私が会ったのバラしたんですってね」


わざわざそれを問い詰めにここまで足を運んでくれたのか。


「うん、そうだよ。だって冴姫さん可哀想だったんだもん」


「そうだとしても、知らないことの方が幸せなこともあるんじゃない?」


「紗耶香姉はさ」

「ホントは史夏が浮気してて、それを知らされないのって嬉しい?」


むむと言葉が詰まる反応を見せるが、


「彼女に限って、それはあり得ないと思う。そう信じたいわ」


「冴姫さんもそう思ってたんじゃないかな?」


(この子はまぁ私の痛いところをよく突いてくるわね)


「ごめん、紗耶香姉のことになるとさ、ついイジワルしたくなっちゃうんだよね」

「アタシなりの接し方だからそんな気にしないでよ」


昔はもっと素直で可愛い妹みたいな子供だったのに、


「?」


夕焼けに照らされる愛美はどことなく垢ぬけていて、


「アナタ最近、大人っぽくなったわね」


不安定な足場に立つ幼馴染の傍に寄る。



「・・・よっと」


勢いよく私の元へ飛び込んでくる愛美。


「とっと」


そのままの勢いで私の眼前にまで向かってきて、顔を見上げられる。


「ん?」


こうしてみるとまだあどけなさというか、幼さが残り年相応にかわいく見える。


「髪も伸びて・・・背も多少は伸びたんじゃない?」


「成長期だからでしょ?中々紗耶香姉には追い付けないと思うけど」



「ねぇ、冴姫さんとは仲直りできた?破局した?」


「言い方。・・・おかげさまで、彼女のご温情に助けられたわ」


「でも史夏との関係も捨てきれないんでしょ?」


「まぁそれは、いつか解決するわよ」


「うわ~最低最悪ですな~、冴姫さんも苦労しそうだね~」


「余計なお世話よ!私達二人はそんなこと分かってて、付き合ってるんだもん」


拗ねた子供みたいな不貞腐れた態度をとる紗耶香。


「まぁアタシはなんだかんだで紗耶香姉と史夏のこと応援してるよ」


「あらそうなの?てっきり私達の仲を引き裂こうとしているものとばかり」


「相変わらず憎まれ口を叩くのが上手いなぁ」


なんて言ったかと思うと、私に抱きついてくる。



「ちょっと、こんなところでやめてよ。他の人に見られるかも」


嫌がる素振りをみせても愛美はやめようとしない、そういう子だから。


「冴姫に見られたらまた怒らせちゃうでしょ?」


無言で胸元に顔を埋める彼女、甘えん坊ここに極まれり。



鼻の部分が丁度素肌の部分に当たり、鼻息がくすぐったい。

伸びた髪の毛先がサラサラと水着の水気を吸水し、湿っていく。


「・・・・・・」


その間も愛美は何も言わず、ずっと静かだった。



「・・・」


私も夏の魔力に当てられ、向日葵のような頭に鼻を置いてみる。


(―――いい匂い)


活発な少女特有のフェロモンは温かさに満ちていて、

まるで犬と触れ合っているような、そんな時間を思い出させた。


「―――ちょっと」


なんて油断してたら、大きい子犬の手は私の胸に手を置いている。


「なに?」


悪びれもせず柔らかな感触を確かめる愛美、こういうところは抜け目ない。


「・・・はぁ、まあ今日だけだからね」


ついつい許してしまうのはここがそういう場所だからだろうか?





「そろそろ帰りますよ~」


冴姫の号令に「はーい」と答え、身支度をすませていく少女達。


「今度はおっきいプールいこうよ!」


更衣室で着替えている冬華に今後のサマーライフを提案してみる。


「うん!そうだね!」


よかった。水泳の練習の成果もあってか、不自由なく海水浴を楽しめたようだ。



「冴姫先輩、紗耶香先輩にぎゃふん!と言わせられましたか?」


「えっ!?」


小声で耳打ちしてくる彩にビックリしてしまう。


「彩、あんまり冴姫を困らせちゃだめだよ」


その横で聞き耳を立てていたのか、秋が助け舟を出してくれた。


「はいはーい。冴姫先輩、後でこっそり教えてくださいね?」


どうしても聞きたいらしい、まあ知られて困ることではないが、


「・・・」


チラリと紗耶香の方を見てみる。


(・・・一件落着。と言えたんでしょうかね・・・)


結局問題は保留、先延ばしというカタチになり、相変わらず灰色で止まってる。


妥協という選択肢が変わる日が来るのか、冴姫はもう考えないようにした。





「ってことがあってさ、春斗も来ればよかったのに」


夕飯前―――。


辺りがすっかり暗くなり始めた頃アタシと冬華は帰り道を一緒に歩いていた。


『行きたかったけどさ、流石に男俺だけっていうのはな~』


「じゃあ次は三人で行こうね」


隣に歩く冬華も会話に参加してくる。


『だな!気をつけて帰れよ』


「ありがとう、また連絡する!」



「・・・なんかね、ワタシ今寂しい気持ち」


ヒグラシの鳴き声、生温い空気、子供たちの声と駆ける音、自転車のブレーキ

前にも紗耶香と歩いてた時、不思議な気持ちになった。


「それはきっとさ、夏がそうさせてるんだよ」


今日一日でまた一層小麦色になった愛美が、目を瞑り肌で感じている。


「「・・・・・・」」


微かに聞こえる風鈴の音が涼しげに耳に流れてくる。



「海、また行こうね」


初めての体験だったらしいが、どうやら気に入った様子の冬華に、


「だね」


と約束を取り付けるアタシ。


(史夏、もう向こうかな)


空にうっすらと見える飛行機雲の軌跡に想い偲ばせ、明日を迎える。





「今日が最終日かぁ」


日めくりカレンダーは31日と表記されており、

同時に少年少女たちの嘆きの一日として深く憎まれているだろう。



「・・・やることなーんにも、ないんだよなぁ」


冬華のおかげで宿題はすべて終えているし、夏も遊び尽くし、満喫できた。


郊外の大型プールも行けたし違う海も満喫できたし近所で肝試しもやれたし、

紗耶香の誕生日だってお祝いできた。


「・・・」


史夏ともぼちぼち連絡はとれているが、最近は特に話すこともない。


あれから誰かとそういうこともしていないし、そんな欲も薄れてきている。


ボフッ


ベッドに突っ伏してはみるが時刻は正午、

二度寝するにはもったいないし外はこんなにもいい天気なのだ。


明日学校に持っていくノートや教科書を纏めて、面倒事にならないよう準備する。



(泳ぎにでもいこうかな)


誰か誘おうか逡巡するが、今日ぐらいは皆ゆっくりしたいだろう、

一応水着だけはカバンに詰めてあてもなく出かけることにした。





「なにやってんの?」


玄関先には見慣れた見たくない人物にバッタリ出くわしてしまう、

その人が呼び鈴を鳴らそうか迷っている瞬間に。



「愛美ちゃん・・・ええと、康君いるかなって!」


相変わらず清楚系を貫く鬼畜少女は恥じらいを見せつつも、

想い人である兄の所在をアタシに確かめてきた。


「さぁ、ウチにはいないね」


嘘である。


居間でそうめんを啜りながら昼のドラマを見てる兄をさっき見かけた。


「そっかぁ、康君家にいるって言ってたのになぁ」


残念そうにスマホに目を落とす空。

今連絡されたらアタシの嘘がバレてしまうが、もうどーでもいい。

だってただからかいたかった、イジワルしたかっただけなのだから。



「じゃあアタシ行くから」


落ち込む少女の横を通り過ぎようとするが、


「待って!」


と引き止められる。



「・・・なに?」


「もしよかったら、私と遊んでくれないかな?」


なんの用があってアタシなんだ。

大体兄に用事があってきたんだろうとツッコミを入れたくなるが、


「―――いいよ、別に」


とまんざらでもないアタシは失恋の相手と今日一日遊ぶことにした。





「それじゃあまた学校で・・・え?今から?」


遅れた分を取り返す様に自習していた私はなんとなく話す相手が欲しく、

ほぼ毎日顔を合わせている彼女に電話をかけていた。


(明日学校で会うのに。まあいいけども)


そんなことで昼下がり、私達は近くのカフェで会う約束をしたわけだが、


「なんで朔夜アナタもいるのよ」


待ち合わせ場所には冴姫以外にも、昔馴染みの先輩の姿があった。



「いいじゃないの、昨日は誕生日おめでとう」


会うなり紙袋を渡される。


「誕生日プレゼント。家に帰ってから空けなさい?」


いつも通りツンとした態度で接してくるが、以前よりも大人びたように感じる。


「どうもありがとう、それじゃあさようなら」


なんて邪険にあしらおうとすると朔夜がぷんすか小言を言い始める。


「まぁまぁ、久々に会ったんだし仲良くしましょうよ」


冴姫に仲裁される私と朔夜。



「冴姫は史夏に会ったの?」


席に着き一段落したところで、朔夜は冴姫に訊ねる。


「いえ、どこかの誰かがイジワルしたせいで会えませんでした」


先生に友人の悪行を密告するような、そんな調子で嫌味たらしく私の方を

見てくる冴姫。こればっかりはどうしようもない。


「まあそんなことだろうと思いましたわ」


予想は的中したらしく、


「それで、これからどうするんですの?」


と私達にこれからの未来予想図を訊ねてきた。



「それは散々冴姫と話したわよ」


手元のアイスコーヒーに刺さるマドラーを指のお腹で器用に回し、

注いだミルクとムラなく混ぜ合わせる。


「隠し事はしてたけど、私だって冴姫のことは好きだし」

「そんな簡単に別れようとも思ってないわ」


眉根を細め、どんどん沈んでいく氷にあの日を回顧させる。


「あの時の私は、かなり舞い上がってて先走ってた」

「史夏との絆をどう繫ぎ止め、復活させようか」

「冴姫をないがしろに扱うように話も進んでた」


話していくうちに情けなくなっていく、

私は本質的には、あの頃と同じでなんにも変わっていないんだなと。


「―――反省はしてるわよ」


「そう・・・冴姫は―――どうかしら?」


朔夜は冴姫の方に向き直り、彼女の根底を覗き見定めようとする。


「わたしは、紗耶香のことは好きだよ」

「紗耶香がわたしのことを好きで、大切にしてくれてるのも知ってる」

「でもそれ以上に史夏さんに対してもっと特別に想い入れ込んでるのも」

「二人の間柄にわたしが障害でしかないのも理解わかってる」


彼女は自嘲気味に自身を貶すような発言をしているが、

私はそこまでは思っていないし、そんな風に思わせたのは私なのだと、

改めて後悔しかない。



「形式に囚われすぎて、自分を卑下しすぎですわよ」


コーヒーカップに口をつけ冷静に私達の心情を探り、分析している朔夜。


「前にも言ったかもしれませんが、まだ貴女達は高校生じゃありませんか」

「時を重ねて、進学して大学生になれば」

「また違う風に視点を変えることが出来る筈よ」



「それでも―――わたしにとっては今が一番大事なんです!」



その口ぶりはなにか、時間がないようにも思える。


「そうねぇ、でも理解わかっているならこそ」


「これ以上進展がないことを踏まえて、このまま延長線上を歩めばいいじゃない」


「その上でどちらかが、或いはどちらも納得できないのならば」


「その時はそれ相応の決断をすればいいと思うわ」



「けど一つ、第三者として言わせてもらうわね?」


「貴女達って、自分達が思っている以上にお似合いだと思うわ」


「だからそんなに暗い雰囲気にならなくていい、落ち込まなくていい」


「もう少し肩の力を抜いて気楽に恋愛を楽しみなさい」



「・・・・・・」


お互い顔を見合わすと、なんだか可笑しくて笑い合ってしまった。


確かにこのところはやれ親愛だ友愛だ恋愛感情だ友情だなどの、

極端な物差しで自分達の心情を図ろうとして、決断をいていた気がする。



「冴姫」



「なに?」


優しく微笑みかけてくれる彼女に、スッと頭に浮かんだプランを伝える。



「久々にデートしましょうか。二人っきりで」



彼女はにこりと頷き、



「奇遇だね、わたしも同じこと考えてた」



と喜ばしい返事を返してくれた。



(そう、貴女達はそのままが一番いい)


冴姫からすれば不服かもしれないが、今はこの距離感が一番楽なように思える。



しかしこの時は朔夜も誰も、彼女さきの心の奥に抱える爆弾を知らずにいた。





「ごめんね!遊ぶっていったのに私の用事に付き合わせちゃって」


冬華達と遊んだ区民プールにアタシと空は来ていた。



「いやいいよ、アタシも一応水泳部だしさ」


彼女が兄に会いに来ていた理由の一つがこれ、


「ありがとう!恥ずかしいんだけど、あんまり泳ぎが得意じゃなくて・・・」


学校指定のスクール水着を窮屈そうに着こなし苦笑いする空に、


「大丈夫、どうせだったら泳げるようになるまで付き合うよ」


と暇を埋めるための時間つぶしに付き合ってあげる。


(ウィンウィンな話なんだし、あの日のことは置いておこう)


そう、これは単なる利害の一致で起こされた気まぐれであって、

恋をしていた先輩とのドキドキマンツーマンレッスンだなんて思わない。



思わないようにしてるのだが―――。



「じゃあ次は、アタシの手をとって泳いでみようか」


「うん!」


相手にその気はないし、練習に必要な所作なのだ。



なのにどうして悔しいことに胸の奥が弾んでしまう。



「・・・・・・」


バシャバシャと大きな水しぶきを立てて前進しようとする空を

うまく誘導し、バランスを掴ませてあげる。


プハッと顔をあげてゴーグルを外した表情はなんだか嬉しそうで、


「私今泳げてたよね?!」


と自身が成し遂げられたことに欣喜雀躍していた。



「すごいよ、ちゃんとできてた」


あまり感情は出さないように努めているが、


「愛美ちゃんのおかげだね!」


そんな風に褒められると自然と口角が緩んでしまうし、

悪くはないかなとこちらの鼻も高くなってしまうのは子供っぽいかな?



「ねぇ愛美ちゃん」


プールサイドのざらざらとした床の上に寝転がり、

紅く染まり始める空を見上げる愛美と空。


お互い一息をつき休んでいたところに、

空が愛美のことについて聞きだそうとしている。



「愛美ちゃんはさ、女の子が好きなの?」



あの日の出来事を蒸し返すようで悪い気もするが、

その疑問が夏休み中ほんのりと熱を帯び続け、空の頭の片隅に燻っていた。



「・・・・・・・・・」



やや長い沈黙の後に、



「そうだよ」



と一言、答えてくれる。



「それは・・・なんで?昔からだったの?」


他人のセクシャリティーにずけずけ容赦なく踏み込む空気の読めなさは、

空元来の性格でもあったがそれ以上に疑問が勝っていたので躊躇なく聞けた。


「・・・多分そう。昔から、物心ついた時からかな?男は嫌いだった」


「家の中を自分と違う生き物がうろついているようで」

「例え血を分けた家族だとしても、行動の一つ一つが耐えられないくらいに」

「アタシに不快感と嫌悪感を持たせてくれてたって覚えてる」


そう聞いて空は悲しくなった。


「愛美ちゃんは、康君のことが嫌い?」


「・・・・・・」


「康君は愛美ちゃんが思ってるような人じゃなくて、素敵な人だよ?」



(それは空ちゃんが兄貴のことを好きだからなんだよ。騙されてるんだよ)


愛美は兄を肉欲にまみれた下劣で下品なクリーチャーのように感じていた。


家の中ではデリカシーのない父も同罪である。


厳粛に振舞い外面はよく見せているが、時折見せるだらしない側面に

愛美はいちいち苛立ちを隠せず、その度に奥歯を噛み締め行き場のない怒りで

拳を握りしめ、異性を嫌悪していた。


校内に巣食う男子達もやれ女子達の猥談で盛り上がり許しがたかった。


そしてそんな話に耳を傾けていると時々賛同してしまいそうになる

自分にも腹が立って、消え入りたくなってしまう瞬間があった。



「なんで愛美ちゃんは『そう』なんだろうね」



何気ない一言がやはり愛美の自己アイデンティティーを否定してくる。



(・・・なんでアタシ、そこまで敵視してるんだろう)



空の彼方で聞こえる環境音に深く心を溶かしながら、

普段考えようともしなかった彼女の性的趣向の根源について思索を試みる。



さざめきの中でこれまでの人生を顧みてみると―――。



一つの答えが浮かび上がってきた。





(あぁ、アタシ女の子なのに、男に似てるんだろうなぁ)



性別も体も女性だが、心はそうじゃなかった。



あれら全ての嫌悪感の正体は男性嫌いからくるものじゃなくて、


『自分も男だったら同じ様に変わりない』


という自己嫌悪を必死に否定するために抵抗していただけなのかもしれない。



その証拠が兄の康だ。


彼の行動や仕草にいちいち不快感を示していたのは、

まるで鏡のように映し出された自身の本性を暴かれたと脳が拒絶を起こし、

必死に『アタシは、アタシだけは違うんだと』命令を下していたんだろう。



女を好きなのもそのせいなのか?


いや、よくよく考えてみれば男をよく観察したこともないし、

触れようともしなかった、ただの先入観と生理的な理由で。


考えは自分と同じなのだから手に取るようにわかるが、

所詮は勝手に妄想して決めつけ断定しているだけだった。



(・・・・・・)



アタシが男を好きになる?ありえない。なれる?分からない。



同性に欲情し一目惚れはすれども、異性に感情を揺り動かされたことはない。


そうなる前に避けていたから、繋がりをもとうともしなかったから。



(もし・・・、ちょっとアタシが変わったら・・・)


チラッと横にいる『普通』の存在を見てみる。


(アタシも・・・こんなに苦労しないで、恋することができるのかな)


女を好きでいることを諦めないしやめることもしないが、

男をこれ以上嫌わないで歩み寄ってみるのも一つの手か。


(そしたらこの寂しさをきっと、埋めてくれるのかもしれないね)


思うだけなら簡単だが、実際にそれが実現する日は来るのか?



「空ちゃん」


「んー?」


「アタシ、今でも空ちゃんのことは忘れられてないよ」


「あの日あんなこと言われたから嫌いにはなったけどさ」


「・・・そっか」


「でもね、空ちゃんのおかげでいろんなことに気づかされた」


上体を起こし、人生の先輩に頭を下げる。


「ありがとう、アタシもこれから、ホントの恋ってやつ探してみるね」


少女の目は不安はあれども、迷いはないように感じ澄んでいた。


「―――よかった」





空はイマイチ愛美の変化に敏感に気づくことはなかったが、

自分が彼女に微力ながら助けになれたことを嬉しく感じるのであった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ