第24話 恋する少女はアヤマチを繰り返す
7月も後半に差し掛かり、益々暑さを増していく日本の夏。
そんな熱帯夜の風物詩の一つに夏祭りがある。
去年の苦い思い出がある花火大会も、今年はきっと違う思い出を作れるはず。
「冬華、浴衣似合ってるじゃない」
人混みで賑う夜の河川敷、前回とは別の場所に私達は訪れていた。
駅前は混むということで現地にほど近い場所で待ち合わせをしていたが、
どうやらちゃんと集合できたようだ。
「紗耶香も浴衣、すっごく似合ってますよ」
紫陽花柄の薄紫に身を包む女性にお世辞抜きの賛辞を言う。
「ホント素敵ですよね!何着ても似合うのは羨ましい!」
隣の冴姫も誇らしげにし彼女を自慢している。
「愛美は着てこなかったの?」
「アタシはそんな可愛らしいの似合わないというか・・・これでいいんだ!」
水色のシャツと白いキャミソールを合わせた活発な少女は恥ずかしげに答える。
折角なのだから見たいなとは思うが、次は着させてみようか?
「残念ね。まぁ愛美は昔からあまりキチンとした服着るの好きじゃないわよね」
「そういう紗耶香姉もどういう風の吹き回しかと思った。似合ってるけどさ」
「どうせなら着てみようと思ったのよ、誰かの為じゃなくて自分の為に」
紗耶香も照れくさそうにする。
「あれ?彩さんは?」
甚兵衛を着こなす逆紅一点の春斗が冴姫に尋ねる。
「彩はテニスの大会で今日はお休み」
紗耶香が代わりに答える。
「そうなんですか、じゃあこの5人で観に行くんですね」
「ええ」
「彩先輩の分まで楽しみましょう!」
それから紗耶香達は夏祭り兼花火大会の会場でもある河川敷を散策した。
冬華は屋台というものを殆ど初めて見るといった感じで、
興味津々で粉物や甘味を吟味している。
春斗と愛美は射的や型抜きで勝負をしていたり、冴姫と私は金魚を掬ったりした。
「お祭りってすごいですね!」
目を輝かせながら水色の浴衣をはためかせ出店に目を回す冬華、
確かにここのお祭りはかなり大規模で、見物客や露店の数も多い。
「都内だとかなり大きな花火大会の一つですからね~」
冴姫が大きな綿あめを食べながらここの祭りについて教えてくれた。
「そろそろ打ち上げ時間なので、絶景の穴場に行きましょうか」
祭りの喧騒から少し離れた駐車場に足を運ぶと、
成程、まばらに人はいるが川沿いよりも余裕があるし、高台故か風も通る。
辺りには大きなカメラを構えた人々が今か今かと花火を待っていた。
「冴姫は色々と詳しいわね」
「調べることが好きなだけだよ?それで楽しい思い出が作れるなら」
ニコリとなんてことないといった風に答えるが、そういった気遣いが嬉しい。
「おっ、そろそろじゃない?」
19時ピッタリ、遠くの向こう岸からオタマジャクシのような曳光が打ちあがり、
カラフルな華を咲かせ、弾けた。
ごぉんと閃光から少し遅れた音がこちら側まで流れ、見惚れてしまう。
絶え間なく何発も何発も何色にも発光し、様々なカタチをした打ち上げ花火。
去年はまともに見られなくて、不意にあの時のことを思い出してしまう。
そんな私を察してか、右隣に立つ冴姫がそっと寄り添ってくれた。
(大丈夫ですか?)
花火の音に掻き消されながらも彼女は私の耳元で心配の言葉をかけてくれる。
(うん、平気よ。今年もアナタがいてくれてるから)
虹彩で点滅する冴姫の顔が少し赤ら顔になるのが分かる。
そうして恥ずかしさを隠すようにまた正面を向き、大輪の花々に視線を戻した。
左隣の後輩達も各々うっとりとその輝きに目を奪われているようだった。
そんな目線に気付いたのか隣の愛美が私を見上げ、ニッとはにかむ。
私もつられ、笑顔を返すと驚いた顔をしたが、嬉しそうに夜空を見上げなおす。
冬華と春斗も目を輝かせて打ち上げ花火を眺めている。
本当にここに来れてよかった。
私もいくつもの色彩と非現実的な轟音を奏でる星々に目と耳を澄ます。
(いつか・・・また史夏ともこの瞬間を共有したいわ・・・)
そんな絵空事を描いてみるが、気づいた時には黒煙と一緒に霧散したようだ。
「すっごいド迫力の煌めきでしたね!」
興奮冷めやらぬといった冬華が帰り道両手をブンブン振りながら今日の事を語る。
「そうね、今まで見た中で一番かも」
「アタシも最近は観に行くことなかったし、すっごくワクワクしました!」
「俺も!こんなに大掛かりで派手なのは初めてです!」
どうしてか、刹那的な輝きは人の心に大きく残るらしい。
しかし祭りの後のこのノスタルヂックな寂しさも思い出の一つに刻まれる。
「また後一回くらいは別の所で観てもいいかもしれませんね」
「そうね、勉強の息抜きにはちょうどよさそう」
「電車混んでますね~」
帰りの電車には帰路に足を延ばす見物客でごった返していた。
皆で固まって満杯の車両に体をねじ込めるが、ぎゅうぎゅうと息苦しい。
そのまま電車は発車して、最寄りの駅に着く頃には皆ボロボロになっていた。
「そっ、それじゃあ今日はこれにて解散ということで・・・」
疲弊しきった5人は駅で別れることに。
「冴姫さん、今日は誘ってくれてありがとうございました!」
「いえいえ、じゃあ次は海でも一緒にどうですか?」
「えっ!?それはちょっと・・・」
「なに鼻の下伸ばしてんのよ」
「はぁ!?そんなことねーし!!」
「ワタシ達も帰ろっか」
「そうだな!途中までだけど送るよ」
「アタシも同じ方向だしついてく」
なんてことで家に足を向けるが、正直少し寂しい。
昔は一人で祭りに行くこともあったが、咳をしても一人なので耐えられた。
しかし今はどうだろう、再び訪れる孤独は耐えられない。
そんなことを考えていると冴姫から声がかかる。
「紗耶香!どこ行くの!?」
「どこって・・・家だけど?」
「服服!着替え家でしょ!」
「―――あっ」
そうだ、浴衣は冴姫の家で着たものだから帰るべき場所は自宅ではない。
(なんだ、私全然孤独じゃないわね)
当たり前になってきた日常を再び噛み締め、少し笑ってしまう。
「?、なんで嬉しそうなの?」
「んーん!早く帰りましょう!あっ、お風呂も借りていい?それか泊まろうかな」
夜はまだまだ続きそうだ。
「それじゃあまた連絡するよ」
花火大会の帰り、ワタシの家の前で春斗と愛美と別れるが、
「浴衣脱がすの手伝うよ」
ということで初めて愛美を家にあげることにした。
「花火大会、楽しかった?」
少し祭りの後の残り香を漂わせるシャツを脱ぎ、
汗を吸ったキャミソール姿になる愛美。
浅黒い肌は健康的で水滴が張り付いていて、太陽に照らされた海面のように
煌々とキラついている。
「うん!初めての花火がこんなに刺激的というか、まだワクワクしてる」
あの情景を思い出し感傷に浸る。
テレビの液晶の虚像が現実に、肉眼での観賞はまた違うと知った16の夜。
「これで大丈夫かな」
姿見の前でするりと浴衣を脱がされ柔肌が露になるが、
浴衣用の下着を見られるのは水着などを見られるのよりも恥ずかしい、
ましてや今は部屋に二人きり、同性といえども少しだけ緊張してしまう。
「・・・んっ」
愛美は浴衣を綺麗に折りたたみベッドの上に置き、
等身大の鏡の前で立つワタシの両肩に手を乗せる。
身長差はそこまでないはずなのだが、
中々どうして同い齢の彼女の方が少し年上に感じられてしまう。
「「・・・・・・」」
お互いが鏡の中で見つめ合ってしまい、なんだか恥ずかしさを感じて
目を逸らしてしまう。
その間にも彼女の視線はワタシの身体に釘付けになっており、
掴む両肩に入る力も少しだけ強くなっていた。
「冬華―――」
「・・・なにかな?」
なにをやっているんだろう、ワタシ達は。
これは彼女なりのスキンシップなのか、それとも―――。
「脱がすの手伝ってくれてありがとう。もう夜遅いし早く帰った方が」
「うん、そうだよね、こんな時間までごめん」
少し俯き暗いか雰囲気になる彼女に何故だか罪悪感を覚えてしまう。
「・・・少しだけ、お話でもする?」
口から出た言葉に深い意味はない。
只この佐藤愛美という少女をまだワタシは深く知らなくて、
もっと知りたいからという純粋な気持ちから出た提案だった。
「―――うん」
ワタシ達は固めのベッドの奥に座り、窓際に背中を預ける。
そうして横並びに座ると、ワタシと愛美の肩が触れ合っていて、
火照り熱い体温を分かち合う。
冷房の効き始めたこの部屋は多分寒くなると思うから。
「冬華は春斗のどこを好きになったの?」
見知らぬ天井の照明をボーっと眺めながら、隣のこじんまりと座る女の子に訊く。
「え?それはまぁうん・・・全部・・・とか?」
視界の端に映る恋する乙女の前髪が深く落ち、耳が赤らんでいく。
「昔からいっぱい優しくしてくれて、実は告白されてて」
「それからもずっと思い出すのはおばあちゃんとハル君だけだったんだ」
「久々に会った時は涙が出る程嬉しかった」
「この気持ちをまだ忘れてなくて、ハル君もあの時の約束は嘘じゃなくて」
「ワタシハル君のことしか知らなかったし、これからもハル君と居れればいいと思ってる」
「・・・そっか、まぁ春斗はイイ奴だと思うよアタシも」
「恋って不思議だよね。ワタシ昔はかなり冷めてたんだ、色々ありすぎて」
「誰も信用なんかしてなくて、一人でこれからも生きるものだと思ってた」
「でもそれを紗耶香が変えてくれて、ハル君が隣にいてくれて」
「今は大好きな友達がワタシを支えてくれる」
「ある意味皆に恋してるんだよね、ワタシ」
恥ずかしげにはにかむ少女の可愛らしいその顔が、眩しすぎて辛い。
(羨ましいなぁ)
人間の穢れを知りすぎたから、これまでが最低な人生だったからこそ、
彼女は改めて無地のカンバスを用意できたのかもしれない。
そこには多彩な絵の具で溢れていて、多分少しづつ塗られていってる。
アタシもそこに描かれているのだろうか?
「そんな中でも、やっぱりハル君は特別なんだ」
「いつも会う度ドキドキするし、手を繋いだり顔を合わせてお喋りする度
頭の中がブワーっと幸せが溢れてくるっていうのかな?」
「他の人じゃこんな気持ちにならないんだ」
シーツに人差し指を押し込み、ぐりぐりと指を回す。
「後は紗耶香にも―――」
「・・・」
少しムッとしてしまう。
こんな純情な少女にすらそんなことを言わせてしまうなんて、
やはりアノ人の魅力は危険だ。
「じゃあもし春斗以外の子が冬華のことを好きで、告白されたら付き合った?」
「例えば他のどこかで会ったかっこよくて優しい男子とか紗耶香姉とか」
「・・・アタシとか」
ピタリと指の動きが止まり、考え込むかのように腕を組んで足を抱える。
「そうだねぇ、他の男子は分からないかな、ウチ女子高だし」
「もしどこかで出会ってワタシのことを受け入れてくれて信頼できれば―――」
「いや、どうなんだろうね?ワタシ、ハル君のことしか考えてなかった」
そう、彼女の中の異性は彼だけであり、彼のことしか知らない。
「紗耶香は―――、うん、付き合ってもいいって考えたかも」
過去の事を慈しむかのような眼差しで答える。
「でもね」
彼女は自分の模索していた本心を理解したように続ける。
「付き合っていくうちに分かったんだ、この気持ちの正体に」
「それは?」
「ワタシがハル君を想う気持ちは『恋愛感情』って間違いなくいえる」
「でもね、紗耶香はそうじゃない」
「子供が親に求める愛情?っていうのかな?」
「なんでも許してくれるお姉さんって感じで安心して身を任せられる」
「だから恋愛だとかそうじゃないんだよね、絆みたいな」
「どんな時も身近にいてくれる人、甘えさせてくれる人」
「それは恋愛じゃなくて親愛だと思うの」
「それが少しだけ飛躍してちょっと危ない時もあったんだけどね?」
えへへと微笑みかけてくれて赤面する冬華、なにかあったのだろう。
「でもそれがあって少しだけ距離を置いたら、ワタシも大人になれたのかな?」
「ちょっと前は紗耶香のことを考えて寂しい夜もあったけどもう平気みたい」
「だって今ワタシの大好きな人はハル君だし、これからもずっとそうだと思う」
決意に満ち未来を見据えた視線がアタシの心に深く杭を打つ。
「・・・いいなぁ」
「え?」
ポツリと本音が漏れてしまった。
「あいやごめん!ちょっと冬華に嫉妬してる!」
きょとんと面食らったかんばせがすぐククと失笑に変わり、
「そっか、そんな風に思われるなんて嬉しいな」
とアタシに更に身を寄せてきた。
「ごめんね、笑っちゃって」
「ううん、気にしてないよ。もっと笑ってほしいな」
ほんのちょっぴり頭の高さが違うと見える景色も変わってくる。
下着を広く圧迫する透明な柔肌が纏わりついた幼い体躯に似つかわしくない乳房。
谷間に滴り落ち溜まり乾いてゆく冷えた汗のテカリに唆られる。
モチモチとした二の腕がアタシの乾いた色黒の筋肉質な腕に隣接すると、
そこだけ男と女が並んでいるのではと錯覚してしまう。
(甘くて汗が混ざり合うニオイにクラクラしてくる)
のぼせあがりむせ返るような思春期特有の芳醇なフェロモンに神経が昂る。
(ヤバイかも)
そう、アタシはこんな状況でも、大事な友達に劣情の好意を向けてしまっている。
(こういう時女同士ってのは役得だよね)
「アタシね、実は女の子が大好きなんだ」
「・・・・・・」
告白の時だ。
「それでね、最初冬華を見た時アタシが恋してた人に雰囲気が似てて」
「一目惚れして、下心があって近づいた」
なるべく彼女を視界に入れないように話す。
「紗耶香姉からいろいろ聞いてるよね?」
「うん」
「アタシらのグループってさ、割と女の子同士で付き合ってる子多いじゃん?」
「そうだね」
「いいなーって思う訳よ、なんでアタシには彼女出来ないんだーって」
「皆は多分、今たまたま『好きな人』が『女の子』なだけなんだよね」
「だからもし周りに男子がいて、それこそ春斗みたいなイイ奴だったら」
「そっちと付き合っててもおかしくないと思う」
「アタシは違うんだ」
「男はそんなに好きじゃなくて寧ろ嫌い、女の子が大好き」
「アタシみたいな奴のことを『変』っていうんだろうね」
「一時の迷いだとか若気の至りとかじゃなくて」
「男を見ても、遊んでも、触れ合ってもなんとも思わない」
「でも女の子といると男みたいな感情が沸き上がってくる」
「この娘カワイイなとかスタイルいいなとか素敵だなとか」
「そこには恋愛感情もあるしお気に入りの娘といるとエッチな気分になる」
「でもアタシ以外はそうじゃないんだ」
「殆どの人は異性を好きになるもんだし、バイセクシャルですら少数派」
「アタシみたいなホモセクシャルのレズビアン、しかもまだ学生なんて超貴重」
「生きてて辛いって思うよ。なんでアタシは男じゃないんだろうって」
「でもそうは思っても男になろうとは思わないんだよね、男が嫌いだから」
「あっ、でも春斗はアタシ嫌いじゃないよ?」
「嫌いにならないような付き合い方してるし」
「好きな高校の先輩の事、アタシ大好きで仲良くなろうと必死だったんだけど」
「ウチの兄貴に奪られちゃったんだよね、狙ってるのを知ってか知らずか」
「それでたまたま部活が無くなった日、早く家に帰った時、見ちゃったんだ」
「兄貴の部屋でさ、その先輩がヒィヒィ言わされてるの」
あの時のことを思い出し、足を抱えた腕の中、冬華に見られないよう顔を落とす。
「隙間から見える非現実的な光景にショック受けたよ」
「紗耶香姉にフラれた以上だった」
「あんなに追い求めた理想が目の前にあって」
「それが大嫌いな男の手でグッチャグチャにされてて」
「でもアタシ、その惨劇を垣間見て興奮してた」
「自分でもホントビックリするくらいに」
「それからも時々現場を隠れ見てはさ」
「自分の眼の奥に、脳みそに焼き付けて」
「アタシは一人で寂しく思い出に耽ってた」
「男にはなりたくないけど、男じゃないと辿り着けない境地というか」
「なーんでも門前払いされてきて、指を咥えて妬んでいく日々」
恥ずかしいことに涙が出てきてしまった。
「ごめんね、変な話急にしだして」
ホント、アタシはこの話を冬華にしてどういうつもりなのだろうか?
同情でもしてもらって気でも引こうというのか?
違う、誰かにアタシの秘め事を聞いて欲しかっただけかもしれない。
そんな一連の流れに忸怩たる思いを抱き、冬華の方に向き直り謝罪する。
「今日はありがとうね、情けない話聞いてくれてありがとう」
冬華の表情は真剣そのもので、馬鹿になどしていないよと訴えかけてくる。
「じゃあアタシ帰るね」
ベッドから降りようとすると「待って」と震えた声で引き止められる。
一瞬無視をして帰ろうかと逡巡したが、やはりそんなことはダメだ。
顔だけ後ろを向くと、
「ワタシね、紗耶香とそういう経験したことあるんだ」
「その時は寂しくて欲に負けた慰め合いみたいなものだった」
「ハル君にガッカリして、その逃げ場のない感情を善意で慰めてくれた
紗耶香にぶつけて、求めてしまった」
「それからハル君と付き合っても紗耶香と一緒にいると頭が混乱した」
「本当に好きなのはどっちで、ワタシはどちらを求めてるんだろうって」
胸に手を当て必死に勇気を振り絞り過去の情事を打ち明けてくれる。
「愛美の気持ち、理解したとか可哀想だとかそんなことは思うのは簡単だけど」
「それでも今まで辛くて苦しかったよね?」
「誰にも言えなくて自由に動けなくて、ワタシも似たような経験してきたから」
「もし、ワタシが愛美に対してしてあげることがあるのならば」
冬華は身を前に移動させ、アタシの腕をそっと握ってくる。
「愛美が満足したいなら、協力してあげたい」
フルフルと体を小刻みに揺らし、冷房が効いてる部屋にも関わらず汗をかく。
その言葉は冗談ではなく本気の様だ。
「・・・・・・」
「ごめなさい、アタシ友達にそんなこと言わせちゃってるなんて、最低だ」
「ッ!違うよ!そんな風に思わないで欲しいの!ただワタシは!」
もしかして彼女との心の距離を離してしまったかと焦る冬華。
「ううん、違うよ」
疲れた顔で微笑を向けてくるが、その笑顔は複雑な心境を秘めているようだ。
「アタシも冬華とさ、そういうことしたいと思ってるよ」
「いっぱいデートしたりも、手を繋いだりも、キスしたりも」
「でもそれはさ、春斗に向けてあげてよ」
「知らない人だったら体だけの関係でもいいけど」
「冬華だったら多分無理、絶対今よりもっと好きになっちゃうから」
諭すようにワタシに言ってくれている間、静かに涙を流す愛美。
「やっぱり一線を越えちゃうと、その後尾を引いちゃうし」
「冬華とはこれからも仲良くしたいから、望んでも叶わない願いなんだ」
「それにさ―――」
「こんな状況でアタシが求めて性欲なんてものを消費したって」
「結局そこに愛を求めちゃいけないし、冬華の善意を消耗するだけなんだよ」
「だからもう普通に好きな人を愛して、男性を好きなままでいて、お願い」
溢れる涙を必死に抑えて、憎まれ口を叩く自分が嫌いだ。
友達の勇気を無下にして、悲しませてしまう自分勝手なアタシが嫌いだ。
アタシからこういう風な展開に仕向けたようなものなのに、ウジウジしていじけて
ホントめんどくさい女だ、消えてなくなってしまえばいいのに。
「じゃあまた今度ね、話聞いてくれてありがとうね」
差し伸べられた手を払いのけこの場から逃げようとする。
が、
「・・・・・・」
ガッチリ離そうとしない手に、霞み腫れた目を擦る。
「―――冬華?」
視界が良好になり瞳に映ったのは怒っているような顔をした冬華だった。
「なんだよそれ、さっきからぶつくさ一人で言っててさ」
「―――ごめん」
「そうやってまたモヤモヤして家に帰って泣くの?」
「―――いつもそうだったから」
合わせる目もないという振る舞いで視線を外すが、
「こっちみて」
といつになく低い声色で強制的に目を見て話し合うことに。
「愛美はさ、どうしたいの?」
「アタシは―――」
冬華はいい子だから、これから先もしがらみなく素直に生きてほしい。
「アタシはね、その気持ちだけで充分だよ」
「そう思ってくれてるだけで、受け入れてくれるだけでいいから」
「違うでしょ?」
突然顔に柔らかい感触が当たったと思ったら、息苦しくなる。
「むぐっ?!」
「いいから、この瞬間だけは佐藤愛美がやりたいようにやって」
心臓の動機は緊張由来のものなのだろうか?
強く抱きしめられた腕をゆっくりとほどいて、冬華の顔を覗き込む。
紅潮した顔と目尻に溜まる真珠のような涙が、少女の決意を物語ってくれている。
「だからダメなんだって、幾ら我慢しても仮面をつけてても」
唇を重ね合わしたい気持ちが加速する。
「アタシ多分、アナタが思ってるよりも好きになりたいと思ってるんだ」
一目見た時からこの子は何か違うと感じていた。
傷心の最中に初恋の人と共に現れた三菱冬華。
かなり刹那的に好意を抱くアタシでも、この子の聖域は穢せられない。
彼氏は仲のいい同級生だ、そんなことを知ってるからこそ駄目だとわかってても、
この恋の情熱に身を焦がしたくなって、どうかしてしまいそうだ。
「・・・踏ん切りが未だにつかないんだけど」
この状況においてもこの先のことを心配してしまい、手が出せない。
いや、それが正しいことなのだからしょうがないといえばしょうがない。
「ワタシに、『悪いこと』の片棒を担いでほしいの?」
冬華は冷静な発言でアタシの企みを看破する。
―――コクリ
無言で頷く、どうしてこういう時だけヘタレてしまうのだろう。
「―――いいよ、愛美なら。他の誰でもない、紗耶香でもハル君でもない」
「貴女のこともっと深く知りたいから」
「今だけは、愛美の彼女で、貴女の為だけになんでもしてあげるね―――?」
嗚呼、もう駄目だ。
その言葉を聞いた瞬間、どこかでピンと張っていた糸が切れた音がした。
「冬華―――、可愛いよ」
アタシの目線はもう彼女の顔ではなく、そのもっと向う側に向けられていた。
「イヤなら―――やめるけど?」
確認するように問いかけると、
「やめないでいいよ―――、でもワタシのこと、好きになっちゃダメだよ?」
とそんなことを言うもんだから「わかった」と自分を納得させ、
ゆっくりと柔らかな布をおろした。
「それじゃあ―――」
そうしてアタシは決して超えてはならない一線を越え続けた―――。




