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恋をしたいと願うなら  作者: 佐伯春
須藤紗耶香と三菱冬華達
25/42

第25話 夏休み、お泊り、決意を新たに

「ごめん、今日泊ってもいいかな?」



ベッドに横たわる顔を背けた少女に、アタシは帰りたくないと伝える。


結局恋愛感情を断ち切るのは難しくて、寧ろ体の相性がよくって益々好きに。

そんなことが同性で彼氏持ちの冬華に許される筈もないのに、


「―――いいよ、夏休みだから」


と彼女は優しさなのか罪悪感なのか、決して断らずに心の根底にある慈愛で

アタシみたいな人間を受け入れてくれる。



そういった好意はかなり危険だと思う。



当人にその気がなくとも、情けをかけられたり構われた者はもしかしたらと

期待をしてしまうし、一度シたんだから二度も三度も変わらないよねと

淡い幻想と身勝手さを抱き続けてしまう。



(こんなことダメだって言い聞かせてるけど)



それすらも建前としての理性で、機会があれば狙ってしまうような、


煩悩にまみれ普段は被害者の皮を被った狡猾な野獣。



三菱冬華という人間に這い寄る卑怯者、それがアタシの正体。



隣にいる冬華の背中に体を密着させ、サラサラの髪から僅かに出た耳をなぞる。

それからアタシの中指を耳の中に入れて、軽く弄ってみるとビクと身を震わせた。


「んっ」


(ここも冬華の性感帯なのかな)


先程とは打って変り今度は嬲り攻め立てるような息遣い・指使いにシフトする。



(春斗ととはいつもどんなふうにしているの?)



そんなことを訊いてみたいけど、

きっと冬華は怒るだろうし、今はアタシだけに意識を向けていて欲しい。


(ホント、かわいいなぁ)


顔が見えずとも彼女に対する愛おしさは失われておらず、寧ろ顔が見えない分、

色々とアタシに対して我慢しているのかとか見せられない顔だろうかと興奮する。


(・・・おおきいなぁ、アタシなんかよりもっと)


自分のパートナーには自身が持っていない部分を求めてしまう。


そういった理由で紗耶香や空、冬華はアタシの凹を埋めてくれる貴重な存在、

とても手放したいとは思えない。



(ああ言ったものの、なんとかこの関係を続けていくことは出来ないかな)


佐藤愛美にまたしても邪な野望が産まれてくる。


彼女は愛美の一挙手一投足を我慢しようとしている。


(そう、そういてくれた方がアタシも嬉しいよ)



欲情を自分だけで満たすというのは非常に悲しくて、惨めである。



それくらいがちょうどいいんだ。





「シャワー、借りていい?」


もう汗だくだくでクタクタ。


「―――お風呂、二人ではいろっか」


「えっ、いいの?」


「いいよ、お湯貯まるまで待ってて」


冬華もベッドから起き上がり、なにも羽織らず浴室へ向かった。


エアコンの下で冷風を体全体で一心に感じ、火照った裸体ものぼせた頭も冷やす。



(もう、終わりだよねぇ)



そう、身勝手は彼女が善意で受け入れてくれたもので、

アタシの判断で行えるものではない。



主導権は冬華にあるのだ。



(それでも―――)


仏壇に供えられてある彼女の祖母の写真と、隣接する化粧台の春斗の写真、

それとこの間の誕生日会の時に撮った集合写真。



(・・・・・・)



幸せそうに笑う冬華の笑顔を、アタシは奪い、泣かせてしまっているのだろうか?



普通は友達同士で肌を重ね合わせなんてしない。



(考えないようにしよう)


そんな風に論理感や客観性を箪笥の奥に仕舞っていると、


「お湯、沸いたよ」


と声がかかった。





汚れた素肌をシャワーで流し、隅々まで洗い合うのは、修学旅行のようだ。


ごわつきのない黒髪に指を絡ませ、重力に沿ってとかしてあげる。


(アタシと違ってスベスベだなぁ)


鏡越しに映る目を閉じた泡まみれの冬華を洗う自分の姿は、まるで姉妹のようで、

そうであって欲しかったなとも思うし、そうじゃなくてよかったなとも思う。



「冬華はさ、姉妹とかいたりする?」



ジャーと勢いのあるシャワーで泡を流してあげると、彼女はピカピカになった。


今度はアタシが洗ってもらえる。



「うーん、一応ね、すっごく年の離れた弟がいるんだ」


頭をゴシゴシとシャンプーで綺麗にしてもらう中、ぽつりと話してくれた。



「少し前は実家のこと思い出したくもなかった」



悲しみに満ちたその声に、しまったと反省する。



「でもね、人は成長できるから」



「父と母と家政婦長、おばあちゃんがいて弟がいてワタシがいた」


「今更あの日に向き合おうとは思わないけれど、その事実は胸に刻まれてる」



一度止まった手が、再び動き出す。



「でもね、もしワタシがあの家にまだいれて、家族皆と仲良しだったのなら」



「初めての弟、可愛がって、愛してあげたかったなぁ」



届かなかった願いを偲ぶ嗚咽交じりの声が、水音に掻き消され、排水溝に流れる。



アタシは咄嗟に自分の無神経さと距離感の測り方を間違えたことを呪った。


「ずけずけと冬華のプライベートのこと聞いてゴメンね」


彼女はハッとしたように「そんなこと!」と気を遣おうとするが、



「こういう時はね、泣いていいんだよ」



と諭す。



その言葉を聞いて彼女の濡れてくっつく前髪が、キラリと光った気がした。


シャワーヘッドを握りしめたままの頭を洗う手がアタシの両肩に乗せられ、


制御を失った水流が浴室の曇りガラスを絶え間なく洗い流し続け、


肩越しに鏡に映るのは彼女の頭頂部だけだった。



「うっうぐぅっうぅっ!」



「よしよし、冬華はよく頑張ってるからさ、ちゃんと皆わかってるよ」


「いつかそんな日もあったねぇって馬鹿笑いできるよう、元気でいよう」



震える感触の小さな握りこぶしに、そっと手を重ね合わせる、


こういう悩み事は中々春斗や紗耶香、冴姫や彩には打ち明けづらいと思う。

同性で近い年だからこそ彼女の悩みに寄り添え力になれることが少し嬉しい。



(そうだよ、冬華には冬華の幸せと人生があるんだから)



すっかり煩悩の灯が消えた少女は一つの決意を表し誓う。



「アタシも冬華のひたむきな姿を見て、素敵な恋を見つけられるよう頑張るから」



「これからも冬華と春斗の恋、応援させて?」



「―――うん」



涙まみれの表情でしっかりと鏡越しに視線を合わす、泣き顔はやっぱり幼いなぁ。



なんとも都合の良い展開だが悪い事をした事実が覆るわけではない、



だがこれでいい。



人間はそうやってなぁなぁに流したり忘れたり出来るから耐えられるんだ、


辛かった真実や苦い子供の日の経験も、忘れ難き恋の痛みなんかも。



だからアタシは―――。





「今日は色々とありましたな~」


目の前の褐色肌の引き締まったサッパリ顔の少女が

いい湯だと和みながら溜息交じりの大雑把な本日の感想を漏らした。


意外と大きい浴槽はワタシ達二人をしっかりと包み込んでくれて、気持ちがいい。


「そうだね~、花火ホント最高だったなー。もう一度見れるかな?」


「どうかなー、紗耶香姉と冴姫さんは忙しくなるだろうし」

「その時は三人で観に行こっか」


「うん、そうしよー」


リラックスしている二人の会話もなんだかわたあめみたいにふわふわしていて、

こんな風に同性と話せるのは殆ど初めてで、表に出さないが素直に感激している。


愛美とはまだ会って少ししか交流はないが全然気も遣わなくていいし、

なによりもどこからくるのか分からない安心感というものがあった。


「・・・」


それでも先刻まで愛欲を満たしていたのは現実であって、

紗耶香や春斗とはまた違う心地よさがあったのも事実だ。



「愛美はさ・・・、やっぱりたくさんの娘とそういうことあった?」


「んー?」



興味本位で聞いてみたのだが、彼女は思い出すかのように指折り数え始めた。


「いやーまぁ両手指で数えられるくらいかなぁ・・・どうして?」


「えーとね、その、恥ずかしくて言いづらいんだけど・・・」


「?」


「きっ、結構気持ちよかったから」


「ッ!?ホント!?嬉しい!」


愛美はワタシの両手を握って、もみもみと揉んでくる。


「だからそういうのってやっぱり経験の差なのかなって・・・」


なんともこういうことを推察するのは恥ずかしいのだが、聞かずにはいられない。


「うーん、後は同性だから気持ちいいところが分かるっていうのはあるかもねぇ」


腕を組んで感慨深くうんうんと頷く、そういうものなのだろうか?


「んで急にどうしたの?もしかして紗耶香姉と比べちゃった?」


「そんな!そうじゃなくてね!えっと、ハル君のことなんだけど・・・」



「しょうがないよ、まだまだ君達は若いんだから」


冬華の話を聞いて先輩風を吹かすアタシ。


「でもさ、しっかりと春斗には素直な気持ちを伝えるべきだよ」


そう、何事もシンプルに着飾らず届けるのが最も大切なことなんだ。


プライドや年齢、気まずさが邪魔してくるがストレートにいくべきだ。



(それがなくてもアタシの恋は実っていたのかな)





「あのね・・・考えたんだけど」



冬華が気恥ずかしそうに手を合わせてこう言う。



「もしよかったらその、またなーなんて」



チラチラと上目遣いでお願いをしてくる様子にうんと頷きたくなるが、頑張る。



(やばいよーそのお願いは今のアタシには毒だよー)


自分の決意の建前断らなければという意思はあるが、保留という禁術もある。



しかし―――。



結局それはとどのつまり、どこまでいっても『セフレ』でしかない。



友達以上で恋人未満の性欲を消耗するだけの関係。



親友として仲良くする以上その延長線上を超えてしまうというだけなのだが、

同性同士でもそれは浮気になってしまうのではないのであろうか?


というよりももう一線を越えてしまっているのだから関係ないのか?



いや、ダメだ。ズルズルとそんな爛れた生活、冬華にはさせたくない。




というよりもそんなことを言ってほしくはなかった、




しかしそう言わせたのは紛れもなく『佐藤愛美』なのであろう。




答えは最初から決まっていた。






「ごめんね、すっごく嬉しいんだけど、はいって言えない」




そうだ、これが正解なんだ、後悔なんてありありだけど。




アタシは冬華の顔を直視できなくて喉仏の辺りに目を落とすと、



ザッバァン



と荒波を立てながら勢いよく抱き着かれた。



彼女の胸や腕の柔らかさを感じつつ、「どうしたの?」と尋ねてみる、





「ごめん、愛美のこと試すような言い方になっちゃった」





と予想外の答えに少し戸惑った。





「愛美はちゃんとワタシのことやハル君のこと、他の人達のことも考えて」

「決めてくれたんだよね。それなのにワタシってば」


そう、こういうのは一度沼にハマると「バレなければいい」に堕ちてゆく。


それは暗に恋人や信頼している者を馬鹿にしているし、浮気は癖になってしまう。


もしバレた時に苦し紛れに嘘をついて恥の上塗りをしてしまうこともしばしば。



こうした経験をしない為にも、まずは『しないこと』が絶対なのだ。



ここでアタシが冬華の質問を了承して、夜だけの関係を結ぶのは簡単だ。



でもそれは周りの人間に嘘をつき続けることになるし、いつか耐えられなくなる。



そんな負の連鎖は繋ぎたくないし、背負わせたくもない。



「それもあるんだけどさ、冬華はやっぱりこっち側じゃないから」


「自分の快楽だとかで大切な人をぞんざいに扱ったり」

「ないがしろにしたりするのは違うと思うんだよね」


「もう前科二犯のアタシが言うのもなんなんだけどさ」



「あがろっか?」


気が付くとアタシ達は話し込んでいて、時間も就寝時間をとっくに過ぎていた。



それから軽くシャワーを浴びなおして、ふかふかのタオルで水気を取る。


冬華の無防備な姿に目を奪われるが、彼女も何となくアタシのことを

意識しているように見えた。


それは多分、お互いの関係が『友達』に戻れたからなんだろうな。





「それじゃ電気消すね」


同じ寝具に二人、薄暗い天井をぼんやりと認識した後、体勢を変えてみる。


横にいるのはすでに寝息をたてている冬華で、余程疲れていたのだろう。


「・・・・・・」


スース―と浅い呼吸を繰り返す唇に、ちょっとだけ指を置いてみた。


「・・・」


(これからアタシ、どうなっていくんだろうな)


別に将来などの展望に不安があるわけではないが、

漠然とした刹那的な恐怖は感じてしまう。


(高校を卒業して、大学に進学して、社会人になって)


その先の未来に幸せは待っているのだろうか?


共に歩む人間はいてくれるのだろうか?


そんなことを今考えても仕方ないとは思うが、寝る前の脳内は騒がしくなる。


(―――まぁなんとかなるよう頑張るか)


どこから提供されたか分からない薄っぺらい希望と行動力で、





明日も、生きる。





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