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恋をしたいと願うなら  作者: 佐伯春
佐藤愛美の物語
33/42

第33話 世界中の誰よりきっとアナタが好き

「あっ、夜分遅くにすみません、冴姫さん」



自宅近くのベンチに座り、アタシは鳳凰院冴姫に電話を掛けていた。


『いえいえ、なにかありましたか?』


「・・・正直に話してほしいんですけど、紗耶香姉のことどう思ってます?」


『?、それはどういう』


「急すぎましたね、申し訳ない」


「いやぁね、紗耶香姉って好きな人、いたんですよね?」

「その人を未だに忘れられずにいるのかなって」


『―――どこで聞かれたんですか?その話?』


「実はさっきまである人に会ってまして、その人から」


『そうですか・・・。その人とはどこまでお話を?わたしの知りうる人ですか?』


「今度教えますよ。それより聞きたいんですが」



「紗耶香姉が別れた理由、アタシ詳しく知りたいんです」



「ダメですかね?」


『・・・今ご自宅ですか?』


「外ですよ」


『そうですか、差し支えなければお会いしてお話してもよろしいでしょうか?』

『もしかしたら愛美さんの・・・いえ、それはまた後で』


「いいですよもちろん、それじゃあ場所は―――」





「曇りかぁ、ツイてないなぁ」



11時30分、待ち合わせ時間よりも前に駅前に到着していた史夏は

どんよりとした空模様を恨んでいた。


「・・・今日は紗耶香と、いっぱいお話するんだ」


服装はいつもと変わらず露出が高めな気もするが、

ネイルも髪の毛も化粧も全てを磨いてきた。



「随分と早い時間からいるわね、そんなに楽しみにしてたの?」


柱の死角から現れたのは大好きで会いたくて堪らなかった元彼女、

イタズラっぽい皮肉交じりの発言が実に紗耶香らしくて、嬉しくなってしまう。


「遅いよ!遅刻遅刻!」


「あらごめんなさい、それじゃあもうお開きにでもする?」


こういったやりとりがなんだか懐かしく感じてしまい、



「あれ―――」



無意識に零れ落ちていた一粒の雫が頬を伝いくすぐったくしてきた。



「もう、本当に―――泣き虫なんだから」



ハンカチを差し出してくれた紗耶香も涙を流していた。


なにもかも、あの時の景色も話したことも体温の温もりも、微細な仕草も、



改めて彼女と対面したことによって記憶の淵から這い上がってきたようだ。



それはどうやらあちらも同じだったようで―――。



「っうぅ・・・紗耶香ーーー!!!」



人目も憚らないで郷愁に目一杯抱き着いて、離さない。


「ちょっと!こんなところでやめてよ!」


「うぅぅぅん!ぐすっ」


流石に恥ずかしいと思ったのか彼女に振り解かれ、顔を拭う。


「さて、感動の再会もすんだところで、どうしましょうか?」


「天気もあんまし良くないし、屋内で遊べる場所?」


「なら土台場でも行ってみる?」


「うん、そうしよっか!」



「髪の毛・・・前よりも大人しくなったのね」


隣に座る彼女が気づいてくれた。


「うん、まあイメチェンというかなんというかさ」

「こっちだとこんな赤毛ダメだろうけど、あっちでは気にされないんだ」


まるであの頃の思い出を置いてきたような身体的成長に、

紗耶香はちょっぴりだけ寂しくなってしまう。


「それとアナタ―――少し太った?」


「う”っ”」


気付かれたくない乙女のデリケートな部分をサクッと言える女。

彼女はそういう人だった。


「うんまぁそう・・・だね、ちょっとだけだよ?」


「ちゃんと健康的な生活できてるの?」


「・・・はい」



「でもこうして―――」



「史夏の隣にいられると嬉しくなっちゃう」



「―――アタシもだよ」



さりげなく彼女の手を握ってみようとするも、


「駄目よ」


と断られてしまった。



「愛美とはどこまで話したの?」


揺れる電車の中、喧騒に紛らわせるように聞かれたくないことを聞いてきた。


「普通にみんなの近況とかだよ、意外と共通の友達知ってたし」

「あとは・・・」



「私が愛美にしたこと?」


「・・・そうだね、それは聞かせてもらった」



「正直信じたくなかったし、嘘をついてるのかもって思ったけど」


「昨日の紗耶香とのやりとりで確信したよ」


「ねぇ、ホントに愛美に酷いことしたの?」


「それもアタシ達との思い出のある場所で」



「そうね、全部嘘偽りない事実よ」


「それくらい私にとってあの時期は、悲痛で無秩序な時間だった」


「愛美には本当に申し訳なく思ってるけど―――」


「―――やっぱり、元はといえばアタシの所為なんだもんね」


「・・・そうかもね」


会話が途切れてしまった。





「だいぶ天気よくなってきた~」


「そうね、ジメジメしてるけれど」


「やっぱり日本の夏は暑いなって、改めて思うよ」


「ねぇ、史夏が住んでいるところって」


「んー?夏もけっこー涼しいよ!」


違う。聞きたかったのはそういうことじゃない。



「さて、まずはあそこいってから―――」


リードしてくれる史夏の背中に思いを馳せてしまう。



(もうどこにも行かないでよ)



その一言がどれだけ言えぬ一言か。





「誕生日はどうするの?」


人混みの多いショッピングモールを散策しながら雑談をする二人。


「あら?何の話?」


きょとんとした顔で不思議そうに尋ねてくる紗耶香。


「えっ?紗耶香の誕生日だけど・・・」


「私の?記憶喪失なのによく覚えてたこと」


「ちょっと!?からかわないでよ!それめっちゃ恥ずかしかったんだから!」


去年の三文芝居を思い出させてみる。


「あんな下手糞な演技でよくも私を騙そうとしたものね」


「ごめんてば・・・ホント、よくないことだっていつも反省してたよ」


「本当かしら?」


「ホントだってば!!」


この会話のテンポもノリも、なにもかもがあの時のままで変わっていない。



「今年も去年と同じでみんなに祝ってもらえれば嬉しいわ」

「史夏はどうするの?」


「アタシは―――・・・決めてないや」


「寂しい人ね」


「そうだよね、寂しいよね」


「はぁ、そんな顔しないでよ。なにか欲しいものある?」


「えっ、いいの?」


「良いも悪いもないでしょう?せっかく一緒にいるんだから」


「実はアタシも紗耶香にプレゼントしたいもの探してたんだ!」


「それは・・・そうだったのね、じゃあ探しましょうか」



それから二人は色々なお店に入ってお互いが気に入りそうなものを探した。



「そういえば去年渡したセーター、着てくれてるかな?」


「ええ、もちろん。アナタは?捨てたりしてない?」


「そんなことする訳ないじゃん!!・・・大事にしてるってば」


「じゃあ今年は破けないように、ワンサイズ上の洋服でも贈ろうかしら?」


「ひっどーい!!」


笑い合える時間というのはなによりも尊いものだが、かくて残酷にも過ぎゆく。



「史夏、おまたせ」


結局二人はお互いに知られぬようにそれとなく欲しいものを聞き出して、

別行動で買い物をしていた。


「お腹空いたし、どこかで休憩しましょうか」


「そうだね」



「いい景色ね、天気も晴れてよかった」


賑わうフードコートは落ち着けないので、少し足を延ばして屋外にある

公園に隣接されたカフェに訪れた二人。


テラス席もちょうど空いていたのでここにすることにした。



「・・・冴姫さんとはさ、ぶっちゃけどうなの?」



こういった込み入った事情は聞くべきではないのであろうが、気にはなる。



「どうもこうも、順調だと思うわ」


メニュー表に目を落とす紗耶香は何の問題もないように答えるが、


「実はさ、紗耶香と会う前に偶々、朔夜さんと会ったんだ」


「そう、なにか話した?」


「・・・紗耶香がまだアタシのことをずっと気にしてるって」


「・・・」


「そのせいで冴姫さんが苦しい・・・思いをしてるってことも」


「あの子は―――!・・・そんなことないわよ。元気にしてるから」


「でも・・・、これからもアタシのことを気にかけて冴姫さんと付き合うの?」

「冴姫さんと紗耶香の間になにがあって付き合い始めたかは分からない」

「でもそんな気持ちを好きな人に持たれて付き合うのは―――」

「アタシだったら・・・イヤだなぁ」



その瞬間、須藤紗耶香の中の鬱憤が爆発した。



「史夏が・・・そうしろって言ったんでしょ―――!?」



「あっ」


瞬時に自分の愚かな発言を把握した。



「アンタが私のことなんか忘れて!嫌いになってくれって!」



「別の誰かを好きになって幸せになってくれって!」



「そう書いてあったから私は!その通りにしたのよ!?頑張ったのよ!?」



「なのに愚かだった!初恋なんて簡単に忘れも嫌いにもなれなくて!!」



「アタシを好いてくれる人間をコケにして!あまつさえ傷つけて!!」



「今も自分を好きな彼女を本心から愛せているのか不安になりながら恋してる!」



「簡単に嫌いになれだとか忘れろとか言わないでよ!」


「簡単に戻ってきて私の心をグチャグチャに掻き乱して帰らないでよ!!」



また怒らせてしまった、性懲りもなく。



「ごめんなさい」



昨日から謝ってばかりだ。こんなことで紗耶香の気持ちが晴れるわけないのに。





「そろそろ帰ろうかしら」


味気のしない食事をした後、店を出た紗耶香がそんなことを言ってきた。


「そうだね」


「そうだねって・・・」


不貞腐れて思ってもいないことが口に出て、溜息をつかせてしまう。


(やっぱダメじゃんか、アタシは)


自分の不甲斐なさにイライラするし、落胆するがもうどうしよもないのだ。




(―――違うだろ冴島史夏)




(想いは―――秘めたままじゃ伝わんない―――!!)




「紗耶香はさ、アタシと冴姫さんなら・・・どっちがいい?」


振られた面倒臭そうな質問に少し考えてからこう答える。



「そんなの史夏に決まってるじゃないの」



「ッ―――」



そう一言、心の裏側の本音を漏らして立ち去ろうとしたが、




「待って!!」




この機を逃すべきではない。




「アタシも!絶対に紗耶香がいいの―――!!」




「やめてよ、もうそれ以上からかうのは」


「違う!冗談でも嘘でもないの、分かってるでしょ、私達!?」


「だ・か・ら!そんなこといわれてもどうすればいいのよ?!」



「冴姫さんと・・・別れて」


「アタシともう一度―――付き合ってください!!」



少女の慟哭が激しく鮮明に、私の芯の氷塊を打ち砕こうとしている。





「本気で言ってるの?」


そんなむしのいい話にすら、須藤紗耶香の心情は揺れ動いてしまう。



(冴姫のことは確かに―――好きだと思う)


しかしそれは『友愛』や『親愛』の延長線上だと薄々気が付いていた。



(告白された時は本当に嬉しくて、こんな私を受け入れてくれて)


(涙を流すくらいに楽しい日々を過ごして、傷心の痕を癒してくれた)


(冴姫といる時は落ち着けるし安心できる。信頼できる人なんだって)


(一緒に勉強してる時もデートしてる時も)



しかし―――。



恋人という関係になって初めて視えて、抱いてきた一つの答え。


『鳳凰院冴姫は親密な関係の友人』


悲しい話だが、これ以上の感情を持ち合わせることが出来なくなり始めた。



(目の前のこの子は違う)



今日だって久々のデートで胸が高鳴って鳴り止まかったし眠れなかった、

誕生日プレゼントだってどんなものを買ってくれたのか気になる。


私の為に気を遣って、悩んで傷ついて、不器用にもほどがある選択をして、


そんな彼女が好きで愛おしくてたまらなくて、


だからまた離れるのが怖くて拒絶して、意固地になってしまう。



「アタシと別れて新しい生活を始めることが紗耶香の幸せだと思ってたんだ」


「勝手にアタシの中でさ、あんな置手紙まで残して」


「アタシもあんなことがあって、これ以上紗耶香を傷つけたくないって」


「それで柄にもなくマジメに悩みぬいて、別れる決心をつけた」




「全部が・・・間違いだった」




「もっと素直になれれば・・・伝えるべきだったんだよね」




冴島史夏アタシには、須藤紗耶香アナタしかいないから」




「また離れ離れになったとしても心は―――ずっと繋がってたいです」




弱々しく不安そうに差し伸べられた手に、どういう答えを出すべきなのか。




(なんでそう自分ばっかりの都合なのよ―――!!)




できることならすぐにでもその手を引き寄せたいが、



「冴姫にはなんて言えばいいの?」



今の彼女が納得するとは思えない・・・。



「電話して。アタシが全部話すよ」



「またそうやって、私はアナタと付き合うなんて言ってないわよ?」



「ん――そうだね、まだちゃんと答えを聞いてないよね」



(そんな顔しないでよ!私だってもうこんなくだらない問答やめにしたいのよ!)


だが素直にはいと言えないのが乙女心の恋模様。



「なら最後までしっかりと私を満足させてちょうだい?いい答えが聞けるように」



「!!、うんっ!」





「観覧車、あるね」


海沿いを散歩した後私達は辺りを散策していた。


「なに?乗りたいの?」


「ん」


「後でね」


大きな円形の憩いの場所を通り過ぎて、隣接するレジャー施設に足を踏み入れる。



「うひゃ~、すごい数のUFOキャッチャー」


誰に向けたものなのか無数のアーケードゲーム機が並んでいる広場。


「こういうお菓子の景品って、取る方が安いのかしらね?」


業務用とパッケージに書かれた巨大なお菓子、子供は目を丸くするだろう。


「どうだろうね、試しに取れるかやってみますか!」


財布を取り出そうとする史夏を止める。


「駄目よそんな無駄遣い、だったらこれやりたいわ」


私が指さした方を見て、彼女は「いいね」と不敵な笑みを浮かべた。



「それじゃあ負けた方が罰ゲーム?」


台に小銭を入れて腕まくりをする二人、その姿勢は真剣そのものだ。



「いいわよ、勝った方が一つお願いできるのはどう?」



「なんでも?」



「ええ、なんでも」



俄然やる気が満ちる。



「中々やるわね」


「そっちこそ」


この日のために練習していたんじゃないか?と思わせる程史夏は強かった。


私も負けじと喰らいつくが、点差はどんどん開いてゆき・・・。



「やったー!アタシの勝ち―!」



満面の笑みと勝利宣言と共に、私の敗北が決定付けられる。


「はぁ、残念」


汗ばんだ地肌を手でパタパタと扇いで冷やしていると、史夏が考え込む。


「なにをそんなに悩んでるのよ」


「・・・どうしようかなって」


「さっきも言ったでしょ?なんでもいいって」



「じゃあさ、今日一日、アタシの言うことなんでも聞いてよ」



「はい?」



ランプの魔神に三つ以上お願いをする時に使われる古典的な手法、


つまりズルだ。



「アナタねぇ、そういうのは」


「ダメ!さっきなんでもって言ったから!」



必死なのか指をツンと突きつけられた、

その顔は邪な気持ちで溢れている気もしなくもない。


「―――まぁいいわよ、今日だけだからね?」


つくづく自分も甘いなあと思ってしまうが、こんなこと史夏以外にはさせない。

彼女の願いだったら本当になんでも叶えてあげたい。


「じゃあ最初のお願いは―――」


まるで子供がお菓子売り場に母親を急かす様に手を引っ張られて連れてかれたのは



「プリクラ??」



無言で頷く史夏。


ほらやっぱり。彼女のお願いはかわいいから許せてしまう。


「今日日プリクラなんて、アナタも好きよね」


「だからいいんでしょ!ちゃんとカタチとして残したいの!」


「はいはい」


(そういえば史夏と撮るのは初めてかも)


手慣れた様子で機械を操作する史夏、私は髪の毛を軽く整える。



「じゃあどうしよっか」


「史夏に任せるわ」


「そしたらまずは腕組んで・・・笑って!」


なすがままにされる私。



パシャリ、パシャリ、パシャリ。


いよいよ最後となってしまった。



「じゃあラストは―――」


言われずともなんとなく予想はつくものだ。



「こっち向いて」


「え―――」



肩に軽く手を乗せて、しっかりと目に灼きつけるよう向き合う。



「ちょっと待ってよ!」



「なんで?これがご所望だったんでしょ?」



「ちがっ」



言い終える口を塞ぐように、



「んっ」



甘い口づけを届けてあげる。



パシャリ。



『隣の部屋に移動してね』



機械がそんなことを言っているがお構いも無しに続ける。



(冴姫、ごめんね)



軽い気持ちで踏み出してみたものの、私の方に歯止めが効いていない。


肌の重ね合わせだけでは飽き足らず粘膜の交わりも期待してみたが、



「それはダメだよッ!」



と突っぱねられてしまった。



「っ、ごめんなさい、私ったら」


「嬉しいけどさ、人目もあるし、ここじゃヤダな・・・」



甘えたような視線と言葉遣いにドギマギしちゃう。


(久々に史夏を・・・確かめられた)


あの時となんら変わっていない、私だけの唇。



「なにかこっか」


「そうねぇ」


落ち着きを取り戻した私は隣の部屋でプリクラに写す絵文字などを

デコレーションしていた。


「・・・記念日デートとか」


「なんのよ」


「えー?久しぶりの再会記念?」


「なんかそれ、おもしろいわね」


何気ない二人の素顔を込めて出来上がったプリクラのシールを見たら、

胸に熱いものが生まれだす。



「・・・大切にするね」


「私も」



やっぱり、こうしてみると自分の本当の気持ちに気付かされる。




(アナタをずっと好きでいたい)





「すっかり暗くなっちゃった」


イルミネーションされた観覧車を横目に、史夏が寂しそうに呟く。


「しかもすごい行列だし・・・」


仕方がない、この時期は何処もそうなのであろう。



「どうする?」



「・・・ウチくれば?」



帰りの電車ではなにも喋れなかった。


でもそっと重ねられた手を私は拒まなかった。





「おじゃましまーす」


昨日も思ったが、人の家の匂いというのは独特で、なんとなくザワつく。

でもこの落ち着かない感じは嫌いじゃなくて、寧ろ好きだ。



「はい、冷たい緑茶」


「ありがとう」


懐かしい部屋。


でもあの時と違うというのが肌で感じ取れる。



「ペンダント・・・」



棚の上にかけられた思い出の逸品。


今日つけてこなかったのにはなにか理由があったのだろうか?



「大切にしてるから」


隣に腰掛ける紗耶香が愛おしそうに眺める。


「最悪なことが起きて、アレを捨てる羽目になるのは御免だった」


「でもならなくてよかったわね」


「そう思ってくれてるなら、よかったよ」



「―――なんにもよくないわよ」



「?、どうし」


言い終わる前に、先刻のような状況に陥る。



「むうっ!?」



待ちわびていたかのように求められる。


「!?、ちょっと?!」


逃れようとするが、彼女の力強い腕力を振り解けない。





だがしかし、



「今すぐやめて!お願いだから!」



拒絶ともとれる怒声に身を引く。


「いきなり激しすぎたかしら?」


「違うよ。全然違うよ」



改まった様子で私の首に腕を回し、耳元で囁き始める史夏。


「やっぱさ、よく考えたらこれって浮気で、冴姫さんに失礼だよね」


飛び出る正論。ぐうの音も出ない。


「だからその、冴姫さんとちゃんとこれからのことを決めてさ」


「それからまたアタシと恋人になって、キスしたいなって思う」


この子は意外と義理堅いというか、真面目な所がある。


「そんなの、今日明日で決められることじゃないわ」


史夏は明日にも日本を発つのだ、私達には時間がない。


「それは・・・そうなんだけど」


あれだけ啖呵を切っていたのにここにきて二の足を踏むのか、

きっと彼女の中では善悪がぐるぐると蠢いているのだろうな。



対する私は自分の中で冴姫という存在が希薄になるのが理解わかってしまう。



いや、よくよく考えてみれば最初からそうだったのかもしれない。


冴姫には悪いが、私にとっては友達以上恋人未満のありふれた誰か。


史夏を前にしたらそう思ってしまう程に、最高の親友は親友止まりなのだ。



壊れた天秤が別の天秤を巻き込むように、どう堕とそうか模索する。



(冴姫をないがしろにするわけじゃないけど)



「史夏がどうしたいのか、教えてよ」


その言葉をキッカケとし彼女の手を引き寄せて、



「私は我慢するくらいなら今ここで死ぬわ」


(やっぱりなによりもアナタが一番だから)



直近の私生活でのストレスや様々な要因がパンパンに膨れ上がって、

紗耶香の思考も理性もはちきれる寸前だった。



「でもアタシは」


(どうして急にしおらしくなってるのよ?)


「大丈夫だから、冴姫はアナタが日本にいることを知らないでしょ?」

「なら今日のことも、愛美しか知らない。ならただのアヤマチですませればいい」


「今までの人生、お互い散々酷いことをしてきたじゃない?今更なにを迷うの?」



「私は、須藤紗耶香は冴島史夏を愛してるのよ。世界中の誰よりも」



「もう誰にも邪魔なんてさせたくないし、ここで立ち止まりたくもない」



力強い眼差しと確信がある物言いに史夏の上皿も傾いていく。


「そう・・・なのかな」


「そうよ」


史夏の両鎖骨の真ん中を、たおやかに指で押してあげると、


「あっ―――」


羽のように軽くベッドに倒れ込む史夏。


目を逸らしながらも、身体はしっかりと受け入れる準備を整えているのだろう。


ゆっくりとしなやかに体を運ばせて、彼女の上に覆いかぶさる。


肩にかかっていた長髪がハープの弦を優しく弾くハーピストのように、

ゆるゆりと滑らかに史夏の体にかかっていく。


そのまま腕を、足を、肢体を下ろして両腕両膝立ち状態になり、

浅く呼吸をし僅かに震えを帯びている求めていたフミカに寄り添おうとする。



「もうこれ以上、私のやることになにか言わないで」


「それが今アナタにできる、最大級の贖罪」



そう言い終えると彼女もまた昔のように、両頬を優しく包み込んできてくれて、





静かに目を瞑ったのが、私達の合図になった。





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