第35話 夏の日の淡い恋幕
「・・・・・・」
史夏との至福のひとときを過ごした私は温もりのあるベッドの上で一人、
なにも考えずに友達に追加された彼女のアカウントを眺めていた。
(なんて送ろう)
家を出てまだ間もないのに、もう声を聴きたくなってしまう。
どうしようかなぁと物思い耽ていると、
(・・・冴姫)
電話がかかってきた、嫌な予感がする。
もしかしたら史夏と会っているところを目撃されていたのでは?
そうだとしたらことの顛末を、自分の本心を伝えなければならない。
数コール間をおいてから、私は決心を決めた。
『―――もしもし?冴姫?』
よかった、でてくれた。
「うん、わたしだよ」
いつもと変わらない彼女の声が、わたしの耳に安心を与えてくれる。
「今日はその・・・なにしてたのかなって?勉強捗ってる?」
しまった。この言い方だと変に悟られてしまうのではないか?
仮に今日二人が会っていたのだとしても、直接の確証はなく仮説だけだ、
ないとは思いたいが紗耶香がわたしに嘘などつくことがあれば・・・。
『えっと』
「・・・」
信じたくないが、この反応はクロなのか?
体中の血の気が引いていき、スマホがどんどんと重くなっていく。
『・・・・・・』
脳に酸素がちゃんと行き渡っているのか心配になるくらいクラクラしてきた。
『今日は一日―――勉強してたわ』
「そうだったんだ」
「ねぇ紗耶香」
『・・・なに?』
「嘘―――ついてないよね」
『それは・・・どう意味かしら?』
「ごめん、深い意味はないよ」
『ならよかったわ、お互いあまり根を詰めないよう気をつけましょう』
「うん・・・」
『今月はまだ大事なイベントが残ってるんだから』
「・・・近々またさ、一緒に勉強して、予定立てようね」
『ええ、そうしましょう』
「じゃあまた、声聞けてよかった」
『私もよ、冴姫。それじゃあお休みなさい』
「お休み」
通話はわたしから切った。
『今日のデート、うまくいった?』
帰り道、あの頃の感覚に酔いしれていると愛美からメッセージが送られてきた。
「うん。大成功だったよ」
返事を送るとすぐに既読がつき、そこから彼女とのやりとりを楽しむ。
『そっか、後は冴姫さんをどう説得するかだね』
そう、一番の懸念材料は紗耶香の今カノである冴姫。
これをどうやって円満に解決させるかが問題となってくる。
(できることなら、冴姫さんとの関係も崩さずにアタシとも付き合って欲しい)
なんて空想してみたことはあるが、いざ現実と向き合ってしまうと絶対無理だ。
女は嫉妬深い。
決して友情では解決できない不安定な深い亀裂が毒のように広がり始め、
最悪絶交なんてこともありえてしまうかもしれない。
特に紗耶香も私もその辺りの考え方がまだ甘い。
旧来の性格があんな感じだったし、冴姫さんは純粋で真面目な人だ。
彼女に別れを告げるとなると、とても苦しい思いをさせてしまうかもしれない。
(いや、もう散々苦しい思いはしてるでしょうよ)
この想像が現実にならぬことを願う史夏なのであった。
「もう、朝か」
備え付けの目覚ましの柔らかな音色に起こされ、枕元のスマホを覗く。
「7時・・・。も少し寝てたいけど、準備しなきゃなぁ」
旅行用のキャリーバッグはもうぎゅうぎゅうで、必死に荷造りをする。
「これは、こっちでいいかな」
紗耶香から受け取った日記帳は機内で読めるように手荷物に移すが、
「あ」
忘れ物がないか確認する内に大事なものを失くしているのに気が付いた。
『おはよー、朝早くにごめんね!』
「いいえ、連絡してきてくれて嬉しいわ」
「もう私が恋しくなった?」
『それもあるんだけどさ、ネックレス、忘れちゃったかも』
寝ぼけ眼を擦り、机の上や棚の辺りを見渡すと、
「・・・あったわ」
史夏と私の大事な絆がそこにはあった。
『今から取りに行ってもいい?』
「もちろん。というか私がそっちまで持っていくわよ」
『いいの!?』
「ええ、帰る前に少しお茶でもしましょう」
『いいね!えっと、場所はねぇ―――』
陽が正午を指す前、わたしは彼女の家の前にいた。
(突然なんの連絡もなしに訪れたのは、厚かましかったかな)
だが確かめられずにはいられなかった。
「・・・」
脳内に想いを巡らせ、インターホンを鳴らす。
シン...
誰も、出てこない。
(寝てるのかな、それとも出掛けてる?)
こんな朝に?コンビニかスーパーにでも行ったのであろうか?
(いえ、もしかしたら居留守を使われているのかも)
ないとは思いつつもドアに耳をあて、向うの気配を探ってみる。
(・・・いない、紗耶香のお母様もお仕事なのかな)
心細い中スマホのトーク画面を開き「起きてる?」と打ち込んでみる。
(・・・)
それを消す。
昨日から何度も行った気持ちの整理がつかない作業。
(帰ろう)
結局なんの成果も得られないまま帰路に就くことにした。
「あれ、冴姫先輩?」
重い頭をあげると、こんな日差しと気温にもかかわらず元気に走る彩がいた。
「彩・・・さん」
申し訳ないのだが、この精神状態で彼女がわたしの目の前に現れるというのは、
心にくるものがある。
「こんにちは、ジョギング中ですか?」
無視するわけにもいかないので一応は返事をするが、
「はい!冴姫先輩は・・・紗耶香先輩と用事が?」
まあ聞かれてしまうだろうな。
「ええ、ですが今は留守みたいだったようで・・・」
川沿いの桜の木の影で暗くなるように、わたしの心情も陰りを帯びていく。
みんみんと鳴くセミの大合唱も、この時ばかりは耳を塞いでしまいたい。
「ありゃ、それはそれは」
わたし達の事情に勘づいたのか、はたまた会話を楽しみたいのか、
彩は木陰のベンチに腰を下ろし、隣どうぞと目で合図を送ってくる。
「紗耶香先輩と喧嘩でもしたんですか?」
「って、お二人がそんな風になるの想像できませんけど」
「今更蒸し返すようで申し訳ないんですけど、好奇心から聞かせていただきます」
「彩さんは、紗耶香と史夏さんが付き合っているのを知りながら手を出した時」
「どういう気持ちだったんですか?」
「・・・・・・」
聞いてしまった。
彩は怒るわけでもなく少し寂しそうな顔をした後に、当時のことを語ってくれた。
「あの時の私は、そりゃもう必死でしたよ」
「相手のこと、紗耶香先輩も史夏ちゃんのことも考えず無我夢中に奔ってました」
「だって、好きな人のことだったんですもん。頭の中いっぱいいっぱいでね」
「確かに誰かから見たら間違ってるって思われるようなダメなことをしてました」
「でもね、冴姫先輩」
「そういうのを自分で許して、実行させてしまう程に恋心というものは」
「抑制できないほど熱狂的で、甘美な体験だったんです」
真剣な眼差しが、ただの酔狂や享楽の類でないことを物語っている。
「なんて、綺麗ごと言ってますけど要するに嫉妬してただけなんですよね~」
「後悔はしてませんよ」
「結果的には紗耶香先輩と仲直りも出来たわけですし」
「苦い経験だけじゃなかったわけですしね!」
辛いことの方が多かっただろう。当時の彼女の激情、愛憎、知る由もない。
「・・・ありがとうございます、気分を悪くさせたのなら謝ります」
「ぜんぜん!こうしてあの日の話、冴姫先輩にするの初めてでしたよね」
「わたしは負の感情を余り露にしないように生きてきました」
「それにエネルギーを使って誰かが不快になるのなら、ひた隠していこうと」
「でも今は・・・すごく悲しい気持ちと、抑えがたい嫉妬の炎が収まりません」
「本当は持っちゃいけない、わたし如きに許される筈もない心境だとしても」
「どうすればいいんでしょうか?」
「振り上げたこの疑心の手は、誰に向けて叩きつければいいんでしょうか?」
珍しく深刻そうに悩む冴姫に、彩は自身がそうであったからこその助言をする。
「冴姫先輩の悩みは、どうすれば晴れますか?」
「・・・・・・」
「難しいですよね、こういうのって」
「冴姫先輩が今思い悩んでいること、なんとなく想像がつきます」
「これからも紗耶香先輩を好きであり続けるために、良好な関係を築けるか」
「本人と一度きちんと向き合って話すのが一番なんじゃないんでしょうか?」
「その時こう言ってやればいいんですよ!」
「あんまり私をナメないでちょうだいねって!」
「・・・っ、ふふふ」
一瞬惚けたように目を丸くした後、遅れて笑いを堪えようと必死に口を隠す冴姫。
しかしそれは叶わなかったようで、
「あははははっ!それ!紗耶香に言ってやりたいかも!」
またまた珍しい場面立ち会ってしまった。
「確かにわたし、彼女に優しすぎたかもしれません」
目尻の涙を指で掬いながら、持っていたハンカチで水気を拭きとる。
「いつも彼女の心の隅に潜む存在を、仕方ないからって見逃してきました」
「でももう、そうしたくない」
なにか吹っ切れたように、彩の手を掴みありがとうを伝える冴姫。
「わたし、もうちょっとだけ頑張って、シロクロハッキリつけようと思います!」
「それならよかったです!事情はよく分かりませんが、応援してますよ!」
女同士の友情はかくも美しく、とこしえに続くものだと信じている。
願わくばこの少女が想い人を振り向かせられるように。
「史夏、待たせたわね」
緩やかに時間が過ぎていく店内、待ち人は目を輝かせる。
「わざわざありがとうね」
「いいえ、はいこれ。もう忘れちゃ駄目よ」
「ありがと!・・・昨日はさ、あの後冴姫さんに連絡とかした?」
「・・・電話はきたのだけれど、まだ伝えられずにいるわ」
「そうだよね、こっちが勝手に話進めちゃってるワケだし」
「・・・多分暫くはアタシ、こっちに戻って来られないからさ」
「冴姫さんと紗耶香には満足がいくカタチで関係を続けてほしいと思う」
「って、これはアタシの個人的な意見だから!!」
「細かい裁量とかは二人に全部任せます!」
「・・・随分とまぁ都合のいい話にしようとしてるわね」
「だってこういうのってさ、ホントに初めてだから」
「どうすればいいか分かんないんだよ」
「・・・私もよ」
「冴姫はね、本当にいい子。大好きよ、ずっと一緒にいられる」
「最初にアナタとの関係を相談したのもあの子」
「恋愛に対して思い悩んでいた私にいつもアドバイスをくれた人」
「だから彼女から告白された時も『この人なら』って思えた」
「でもね、やっぱりアナタを前にしてしまうと、気持ちが揺らいでしまう」
「どうしよもない心のざわめきに、イライラと焦燥感を覚える」
「このむず痒さを解消したいし、よりよい日常は続けていきたい」
「・・・本当、私って我儘で自分勝手で最低で、どうしようもない人よね」
「それはアタシもだよ・・・」
「月並みな言葉しか贈れないけど、高校生活最後の生活も、大学受験も」
「人間関係も、頑張ってね!応援してる!」
「ありがとう。それよりもあっちの話、もっと聞かせてよ」
「そうだね―――・・・」
束の間の時間、こうして他愛もない話に花を咲かせられるのが幸福なんだろう。
それから二人は時間いっぱいまで、お互いについてを話し込んだ。
「それじゃあ行ってくるね」
大勢の人が行き交う改札前、史夏は紗耶香に別れを告げる。
「ええ、あっ、その前に―――」
不意に隣に立たれ、スマホのインカメでツーショットを撮られた。
「あっ!」
準備も何もしていない、まっさらな表情、驚いたような緊張したような顔の私、
「後で送るわね」
年に似つかわしくない悪戯っぽい少女のような仕草に、やれやれと呆れてしまう。
(ホントさ~、そういうところがズルいんだよね~)
別れの『挨拶』をすませたいところだが、公衆の面前なので自重することに。
「じゃあ最後は」
なんて考えてたら紗耶香の方からハグをねだられた。
「―――ん」
(今日で、ちゃんと会えるのが最後なんだ)
そう思うと目頭に熱いものが込み上げてくるが、そんな弱い所見せたくない。
(多分紗耶香も、必死に我慢してると思うから)
「―――もう時間だ」
しっかりと彼女の顔を見据え、ハリのある頬に口づけをする。続きはまたいつか。
「・・・またね」
私なりの別れの挨拶をすませ、後ろも振り返らずに改札を通る。
「全部が上手くいったら!!」
振り絞るような叫びが、背中にピシッと届き、歩みを止めさせた。
「絶対会いに行くから!」
駄目だ、やっぱりこういう湿っぽい別れになると思ってたのに、
「―――アタシも!いつでも待ってる!また来られるように頑張るから!」
涙でぼやける視界の前に、鮮明にクッキリと紗耶香の姿が浮かんでいる。
「だから!心配しないでね!」
それだけ言うと、また前を向いて足を進める。
(・・・紗耶香に会えて、ホントによかった)
また明日からは異国の地で一人、毎日を過ごさなければならない、
でももう寂しさなんてどこかにふき飛んで行ってしまったようだ。
(だってアタシ達はさ)
そう、この先は言わずもがな、彼女もきっと同じ想いを抱いてるはず。
少女たちの終わりなき旅はこれからも続いてゆく、
しかしこの恋路の終点は決して悲恋ではなく、幸せな結末で終わるだろう。
そのためにやるべきことはたくさんあるのだ、
(私も、頑張るから)
そして少女は一つの決意を胸に仕舞った。
「海って、どんなところなんだろうね」
隣に座る少女は生硬な面持ちで私に尋ねてきた。
「そりゃまぁ、思ったよりも楽しいところよ」
「ワタシ、初めてだからちょっと緊張してるんだ」
「ふふ、大丈夫よ。アナタが思っているような不安なことはなにもないわ」
揺れるバスが去年と同じ様に私達を最高の場所へと誘ってくれている。
「去年が懐かしいね」
窮屈そうに通路に立つ冴姫が、微笑みかけてくれる。
「そうね、今年もまた皆と来れるなんて、夢みたい」
「よかった、じゃあ今日はいっぱい遊ぼうね」
胸躍らせる時間が、心音の高まりとともに最高潮に達すると、
「そろそろじゃない?」
キラキラ光る水平線は、もう目前だ。
「秋さんって、やっぱりカッコいいですよね」
日に焼けた姿でビーチバレーを楽しむ女子達を見て、愛美は彩の隣に座る。
「そうだね~、これでも最近は女の子っぽくさせようとしてるんだけど」
パラソルの下で自分の願いが中々届いてないことに苦笑する彩。
別に彼女はありのままでいいと思うのだが、彩はもう少し女子らしい
振る舞いを秋に望んでいるようだった。
「ねぇ、さっきは聞けなかったんだけどさ」
彩は気になっていたことを愛美に訊いてみた。
「夏祭り―――どうなったの?」
そう、あの日あの時あの場所でラブストーリーがどう進んだのか、
彩も秋も知らずにいた。
「んまぁ、メチャクチャにフラれましたよ」
あっけらかんと答えてくれた愛美。
本当にもうどうでもよさそうな雰囲気を醸し出している。
「実はですね、あの後ちょっとだけお二人のこと、恨んだんです」
愛美は笑いながら続けてくれる。
「あんな辛いことになるなんて思ってなかったから」
「それは・・・、ごめん、無責任だったよね」
「いえいえ!アタシが勝手に逆恨みしただけなんです!」
「誰かに怒りをぶつけないとやってられなかったですからね~」
「それくらい空ちゃんは―――あの告白は思い出したくない経験になりました」
「でも今はもうなにも思ってないし、寧ろ感謝してますよ!」
「あの時二人がアタシの背中を押してくれなかったら」
「なにも変わってなかったと思いますから」
「だからホントに、ありがとうございました」
面と向かって言われるとなんだか恥ずかしくなる。
「また困ったことがあったら相談、乗ってくださいね?」
「うん!もちろんだよ!」
彼女は私の了承を確認した後立ち上がり、
「アタシ達も。行きましょう!」
と手を差し伸べてくれた。
日差しはまだまだ、どんどんと高くなっていく。
「紗耶香、ちょっと向こう行かない?」
お昼ごはんをすませた後は皆思い思いに遊び、休みながら過ごしていた。
私も波打ち際でボーっとしていると、背後から冴姫に散歩しないかと誘われる。
「わぁ」
海沿いの神社の向こう側は岩肌が多く波も荒い。
遊泳は出来ないものとばかり思っていたが、
「ここ気持ちいいでしょ?」
冴姫に手を引かれ案内されたのは、
「ええ、足首が冷たくていい気持ち」
水深がとても浅く、透き通るような透明さを保つ穴場であった。
「地元の人に聞いたんだ」
成程、これは確かにオススメできる場所である。
「ホント素敵な場所ね、風も通って心地いいわ」
その場に腰を下ろしても、全然深くない平な地面が続いていて、不思議な気分だ。
「ねぇ冴姫」
向かい合って座り、水底に揺蕩うヤドカリを手に乗せて眺めている少女に、
私は普段話さないようなお互いの胸の内に秘めた本音を聞き出そうとする。
「冴姫は私のこと、どう思ってる?」
漠然とした質問、どう答えられようが覚悟はしているつもりだ。
「・・・」
投げかけられた疑問に彼女は率直に、こう言った。
「わたし、紗耶香と離れるなんて考えてないよ」
やはりそうなるだろうな。
「こないだ聞いたこと、今度はちゃんと答えてほしい」
「あの日―――史夏さんと会ってたの?」
直球で聞いてきた。なにか確証なりがあって訊いてきてるだろうから、
もう隠すことも偽ることもできないが、
「史夏?どうして今その話になるの?」
と無駄な悪あがきをしてみる。
「もう嘘はやめて欲しいな」
「なにか知ってて、私に聞いてきてるわけ?」
私が質問を質問で返す度に、冴姫の表情はこの晴天とは真逆に
どんどんと曇り落ち込んでゆく。
(あぁ、これ以上はもう耐えられないわ)
泣きそうになる彼女の表情なんて、本当は見たくなかったし、
傷つけないよう言葉を選ぶつもりだった。
しかしここまできたらもうどの事実も彼女を傷つける刃にしかなりえない。
「紗耶香はさ、わたしとどうなりたいの?別れたい?史夏さんの為に?」
嗚咽交じりのか細い嘆き声が、私の根本に深く訴えかけ、
引き上げようと釣り針みたく突き刺さってくる。
「―――ごめんなさい、全部、知ってるのね」
もう包み隠さず言ってしまおう、正直に。
冴姫は無言で深く頷いた。
「私が史夏と会ったこと、誰かから聞いたの?」
「―――愛美さんから」
裏切られたとは思わないが、隠していて欲しかった。
遅かれ早かれ明るみになることだとしても。
「そう、なら話は早いわね」
私は水面に反射する陽光の煌めきと、静かに寄せては打ち返す波のざわめきに
手を浸して、どこまでも広がる青空を見上げながら冴姫に答える。
「あの日、私はアナタに嘘をついた。史夏とデートをして、彼女と―――」
これ以上はもういいだろう。
「・・・駄目と分かっていたわ、最初は当然史夏を拒んだ」
「アナタという存在が今の私を支えてくれていたから、裏切れないと思案して」
「でもね、彼女とまた話して、そんな深慮は打ち砕かれてしまったわ」
「どうにもまだ忘れられなくて彼女・・史夏を求め欲したの」
「だから、アナタには謝っても謝りきれないし、どうとでも蔑んでちょうだい」
「心に素直に従った結果が、浮気という行動に繋がってしまったから」
「あまつさえ冴姫に嘘までついてしまって、本当に言葉もない」
御託をたらたらと並べていくが、彼女は顔を伏せたまま反応を示さない。
(こんな言い訳、素直に聞いてもらえるわけないのに)
理解して欲しい。身勝手な私も嘘つきな私も。
何分ほど沈黙が続いただろうか。
周囲の環境音や人々の喧騒がイヤに遠くに聞こえる。
「どうして・・・わたしにも会わせてくれなかったの?」
冴姫の返答は意外なものだった。
「そんなこと知ってたよ、知ってて紗耶香と付き合いたいって言ったでしょ」
「ならせめて、隠すようなことはして欲しくなかった」
「二人で会いたいっていうのもわかるよ?」
「でもわたしも、三人で遊びたかった、わたしは貴女達二人からしたら」
「蚊帳の外の人間なの?」
「いつかこんな日が来るって分かってて覚悟はしてたんだ」
「でもわたしも!紗耶香が好きで紗耶香の大切な人であるのなら!」
「仲間外れに―――しないで欲しかったな」
至極まっとうな論理だ、なにも言い返せないし、口答えできない。
「・・・冴姫の、言う通りよ」
「アナタに知られたら嫌な顔されるかも、会わないでって言われるかもって」
「そんなことを勝手に思い込んで、二人で話を進めてた」
「わたし、それでも絶対に別れようなんて言わない」
「二人の関係も本心も理解ってるけど、わたしだって貴女が好き」
「例え貴女がわたしを好きじゃなくても、恋心なんて枯れ果てていても」
「そんな簡単に、別れることなんてしたくないよ」
暗雲は未だに晴れず、二人の間にぐるぐると渦巻いている。
「あれ、紗耶香と冴姫さん、どこいったんだろー」
小さな体系に似合わない魅力的な水着を着た冬華が、
二人がこの場にいないのを不思議そうに思っている。
「二人はまぁ、その内帰ってくるでしょう」
なんとなく事情を察しているアタシは、心配しないようにと冬華に告げる。
(大方、昨日一昨日の話してるんだろうなぁ)
「と・こ・ろ・で~」
羽織っていたビーチ用の藍色のパーカーを、冬華に着させてみた。
「おお、いいね、似合ってる似合ってる」
こういうのは露出を少なくさせた方が、とても想像力を掻き立てられヤラシイ。
特にこの海は若い女性や割と派手めなビーチウェアの人も多いが、
「やっぱり冬華が一番かわいいと思うよ」
彼女の両肩にそっと手を置いて、恥ずかしいセリフを言ってしまう。
「そんな!変なこと言わないでよ!」
耳まで真っ赤にしているが、まんざらでもなく嬉しそうにしている冬華。
「ホントだってば!後で春斗に写真おくとっこー」
制止されるのもお構いなしにシャッターをきりつづける。
「いやー若いっていいね」
波打ち際ではしゃぐ二人を見て、彩はポロリとそんなことを呟やいた。
「なにいってるのさ、僕達もまだまだ若いだろ?」
前年よりも大人しめの水着に身を包んだ秋、最近のファッションは
彩セレクトの物が多く、着させられる本人も悪い気はしていない。
「そりゃまあそうなんだけどさ」
ぷかぷかと浮く大きなわっかの浮き輪に体を預け流されていると、
心までふよふよと和らいで考え方もどんどんと先に進んでいく。
「秋はさ、大学に行っても、私と付き合っててくれる?」
開放的な雰囲気が、普段聞けないことを楽に聞けるよう後押ししてくれている。
「んー、僕は彩が飽きるまで、隣にいるつもりだよ?」
「なにそれ?」
秋らしい答えに自然と笑顔になるし、そんな風に考えてもらえているのは嬉しい。
「それじゃあ暫くは大丈夫そうだね」
なんの運命か、狙ってた人と結ばれることはかったけど、
こうして大切な人と気の向くままずっといられるのは幸せなことなんだろう。
「あーあ、なんだかもうちょっと沖に行きたいな~」
そういうと秋が私を浮き輪に乗せて、
「それじゃあ、行けるところまで行ってみようか」
「―――うん!」
今日はもう少し、遠くまで行ってみよう。




