第26話 真夏の夜の告白
「今日も暑いね〜」
夏休みも8月に突入し、いよいよ熱中症本番といった日々を過ごす人類だが、
そんな炎天下の中だからこそ楽しめるアクティビティがあるというもので、
「おっすー」
「遅いよー春斗ー」
「えぇー、時間ピッタリだろ?」
「うん、愛美がイジワル言っただけだよ」
「あっ!そうやってすぐバラす!」
学校付近のコンビニでガソガソ君を舐めながら時間を潰していたアタシと冬華。
本日の予定は近くにある区民プールで泳ぎの練習をしようという話になっていた。
なんせ今月のどこかで海に行くというのだ。
泳ぎの得意ではない冬華は少しでも皆の心配を減らす為、頑張りたいらしい。
「それじゃあレッツゴー!」
「こんな暑いのに愛美は元気だなぁ」
待ち合わせ場所に到着早々もうバテバテの春斗。
Tシャツに汗が滲みピッチリと張り付いていて暑苦しそうだ。
対して冬華はアタシがバイト先で選んだ麦藁帽子を被り、
服も白のワンピースと涼しげな格好をしている。
(こんな子が田舎の向日葵畑にいたらすっごく映えるんだろうなぁ)
ただ下にはもう学校指定の色の濃い水着を着ているので、
それが僅かに透けて見えているのは惜しいと思った。
「それにしてもホント灼熱の大地って感じ」
「ワタシ塩分補給の飴持ってきてるから、欲しい時遠慮せず言ってね」
「おっ、じゃあ俺一個貰おうかな、あとその荷物持とうか?」
「えっ?いいよいいよそんな気遣わなくて!」
「お二人はこんな日でもお熱いねー焼けちゃうねー」
プールまでの道中そんな長い付き合いの腐れ縁同士のような会話を弾ませながら、やっと目的地までたどり着く。
「それじゃあまた外で」
塩素臭い更衣室で着ていた洋服を脱いでると、
「ワタシ学校以外のプール来たの初めて」
と冬華が言う。
「そっか、また一つ冬華の初めて貰っちゃったね」
「言い方」
苦笑いをしながらワンピースを脱ぐ冬華の肉体が露になる。
タイトな水着なのでどうしても視線を集めてしまいそうなある部分。
申し訳ないと思いつつも横目でチラチラと見てしまう。
「中学の時もこの胸のせいで男の子からよく注目されちゃってね」
「体育の授業も休む事多かったんだ」
(だろうね)
男という生き物はとにかく、
女の外見は胸、顔、下半身のスタイルでしか判断しない。
その女性が内面でどれだけ努力をしているか、
どれだけ慎ましく健気に振る舞っているかというのを評価なんてしないんだ。
(アタシも人のこと言えないけどね)
同性に本音を曝け出せず、感性が異性に近い分、ファーストコンタクトで
色々な所を観察し、かなり刹那的に自分のタイプを選り好んでしまう佐藤愛美。
「大丈夫?」
不思議そうに冬華に顔を覗かれ、自分が今考えていたことを消去する。
「ううん、ちょっとボーっとしてただけだよ」
「冬華がしっかり泳げるよう、頑張って教えるね」
サムズアップで元気に答えてみるが、空元気と思われてないだろうか?
「ありがとう!じゃあよろしくお願いします!」
よかった、彼女を心配させてないみたいだ。
「日焼け止めも塗ったし、まずは準備運動からだね」
プールには既に大勢の運動客や遊びに来た若い男女がおり、
自由に泳ぎ回るには少し狭いが、まぁ問題ないだろう。
日差しが照りつけるプールサイドで動的ストレッチを簡単に済ませて、
まずはゆっくりと水に浸かってもらう。
「冬華はさ、水が怖いのかな?それとも泳げない?」
少女の低い身長では顎の辺りまで水に埋もれてしまうが、恐怖心はなさそうだ。
「うーん、単純に泳ぎ方が分からないかなぁ。浮いちゃうし、上手く進めない」
恥ずかしそうではなくげんなりと、本当に困っている風に悩みを吐露する。
「それならまずは水に顔をつけて、ここの縁をもってバタ足だけしよっか」
「わかった」
冬華と愛美が水泳の練習をする中、手持ち無沙汰になる春斗。
(ホント、変わったよなー冬華って)
誰に言う訳ではないが、そんなことがぼちぼちと浮かんで思考の議題になる。
俺にとって冬華はこれまでの人生においてのかけがえのない存在で、
初恋で、彼女になってくれて、
そんな大事な人に自分がどうしてあげられるかわからなくて、ずっと悩んでた。
お互い色々苦難はあったし、それでも前に進んで恋を成就できたのは
紗耶香や冴姫、それに彩や愛美などの協力があってこそだ、とても感謝している。
俺は彼氏としてちゃんと冬華の横に立てているのだろうか?
いや、それは紛れもない事実だと思うのだが、なんだか俺よりも彼女達との
距離感の方が近いのではと心の隅で嫉妬と呼ぶべきモヤモヤが湧きだす。
(特に紗耶香さんと愛美だ)
どうしてあれだけ他人に警戒心を抱いていた冬華が心を開き、
感情を包み隠さずに会話したり接せれるのだろう?
(昔は俺にだけあの笑顔を見せてくれたのに、俺だけだと思っていたのに)
そりゃ時間が経てば人は変わるさ、冬華も言っていたことだから。
(それでもさ、愛美にもそんな笑った顔、見せちまうんだもんな)
自分の嫉妬心と独占欲につくづく参ってしまう。
(バカ、何考えてんだ俺は)
(愛美は俺にとっても冬華にとっても気の置けない親友で)
(そんなアイツと冬華が親密な間柄になるのは普通の事じゃないか)
プールサイドから眺める景色は賑やかなのに、春斗の水面はザワついていた。
心配なのだ。
佐藤愛美という人物を知ったのは高校からで、同じクラスで、
共通の趣味を通じて喋るようになり、友達になった。
学校という組織は怖いもので、人の噂と隠し事をどこかの誰かが暴いてしまう。
『佐藤さんってさ、女の子が好きらしいよ』
いつか耳にした噂話。正直耳を疑ったが、確かに思い当たる節はあった。
彼女と廊下で話している時も、すれ違う女子を目で追っていたり、
「春斗はあーいう娘、どう思う?」
と質問されたことがある。
それは自分の容姿を気にしての発言だと思っていたから気にも留めなかったし、
だからどうなんだと深くは考え込まなかった。
彼女の好きな人が例え同性でも、俺には関係がないし、寧ろ応援してあげたい。
だがその好意を向ける相手が『三菱冬華』になってくると話は別だ。
「・・・・・・」
確信がない以上詮索するべきではないし、していいとも思わない。
万が一それで愛美を傷つけて今の関係にヒビをいれてしまうのが怖かった。
(それでも、冬華なら大丈夫だよな)
仲良く談笑をする二人を見つめながら、何も起きないことを願う春斗であった。
夕方、それでも陽は落ちないし気温も下がらない屋外を尻目に、
ワタシ達は施設に併設してある古臭い飲食スペースに腰を落ち着かせていた。
「それでさ、泳ぐってのは自転車と同じで上手く流れに乗るまでが難しいんだよ」
バニラ味のソフトクリームを食べながら愛美が水泳とは何たるかと力説する。
「でも今日だけで大分泳ぐのに慣れたんじゃないか?」
こちらはチョコ味のソフトクリームだ。
「そうだね!愛美の教え方がとってもわかりやすかったから!」
ワタシはクリームソーダ味。
別に遠慮してバラバラにしたわけではないのだが、
こうやって三人とも別々の味を選んだことがなんだか嬉しかった。
「えへへ、それほどでも。じゃあお礼に冬華のアイス、一口頂戴!」
「え?もちろんいいけど、はい」
冬華はスプーンでソフトクリームを掬い、愛美の口元へ差し出した。
それを嬉しそうに口に入れると、
「んー!この味も爽やかで癖になりそうだね!」
と美味しそうに感想を述べている。
「春斗君も食べてみる?」
差し出された溶けそうな夏色に、少し茶色がこびりついたスプーンを伸ばす。
(―――甘いなぁ)
メロンソーダの風味とクリームのワザとらしい程の甘さが口の中で混ざりあい、
見事なまでに人の心を掴む代物に成りあがっていた。
真夏の夕暮れ―――。
静かな店内でこうやって過ごしていると、
自分が一瞬大人になれたんじゃないかって錯覚する。
(これからどんどん大人になって、こういう時間も少なくなるんだろうな)
おそらく10年後にはこれがアイスではなく、コーヒーになっているだろう。
三人がこうやって集まって話すことは家庭や会社の話になっているかもしれない。
だからこそ今だけは、こんなアオハルと呼べる時間に身を費やして、
甘く蕩けるのがなんてことのないの平坦な毎日を過ごして、
けれど年齢という人生の階段を一歩ずつ上れればなと思う春斗であった。
「そういえば今日ってさ、アタシ達の学校の近くでお祭りなかったっけ?」
プールから帰る途中、また一段と焼けたような愛美が思い出した感じで俺に言う。
「あー、そういやあったな。ちょっと行ってみる?」
確かみたままつりというのが近くの寺であった気がする、それのことだろうか?
「うん、折角だし行ってみたい!」
やけに乗り気な冬華につられるよう、今年二度目の祭りに期待が高まる。
「うわぁ、すごい人だねぇ」
現地についてみると思った以上に人で溢れかえっていた。
時刻も丁度7時頃でピークタイムなのか、往来や屋台の行列も凄まじい。
「こりゃ歩くだけでも大変だね、二人共はぐれないようにね」
と言った矢先、愛美が人混みに飲み込まれてしまった。
「おいおい大丈夫かよ」
俺はしっかりと冬華の手を握り、人の少ない道の端に移動する。
「愛美大丈夫かな」
オロオロと心配そうに辺りを見渡す冬華だが、低い身長の所為でダメそうだ。
「まあそのうち戻ってくるだろし、俺らもこの辺りで何か食べようか」
どの道この騒がしさなら探すのも無理なので、空いたお腹を満たす提案をする。
「そうだね、実はこういうイベントとか二人だけで来たかったのもあるし」
「愛美には悪いけど、ちょっとだけ楽しんじゃおうか」
なんて可愛らしい小悪魔笑顔で言われたので、かなりドキドキしてしまった。
「やっぱ冬華ってさ―――」
「ん?」
「いや、なんでもない」
「?」
昔に比べて初めて見る仕草も表情も増えたし、前よりもっと心奪われてしまう。
「それじゃあ何食べたい?」
「うーん、そうだねぇ・・・」
顎に人差し指と親指をつけて真剣に考えこむさまに、俺も一緒に悩んであげた。
(あー、これ元の場所戻るとか無理だわ)
流れるプールならぬ人的濁流で押し流されたアタシは二人を見失っていた。
(建物の位置的に正反対だけど、ここからだと通れそうにないな)
とにかく道は人でごった返していて、迂回しないと向こうまでいけそうにない。
(まあいっか、折角だし二人でお祭り楽しんでもらいたいし)
一人なら一人なりの楽しみもあるというもので、アタシは各出店を見てみる。
(それにしても)
こちらの広場には大きく開放的で盆踊り用の櫓があり、
その周りで浴衣を着た子連れの主婦や若い女性が踊っていた。
(あの人は美人だけど子供連れだし、年がな~)
(あの色気ある娘は彼氏いそうだな~)
なんてお祭りの賑やかさと騒がしさを免罪符に女子達を眺めていると、
「あれ?愛美ちゃん?」
と背後から声がかかった。
振り向いてみるとそこにいたのは―――。
「この可愛らしい女の子はアヤの知り合いかい?」
彩と見知らぬ中性的な顔立ちをしたイケメンがいた。
「えと、どうも彩さんと―――」
「あっ、ごめんね、この人は高坂秋っていうの。この子は一つ下の愛美ちゃん」
「初めまして、高校三年生で彩の彼氏の高坂秋です、気軽に秋でいいよ」
ニコリと微笑を浮かべて挨拶を済ませてくるその姿はまさに王子という表現しか
見当たらない。
「こちらこそ初めましてって―――え?」
彼の・・・、いや彼女の言葉に驚いて口が塞がらず、目が点になる。
「秋さんてその・・・女性ですよね?それに今彼氏って」
彩はうーんと頭を抱えるよう困り気に自分たちの関係について説明してくれた。
「というわけで、なんだかんだで一年近く付き合ってるんだよね」
「そうそう!もうアヤが僕にゾッコンでさぁ」
ナルシズムな発言も、不思議と不快感の欠片もない。
「ところで愛美ちゃんは一人で来たのかな?」
日に焼けた首元の肌が白いシャツに映えて、夏っぽさを感じさせてくれる秋。
ここの三人組は傍から見れば同じ部活動の先輩後輩に見えてそうだ。
「いいえ、実は冬華ってアタシの友達と来てたんですけどはぐれて」
「あーそうなんだね!残念ながら見かけてないなぁ」
「そうですかぁ・・・」
「私達も本当は他の人と来る予定だったんだけど来れなくなっちゃって」
「もし愛美ちゃんがよければ探すついでに一緒に回らない?」
「いいんですか?二人だけで来られてるのに」
「いいのいいの!それじゃあ行こっか!」
彩の半ば強引なペース乗せられてしまったが、こういったイベントは
誰かと共に分かち合う方が楽しいだろうし、お言葉に甘えさせていただく。
「あれ、秋くんじゃん~」
小腹が空いたので三人で屋台の列に並んでいると、不意に秋が声をかけられる。
「あー祥子ちゃんに純ちゃん!久しぶりだね!」
浴衣を着たギャルっぽい女の子と清純そうなおとなしめの子と話し始める秋。
「ごめん!向こうで話すから少し待ってて」
そそくさと行ってしまった。両手を女子の肩に乗せて。
「彩さん、あの方達って・・・」
「あーあれね」
話に混ざれないアタシはヒソヒソと彩に知り合いか尋ねてみる。
「えーとね、アキの親密なお友達というか、うん、きっとそのはず」
言い方に何か含みがあるのが気になる。
「アキってさ、こんな感じだからすっごくモテて、昔結構いたんだよね」
「?」
「その―――体だけの関係の子っていうのかな」
「あー・・・」
意外という程でもないが、あまり表に出したくないのは事実だろう。
特にイマカノである彩からしたら複雑な感情ではないのであろうか?
「だからこうやって声かけられたり顔が広いんだよね、アキは」
「彩さんは怒ったり、その、妬いちゃったりしないんですか?」
「私が出会う前の話だしねー」
「まぁ付き合った後もちょくちょく隠れてデートとか遊んだりはしてるらしいけど」
溜息をつきながら呆れた顔をする彩。
「でもね」
その表情がほんの少し和らいだ気がした。
「私ね、それでもアキのことが好きで、離れたくないと思ってるから」
「だから許せるところまでは許してあげようと思ってるの!」
「そんな魅力とかいい思い出があの人にはいっぱいあるからね」
愛しさと優しさを感じさせるような目線を秋に向ける彩。
「―――いいなぁ」
「え?」
無意識にパッと明滅した羨望の叫びが無意識に漏れてしまった。
「あっ、いえ」
「ねえ愛美ちゃん、もしなにか悩み事があれば私に聞かせてほしいな」
彩の真剣な眼差しがアタシの瞳の奥底を見透かすように突き刺さる。
「私も悩んでた時期があって、悪い事をしたし」
「もしあの時誰かに相談とか出来ていればなってさ」
「でもそれはもう全部丸く収まったんだけどね」
「だからね、人に話しづらいこともあるだろうけれど」
「悩みを溜め込むのはもっと良くないと思うんだ!」
ニッと微笑みかけてくる明るさには元気が分け与えられるようだ。
「なんて、ちょっと先輩風吹かせてみちゃった!」
「厚かましかったらごめんね!」
「―――いいえ、お気遣いありがとうございます。嬉しいですよ」
こうやって誰かから真剣に相手をしてもらえる機会は中々なかった。
学校の先輩だとか同級生にも相談したことはなかったが、それでもこの人なら。
「ごめんごめん~ってあれ?どうかしたのかい?」
やっと解放されたといった感じの秋が戻ってきた。
アタシと彩は屋台で買った焼きそばを空いている簡易テーブルに置き、
食事がてら秘匿された悩みを持ち出し、素直な言葉で口に出す。
「・・・話してくれてありがとうね、辛いことも悲しいこともあったよね」
親身になってアタシの身の上話を聞いてくれる彩に感謝の気持ちが芽生える。
確かに、こうして誰かに話すと身も心も安らいでスッキリするなぁ。
「秋さんはそういうので困ったこととかありますか?」
「そうだねぇ、僕もあるにはあるよ」
驚いた、こんなイケメンでも対人関係で困ることがあるんだな。
「僕はさ、自分で言うのもなんだけどすっごくモテるんだ」
「でしょうね」
「愛美ちゃんは僕の第一印象どうだったかな?」
「えっと、まずすっごくカッコよくて、自分の魅せ方を、武器を分かってるなと」
「それでいて女の子に対する気の配り方だとか話し方、雰囲気もいいですし」
「とにかく魅力的な人だなって」
女性を率直に判定するアタシだが、
この高坂秋という人物は今まで出会ってきたどの女性とも違うオーラを感じてた。
「そうだね、お褒めの言葉ありがとう。でもね―――」
「それはあくまで同性の子が僕に抱く意見なんだ」
「僕は実は男もイケるんだけど・・・」
「どうやら異性にとって僕は恋愛の対象になりにくいらしいんだよね」
まるで悟ったようなかんばせで語ってくれる秋。
「まぁ持ってる人間と持たざる者の心情は寄り合えないからね」
「僕はある意味男よりも男らしい」
「そういった部分を受け入れられないんだと思うんだよ、男子達は」
「結局僕の場合、異性との親交はどこまで行っても『友達』止まりなのさ」
「―――っていう自虐風自慢よね、それ」
耳にタコが出来る位聞いたのか、彩がハイハイとまとめる。
「いやいや、アタシも秋さんの気持ち、ちょっとだけだけど分かりますよ」
「アタシはどちらかというと男が嫌いで、女が好きですが」
「もっと男を好きになれて普通になれたら、楽に生きられたのかなって」
「そんなうたかたの夢をいつも夢想してみたり」
「でもね愛美ちゃん」
「君がうたかたの夢であると知っているのならば」
「それを受け入れるしかないんだよ。僕達みたいな人間はね」
「って言ってもそんなの人によるし、難しい話ではあるんだけども」
秋のフォローに救われる。
「残念だけど、君の求める理想は茨の道の向こう側にある」
「その先にあるものが正解とも限らないし、不正解とも限らない」
「でも君にはきっと達成できるはず。まずは一歩進む勇気を奮い立たせてみて」
「まーたそうやって根拠のない発言で女の子を困らせようとしてる」
「いえ・・・ありがとうございます!」
「自分の中のぐちゃぐちゃの何かを吐き出せて、大分楽になりました」
「これからも相談事、乗ってもらってもいいですか?」
「もちろん!」
「僕もいつでもいいよ。コーヒー代くらいなら出せるからさ」
「・・・それ暗にデートに誘おうとしてない?」
「なぁに変なことをするつもりはないよ、それでいついこっか?」
慣れた手つきで連絡先を交換してくる秋、それを訝し気に覗く彩。
アタシはいい先輩に出会えたなぁと、そんなことを考える愛美であった。
「あっ」
引き続きお祭りを楽しむアタシ達、しかし出会いというものはいつも突然で。
「おー愛美じゃん、お前も来てたんだ」
筋肉質な体型をワンサイズ下のポロシャツで惜しみなく強調し、
部活を引退して短髪から剃り込みの入った側頭部とワックスで固めた
ガチガチのツーブロックヘアーにイメチェンした男に声をかけられる。
迂闊だった。
ここなら同年代の女学生も多いし、コイツが来てても不思議じゃない。
「そう、アタシも友達と来てたの。じゃあ」
「ちょ待てよ」
呼び止められる兄の声も無視して去ろうとするが、
「愛美ちゃん?」
彼の背後からひょいと現れる見知った姿に固まってしまう。
「空―――ちゃん?」
イマイチ状況が掴めてない後ろの二人に、
とりあえずこの男とその隣の女性のことを紹介する。
「あっ、どうもっす。愛美がいつもお世話になってます」
「そんなそんな!」
「僕もさっき初めてお会いしたばかりですが、とても可愛らしい妹さんですね」
なんて普通に挨拶してるが、それよりも何故空が一緒にいるのか気になった。
「・・・どうして兄貴と?」
照れくさそうにする空。
「えっとね」
「実は私、あんまりこういうお祭りとか来たことなかったから」
「だから康君にどうかなって誘ってみたの」
「まあ俺も勉強の息抜きに?」
「折角の夏休みだし思い出作りに協力してやろうと思ったわけよ」
太い腕が彼女の華奢な体にまわされる。
(―――ッ)
二人はもう付き合ってるわけではないが、それでも距離感は近くて、
かつて愛し合った者同士の『当たり前』を見せつけられるのも、
アタシの中の残痕を深く抉り穿り返してくる。
「愛美ちゃんはえっと、別の学校の人と来てたんだね」
(どうせならアタシを誘ってくれて、アナタとここにいたかった)
そんな絵空事は伝えてもいないので届く筈もなく、
かといって待っていてもアタシは選択肢に入っていなかったであろう。
(またコイツとセットで見たくなかったな)
「うん、そうなんだ」
「でも空ちゃんも酷いなー」
「どうせだったらアタシを誘ってくれればよかったのに」
なんて柄にもなく負け犬の遠吠えを嫌味ったらしくぶつけてしまう。
こういうところで我慢出来ないのはよくないことだ、反省しなければ。
「ごめんね!もし康君に断られたら愛美ちゃんを誘おうと思ってたんだよ!」
「そっか、まぁでもアタシ友達と来てるから、またね」
「彩さん、秋さん、行きましょう」
「もういいのかい?」
「はい」
「それじゃ兄貴と空ちゃん。またね」
「おい、遅くなってもいいが、ちゃんとお袋か親父には連絡しとけよ」
「わかってるよ」
強引に家族のお節介をあしらうと、二人を連れてこの場を後にする。
「まったく、なにをあんなイライラしてんだよアイツは」
「愛美ちゃん・・・」
「俺らも行こうぜ」
「うっ、うん、そうだね・・・」
「はぁ」
寺の入り口の道路に面した車止めに腰を預ける。
「ごめんなさい、あんな所見せちゃって」
自分の不甲斐なさというか、みっともない姿を晒したことを彩と秋に謝罪する。
「ううん、私達は大丈夫だけど」
「お兄さんとは仲、悪いのかい?」
「・・・」
少し沈黙した後、彼女に対して抱いていた淡い恋心とその残滓を打ち明けた。
「それは、なんて言ったらいいか」
「愛美ちゃん」
秋が隣に寄り添ってくれて、顔を近づけて質問してくる。
「彼女のこと、これからも忘れられなさそうかな?」
「・・・そう―――ですね」
そんなことはない。
確かにあの人はアタシのタイプであるが、
それでも今までなんとなく好きになった女性の一人に過ぎない。
考えなければ、思い出さなければいつかは忘れる。
そんなことはないハズなのに。
「アタシは、彼女のことを知りすぎちゃったんだと思います」
学校での姿も恋人にしか許されない表情も、間近で認識して、理解してしまった。
手に届きそうで、届かないから意識して、置き土産を残されてしまった。
「だから忘れるのは無理かなーって」
「これから運命の人を見つけても、その人に塗りつぶされないと」
「多分アタシ、空ちゃんのこと、頭の片隅から消せないかもしれない」
「愛美ちゃん・・・」
重い空気がこの場にのしかかるが、
「忘れるのは技術が必要だからねぇ」
秋も思い懐かしむよう過去の事を語る。
「僕も遠い遠い昔にそんなことがあってさ」
「あれはキツかったなぁ」
「でもね、今は癒えない傷も忘れることが出来た」
「取り除かれた訳じゃないけどね」
「思い出さないようにしてるだけなんだ」
「けどそれは部屋の荷物を矮小な箪笥に押し込んでいるだけで」
「根本的な解決には至ってない」
「治せる機会があるのならば恥も忍んで行動に移すべきだ」
秋はアタシの心臓に人差し指を当ててくる。
「ならどうするか?」
「愛美ちゃんはどうしたいのかな?」
「アタシは」
「思いを伝えるのって怖いし、怯えちゃうよね」
彩もアタシの横に座る。
「私もね、実は紗耶香先輩の事がずっと好きだったんだ」
「でもさ、あの人あんな感じでしょ?」
「結局中学と高校で『告白』って選択肢を選べなくて、ずっと眺めるだけだった」
「そしたら突然現れた同級生にあっさり奪られちゃって、後悔したなぁ」
「こんな苦しいのなら、想いを告げればよかった?」
「あの日はそんなことを考えて泣いて泣いて、辛くて胸が張り裂けそうで」
「後悔先に立たずって言葉の本当の意味を初めて知れた気がした」
「それからまあ紆余曲折あって今に至るんだけど」
「アキに出会えてなかったら未だに引きずってたと思うんだよね」
「だからさ」
「チャンスがあるなら、悔いのない方を選んで欲しいな」
「もしそれでダメでも、私とアキがしっかり受け止めてあげるから」
背中をポンと叩かれる。彼女なりの激励のつもりだろうか。
(そうだよ、アタシは―――)
「彩さん」
「ん?」
「もし冬華と春斗に会ったら、よろしく伝えておいてください」
「それとありがとうございます」
「とりあえず、玉砕ってきますね!」
彩は再び僅かに人の波が引き始めた鉄火場に身を投げ入れる。
(別にさ、ここまでするほどの関係性じゃないと思うんだよ。アタシと彼女は)
(でも確かめてみたい。彼女にその気があるのか、アタシを認めてくれるか)
(なにもしないでこの夏休み中、空ちゃんがまた誰かと結ばれてしまうのは)
(嫌だ!)
(だったらアタシが―――!)
老若男女溢れる人混みを探す、探す、掻き分けて必死になる。
(兄貴と彼女が行きそうなところ?全然わかんない!)
お祭りを楽しむため出店に並んでる?あの目立つ櫓の下で和気藹々と踊ってる?
それとも―――。
この寺の横には墓地が併設されていて、薄暗く人気も少ない。
寺の正面は喧騒に疲れた人が一休みしているが、裏側は雑木林で見通しが悪い。
一抹の不安がよぎる。
途中冬華と春斗が楽しそうに金魚掬いに興じている姿が目に入るが、
脇目もふらず一心不乱にゴールを目指す。
(―――いた!)
求める答えは目の前に。
「空ちゃん!」




