第二十話 ホントノキモチ
「あら、早起きじゃない」
「んー、ちょっと予定があってね。少し出かけてくるの」
「なになに~、彼氏でもできた~?」
「違うわ、そんなのよりもっと尊い存在よ」
「そう、まぁ楽しんでらっしゃい。もう少ししたら遊べる頻度も下がるだろうし」
「大丈夫よ、ワタシ勉強得意だし、こないだのテストも全教科満点」
「・・・お母さんは我ながら自分の娘に恐怖してるわ」
「・・・・・・」
「どうしたの?」
「お母さん、いつも大変なのにありがとうございます」
「色々と私の為にしてくれてるって、ちゃんと伝わってるよ」
「だからこれからもよろしくね」
振り向きざまにみせた照れ隠しのはにかむ表情に驚く。
「・・・今日って母の日だったかしら?それとも誕生日?それとも」
「フフッ、行ってきまーす!」
階段を駆け下りる音が、玄関ドアが閉じられる前に消え去る。
「騒がしい子ね。一時期落ち込んでたけど、元気出してるみたいでよかったわ」
「それにしてもさっきの微笑!アイツそっくりで複雑だわ~」
ピンポーン
「今出まーす!」
ドタバタと騒がしい音を立てながらドアを開けてくれた冬華。
「うーん、この服にしようかしら」
待ち合わせ時間までの間、作戦を練る。
「髪はストレートにしたいんだけど、ヘアーアイロン嫌?」
「・・・怖いです」
「なんでも試してみましょう、痛くしないから」
「悪くないけど、ちょっと外に跳ねちゃうわね、まあそこが可愛いか」
「うう~、ワタシ大丈夫ですかね?春斗君に嫌われないかな?」
不安そうな少女を姿見の前に立たせ、自分自身を認識させる。
「これが今のアナタ、どう?自分のこと好きになれそう?」
目元にかかった前髪は左右に分けてヘアピンで止め、しっかりとメイクした。
眠そうな目元と下がり眉がハッキリしたことにより、程よいゆるふわ系女子に。
ネイビーのオーバーサイズニットが、主張する胸元を慎ましくし、
手首まで隠して萌え袖を、縦長なのでシルエットもスッキリさせてくれている。
イメージ的には白などの膨張色が似合いそうだが、あえて収縮色で大人っぽく。
足首を見せるスリムパンツにスニーカーでこなれ感を演出し殆ど完璧!
「可愛い・・・ですね・・・」
改めて自分が別人になったのではと錯覚する。
座敷牢にいた頃も、この家に来てからも衣食住は最低限だったし、
これなら誰から見てもバカになんてされないはずだ。
(春斗君も褒めてくれるかな・・・)
「後一番大事な事、伝えておくわね?」
「ふぇ?」
紗耶香はワタシの両肩を掴み後ろに立ち、姿見の少女に話しかける。
「それはね・・・」
耳元で囁かれる助言に、目から鱗が落ちた。
「おまたせー!」
スマホを見ていた春斗はキタキタと冬華の方を見るが、
「かっ、可愛い」
いつもとは違う、新しい側面を魅せる彼女の姿に開いた口が塞がらない。
「ごめん、待ったよね?」
「いや大丈夫!俺も今来たとこだし!」
楽しみで30分前から来ていたのはナイショだ。
「それであの、どうかな?」
上目遣いで恥じらうように尋ねる冬華の破壊力ときたら。
「えーと、ごめん、正直驚いてる・・・チョー可愛いなーって」
「・・・そっか、よかった」
嬉しそうな彼女の反応に思わずこちらも頬が緩む。
「あっ、あのさ」
「うん?」
「ワタシまだ人混みとか苦手で・・・その、手、繋いでもいい?」
突然の提案に心臓が張り裂けそうになる、青天の霹靂、驚天動地。
この気持ちは言葉では表しきれないだろう。
「うん、もちろんうれしいんだけどいいの?俺なんかで?」
よくわからないいことを言ってしまったが、彼女は「喜んで!」と快諾した。
「やっぱり土曜は混むな~、はぐれないように、しっかり掴まってろよ」
「う、うん・・・(うわ~、ワタシすっごいドキドキしてる)」
いつもと変わらぬ頼りになる背中、今は彼の横に、対等に立てている。
「心配だからついてきたんだけれど」
キャスケットにサングラスといういでたちのストーカーは須藤紗耶香。
「なんでアナタまでついてくるのよ」
ベースボールキャップにフレームレスのかわいらしい丸メガネをかけた鳳凰院冴姫。
「いやー一応冬華さんの成長ぶりを見たくてですねー、あっ!行っちゃいます!」
「まあいいけど、バレないように気をつけましょう」
「あいあいさー」
(・・・なんだかいつもより緩い雰囲気ね)
「それにしても貴女の彼女にも驚きましたけど」
「まさか冬華さんにまで彼氏ができてしまうとは」
「まあね、紆余曲折あったけど初恋は成就したの、よかったでしょう?」
「そりゃ昔を知ってたら考えられないですけど、オーラ出してますもんねぇ」
車両をズラして乗車したが、甘々なカップルぶりはこちらまで伝播してくる。
「いい冬華、もっと可愛くなるには・・・」
「ゴクリ・・・」
「春斗君のことを考えて、甘えてあげなさい!」
「ええー!!」
「媚び諂う訳じゃないわ、彼の求めることを察知して、上品に受け入れてあげて」
「その上でアナタがしたいことをするの。遠慮なんてしちゃだめよ?」
「お互いが気を遣って過ごしたら、疲れちゃうでしょ」
「だからある程度気は張ってても、常に甘えてあげる。彼もきっと喜ぶわ」
「自信をもって冬華。彼はアナタを嫌わないし、絶対に見捨てない」
「だから対人恐怖症のリハビリも、彼でやるといい、許してくれるハズだから」
「でもくれぐれも無理はしちゃ駄目、そういう時は我慢しないで伝えてあげてね」
「笑った顔が誰よりも輝いてる『三菱冬華』楽しんできなさい!」
「手繋いだままそっぽ向いちゃってますね」
「いいわね、青春らしくて。私は最初からキスだったわ」
「あはは、そうでしたね、懐かしい」
「冴姫は最近どうなの?気になる人でもできた?」
「いえいえ!そんな人いないですよ!ただ・・・」
「?」
(言えるわけないですよね、この気持ち)
「気持ちのいいデート日和ね」
「空気が澄んでますね~」
「私達も遊園地、入りましょう」
「はい!」
「人混み大丈夫?怖くない?」
「うん、平気だよ、ありがと」
「顔赤いけど熱でもある?」
おでこに手が当てられるが、気恥ずかしい。
「あのね、違うの。春斗君と一緒だから嬉しくて真っ赤なんだ、えへへ」
「そかそか、それならよかったよ、なにか乗りたいものある?」
「じゃああれ乗りたいな!」
春斗の腕に抱き着きながら目を輝かせてアトラクションを選ぶ姿は、妹の様だ。
(あれめっちゃ怖いジェットコースターじゃん・・・)
「イヤだった・・・?」 「全然!むしろドンとこい!早く並ぼ!」
「冴姫、大丈夫そう?」 「なっ、なんとか挑戦してみます!」
「すっごーく楽しかったねー!!」
「そっ、そうだね・・・(死ぬかと思った・・・)」
「しっかりちゃんと立ちなさい!」
「むっ、無理でした・・・オウェ・・・ウップ」
「ジェットコースターで酔う人初めて見たわ・・・、はいこれ」
「これは?」
「ミント味のガムよ、噛むと楽になるわ」
「紗耶香さん・・・!ありがとうございます!」
「そろそろお腹空いたな~、なにか食べようか?」
春斗はフードコートを見渡すが、席こそ空いてるものの、飲食店は混んでいる。
不意に後ろから袖を引っ張られた。
「あのね、これ今朝作ったんだけど・・・一緒に食べない?」
大きめのトートバッグから袋が取り出され、その中におにぎりが入っている。
「え!?これ俺の為に作ってくれたの!?」
「うっ、うん、春斗君おにぎり好きだったから」
「マジありがとう!大好きなんだよ、早速席ついて食べようぜ!」
「二人はお昼みたいですね」
「私が作り方教えたのよ?」
「それにしてもこういう施設の外連味のある食べ物って」
「どうしてこう美味しいのかしら?」
「七色に輝いてますもんね・・・でも意外とイケます」
「冴姫はお嬢様だから、こういうの食べないと思ってたわ」
「そんなことないですよ!皆で食べた塩焼そばとか、チョコバナナとか」
「あーいうの結構好きでした」
「そういえばお祭りでアナタがチョコバナナ食べさせてくれたじゃない?」
「ええ」
「史夏がね、アレを見た時冴姫に嫉妬したらしいわよ」
「今のは本人にはナイショにしておいてね?」
「そうだったんですか、でも残念!あの時の沙弥香さんはわたしのですよ!」
「フフッ、そうかもね。あの後助けに来てくれたのもアナタだったわね」
「・・・そうですね」
「史夏と別れた日、お風呂で慰めてくれたのもアナタ」
「一番最初にアプローチの仕方を教えてくれたのも冴姫だったわね」
「思い返せばお世話になりっぱなし!紗愛の件もそうだったし」
「冴姫、アナタは私にとって最高の親友よ。本当に友達でいてくれてよかった」
「そう・・・ですか?それはそれはよかったです・・・嬉しい」
「偶にはアナタと二人きりのデートも悪くないわね、居心地いいわ」
「わたしもですよ紗耶香さん、遊園地なんて来たことなかったし・・・」
「そうなの?知らなかったわ」
「はい!でもこういう初めてが好きな人と来れてよかったなーと思いますよ!」
「大げさね・・・私もアナタといるの好きよ、冴姫」
「そういってもらえると光栄です~・・・」
「おにぎりどうかな?」
「めちゃウマだよ!」
「あはは、そこまでいっぱい食べてもらえたなら、作り甲斐もあったなぁ」
「あっ、ほっぺにご飯粒ついてる、とってあげるね」
「おっ、サンキュー」
細長い白い指が頬の米粒を取っただけなのだが、妙に意識してしまう。
(手つきがキレイでびっくりした)
そのまま指先に着いたご飯粒はティッシュの上ではなく、
「パクリ」 「えっっっ!?」
「おいしいね」
口がとろけた彼女の笑い顔に、在りし日の冬華を重ね合わせる。
(あぁ、夢叶ってるなぁ)
幸せとはこういうことをいうのだろうか?
「甘いわね・・・チュリトスにまぶしてある砂糖くらい甘いわ」
「アオハルですねー」
「私達もこのチュリトスで、ポッキーゲームでもしてみる?」
差し出された長い棒を咥えさせようとする紗耶香。
「あのえと、そういうのはいいのかなーって」
「からかっただけよ、それでも一口どーぞ」
「もう・・・ありがとうございます。あむっ」
「あっ、おいひい」 「でしょ?」
「夕焼けが眩しいね~」
様々なアトラクションを一日フルに使い楽しんだ冬華達。
最後は定番中の定番、観覧車に乗ることにした。
「眩しすぎてこの中真っ赤だな」
「なんかロマンチックだね」
「ねぇ?写真とってもいーい?」
「ん?もちろんいいよ」
「それじゃあ!」
スマホのインカメで撮影したので、お互いの体の密着度は必然、高くなる。
「ッ・・・・・・」
「んんっ・・・・・・」
この体温の高さは、きっと夕焼けのせいだろう。
よかった、室内がこんなに赤くて。
「・・・ハル君」
「なに?」
窓の外の破滅的な紅さと、観覧車のグワングワンという音に気を盗られてて、
「んむっ・・・」
彼女の耳まで真っ赤に染まったかんばせと、うるさいくらいの鼓動音に、
すっかり気がつくことができなかった。
「この観覧車でね、あの子録音してたのよ、告白音声」
二人の後を追い乗り込んだが、自分達の位置と彼らの位置が分からなくなった。
しかしもう大丈夫だろうということになり、大人達も楽しむことにしたのだ。
「わぁーここが16万円の価値があった観覧車ですか」
「そうね、今ではもう無価値よ。二束三文にもなりはしない」
「そんなことないですって、腐っても鯛ですよ」
「ちょっとそれ私のことー?」
そういって苦笑いしているが視線は赤い地平線の彼方に向いており、
わたしの言葉が届いているか少し心配になる。
黄昏る姿も美しいと思うが、やはりそこだけじゃない・・・。
「ねえ冴姫、史夏に向けた言葉に価値があったか、試してみましょうか?」
すらりとした流し目でこちらに見つめて、謎なことを言い始める。
「それはどういう」
言い終わる前に彼女が身体を傾けてきて、
「須藤紗耶香は、鳳凰院冴姫のことが好きよ」
「ッ・・・!(近い近い近い!)」
数十秒間見つめ合ってしまう魔性の女と奥手な女。
不意に魔女は表情を崩し、「どうだった?」と尋ねてくる。
「少なくとも・・・、わたしにとってはどんモノよりも魅力を感じられました」
「そういってもらえる気分いいわ。近頃誰にも求められなかったし」
「冴姫、アナタはどう癒してるの?この飢えと渇き?」
困ったように聞かれるが、そんな経験はないので答えられない。
しかしたった一つの冴えたやりかたとは、こういうことをいうのだろう。
「わたしが・・・史夏さんの代わりになることはできませんか??」
目を閉じる隙も失ってしまったので、その天使の接吻を間近で見てしまった。
(嗚呼・・・ハル君とキスしちゃった・・・身体の内側が焦げそう)
唇を重ね合わせただけで、動きも何もなかったが、俺達にはそれだけで充分だった。
(嗚呼・・・冬華の唇甘い匂いがして柔らかくて、ずっとこうしてたい・・・)
しかし何事にも終わりは訪れるというもので、観覧車は無情にも着いてしまう。
果たして無情なのだろうか?
キスをしたという大義名分を手に入れてしまえば、後は高校生カップル、
今日の出来事は、
後に何度も訪れる『分かち合い』の儀式の最初の一歩に過ぎなかった。
「ダメよ冴姫・・・私は誰とも付き合えない」
「でも!」
「冬華はまだしも、アナタに『好き』って言われたら我慢できなくなる」
「ね?それはお互いの為じゃないでしょ?」
口では綺麗事を並べてはいるが、
獲物が罠にかかる瞬間を待つ猟師の眼差しをしている。
(誘われてる・・・)
多分紗耶香はもう理性も残ってないのだと思う、愛憎の抑制の果てに、
自分の武器を装備して、磨き上げて、わたしに見せつけている。
ここからは『友人』としてか『恋人』としてかの選択を決断しよう。
「わたしはね紗耶香さん」
「貴女と過ごす内に、悩みを共有する内に、思い出を積み重ねる内に」
「どんどん惹かれていっちゃったんですよ」
「ごめんなさい、わたしも史夏さんに嫉妬してたんだと思います」
「別にほくそ笑んでいたとかそういうわけではないですよ!」
「史夏さんがいなくなって寂しいですし・・・」
「でもね、いまこうして観覧車に二人っきりだなんて、想像出来ましたか?」
あの時と同じ光の明暗が、冴姫の部分部分を彩っていく。
氷の女神の冷たい頬をそっと両掌に収めて、
(史夏さん、お許しください)
「冴姫んッ・・・!」
(あ・・・)
初めてのキスは『特別な人』としたかったから、これでいい。
「足元お気をつけてお降りくださーい」
「・・・」 「・・・」
平静を装ってゴンドラから降りるが、両者微妙な雰囲気に包まれているであろう、
もうすっかり日も暮れて空が夜に混じる頃、
「少し静かな所行かない?」
と誘われたので従うことに。
ボーと低い音を響かす貨物船と水平線に沈みゆく夕陽を眺めながらベンチで話す。
「・・・ガッカリしましたか?」
先刻の行為についての感想が聞きたい。
「ううん、でもこうなるとは思ってなかったし、ちょっと意外だったわ」
キスの感触を思い出す様に唇を摩る紗耶香。
「わたしすっごく緊張しましたよ。でも本当の気持ちを伝えられてよかったです」
「自分の気持ちも再確認できましたから」
少し寒さと感じさせる海風と、カモメの鳴き声が肌になびいてゆく。
「紗耶香さん、最初に史夏さんとキスした時のこと覚えてますか?」
「その時『何も感じなかった』って話されてましたよね」
冴姫はズイッとこちらに身を捩じらし、続ける。
「わたしは違いましたよ!初めてが紗耶香さんで本当によかった!」
「友人関係も親友の恋人でも、それを壊してでも!」
「キスの甘美な刺激を、『須藤紗耶香』を味わいたかった!」
「紗耶香さんは・・・?」
「私って悪い女なのよ?アナタの恋心を焚きつけて、キスするように仕向けた」
「気づいてましたよ、でも我慢できませんでした」
「そうよね、いっぱいイジワルしちゃって悪かったわ」
「ねぇ冴姫、もっとアナタについて知りたいんだけど、いいかしら?」
「・・・はい」
遊園地近くのカフェテリアで寛ぐ冬華と春斗。
「メッチャ楽しかったな、遊園地!」
「うん、春斗君が一緒だったから、ワタシ遊園地初めてだったし・・・」
「マジ?!それじゃあ今度は舞兵の夢の国とか、冨士Qとか行こうぜ!」
「そうだね、水族館とか、動物園も行ってみたいな」
「今から楽しみだな~」
「大分暗くなってきたし、そろそろ帰ろうか?」 「そうしよっか」
「ん?」
春斗は席を立とうとして、ふと道路の向こう側で信号待ちをしている人に気付く。
「あれ?こないだの須藤さん・・・だっけ?誰かと一緒だ、買い物かな?」
つられて冬華もそちらに注目する。
「紗耶香と・・・冴姫ちゃん?」
帽子は被っているが、あの顔立ちや雰囲気は見間違えない。
「手なんて繋いで、余程仲いいみたいだな。あの人達も今帰りかな?」
「それにしても駅とは反対方向に行ってる気がするけど、どこ行くんだろ?」
「なぁ冬華!少し後追ってみようぜ!」
屈託のない笑顔で手を差し伸べてくるが、あまり乗り気はしない。
「折角楽しんでるんだし、邪魔しちゃ悪いよ」
「大丈夫だって!もしかしたら美味い飯屋とか入るかもしれないじゃん?」
「それに知り合い尾行するのってなんかワクワクするし!」
よくない探求の精神だと思うが、結局ついていくことに。
「それにしてもあの先輩って何者なんだ?敢えて聞かなかったけど」
「あの人は・・・」
付かず離れずの距離を保って追跡すると、なにかの建物に入って行くようだ。
「ここって・・・」
騒がしい表通りと違い、閑静な裏路地にその憩いの場はあった。
迷いなく入場する様子を見ると、目的地はここで間違いないみたいだ。
『ラブ』の文字がデカデカとかかれた看板に、緊張と羞恥が喉の辺りを蝕む。
「えーと、つまりそういうことだよな・・・、なんかごめん」
冬華はその光景を目の当たりにして、動けなくなってしまう。
(紗耶香と冴姫ちゃんがホテルに?なんで?付き合ってた?カップル?)
(手を繋いでたしあの雰囲気は親密すぎた、ならなんでワタシとしたの?)
(もうハル君と付き合ってるから浮気じゃないか、それでもいきなりこんな)
(イライラする、そんなの紗耶香の勝手なのになんでだろう、苦しい)
信頼してた人間同士の情事は考えたくないものだが、それでも認識してしまった。
紗耶香と冴姫はこれからあの建物ですることをしてしまうんだろう。
それは冬華にとって言い表せない屈辱感や悲愴感や倦怠感や、
よく分からない感情が胸部の内側を蠢いていた。
耐えられなくなった彼女は動悸が激しくなっていき、その場に座り込んでしまう。
「冬華!?大丈夫か?ごめん俺デリカシーなかった、ホントごめん!」
慌てて心配してくれて、背中を摩ってくれる彼の声が聞こえづらい、
冬華は先日の紗耶香との慰め合いを思い出していた。
脳裏に鮮明に映る彼女の肢体は美しく滑らかで、淫靡さを醸し出していた。
別にそれはワタシのモノじゃないが、冴姫はこれから同じことをするんだろう。
そう考えると脳みそが乱暴に掻き回されるような変態感に堕ち、
脳内の神経回路が切り替わる。
「春斗君・・・」 「大丈夫か?具合悪」
「ワタシあそこに入りたい」
震える指で彼に合図を送る。
愛が、もうすぐココに。
受付で鍵を受け取り、エレベーターに神妙な雰囲気で乗り込む男女。
パネルは早い時間でもほぼ満室の表記が出ていた。
部屋に着くまで無言の二人は、果たして同じことを考えていたのだろうか?
「俺、ホテルは初めてだし、好きな子とするのも初めてだから」
キチンと整えられたキングサイズのベッドに座り、嬉しい告白をされる。
「ワタシも初めてだから・・・?」
ウルウルと潤んだ瞳と、恥辱的な反応が春斗の平常心を掻き乱す。
「じゃあ、さ・・・キス・・・するから」
そっと冬華を抱き寄せて、ぎこちない接吻をする。
観覧車の時とは違い、ここは完全な密室、直に彼女を感じてしまう。
(髪サラサラ・・・腕ギュッとしてきた・・・可愛い・・・)
(もっと深く・・・まだ早いかな・・・ダメだもう俺)
ゆっくりゆっくり冬華を傷つけないように、驚かせないように愛を深める。
「・・・ッ!」
彼女もそれを受け入れてくれて、情熱が絡み合う。
(紗耶香も今、こんな気持ちで冴姫ちゃんとキス・・・してるのかな?)
目の前の彼氏に集中しなければいけないのに、
冬華の妄想は心の隙間を埋めるようあの二人よって成り立ってしまう。
(春斗君の、紗耶香と違うけど・・・気持ちいいよ・・・)
経験値の違う両名にそれぞれ違う趣を味わいながら、夜が更ける。
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