第28話 もう恋なんてしたくない
「さて、どこいこっか」
突然の来訪者についてホテル側に説明をした後、繁華街に赴く二人。
「場所的には中真黒にも近いし、この辺りで食べるんでいいでしょ?」
「ふみさんにお任せしますよ」
「そしたら行きたいところあるからそこでもいいかな?!」
「どうぞどうぞ」
初対面の印象とは対照的に、年相応の素顔を振りまいてくれるふみ。
そういえば彼女はいくつくらいなのであろうか?
「ここって・・・」
弾むような足取りで彼女に案内されたのは居酒屋やレストランではなく、
「どうかな?アタシが住んでる国にはないからさ」
大手牛タンチェーンの『たけし』だった。
「アタシまだ入ったことないです」
気にはなっていたが中々足を延ばす機会もなく、期待に胸躍る。
「それはよかった!じゃあ早速入ろっか!」
案内されたテーブル席でまずは差し出された麦茶を飲み干す。
(こんなに麦茶が体に染み渡っていくなんて)
カラカラの喉と乾ききった全身を潤すように更にもう一杯。
「聞きたいことは山々あるんですが・・・」
先に注文を済ませ、本題に入る。
「まずふみさん、失礼ですがおいくつなんですか?」
「なんであんな朝早くにあの場所にいたんですか?」
「別れた理由聞いたりしてもいいですか?」
「どこにお住まいなんですか?」
雪崩のように抱いていた疑問をぶつけてみると、
「そうだねぇ、これもなにかの縁だし、順番に話してあげようかな」
どうやら質問に答えてくれるらしい。
「今は高二の17歳で、家庭の事情で海外に住んでるんだ。場所は秘密~」
「夏休み中だからプチ帰省中でね、ホントは来れるかもわからなかったし」
「帰ってくるべきじゃなかったと考えてたんだけど」
「どうしても日本食と日本の空気が恋しくなって来ちゃった」
「あそこにいたのは過去の未練を断ち切れなくて」
「ダメとわかってても」
「一目彼女との思い出を掘り起こしたくて、体が動いてた」
「・・・もう会えないだろうから」
「別れた理由はねー、色々あるんだけど親の海外出張が一番の理由だよ」
感傷に浸りながら打ち明けるさまを見て内心同情する。
「てことは紗耶香さんと別れたのは去年の夏とかですか?」
「そうだね。夏休みが終わってすぐ出発したから、最後の方」
「・・・本気の恋をして、お互い付き合ってたんですか??」
「―――まぁね」
自信満々といった発言と眼差しに若干の優越感が含まれているのを感じ、
ちょっと嫉妬してしまう。
「すごいですね、『あの』須藤紗耶香と付き合ってたなんて」
「アタシは昔馴染みで、再会したのは高校受験直前でしたけど」
「ずっと憧れてたし、あの人が彼女になってくれたらどれだけよかったかって」
「今でも夢見ることはありますよ」
「尤も」
「・・・いや、これはアタシと紗耶香さんの秘密だから言うのやめよ」
「むっ」
お返しといわんばかりに元カノさんに牽制する、なんの勝負なんだか。
そうこう話している内に料理が運ばれてきたので会話は一時中断、
美味しそうな肉料理に心躍らせ、半日ぶりの食事をぺろりと完食した。
「いやー久方ぶりの『たけし』でアタシのお腹は大満足だー!」
食べることに集中しすぎて話をすることもなく、そのまま退店したアタシ達。
因みに料金は全額ふみが負担してくれた。流石先輩。
「それで、もうちょっと話したいしさ」
次に彼女が指さしたのは―――。
「カラオケ・・・ですか」
「とりあえず二時間で!」
フロントで受付を済ませてルームに乗り込むふみ、
まるでテーマパークにきた子供のようにノリノリで歩みを進める。
「いやーカラオケもあるにはあるんだけどやっぱり本場がいいよねー」
黒革の固いL字のソファに座るアタシとふみ、続いてドリンクも運ばれてきた。
「紗耶香さんはどんな人でしたか?」
緑茶を飲むふみに『彼女なり』の須藤紗耶香という人間について訊いてみる。
「・・・不器用な癖に甘えんぼで寂しがり屋で、なのに意図せずモテモテで」
「完璧なのに不完全っていうのかな?不思議な子だった」
「価値観も人間性も性格も信じられないくらい捻くれてたしさ」
「喧嘩も時々したんだけど、感情的になると子供っぽくなって」
「普段のクールな紗耶香からは想像もできないくらい可愛くなって」
「外面と中身のギャップの違いが魅力的で」
「アタシにはもったいないくらいの最高な彼女だったな~」
しみじみとかつて確かに存在した普遍的で不可侵な日常を語ってくれたふみ。
「それでもよく女の子なのに付き合おうと思いましたね」
この女もこっち側なのか、大胆に踏み込む。
「最初はね、付き合う気も好きになる気も、ましてや出会う気も毛頭なかった」
「アイツ、昔はもっと高嶺の花気取って氷の女神なんて呼ばれててさ」
「彼女に好きって言わせたら賞金が出るとか賭け事の対象にされてたんだよね」
「ふみさんはそれ目当てで近づいたんですか?」
そうだったら少し驚きだ。
あの人がむざむざ好きと言いそうにもなく、寧ろ一泡吹かせたいという人だから。
「まあそれもあったんだけどね、皆の噂話で似てるなって思ったの、アタシと」
そうだろうか?
容姿は正反対だし身長も高くはないが低くもない、雰囲気も今風だし、
「もちろん性格的な意味でだよ!てかそれも漠然とだから!真に受けないで!」
「人付き合いを利己的な道具としか扱わないで全部に自信を無くしていたアタシ」
「恋を知らない自分は正しいのか、欠落してないか悩んで模索していた紗耶香」
「初めは平行線に立ってた二人も、いつしか道が交わり始めてた」
「人に無頓着な癖にいっちょ前に彼女を何人も作っててさ、笑っちゃうよね」
「フって、捨てて、泣かして、でも自分はどこ吹く風で」
『嗚呼、また私は恋という感情を理解できなかった、生み出せなかった』
「そんな『彼女にとってのSSDD』にアタシは終止符を打つ事が出来た」
「でもやっぱりアタシと別れた後も、こんな可愛い子泣かせるなんて」
「紗耶香も悪いオンナだねー」
「本当に口に出すのも躊躇われるくらいの行為をいともたやすくしましたからね」
「愛美さんは紗耶香―――、基女の子が好きなの?」
「・・・どうなんでしょうね、そうといえばそうなんですけど」
「願いが実らない樹木に必死に水を与えるのがこんなにも辛いのなら」
「生涯女の子としか付き合わない宣言も撤回しようか考えてたところです」
「もっと聞かせて」
「アタシは・・・、すぐ一目惚れしちゃうんです、女の子に」
「そうやって刹那的に好意を抱いては見定めて距離を縮めて」
「仲良くはすぐなれるんだけどその子の深層までは知ろうとしないし」
「知りたくない」
「怖いんです、もし好きな男子がーとか言われたらついていけないから」
「アナタに好意を抱いて接しているアタシの存在が否定されてしまうから」
「そうやって指咥えて虎視眈々と慎重に物色してたら」
「狙ってた先輩がアタシの兄貴と簡単に付き合っちゃったんですよね」
「ものすっごい屈辱と敗北感を手に入れることができましたよ」
「最近になって兄貴とその子が別れたのを知って」
「昨日ですね、近所の夏祭りで告白したんですよ。何の準備もせず勢いだけで」
「なんて言われたと思います?」
「・・・・・・」
「『キモチワルイ』ですよ」
「百歩譲って断られるとかならしょうがないと覚悟してました」
「彼女にその気がなかったわけですし、色々思う所はあるでしょうし」
「でもまさか理想としていたあの先輩から言われちゃうなんてねぇ・・・」
「それで馬鹿みたいに大泣きして、自分自身の在り方なんて考えちゃって」
「ただアタシは自分の世界で滑稽にも独りよがりな芝居を演じてて」
「先輩や他の人を巻き込んで舞台に無理矢理参加させていただけで」
「それを彼女は教えてくれて、今に至るって感じですかね」
話している内に自分のピエロさに自然と笑みが零れ、
まるで笑い話でもしているかのようなトーンですらすらと話せてしまった。
「だからもう安易に女性に好意の目も向けようとしないですし」
「積極的に深く関わろうとするのはやめようか悩んでるんです」
「もういっそ、男性に舵を切ってもいいかなって」
「―――そんなことを自問自答してたらどーでもよくなっちゃいましたよ」
黙々とアタシの与太話に耳を傾けてくれたふみに感謝の意を表してあげたい。
「アタシもさ、紗耶香と別れた理由の一つに、セクシャリティがあったんだ」
前屈みの姿勢から再びソファーに背を預け、あの日の理由を語る。
「そりゃお互い好きでもさ、これから10年後20年後も付き合えるかっていうと」
「まぁ難しい話だよね」
「確かに紗耶香のことは好きで、一生涯を共にしたいとも願ってたよ」
「でも彼女の人生もあるし、いつ異性を好きになってもおかしくない」
「その時アタシの存在が、重ねた日々が足枷になって欲しくないって思ってさ」
「やっぱり世間体だとか彼女のお母さんの気持ちだとか」
「そういうの考えちゃうと、今から意識しちゃうんだよね、この先のこと」
「だから―――、アタシは彼女の前からなるべく早く消えたんだ」
自分に言い聞かせるように装ってはいるが、
そんな寂しそうに話されたら説得力もへったくれもあったものじゃない。
「それを決めるのはふみさんじゃないでしょ?」
キッパリといわせていただく。
「えっ?」
「アタシの話聞いてましたか?相手にすらされてなかったんですよ意中の人に」
「それなのにアナタはぐちぐち別れた理由を正当化しようとしてて」
「アタシだったら海外に行くとしても遠距離恋愛で関係を繫ぎ止めます」
「現にこうして帰って来れてるわけですから」
「それでしっかり『ただいま』って言えばいいでしょう?」
「未来のことなんて二人で一緒に考えていけばいいのに」
「紗耶香さんの気持ちは無視ですか?一方的なヤリ逃げ?」
「ちょっと!そんな言い方ッ!」
「傍から見れば偽善ですよそれは。エゴイストともいうかもしれません」
「ッ!?」
「紗耶香さんとちゃんと話したうえで決めた事ならしょうがないですが」
「そうやって勝手に都合よく思い込もうとしてるだけなんじゃないんですか?」
「アナタの中だけで」
「ふみさんは恵まれてますよホント、アタシなんかに比べたら全然」
「恵まれてる?アタシが?」
ハァ?と吐き捨てるように強気になるふみ。
「ふみさんが辛い時、慰めてくれた人はいたでしょ?」
「心の扉に鍵を掛けてても合鍵で堂々と入ってきて抱き締めてくれる大切な人が」
「アタシはないんですよ?フラれたことしかない」
「そう考えると二人が愛し合えてたっていうのは」
「奇跡なんじゃないんですかね?」
溜まりに溜まった負の感情と思いの丈をミックスさせてふみに流し込む。
「大分自分勝手に喋りすぎましたね、申し訳ない」
年上に恋愛論を語ってしまったが正しかったのだろうか?
いや、恋愛に正しい形式なんてものはない。
歪なカタチだとしても、受け入れ先があれば成立してしまう。
ふみは何かを深く考えたように目を瞑った後、アタシの隣に席を移す。
(うっ)
隣に座られるとやはり意識はしてしまうものだ。
「・・・歌おっか」
マイクを渡され、機器にササッと曲を入力する。
画面に映された曲名はイマドキの切ないラブソングで、アタシも歌える流行歌。
「アタシ生言ってたよね、ごめん」
「いえそんな、自分も言い過ぎました、ごめんなさい」
「じゃあ一瞬だけ意見交換は休憩!この気持ち歌にぶつけよっか!」
白い歯を見せてウィンクをする姿はさながらアイドルのようだ。
アタシもそれに倣うように作り笑いを振りまいてみた。
「いやー歌ったねぇ」
身体の邪気を発散したかのように清々しい気分でソファーに深く座るふみ。
「まさか洋楽も歌えるなんて、英語得意なんですか?」
「んにゃ、まぁ生きるために喋れないとね~」
「愛美さんは意外というか、昔の邦楽歌うんだね」
「さんはいいですよ、先輩なんですし」
「あそう?なら愛美もそんな畏まらないで、普通にしてよ」
「じゃあ・・・ふみちゃんで」
「うんうん!それでさ、この後どうしよっか?」
スマホの時間を見ると、時刻は9時過ぎ。
既に諦めたのか呆れられたのか、誰からも連絡はなかった。
「帰りたくないなぁー」
思わず本音を漏らす。
傷心のこの身に、現在進行形で続くイベントが魅力的過ぎて、
もう少し彼女の傍に身を置きたいとセンチメンタルになっているようだ。
(それにしても・・・)
真横に寄る彼女の胸元に視線を落とすと、まあ大層なモノをオモチで。
首筋から垂れる発汗から生じた滴り落ちる汗が谷間に吸い込まれて、
モニターの明滅で一瞬煌めいて、その妖艶な光沢に視線が釘付けになる。
ふみはアタシの色目に気が付いたようで、
「どこみてるの?」
とわざとらしい笑み浮かべ前屈みで顔を覗き込んできた。
「いや、別に、ただおっきいなって」
思ったことを素直に口に出すのは治すべき短所だと思う。
ぷいと目線を外そうとするが、
「ここちょっと熱いよね」
とまたわざとらしく胸元をはためかせる動作に本能が反応する。
(イヤイヤ、完全に遊ばれてんじゃん、アタシ)
もう恋なんてしないと歌った手前禁欲生活に身を捧げようとするが、
悲しいかな。
やっぱりアタシは女性特有の仕草や、日常生活における突然のチラリズムに弱い。
(要するに欲を制御出来てないんだよね)
まるで中学生男子のような性欲を持て余している愛美、
その受け入れ口はどこになるというのだろうか?
「アタシもさ」
いつの間にか上に羽織っていたシャツを脱いでタンクトップだけになるふみ。
「紗耶香と別れて向こうに行ってから、学校で友達は出来ても」
「恋に発展するような素敵な出会いはまだないんだよね」
薄暗い室内に光るふみの秋波。
「ふみちゃんは、アタシから見てもモテそうだと思うんだけどなぁ」
実直な感想がふみの耳に届いたようで、
流し目をアタシに向けながら片足を抱えるように手前に寄せる。
なんというか、計算され尽くされた色気の頂点に於ける構図というのだろうか?
明らかに彼女の雰囲気も変わり、まるで武器をしっかりと備えている女性が
男性を堕としにかかる時のようなフェロモンを醸し出し始めている。
垂れ下がった髪がゆらゆらと揺れて、小さな少女が首を傾げるような可愛らしい
そんな仕草を向けられるともう―――。
「・・・ねえ」
どうしたい?と尋ねてくるような目線や呼吸の巧みな技術に感服した。
(あぁ、この人はすごい人なんだなぁ)
男なんて簡単に手玉にとれますよといわんばかりの魔性の片鱗を見せつけられる。
最近の史夏の状態は、小学生や中学生の時に培った生き方に倣われていた。
紗耶香と離れ遠い異国の地で本性が蘇り、自然と振舞われる悲しき産物。
一度は封印しようとした悪癖だったが、最近はこの技術を
生かさず殺さずの絶妙な匙加減で男性にも女性にも用いて生きていた。
冴島史夏は人に好かれる天才だった。
そして今目の前の少女に自身が持ちうる最大の甘き媚び諂いで、
引き出そうとしてる。
愛美の本能を。
それは単に彼女のイジワルな嗜虐心に過ぎず、からかっているのと同義であり、
決して彼女を好きにさせようだとか、深い意味があるわけではない。
唯孤独なストレスが来日と同時に昂ぶり、帰国の瀬戸際でピークが高まっていた。
(別に誰でもよかったんだけど)
たまたま出会えた年下の少女は史夏にとって都合がよく、
話を聞く限りでは彼女にとっても私は都合がよさそうに感じた。
しかしこんな話をした建前上、直接的なアプローチをかけるのも憚れる、
ならどうするか?
誘って、相手が食いついたら、受け入れてしまえばいい。
相手が本気にならない程度ならいいんじゃないかな?
その選択を愛美にさせるのは酷と云う他ないが、それでも求められたい。
抗えない性衝動の若き被害者がここに、再び生まれようとしていた。
「―――なんでモテそうだと思ったの?」
依然変わらぬ態勢でアタシに尋ねるふみ。ふわふわの毛先を玩び始める。
アタシはすっかり縮こまってしまい、足を内股に、汗が噴き出る両拳を太ももに、
視線はただ一点、自身の揃えた膝先に集中させる。
(煩悩退散!)
カップルがそういったことをする前の空気感ではなかったハズだが、
なにか怒らせてしまったか?からかわれてるだけなのか?
それとも・・・。
錆びたブリキの人形のように、首をぎこちなく彼女に向ける。
眉を顰め、口を尖らせ、怒ってるぞ!という表情を作り出しているのか?
太ももの内側はパンパンに張り詰めていて、汗が内股のラインを
重力に従ってスーっと根本の辺りにまで流れ落ちた。
ムスッとしたかんばせのまま、もう片方の手でアタシの太もも手を置く。
「っ」
この緊張感の中柔らかな感触が刺激として送られたのだから、
思わず声が出てしまったとしてもしょうがないことであろう。
その手は繊細な指使いのまま地肌と表皮を撫でるように、
脇腹、脇の下の辺り、肩の可動部、鎖骨下、首筋、耳裏。
なぞられる。
微妙な力加減を保った女の子の指で。
部屋が暑い。
この熱狂は気温の所為じゃなくて、アタシ由来なんだろうな。
蒸れた全身に触れる空気に呼応するように、自身の感度も温度も上がる。
漏れる吐息を確認すると、ふみは嬉しそうに目を細めてきて、
「胸、触ってみる?」
と禁断の提案を持ちかけてきた。
「・・・なんで?」
「んー、物欲しそーに触りたそーに見てたから」
ホントはこんなイジワルで軽率なことするべきではないと史夏も思っていたが。
愛美の生娘並みでよからぬ妄想しか日課にない男の子のような反応に、
ついつい魔が差してしまった。
プルルルル♪
とここで警鐘を鳴らす電話が入る。
「―――帰ろーか」
「―――そうだね」
ふみはゆっくりと立ち上がり、フロントに延長しないことを伝えると、
水を差されたことに不服そうにするも乱雑に脱ぎ捨てたシャツを着なおす。
「・・・・・・」
なんだか気まずい雰囲気になってしまった。
一線を越えることも吝かではなかったが、
がっつくような姿勢を見せるのははしたなく思われそうだったので、
敢えて下手に出て機会を伺っていた。
それももう時間切れ。
部屋を出てエレベーターに乗ってからも沈黙は続く。
「・・・ん」
一瞬手の甲が触れ合ったような気もするが気のせいだろう。
「・・・家まで送っていいかな?」
往来する人間の顔ぶれも早い時間とは異なり、酩酊している人間多い。
「歩いて帰るのとか電車とかだと、変な奴に絡まれるかもしれないからさ」
アタシの返事も聞かずにタクシーを停めるふみ、寂しそうな背中で察する。
(人肌恋しいのかな)
そりゃ自分の故郷に帰ってきたのに誰とも会わないで過ごすというのは退屈だ。
(まあふみちゃんがいいならいいか)
普段乗り慣れないタクシーに乗り込み目的地を伝える。
とにかくまずは言い訳を考えないと。
そんなことに思考を巡らせていると、ふみが話しかけてくる。
「これからどうするの?」
「えっ」
彼女が尋ねているのは多分すぐ後の謝罪風景じゃなくて、
アタシの恋愛事情についてだろう。
「・・・別にどうも、夏休みは友達と遊んで、学校行って、冬が来て」
「来年も再来年も同じように過ごすんだろうね、変わり映えもなく」
「そんな寂しいこと言わないでよ」
「だってウチの学校共学ですしー、出会いなんて」
「二年になれば後輩が出来るじゃん?アタシ達も先輩後輩だったしさ」
「ふみちゃんの学校というか、周りが特殊なだけだよ」
「現実は皆男女で恋愛をして青春してるんだろうし」
「アタシの場合、女同士の友情から一歩向こう側を求めちゃうから」
「高校で彼女を作るのなんて難しいかもしれないかな」
半ば諦めともとれる愛美の不貞腐れた言葉に、ふみは怒りたくなるが堪える。
「今なに諦めてんだよ、始まってもねーのにって思ったでしょ」
「―――思ってないよ」
「そう思ってくれて結構ですよーだ」
「―――でもね、これだけはふみちゃんに言いたいかな」
「世の中出来る人間だけが物事を達成できるんだ」
「出来ない人間は挫折が怖いし辛いことから逃げているだけ」
「そうなんだよね、でももうそれでいいかなって思ってる」
「そんな敗北者に親身になって激励の言葉を投げかける人間は」
「実は一番無関心で無慈悲な人間じゃないかって最近思うようになっちゃった」
「だってアタシのことなんて、アタシにしか分からないから」
静かな車内の空気が更にピンと張り詰めて居心地が悪くなる。
愛美の傷は予想よりも遥かに深かったようで、これ以上はもうお手上げだ。
「そっか・・・無責任なこと言おうとしてゴメンね」
「でもね」
窓の外の流れゆく景色を見ながら、
「どれだけ今が苦しくても、先に辛いことが待っているのを知ってても」
「それでも自分に素直に、正直に生きようと藻掻いて足掻ける人間が」
「最後には笑うんだって信じてる」
「だってさ、人生一度しかないんだし、当たって砕けてなんぼじゃん?」
「なんて紗耶香から逃げたアタシが言えることじゃないかもしれないんだけど」
「愛美も、やりたいことだけやってもいいと思うんだよね、青春なら」
「まだアタシ達ぴちぴちの女子高生なんだよ?」
「なら我慢する方が損じゃん」
「・・・それで滅茶苦茶に傷ついてるんですよねアタシの心は」
「―――その心の傷、アタシじゃ癒せないかな?」
「―――え?」
思いがけない場面で垂らされたか細い糸、愛美の決断はいかに。




