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恋をしたいと願うなら  作者: 佐伯春
須藤紗耶香と三菱冬華達
22/42

第二十二話 佐藤愛美という人物について

夢を見ているようだった。



須藤紗耶香という人間がワタシの前に現れてから毎日が楽しい出来事ばかり。



こんな忌子みたいな人生を歩んできたワタシに手を差し伸べてくれた


まさしく女神のような人物に、憧れの念や大きな信頼を寄せていた。



そんな人間がワタシの慰みに介入してきたときに、いやそれよりもっと前から?


多分『この人が好きだ』という気持ちがあったのかもしれない。



しかしそんな想いをぶつけることは許されなかった。




それでも、たった一度、もう一度だけでいいから――――。




目の前の彼女がワタシの頬を優しく包み、真剣な眼差しで



『どうしたいか、私に教えて?』



と聞いてきている。


しかし彼女を失望させたくないし嫌われたくもない。



「あの・・・ワタシは・・・」



「・・・・・・」



「紗耶香と・・・その・・・」



「私のことが欲しいの?」



思考を見透かされたように的確に言い当てられる。



「・・・」コクリ



ただ小さく頷くしかできない、言葉にしたら壊れてしまいそうだったから。



「触ってみても・・・いいのよ?」



嘲笑とも期待ともとれる眼光で見下し催促してくるが、



これをしてしまってはもう後戻りもなにも出来ない予感がする。



「・・・・・・」フルフル



ゆっくりと震える右手を持ち上げるが、驚異的な精神力で我慢をする。




違うのだ。




こんな事をしても何の解決にもならない。




きっと紗耶香カノジョは試しているんだ。




この人類創生以来の宇宙の神秘に触れんといわんばかりの欲望のサガは、


時として、人間達にとっては禁忌となりえる行為になりかねない。




「もし・・・今ここに冴姫ちゃんがいて、この光景を見てたら悲しむと思います」


「もし、この位置に春斗君がいて、ワタシがこの場面を見てたら」


「二人が付き合っていたという事実を知った時よりも、もっと悲しくなります」




「好きになる気持ちは止められなくて、苦しみを伴うこともあるけど、

こんな自分勝手で利己的な理由で発散したくない」





「だから、我慢します」





「・・・・・・」



涙目になりながら困ったような物惜しそうな、そんな歪な微笑を向けてくる冬華。


私も彼女の期待に応えなければいけないのに。



「・・・・・・」


「紗耶香・・・?もう降りて?」


「・・・・・・」


「分かってるわ・・・、ちょっと・・・待ってね・・・?」



様々な葛藤が正常な思考を妨げて、すぐに行動に移す事が出来ない。



(駄目って分かってるのに・・・ここまできたのに・・・)



自分の意志の弱さに甚だ呆れてしまうくらい、答えを決められない。




ホラー映画で怪物が目の前の獲物の気配を嗅ぎ取る様に、


冬華の首筋に触れるか触れないかの表皮を目標として、鼻息をワザと当ててみる。



「~~~ッ!!」



口を塞いで声を抑え込む。


長座前屈の体勢で伸ばされた両足を内側に内旋させ、身を捩じらす冬華。



「おねがいだからイジワルしないでください・・・」



目尻に大粒の涙を溜めて懇願する少女の姿が、私の嗜虐心に火を灯す。



「冬華、一回だけ、これが最後だから、最後のアヤマチ、ね?」



年長者として彼女の高潔な精神を裏切るわけにはいかないのに、



悪魔の囁きを実行する。



「絶対にダメですからぁ・・・、ずるいですよぉ・・・」



私を押しのけようとするが力は全然こもっていない。



「冬華・・・」



遂に天使の唇をめがけて自分の唇を押し当てようとするが、



寸での所で止める。



そこから徐々に頭を引いてみて、冬華の様子を確かめてみる。



お互い見つめ合った状態で注意深く観察し、動きがあるのをじっくりと待つ。



もう我慢できなくなった冬華の接近を敢えて後ろに躱して、

じりじり嬲るのを楽しむ。



少し悲しそうな眼をする彼女に何も答えないで少し近づけては引く。




そこから一ミリ一ミリ・・・徐々に徐々に・・・。







ピンポーン




「ッ―――!?」



唇が触れ合うギリギリのギリッギリの瞬間、家のインターホンが鳴らされた。



「・・・・・・」



その闖入者の出現に平静を取り戻した二人は距離を取り、冬華は玄関に向かう。



「はーい」



息も乱れたままドアスコープを覗くと、そこには春斗が立っていた。



ガチャリと扉を開けて、急な来訪者に声をかける。


「どうしたの?こんな夜に突然?」


出てきた少女は先刻まで泣いていたかのような顔つきと、荒い息遣いをしている。


「えっと、急に会いたくなってさ。電話に出なかったから来てみたんだけど」


「迷惑だったかな?」


「ううん、大丈夫だよ。お返事できなくてごめんね」


「全然!こちらこそごめん!てかもしかして泣いてた?あとその靴、誰かいる?」


少年の当たり前の推察に焦ってしまう。


「えっとね、紗耶香と映画観てて、それが感動系だったから泣いてたの!」


また嘘をついてしまった。



「冬華、私帰るわね」


後ろから紗耶香が来る。

服装というか、乱れた雰囲気を醸し出していて、目が合わせづらい。


「あっ、うん・・・」


「それじゃあまた明日。春斗君もまたね」


「はっ、はい、また今度」


洗練された歩き方でゆっくりと階段を下りていき、コーンコーンと足音が響く。


紗耶香を見送った後、冬華に腕を引っ張られ玄関内に連れ込まれたかと思うと、



「!?、冬華?!」



彼女は俺に押しかかる様に身体を密着させて、休む間もなく唇を預けてきた。





(あの子が来てくれなかったら、全部ダメになるところだった)


いつもの帰り道、また深く反省する。


どうしてこう彼女の家から出る度に、悩んでしまうのだろうか。


それはきっと、私がまだまだ自分に素直に生きすぎているからだ。


「・・・・・・」


手の中を見ると先程の感触や香り、空気感までハッキリと思い出せる。


(・・・ッ!)


悪いことなのにどうしてもそこに快楽を見出してしまうのは、私のイケナイ癖だ。


(今頃冬華と春斗君は・・・ううん)


よからぬ妄想を振り払い、身体の火照りと疼きを残したまま自宅へと急ぐ。





「・・・ってことがあったのよ、本当にごめんなさい」


「ううん、未遂に終わったわけだし、嘘を隠さないでくれるのは嬉しい」


就寝前、冴姫に先程あったことを報告する、以前冬華としてしまったことも。


「まぁ初犯の方は付き合う前だし?許してあげますよ~」


「・・・ありがとうね、冴姫」


「でもまぁホント紗耶香って、節操ないよね」


「それ、いろんな人に言われるわ」


「さっき家に来てくれればよかったのに」


「そうしたかったけど、時間も時間だしお家の人にも悪いじゃない?」


「そんなことないよ!ウチはいつでもウェルカムです!」


ふわふわとした空気感のある会話が妙に落ち着き、心安らいでゆく。



「それじゃあそろそろ、また明日ね」


「うん、また明日・・・あんまり気にしすぎないでね?」


「ありがとう、アナタも冬華に焼き餅焼かないでね」


「わかってますよーだ!・・・おやすみなさい」


「おやすみ・・・」


電話が切れるというのはいつも寂しいことだが、明日になればいつもの日常だ。



白く塗られた天井を眺めながら、深い眠りに落ちていく―――。





「紗耶香―、夕飯何食べよっかー?」


誰かに声をかけられ目を覚まし、体を預けていたソファーから起き上がる。


淡い光に包まれた大きなリビング、見たこともない部屋、人が近づいてくる。


(これは・・・夢かしら・・・)


ぼんやりとその人物に目を向けると、どこか懐かしい感情が沸き上がってきた。


「紗耶香ってば!聞いてる?」


イカにもギャル系の少女は、制服にエプロンを着て両手で腰を掴み聞いてくる。


「・・・どなたかしら?」


「寝ぼけてるの?アタシだよ?」


最後に見た時と変わらぬ姿で接してきてくれるが、


「・・・知らない人ね」


「何言ってるの?」


「ごめんなさい、いつか現実で会えるまで感動や思い出はとっておきたいから」



目を閉じて、まるで縛られた自分の身体から抜け出す様に意識を集中させる。



宙に浮かぶ感覚、次第に脳が覚醒していき、目を開けるといつもの部屋にいた。



「フフッ・・・・・・」



部屋の隅に二つ置いてあるペンダント、その輝きは未だ失われず―――。





季節は7月中旬、高校生になって初めての夏休みに入ろうとしていた。


「とーうっかさん!今日暇ならカラオケ行かない?!」


「あっ、ごめんなさい、このあとちょっと予定があって」


「それは残念!じゃあまた誘うね~」


「うん、ありがとう」



入学したての頃は友達のいなかったワタシも、大分人と喋れるようになり、


友人と呼べる関係の人も増えてきた。



あの日以来、紗耶香が家に来る回数は少し減ってしまった。


すごい気にしていたみたいで、

朝起きた時長文のメッセージが送られてきたのを今でも覚えている。



それでもお昼は一緒に食べるし、時々買い物に行ったり出かけたりもする。


ワタシは少しでも変わりたいから自炊もするようになったし、

頑張ってクラスの同級生ともコミュニケーションをとるように努めた。


ありがたいことにイジメなんかも起きてないし、話してみれば皆優しい。





「お待たせしました・・・」


今日は裏門ではなく、昇降口での待ち合わせだ。


「来たわね、それじゃあ行きましょうか」


「あれ?冴姫ちゃんは?」


「今日は業務の引継ぎがあるから、少し遅れるって。先行って待ってましょう」


「・・・はい」



前よりも彼女といる時の緊張というものは減ったが、それでも意識してしまう。


「調子はどう?具合悪くしたりはしてない?学校はもう慣れた?」


駅に向かう道すがら、そんな世間話に花を咲かせる。



源宿駅降りてすぐのショッピングモールで冴姫を待つことにしたワタシ達。


カフェでの注文もうまく店員さんに伝えられるようになってきた。


「そういえばアナタって7月20日誕生日よね?もうすぐじゃない」


「よく知ってましたね、自分でも忘れかけてたのに」


「冴姫に聞いたの。なら誕生日パーティーしましょう、16歳の」


「いやいや悪いですよそんなの!」


慌てふためくワタシをじっと見つめる紗耶香。


「なななんですか?」


「んー?最近冬華がかわいいなーって思って」


アイスコーヒーを吸いながら真顔でそんなことを言う。


この人はなんで平気でそういう発言ができるのか?


「そんなことないですよ」


「嘘じゃないわ。今が一番幸せだからでしょうね」


「そう・・・、ですかね」


「そうなのよ」


紗耶香は手元のスマホに目を向けて、


「冴姫今終わって向かうって」


と淡々と伝えてくる。


「紗耶香は、冴姫ちゃんといい感じなの?」


「うん、時々喧嘩したりするけど、ラブラブよ」


「そう、なんだ」


「なんで嬉しそうじゃないのよ?」


「へぇ!?ワタシそんな顔してましたか?!」


「してたわ」



「先お店で選んでおきましょう」


「うん」


お会計を済ませて、店を出た直ぐのアパレルショップを物色する。


「ワタシ水着選ぶの初めてだからどれがいいかわからなくて」


「私も得意じゃないけど、選んであげるわね。冴姫がいればもっと細かい」




「なにかお探しですか?」




この店の従業員と思われる人物が声をかけてくる。


「えっ!?あの!?」


服屋の店員はどうしてみな静かに忍び寄ってくるのか?



「愛美・・・!?」



どうやら紗耶香はこのと面識があるようだった。



ワタシに見せた向日葵のような愛想のいい笑顔から一変、


紗耶香にはニヒルな表情で対応する。


「久しぶりだね紗耶香姉、こんなところで会うなんて」


「その可愛い子、彼女かなにか?」


「違うわよ。この子は彼氏持ちなの」


「ふーん、まぁいいけど。水着買いにきたんでしょ?いいの選んであげる!」



そういっていきなりワタシの胸を服の上から鷲掴みに、丁寧に揉みあげてきた。



「ひゃあ!?ちょっとイキナリなんなんですか?!」


彼女は手の感触を確かめながら、「う~ん、でかい」としみじみ呟く。


「こっちきて!」


「わっ!」


爽やかな日焼け少女に手を引っ張られ様々なデザインの水着を重ね合わせられる。


「うーん、この体形でアタシが見たい・・・じゃない!似合いそうなのは・・・」


「これだ!」


ミント色のフリルビキニを勧めてくる。


「これならそこまで恥ずかしくないでしょ?」


「うぅ、そうですね、でも水着着たことないからわからないデス・・・」


「なら試着してみようか!手伝ってあげる!」


半ば強引に手を引かれ、四角く狭い箱の中に連れ込まれてしまった。





「さて・・・」


こちらに向き直り、自己紹介をしてくる。


「アタシは『佐藤愛美サトウマナミ』!高一の15歳、東村高校に通ってるの、知ってるかな?」


東村はワタシ達の通ってる高校にも近いし、春斗君と同じ高校だ。


「うん、ウチの高校から近いし彼氏もそこ通ってる」

「ワタシは三菱冬華、高一で同い年です・・・よろしくお願いします・・・」


二ヒッと笑う愛美は「タメなんだから敬語禁止!仲良くしよ!」と馴れ馴れしい。



「それじゃあ早速なんだけど・・・、服脱いでもらっていい?」


「今ここでですか?!」


「当たり前じゃない!水着着るんだから!それとも手伝った方がいい?」


「うぅ、分かりました」


正直人に服を脱がせてもらうよりも、自分で脱ぐ方が恥ずかしい。



ワタシはゆっくりと上着を脱いでハンガーを持つ愛美に渡す。


スカートのジッパーも下ろし、フック式のリボン、ワイシャツのボタンも外す。



「・・・・・・」  「・・・」



かなりきまずい。そもそも従業員がこの狭いスペースに同伴していいのだろうか?


一番上からボタンを外す度、愛美の視線が釘付けになっていくのを感じる。



身をくねらせてワイシャツを脱ぎ渡し、遂に下着姿を露にしてしまう、


「下着もだよ?」


にこりとした微笑で水着を着用させる準備を整える愛美だが、

この密室、この距離間がワタシの羞恥心をくすぐり脱ぐのをためらわせる。


「脱がせてあげようか?」


悪気の無い提案をやんわりと断り、ゆっくりとブラホックを外す。



紗耶香程ではないが、ワタシも人に見られてしまう程には大きい。


幼少期からそれで苦労したし、男性のそういった目線が恐かった。


目の前の少女からもそういった雰囲気を感じてしまうのは気のせいだろうか?



「冬華って身長と年齢の割にはおっきいよね、腰は細いのにお尻もいい感じだし」


この状況でも涼しい顔でそういったことを言えるのは、女同士故なのか。


「あの・・・下は後ろ向いて脱いでいいですか?」


「もちろんいいよ!それじゃあ先に後ろからトップス着させてあげるね!」


後ろを向き、バンザイの状態になると愛美が水着を着させてくれる。


色も可愛いし、フリルのデザインも女の子らしい。正直かなり気に入っていた。



その後は下も脱いでクリームミントの布地を受け取る。


リボン付きのこんな小さな面積で乙女の聖域を守れるというのだろうか?


些か心配もあるが、海へ行けば関係ないのであろう。



「鏡見てみて!」



個室内の姿見で自分の姿を改めてみる。


うん、ワタシとしてはかなり満足している。あまり悩みすぎてもしょうがないし。


「どうですか?」


後ろに立つ愛美に鏡越しに尋ねてみる。



「すっごくかわいいよ!これなら彼氏もイチコロだね!」



(そっか、これならハル君も、喜んでくれるよね)



少女が一瞬、想い人のことを考えているのを愛美は見逃さなかった。


「ねぇ冬華、もしよかったら連絡先交換してよ、せっかくだし」


「えっでも?」


「アタシ達タメなんだしさ、せっかくだから遊べる友達増やしたいんだ」



友達。



そうだ、人は誰でも心の許せる関係を、喜びを共有できる他人を探している。


「うっ、うん、いいよ」


「やった!あでもここで交換したっていうのはナイショね?二人だけの秘密!」


「わっ、わかった!」



「冬華、いつまで試着してるの?」


カーテン越しから声がかかるので愛美が「終わったよ!」と返事をした。


「それじゃあアタシが選んだこの水着でってことでいい?」


「はい!ありがとうございます!これに決めました!」


「それはよかった!じゃあちょっと準備するから、着替えておいてね!」


愛美はワタシのスマホに自分の連絡先を入力すると、そそくさと退出した。



それと入れ替わりで紗耶香が試着室に頭だけ入れてくる。


「ちょっと!着替え中でしゅよ!」


「あら、結構いい感じじゃない、似合ってる似合ってる」


それだけ言うと頭を引っ込めたが、デリカシーというものがないのだろうか?



制服に着替えて出てみると、冴姫も合流していた。


「冬華さんはどんな水着になされたんですか?」

「えと、これを買います」

「まぁ可愛らしい!すっごく似合いそうですね!」

「私も去年と同じ感じで、色は赤にしてみようかしら」

「わたしはタンキニ系にしてみようかな」

「彩と秋がいたらもう少し選べるんだけどね」

「あの二人は大会が忙しそうだからね~、また皆で海にいけるかどうか・・・」



紗耶香と冴姫も水着を決めて購入する。


お店を出る時愛美が「またね、連絡する」と一言だけ言ってきた。





「夕食、近くで食べますか?」

「そうね、そしたらいつものあそこ行きましょうか。冬華も来るでしょ?」

「えっ?いいんですか?」

「当たり前じゃないのよ・・・それじゃあ決定ね」


夕暮れの街のざわめきに紛れて身を進めていく三人、目的の飲食店に入る。


「冬華はここ来るの初めてよね?いいところだから、今度は春斗君と来なさいな」

「なんだかんだ表三道きたらいつもここ来ちゃうよね」

「好きなの頼んでいいからね、今日は冴姫の奢りだから」

「ひどっ!まぁでも紗耶香と冬華さんならいいですよ~だ」



その後前菜やメインを美味しくいただき、デザートで一息つく。



「もう暑くなってきてるのに、この店は涼しいわよね」

「ありがたいよね~。そういえば冬華さん誕生日ですよね?」

「そうですね、もう来週です」

「なら盛大に祝わなきゃね」

「そっ、そんなことしなくていいから!」

「そう?じゃあ私と冴姫と、春斗君と彩ぐらいでいいかしら?」

「うん」

「会場はわたしが決めておきますね!」



「あっ、さっきの店員さんと紗耶香ってどういう関係なんですか?」



話の腰を唐突に折ってしまってしまったと思うが、聞きたかったので仕方がない。


冴姫は不思議そうに話題についていけない顔をしている。


「愛美のことね・・・もしかしてあの子に何かされた?言われた?」


「違いますよ!ただ、お二人の間にただならぬ雰囲気を感じたので」


「なんのはなし?」


「さっきのアパレルショップでバイトしてた子がね、私の知り合いなの」





「今高一で、去年少しだけ家庭教師をしてあげてたの。遊んであげたりもした」


「でもあの時の私はかなり荒れてて、彼女が受験合格をしたお願いを最悪な形で

反故にした」


「多分、その時のことまだ怒ってるんだと思うわ」


「そうだったんですか・・・、思い出させてすみません」


「いいのよ別に、私も忘れようとしてたわけではないし」


「で、具体的にどんなカタチで仲違いしたのかなー気になるなー」


冴姫は興味ありげに訊きたそうだ。


ハァと少しだけ溜息を漏らした紗耶香は、つらつらと語りだす。





「愛美の母親と私の母親が仲良くて、近所だったし昔からよく遊んであげてたの」


「それでも進学する頃には遊ぶ回数も少なくなって、寂しそうだったわ」


「それで去年テニス部を辞めたタイミングで時間ができたから、

あの子の家庭教師を務めてあげたの」


「活発な見た目は変わらなくて、太陽みたいな笑顔を振りまいてくれた」



「でも私は史夏を失ったショックで上手く笑えなくて、なにも知らないで

無垢な笑顔を向けてくる愛美を疎ましいとも、妬ましいとも感じていた」




「ある日ね、彼女は恥ずかしそうに私に聞いてきた」




『紗耶香姉はさ、今彼氏とかいるの・・・?』




『・・・いないわよ』


『じゃあさ・・・彼女とかも・・・?』


『それもいないわ、勉強に集中しなさい』


『ごっ、ごめんなさい。でもまだいいかな?』


『・・・』


『アタシね、その、実はさ。女の子が、紗耶香姉のことが好きなんだ・・・』


『・・・そう』


『それでさ、この受験うまくいったらさ、アタシと付き合ってほしいなぁー』


『・・・』


『なんてさ!・・・・・・ごめん。いきなりすぎたしキモかったよね』


『女の子同士なのにさ、何考えてるんだろうねアタシ。ごめんなさい、忘れて』


『・・・・・・』



『さあ頑張って勉強に!『愛美』



背の高い椅子から立ち上がった紗耶香は、キョトンとした愛美を立ちあがらせて


ベッドに無理矢理押し倒して、状況が飲み込めてないであろう少女に覆い被さる。



『・・・・・・』



『なに・・・どうしたの?怖いよ紗耶香姉・・・』



少女の普段は見せない、不安そうな顔を初めて見る紗耶香。



『告白の件、考えてあげてもいいわよ』



潤んだ瞳にが少しだけ見開かれ、嬉しそうになる。



『でもね、まずは予習しとかないと』



紗耶香は愛美の淡く黒みを帯びる焼けた肌に舌と鼻息を這わす。



『ンッ!なにしてんの!?駄目だよ紗耶香姉!隣の部屋兄貴もいるのにっ!』


『愛美は興味ない?こういうこと?』


『そうじゃないけど!こんなの嫌だよ―――ッ!』


『大丈夫だから大丈夫よ、力抜いて・・・』



悔しそうに両手で涙を抑えながら必死に押し黙って、ビクンビクンと跳ねる。

愛美の健康的な肉体を汚し尽くす、ただそれには自己満足しかなかった。



それから愛美への家庭教師の回数も増やして、休みの日はデートもした。


ある時は家で、トイレの個室で、神社の裏で。


ありとあらゆる彼女を壊した、徹底的に。



段々と彼女の笑顔は紛い物になっていき、自然に向けてくることは少なくなった。



純情を最悪なカタチで壊した紗耶香は、合格発表を嬉々として伝えにきた

愛美の笑顔を疑ってしまう。



それはいつも見せてくれてた心の底からの嬉しいという気持ちから出る純粋な顔。



(そんな風に私を見ないでちょうだい)



こんなに鬼畜なことを続けているのに、憎まれるはずなのに、




(どうしてそんなに明るく振舞えるの?)




『紗耶香姉!アタシやったよ!』




『それであの時のお願いなんだけどさ、アタシやっぱ紗耶香姉のこと好きなんだ』


(やめて、愛美、お願いだから)




『だからさ!『私ね』




『アナタのこと嫌いだから、あんなことしてたのよ、気が付かなかった?』




『・・・え』




『必死に嫌われようとしてたんだけど、ヤリ方間違っちゃったかしら?』



『約束は覚えてるけど、ハッキリいって愛美は私に相応しくないと思うの』



『だからお断りさせていただくわ』



『ッ・・・・・・』



『せいぜいいつまでも私のことを忘れないで、幻でも追いかけ続けてちょうだい』




『これでお別れね、バイバイ愛美。合格おめでとう』




(違うのよ、私はアナタに相応しくないから付き合っては駄目なの)


(ごめんなさい、でもね、私なんて好きになるからそんな気持ちになるのよ)


(こんな人間クズのことなんて忘れて、別の幸せな恋を探すといいわ)


(・・・・・・)


(またこんなことしか出来なかった)


(ただ人を傷つけるだけの女。最低ね、笑えもしない)





「そんなことがあったのよ」




「・・・・・・」  「・・・・・・」




「紗耶香・・・」


冴姫が控えめな声で「わっ、別れましょう・・・」と引き気味に言い放つ。


「どうしてそんな酷い事が出来るんですか?貴女は鬼ですか?」


冬華もまじめな口調で紗耶香の告白を心配してしまう。



「確かにあの時は!!・・・私が全面的に悪いし、今でも悔やんでるわよ!」


「ただ!愛美には・・・、私のことを好きになって欲しくなかったから!」


「だから史夏さんみたいなことしたってこと?まぁなんというか」


「冴姫も人のこと言えないじゃない」ボソッ



珍しく口をすぼめて小言をこぼす姿は幼い女の子がいじけたような物言いだが、


過去の内容はとても正気の沙汰とは思えない。



「紗耶香」



「・・・なに?」



「今の話が本当ならワタシ、貴女であっても許せません」


「だから愛美ちゃんにはしっかり謝罪してほしいです」


「・・・・・・分かってるわよ」


「なんでまだ謝ってないんですか?」


「・・・・・・」


「冬華さん、紗耶香は多分、すっごく辛い時期に自分と正反対な愛美さんを

相手にしていたから、あまり責めないであげて?」


「それはさっき聞きましたよ。だからって到底許されることじゃないと思います」



冬華は自分のスマホを取り出して、どこかに電話を掛け始めた。


「もしもし?冬華?いきなりだね?どうかした?」


「愛美ちゃんとお話したい人がいるらしいので電話かわりますね」


「えっちょ!」


紗耶香にスマホを渡す。



「・・・もしもし、紗耶香だけど」


「ハァ?なにいきなり?誰ですかー?」


当たり前といえば当たり前だが、その口調は厳しい。


「アナタに、しっかりと謝りたくて・・・あの時のこと」


「・・・・・・」


電話口の向こうに荒い呼吸音が聞こえる。


「合格発表の時のこと・・・それまでの行為のこと、本当に・・・申し訳ないわ」


「・・・・・・」


「途轍もなく人として最低なことをしたと思ってる」


「・・・それを直接顔も見ないで電話で済まそうと思ってるの?」



「体だけの繋がりも冷たい態度も辛い受験勉強も」



「全部紗耶香姉の為だったらって思って、信じてたんだよ?」



「・・・それをアンタはブチ壊しにした。惨めだったなぁあの時は」



「でもあの出来事で目が覚めたし、なんか吹っ切れたんだよねぇー」



「そこだけはホント感謝してるよ」



「それで?まだ他になにかあんの?ないなら切るけど?」



「私が間違ってた、しっかりと謝罪させてほしいです」



「んー何言ってるかよくわかんないんだけどさ、なんで?もういいってば」



「・・・どうしても駄目?」



「人のこと侮蔑したり強姦したかと思えば今更謝罪させてほしいとか

行動がおかしいと思うんだけど?どうしちゃったわけ?」


「要するにただのアンタの自己満でしょ?」



「そう・・・なるのかしらね」



「いいわ、自己満を満たしてあげる、後で東郷山公園に来なさい、一人でね」


「・・・わかった」



乱雑に通話が切られる。



「二人は先に帰ってちょうだい、私はやるべきことをするから」



「・・・頑張ってね」  「わかりました」





「正直、紗耶香があそこまで人間のクズだとは思いませんでした」


冴姫と一緒に帰る冬華はそんな幻滅を漏らす。


「わたしもちょっとどころか、かなり吃驚してますよ。

あの時期はかなり精神的に病んでたのもありますけど、それにしたってねぇ」


「もしこれで愛美ちゃんと仲直りしても、これから紗耶香に対する考え方は

かなり変わると思います、ワタシもああいう身勝手な人のせいでいっぱい辛い思い

してきましたから」


「そうですねぇ・・・、わたしもどうして気付いてあげられなかったのかとか」


「色々考えなくちゃいけないことがたくさんできました」



「でもこれはやっぱり二人の問題ですから」


「どんなに紗耶香の人間性が露になってもわたしはアノ人の恋人でいつづけます」


言葉とは裏腹に力なく寂しそうな語気の冴姫に、冬華の気持ちも落ち込む。



「・・・冴姫ちゃん、ワタシ達も少し話せない?昔のこととか」


「いいですけど・・・気を遣ってくれてるんですか?」


「そんなんじゃないですよ、ただなんとなくね」


「それじゃあ冬華さんの家行っていいですか?

あまり遅くならないようにしますので!」


「うん、それでいいのなら」




かつて姉妹だった二人は、今は親友として横に並ぶことができた。




紗耶香と愛美もそうなればいいなと思う冬華なのであった。




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