第十五話 終わりの始まり
泣いてた。
泣かせた。
泣きたいのはこっち。
頭上に降りしきる無数の雨が、紗耶香の心と身体を冷やしていく。
彼女は一つの場所に足を運ばせていた。
確かそれはこの辺りに有った筈だ。
不意に首元のペンダントに気が向く。
星型のシルバーアクセサリー、ゆっくりと外し、掌に収める。
どこかへ放り投げようと大きく振りかぶるが、
意識とは裏腹に身体が拒絶する。
これが最後の生命線だから、『彼女』と『私』を繋ぐ糸だから。
(―――馬鹿みたいに大きなお屋敷ね)
歩き疲れたその先に、私の『避難所』があった。
「お嬢様、外にご学友が尋ねられてますが、アポイントメントの予定は?」
突然の知らせだった。
スマホを開くが特にそのような通知もきていないし、この土砂降りだ。
「(誰かしら?)・・・その方、お名前は何ですか?」
「須藤紗耶香様です」
「紗耶香さん?一人ですか?」
「ええ、お一人でずぶ濡れになっておられます」
「早く入れてあげなければ風邪を引くかもしれません」
「通してあげて!すぐに!体も拭いてあげて!」
嫌な予感がする。
自室から広い屋敷を走り抜け、玄関口まで向かと、
「紗耶香さん!」
二階から入り口を見ると、びしょ濡れの少女が虚ろな目で立っている。
「・・・冴姫?」
「紗耶香さんなにがあったんですかその恰好!史夏さんは!?」
濡れ切った体を拭われている彼女に駆け寄り、状況を確認すると、
「・・冴姫、冴姫っ!うわぁああああああああああああん!!」
まるで捨てられた子犬が飛びついてくるように抱き着かれる。
「あああああああああん!!」
「本当に一体何が・・・」
優しく抱きしめる彼女の身体は、『氷』の様に冷え切って、凍えていた。
「とっ、とにかくまずはお風呂に入りましょう!」
「・・・一緒がいいわ・・・」
「分かりましたから!早く行きますよ!」
暖かい。
熱いシャワーを氷の塊にかけた時の様に、私も指先から溶けていく。
「頭痒いところはございませんか~」
冴姫に頭を洗ってもらうが、これがなかなかどうしてほぐされていく。
「とっても上手なのね、マッサージ」
「そうですか?史夏さんにも海で言われましたよ」
ピクリと彼女の体が弾むのが分かる。
「・・・話したくないなら構いませんよ」
「ふっぐぅ、うぐっ・・ふっふっ!」
「泣いてください、泣けるうちはまだ大丈夫ですから」
聖母のような抱擁に、こみあげてきたものが排出されていく。
「わだし!とんでもないことをしてしまったの!あの子に!」
「あの子をこれ以上知れない!どうしていいか分からない!」
「過去のことなのに!私も悪人なのに!酷い事を言って逃げてきた!」
「あそこに彼女はまだ一人でいるかもしれない!」
「隣にいてあげなきゃいけないハズなのに!」
「冴姫!どうしよう!私は・・・私は・・・」
止まらない涙と嗚咽が現況の深刻さを物語っている。
「一度湯船に浸かって落ち着きましょう」
花びらを浮かせたお湯からのぼせあがる香りに少しだけ平静を取り戻し、
先程の一部始終について説明する。
「・・・そうですか、史夏さん、そこまで深刻な問題だったんですね」
「・・・ちょっと待って、知ってたの!?」
彼女の反応を疑ってしまい、思わず声を張りあげてしまう。
「落ち着いてください。ある程度は知ってましたよ」
「本来ならそんな生徒ウチに入学なんて無理ですが、中学側が強く推したんです」
「彼女、教員からの評価は高かったですし、勉強も出来て要領もいい」
「だから受け入れることになったんです、一応警戒はしてましたけどね」
「正直、貴女と出会ってしまったのは想定外でしたが」
「どうして?」
「賭け金の事ですよ、またお金の魔力に取り憑かれるんじゃないか」
「でも聞く限りお金に固執するよりも刺激的な体験とか正義感とか」
「思春期特有の感情に揺り動かされてたみたいですね」
「皮肉なモノね」
「自分の賭け金・・・父親みたいに女性関係で問題を起こして」
「その受取先が、自分が愛した大嫌いな人間に渡ったんですもの」
「・・・」
「いっそもう一度賞金を賭ければ、また彼女はお金に釣られて寄ってくるかしら」
「バチンッ!!」
頬を叩いた時の快音が反響しながら耳に入り、遅れて痛みもやってくる。
「それ冗談ですよね?本気で言ってるなら今この場から出てってもらいます」
いつもとは違う、まっすぐな眼差しで表情は険しい。
表情にはあまり出してないが、相当怒っているようだ。
「・・・ごめんなさい、不貞腐れてしまったわ」
「わたしも叩いてごめんなさい、それにもうそんなことはないと思います」
「え?」
「史夏さん、あのお金元の持ち主に返してくれって頼んできたんです」
「だから今までの貴女との交際費は全部自分のお金です」
「出会いはそうだったかもしれませんが、やっぱり思う所があったんでしょうね」
「知らなかった・・・」
「わたしも朔夜さんも口止めされてましたから」
「・・・どうして彼女の素性を知ってて黙っていたの?」
「貴女達の恋愛事情には不要と判断してましたから」
「それは・・・」
「紗耶香さんにはハッキリとお伝えしておきます。わたしも嘘つきです」
「でもそれは不都合な部分や、伝えなくてもよい部分を隠す・誤魔化す嘘です」
「過去にも『本当の情報』を意図的に隠して発言してたりします」
「でもそれが悪い事だとは思えません。嘘も方便ですから」
「人はね、鍵を掛けた部屋がいっぱいあるんですよ」
「それを全部開けて中を見せてくれというのは傲慢です」
「知らない幸せ、貴女達はその中にいたのに、知ってしまった」
「過去を知った紗耶香は、史夏さんをどうしたいですか?」
「気持ちは分かりますよ、でも彼女は更生して貴女と愛を育んだ」
「そんな彼女まで憎んで、斬り捨ててしまうんですか?」
「私はただ・・・」
「もう過去に囚われるのはやめましょう」
「史夏さんは貴女のお父上の愛人ではないでしょう?
「アナタに・・・アンタになにが分かるのよ!」
「分からないですよ、だからズケズケいうんです」
「どちらにしても時間をおいて、少し頭冷やした方がいいでしょう」
「・・・・・・」
「さて、わたしは一足お先に上がりますので、ゆっくりしててください」
「・・・一応その神社に人は向かわせますが、期待はしないでくださいね」
「・・・ありがとう」
「いえ・・・」
早く仲直りできればいいとも願うし、このまま別れたままでいいのではとも思う。
「・・・」
史夏さんには時限爆弾がある。それに彼女が耐えられるかは少し先になるだろう。
冴姫の言う通りだ
人間は自分勝手で、自分に都合の良い部分は脚色するが、不要な部分は隠し通す。
あの時は脳内がごちゃごちゃして、感情が昂りすぎていた。
考え方を『大人』にしなければいけない。
それは、いい部分も悪い部分も孕んでいるが、今の私にとっては必要な事。
(・・・自分に嘘をつけばいい。待ってて史夏・・・)
そう決意して浴室から出ようとした瞬間、
「「紗耶香さん!!」」
勢いよく開けられたドアから冴姫が飛び込んでくる。
「史夏さんが!史夏さんがぁぁ・・・」
ガックリとうなだれる冴姫を見て不安という感情が膨れ上がり。
恐怖は現実のものとなる
「史夏!!!」
区内の総合病院、その一室に彼女はいた。
大雨を窓ガラス越しに見ながら、頭や体に包帯を巻いた痛々しい姿。
彼女はこちらを一瞥すると、いつもと同じ顔で挨拶してきた。
「あれ冴姫さん?と・・・どなたですか?」
ぼんやりとしたその顔は、本当に私のことを知らないようだった。
「史夏さんの状態は・・・?」
「雨の中急に道路に飛び出したみたいで・・・」
「幸い大事には至りませんでした」
「外傷もすり傷や打撲程度で、命に別状はないですね」
「ただ問題がありまして・・・」
「飛ばされた際に頭を強く打ち付けてしまって、一部の記憶を覚えてないと」
「強い混乱状態と精神的衰弱、轢かれる直前になにかあったとしか・・・」
医者に「ありました」とだけ答える。
「そうですか・・・、今彼女の脳内は不安定な積み木と同じです」
「何かに強い拒否反応を示す場合は原因が分かりますので治療しやすいのですが」
「あのようにすっぽりと抜け落ちている状態ですと・・・私共もお手上げです」
「こういう言い方も残念ですが、今の彼女は誰かにとっては別人です」
「また一から優しく、仲の良いお友達として接してあげてください」
「ただし」
「くれぐれも刺激しないように。脳は繊細な精密機械みたいなものです」
「一度忘れたトラウマが蘇ると、ショックに脳がオーバーフローを起こして」
「最悪の場合全ての記憶を失ってしまうかもしれません」
医師はそう告げると、この場を立ち去った。
「・・・冴姫」
「どうしますか?」
「史夏さんは多分、過去の辛い出来事と、貴女を記憶から消し去ってる」
「それらを思い出したくないモノではなく、忘れようと、なかったことにしてる」
「彼女にとって貴女の存在は禁忌なんですよ」
「あなたが普通に接するのならともかく、『恋人』だった」
「という事実を思い出させて、傷つけてしまうかもしれない」
「私は・・・」
「夏祭り来れましたね~」
八月も中旬、いつもの六人は花火を観にきていた。
打ち上げまでまだ時間があるので、人賑う華やかな祭りで時間をつぶす。
「でも史夏ちゃんのケガすぐに治ってよかったね~」
「ホントそれね、まさか階段から滑り落ちるなんて思わなかったよ」
「まぁでもこうして無事に集まれたんだ、海の時みたく楽しもうじゃないか」
「ちょっと!ワタクシを持ち上げる必要ありますの!?」
「おや?迷子にならないようにと思って・・・」
「ムッキー!貴女達より年上ですのよー!!」
いつものやり取りなのに、楽しさなのに、疎外感を感じてしまう。
(史夏はどこまで覚えているのだろうか?)
「さーやかさん!元気ない感じ?」
ピンクの浴衣を身に纏った彼女はいつもと変わらない様子だが・・・。
「いえ、心配してくれてありがとう」
「いいっていいってー!皆楽しまないと空気悪くなっちゃうしさ!盛り上がろ?」
「・・・ええ、ごめんなさい」
「それじゃ色々回ろ~」
その後出店を廻って祭りを楽しむ。
「紗耶香さん、チョコバナナ、半分食べません?」
「いいわよ」
差し出されたので頂く。
「このまま食べちゃいましょーと」
「食べかけでごめんなさいね」
「いいんですよ!んっ、甘くておいひ~」
その様子を訝しげに見つめる史夏。
「あっ、そろそろ花火見れますよ!」
彩のいるところに集合し、打ち上げ花火を見上げる。
ドーン・・・。
夜空に浮かぶ大輪の花々は、美しく刹那的に散っていく。
何発も何発も一瞬の輝きを放っては消えていき、その光景をただ眺めつづける。
「あのさ、ちょっといいかな?」
観衆の注目が上に向いてる中、史夏に引っ張られ人通りのない場所に連れられる。
「アンタさ・・・紗耶香さん、ナニサマなの一体?」
「えっ・・・」
突然の豹変ぶりにたじろぐ紗耶香。
「いつも冴姫さんにひっついちゃってさ、その割にネクラだし」
「さっきのアレ何?イチャイチャ見せつけてくれちゃってさ」
「アンタも狙ってんの?てかデキてんの?アノ人と?」
「なにいってるのアナタ?」
「違うんだったら邪魔しないでもらっていい?アタシが最初に狙ってたんだから」
「アナタは冴姫のこと好きなの・・・?」
「あったりまえじゃん!美人で優しくて生徒会長でさ、なによりも」
「お金をたくさん持ってる」
「おまけに初心っぽいしさ!あんな有料物件他にはないよ~」
「だ~か~ら~」
ズイと近づいてきて釘を刺される。
「二度とアノ人に色目使わないでね?てかアノ人とアタシの仲取り持ってよ!」
「なんかまだ決め手に欠けるんだよね~」
(ああ)
「秋さんも結構カッコいいし良物件だよね~、あでも彼女彩ちゃんか」
(やめて)
「彩ちゃんと朔夜さんも人気出そうだよね~、いいバイト紹介してあげようかな」
(お願いだから史夏でもうそれ以上喋らないで)
「あっ、でも一番ないのは」
「・・・・・・」
「アンタだわ、紗耶香サン」
「一目見た時から嫌いだったんだよね『私完璧ですよ』オーラ出しててさ」
「しかも近くにいるとモヤモヤしてくんの!なんで?!生物的本能かな?」
「んで気に入らないのはそのペンダント」
史夏はゴミを見るような目で蔑んでくる。
「なんでアンタアタシのパクってんの?キモイんですけど?」
「貸して」
私の『初恋』を差し出す様に要求する。
ハッと慌てて気付き、隠すよう服の中にしまい込む。
「これは絶対ダメ!大切な人との思い出が詰まってるから!」
涙目で訴えかけるが、
「アンタの大切な人なんて大したヤツじゃないでしょ?」
「寄越せって言ってんだよ!」
言うが早いか私に掴みかかり、ペンダントを奪おうとしてくる。
「ホントにやめて!!離してよ!」
「それ渡したらやめてやるよ!」
必死に抵抗するが、足がもつれ転倒してしまい、体が地面に叩きつけられる。
「いった・・・」
「いただき!」
その僅かな隙を、浴衣の少女は見逃さなかった。
「ッッッ!待って!!!」
「嫌いな人間にお揃いの物着けられるとイヤだよね~」
勝ち誇った醜悪な笑顔でペンダントを見つめる少女。
「このっ・・・ッ?!」
先程の転倒で足を痛めたらしい。
「アタシはもうキモイから捨てちゃったけどさ、アンタのも捨ててあげるよ!」
「クッ・・・!」
夜空の暗さと点滅する信号のような不明瞭さに彼女の影が映る。
右手で大きく振りかぶり、わざと私の前に立ち視界を塞いでから、投げる。
放たれたであろうペンダントは空を見上げる人々の中に消えてゆく。
私の眼前には彼女の後姿だけが映り、探す事さえままならないと思うと、
涙が溢れ出て止まらなかった。
史夏との、心の底を繋いでいた糸は断ち切られ、私達をは本当に終わった。
「結構飛ばせたかな?・・・ってうわ、泣いてんじゃん、キモ」
満足したかのようにその場を後にしようとする。
「あっ、その顔で戻ってこないでね。顔洗うとかなんとかしてきて」
下駄の砂を擦る音が少しづつ遠ざかり、過ぎ去っていく。
『夏』と共に・・・。
次回は日常編




