第十四話 さようなら
「帰ってきちゃったねー」
真上で照りつける太陽がコンクリートの地面を灼いている。
セミと車と往来する人々の雑踏、潮風も波の音も置いてきてしまった。
「それじゃあお疲れさまでした!また夏休み中会いましょうね~」
「本当にありがとうございました冴姫先輩!」
「ホントホント!アタシ、冴姫さんに一生ついていきます!」
「いえいえ、こちらこそ楽しんでもらえたのならよかったです~」
各々別れの挨拶を済ませ、解散する。
祭りの後はいつも心が締められる切なさに襲われてしまう。
「ねぇ、紗耶香。この後どうする?」
フッと横にいる女の子に救われる。
「そうね、荷物置いてからカラオケでも行く?」
「いいね!いこういこー!」
私はもう一人じゃない。
「いやー歌った歌った!」
「史夏の歌い方は元気が出て聞いてて楽しくなるわ」
「紗耶香も意外とバラードとか好きだよね、声がいいもん」
「少しお腹空いたわね、夜食べる?」
「そうだね、行ってみたいお店が『あれ?フミカじゃん?』
「?、ッ・・・!」
見るとガラの悪そうな男女のグループがこちらに注目している。
「おーやっぱフミカじゃん!ひっさしぶりー!何やってんの?」
ふてぶてしい集団は改めて旧友の姿を認めると、ずけずけ近づいてくる。
「数か月ぶりだね~、なに?デートでもしてんの?」
馴れ馴れしく肩をかけようとする輩の腕を私掴む。
「は?何スか?アンタ誰よ?」
「私はこの子の彼氏よ。馴れ馴れしく触らないでちょうだい!」
威圧的にコバエを追い払おうとするが、
「え?彼氏?マジで・・・!?ギャハハハハ!おい聞いたかみんな!?」
「男たらしヤリ〇ンビ〇チのフミカに女の彼氏だってよぉぉ!!」
あえて大きな声で周りの仲間に伝え、同調するように嘲笑する若者達。
「アナタ達こんな往来で失礼よ!行きましょう史・・・っ!」
震えている。
「オイオイ何被害者ぶって泣いてんだコラ!?」
「ヒッ!!」
観衆も俄かにざわつき始め、この非日常な光景を見物している者もいる。
「お前よくあんなに迷惑かけたのに外出歩けるよな」
「ちょっとリュウジヤバいって!人集まってる!こんな奴ほっとこうよ!」
「お前らは黙っとけよ!このクソ売女が!テメーのせいでウチの親父はなぁ!」
その言葉がキッカケとなり、青年に謝りだす史夏。
「ごめんなさいごめんなさいもう許してください!」
頭を抱えその場に座り込んでしまう、余程のトラウマを抱えているのだろうか。
青年は私に向き直り、
「アンタこいつの彼氏ならもちろん知ってるんだろうなぁ?こいつの過去の事!」
ばっと頭を上げ青年に掴みかかり、懇願する史夏、
「やめて!それだけは言わないで!」
涙の訴えも青年は振り切って続ける。
「こいつはなぁ、俺の親父を、ウチの学校関係者に『美人局』かけてたんだよ!」
「ッッッ!」
「紗耶香聞かないでお願いだから!」
今度は私にしがみつくが、既に意識は目の前の彼に釘付けになっていた。
「保護者や教職員誘惑して金奪ってたんだよ!」
「俺の親父はこの女の所為で捕まったんだ!」
「なのにコイツは『首謀者に脅されてた』って理由でお咎めなし!」
「トンデモネェクズ野郎なんだよ!!」
青年の目にも涙が溜まり始める。
「俺の家族はバラバラだ!お袋は愛想尽かして妹と出て行って!」
「会社クビになったクソ親父はアル中になって四六時中家にいる!」
「全部お前の所為なんだよ!返せよ俺の家族を!」
『そこの君達!なにやってんの!?』
「やべぇ!おいリュウジもういいから行くぞ!」
「クソがっ!二度と俺の前に現れんなよ!!」
そう吐き捨てると彼等は何処かに行ってしまった。
「大丈夫ですか?なにかトラブル?」
警察官に問われるが、言葉を失ってどうすることもできない。
「うーん、喧嘩って聞いたけど痴話げんかかなぁ」
「とりあえずちょっと交番まで・・・」
史夏はそれを聞いた瞬間、私の手をとり逃げるように走った。
「あちょっと待ちなさい君達!」
ギュウと握る手の感触に恐怖心が湧いてくる。
何十分程走ったのだろうか?
気が付くと昔通っていた小学校の裏にある神社に来ていた。
人目につかない社の裏に乱れた息を整えるため腰掛ける。
「ゼェゼェ・・・」
お互い落ち着くため会話もしないで休む。
先に紗耶香が口を開く。
「全部聞かせてちょうだい」
「ヒッ!?・・・クッ・・・ウウゥン・・・クゥッ!」
体育座りで両足の間に頭を埋める彼女の表情は見えないが、
滴り零れ落ちる涙ですぐの対話は不可能なことを物語っている。
暫くした後、急な夕立が降り始める。傘はない。
ザーザーと降りしきる雨音に同調するように、過去を語り始めた。
「前に話した女子高に来た理由、それがさっきの事件と関係してるんだ」
「・・・・・・」
「アタシ、昔からオッサンとかにすっげーセクハラされててさ」
「友達の家に遊びに行った時、トイレとかで席外したらそこの親父もついてきて」
「色んなところ触られた。怖くて声出せなかったんだけど」
「ソイツお札渡してきて『これやるから黙ってろ』ってさ」
「気づいたら行為がエスカレートしてって、でもくれるお金も増えてった」
「それをソイツの子供に知られてさ、超大事になった」
「小さい頃だったしよくわかんなくってさ、色々大人に心配されたよ」
「でもアタシからしたら、『お金をくれる親父が消えた』って結果だけが残った」
「それが小学校の時。中学に上がってからお金には苦労したなぁ」
「荒い金遣い覚えちゃってたからさ・・・」
「少しして、それをつるんでた男友達に話したんだ」
「そしたらソイツ『美人局やろうぜ』って提案してきた」
「アタシは『悪い事だからダメだ』って言ったけど」
『そんなのに引っ掛かる奴の方が悪い、悪事を未然に防いで金儲けまで出来る』
「そんな事を言われたんだ。確かにって思った、そう思えば良心は痛まなかった」
「そっからは友達の家に遊びに行った時とか運動会とか授業参観とか」
「気が弱そうな、スケベそうな親父に連絡先渡して誘き出して金を毟り取った」
「別のクラスの繋がりの薄い奴にはセックス匂わせて貢がせた」
「笑えるぐらい上手くいった。中学生には持てないような大金を持ってた」
「でも金は全部その友達が管理してて、アタシは欲しい時ソイツにねだってた」
「慣れてきた頃、さっきのリュウジの親父がターゲットになった」
「仲の良かった友達だったけど、そんなのお構いなしだった」
「いつも通り部屋に入って本番誘って、服を脱ぎ始めた時に友達がくる」
「けど友達は来なかった。後で知った話だけどアイツ等裏で繋がってて」
「逆にアタシをハメてコキ使おうと思ってたみたい」
「焦ったよその時は。逃げようとしたけど大人の腕力には敵わなくて」
「両腕押さえつけられて無理矢理キスされた、ファーストキスがそれ」
「最初のキスはタバコの臭いとコーヒーの香りが混ざったドブみたいなキス」
「ベロ入れられてさ、噛もうとしたら頭突きされて、抵抗できなくなった」
「何十分も舐られた後、親父がズボン下ろし始めた、その瞬間金的いれてさ」
「急いで部屋飛び出した。エレベーターに乗った時別の部屋から友達も出てきた」
「外出て丁度いたお巡りさんに事情説明してたら、ソイツ等も飛び出してきて」
「全部、なにもかも終わったんだ」
「アタシは被害者扱いされて、親父は余罪もあってムショ送り」
「友達は主犯の名目で少年院に入った。お金もアイツが全部持ってたしね」
「脅されてたって周りに嘘ついてた、でも学校の誰かがウワサを流した」
「それで居場所がなくなっちゃったんだ」
「教師とか保護者には媚売ってたから擁護もしてくれた、でも全員じゃない」
「怖くて学校には行けなくなった。連絡先も全部ブロックして消した」
「高校から心入れ替えて真面目に生きようと思った」
「前の中学は離れてたからもうあの人達にも会わないと思ってた」
「幸い高校に知り合いはいないみたいだったし」
「これがアタシの全て」
「・・・・・・」
愛した人間の現実は受け入れ難いものだった。
「アタシがキス好きな理由知ってる?」
「?」
「あの時の苦い思い出を、塗りつぶして欲しかったから、誰でもいいから」
「それをなんにも知らない紗耶香にやらせてたの、アタシ」
突然強烈な吐き気に襲われ、軒下に胃液交じりの感情を吐瀉してしまう。
胃が、中身が空っぽになっていく。彼女の思い出とともに。
「そうなるよね、ごめんね。でも言わなきゃいけないと思ったから」
今度は、私の番。
「私はね、自分が嫌いだったの、知ってた?」
「・・・・・・」
「ウチのお父さん、モテる人だったの。愛人も何人かいた」
「でもお母さんは何も言わなかったわ、『そういう病気だ』って感じでね」
「ある日警察から連絡が来た」
「愛人使って売春の斡旋をしてたんだって、その中には未成年の子もいた」
「それで小さい頃に離婚した。今も父の話はタブーだし、写真も一枚もない」
「でも私もモテて、今も昔も父親みたいな生き方してる。親子だからかしら?」
「そんなお父さんのこと嫌いじゃなかったわ」
「その事件を知った時は」
『お父さんに纏わりつく女の所為で皆が不幸になった』
「子供ながらにそう思った」
「あの告白ゲームも、無意識に父親と自分を重ね合わせていたのかも」
「恋愛が出来ないと託つけて、女の子を傷つけて楽しんでたのかもしれない」
「私も最低よね、犯罪者の父親みたいなことして、人の事言えたもんじゃないわ」
「でもね、そんな私も嫌いな者があるの」
「待って・・・」
「聞きたい?」
「言わないでください」
「紗耶香、私アナタ好きよ、大好きだわ」
「お願い」
「でもアナタの人生は大っ嫌い。その部分だけ切り取って吐き捨てたいわ」
「それならまだ愛せると思う。でもそれは出来ない」
「今の話が本当のことならこれ以上一緒に歩けない」
「もうアナタを愛したくもないし知りたくもない、好きになる事が出来ないの」
「・・・ヒグッ!ウグッ・・・グゥ~ッ!」
「だからこれが最後の言葉、今までの甘い記憶は一番下の箪笥にしまっておくわ」
「―――別れましょう、私が大好きだった大っっっ嫌いな『冴島史夏』さん」
「返事はしなくていいわ、さようなら―――私の初恋―――」
土砂降りを掻き分け進む、彼女の慟哭は雨音に混じり合い、次第に消えていく。
私はまた一人になった。
次回は日常編




