第1話 八方美人と氷の女神
哲学的百合作品です。
「アタシと付き合ってもらえませんか!?」
まただ。
「いいわよ。でも条件があるわ」
「私が別れたいと言ったら、言う通りにしてちょうだいね?」
目の前の女子は、名前も知らないし面識もない。
でも私はある探しモノの為に、断らず、受け入れる。
「私の名前は・・・知っているとは思うけど『須藤紗耶香』よ」
「あなたの名前は?」
「アタシの名前ですか?『冴島史夏』っていーます」
「よろしくお願いしますね、紗耶香先輩♪」
少し前―――。
「ねぇねぇ二年の須藤って先輩知ってる?」
「え、誰それ?」
「すっごい美人でモテモテなんだけど、告白されてはすぐ別れてを繰り返す」
「『氷の女神』って呼ばれてる人!」
「なにそれー?感じ悪くね?」
初めに彼女の存在を知ったのは、そんな噂話からだった。
「いやそれが告白は絶対に断らなくって、面倒見もすっごくいいらしいのよ」
「でもある日突然別れましょって言われるんだって!」
「そしたら急に冷たい態度にとるようになるらしくって」
「だから氷の女神なの?」
「そうそう!それで彼女、一度も『好き』っていわずに別れてるらしいんだけど」
「誰が最初に好きって言われるか、みんなで賭けてるらしいよ!」
「マジで?賞金貰えるとか?」
「今ね、10近くいってるらしいの」
「ウソ!?万?!」「シッ、声が大きいよ!」
いいことを聞いてしまった。
「ねぇちょっとアンタ達、その話詳しく聞かせてよ」
冴島史夏は人に好かれる天才だった。
相手の好きなタイプに合わせ、自分を演出し、懐に潜り込む。
(まぁでもそれでやりすぎて、強制的に女子高になったんだけど)
正直高校生活に期待はしていなかった。
友達は広く浅くで、彼氏も学外で作ればいいし、勉強もほどほどにやる。
八方美人も飽きていた頃だった。
(別に女は好きじゃないけど、お金は欲しいかも)
そして二年の教室で紗耶香に、放課後会う約束をとりつけたのであった。
今回のケースは初めてだった。
一度も面識のない人間に告白され、それを受け入れるというのは、
ハッキリいって異常だと思う。
でも私は自分の興味が、心が壊れてないか確認したかった。
『氷の女神』なんて呼ばれていることも知っている。
もちろん賭けについても。
(大方それでしょうね)
彼女、史夏は見た感じギャル系というか、お金が欲しそうな人間に感じた。
ピロン♪
「ん」
スマホにメッセージが入る、あの子からだ。
「この後一緒に帰りませんか?」
「「「「お疲れさまでした!!!」」」
放課後の部活動が終わり更衣室で着替えてる時、
「せーんぱい!」
後ろから声がかかる。
「彩、お疲れ様」
この子は『都築彩』中学が一緒のテニス部の後輩だ。
「なんか元気なさそうですね、また告白でもされたんですか?」
ニヤニヤと聞いてくる、当たりだ。
「その子も可哀想ですね~、まぁ長く続くといいですね」
「なによ、気に入れば一生を共にするかもしれないわ」
「でも今まで二桁以上に告白されてフッてる人の言葉だからな~」
「で、今回の子はどんな子なんです?」
「一年の冴島史夏って子よ、今日初めて会ったのに告白されたわ」
「ふーん、まぁくれぐれも好きとは言わない方がいいと思いますよ」
その言い方、彩も賭けについて知っているようだ。
「さぁどうかしらね」
「じゃあ私、これからその子と帰るから先に出るわね」
「えっ、今から?帰り道一緒なんですか?」
「さぁ?」
部室を出て校門に向かう。
ふと空を見上げる。
後数十分もすれば陽は完全に落ち、辺り一面に星が浮かぶだろう。
その中で一番輝いている星に手を伸ばす。
「紗耶香センパイ!」
突然呼ばれ、ハッとその手を引っ込め声の方をみる。
「紗耶香先輩、お疲れ様です♪」
ニコッと表情を作る彼女に、私は一つの悪戯を仕掛けてやろうと思った。
「へー、紗耶香先輩の家とアタシの家結構近いんですね~」
「・・・そうね」
「あっ、ごめんなさいイキナリ馴れ馴れしくてっ!」
「いいのよ、私達付き合っているんだもの」
「そしたら、手繋いでもいいですか?」
「いいわよ」
手袋を外し、スッと右手を差し出す。
「あったかい!」
ポケットから出された左手は、私の右手と交わり、絡まる。
(冷たい・・・)
時期は4月上旬、寒さが夜を駆け抜けている。
「名前も紗耶香って呼んでいいですか?」
「私が嫌がること以外ならなんでもいいわ」
「じゃあ、紗耶香、って呼ぶね?」
少し恥ずかしそうな、それでいて嬉しそうな顔。
(お上手だこと)
「あのさ・・・」
手を強く握りしめられ、
「もっと紗耶香のこと知りたいし」
「もうちょっとだけ何処かで二人きりになりたい」
と言われる。
少し俯き加減の上目遣いでのお願い、並の男ならイチコロだろう。
「いいわよ、アナタのご両親がいいのなら」
「まさか家に上がらせてもらえるなんて・・・」
「構わないわ、ウチの親夜遅くまで帰ってこないし」
「アナタの家、ここより少し先でしょ?」
「アタシのことは史夏って呼んでほしいな」
「それじゃあ史夏はコーヒー?緑茶?」
「じゃあ緑茶で!」
そのままリビングのテーブルに座らせる。
「はいどうぞ」
「ありがとう!あっ、あったかいね!」
「外は寒かったから、余計にそう感じるでしょうね」
お互いマグカップの熱で手をジンワリ温め、一息つく。
「さて・・・」
私は仕掛ける。
「どうして私と付き合おうと思ったの?」
別に普段はこんなこと聞きもしないが、今日は何となく気になった。
「・・・」
数秒の沈黙の後、史夏はカップの中に目を落としたまま喋り始めた。
「同じニオイがしたから・・・」
「どういう意味?」
「紗耶香、恋したいんでしょ?」
「今まで人を好きになったことがなくて、告白されて付き合って」
「その相手に対して好きって気持ちを抱けるか、確認してたんでしょ」
「・・・続けて」
「今のままじゃ一生恋する気持ちなんて分からないよ」
「スキの気持ちが理解できなくて、気持ち悪いでしょ、辛いでしょ」
「紗耶香の噂を聞いて、似てると思ったんだ、アタシも恋したことないから」
「だからこそ、お互いもっと深く知り合えば」
「そのモヤモヤした気持ちに名前が付けられる日が来るかもしれない!」
「アタシのことをかけがえのない」
「紗耶香にとって大切な存在になるかもしれない!」
「だから紗耶香を助けるために、アタシは告白したの」
「・・・・・・」
悔しいが、当たっている。もちろん細かい理由もあるが。
「もしアタシに未来を感じなくて、別れたいならさぁどうぞ」
「でもね」
「紗耶香には史夏が必要、これだけは言えるよ」
なんという自信というか驕りというか、
初日に付き合って、数時間でここまで言える話術、洞察力は正直素晴らしい。
この子なら私によい変化をもたらしてくれるかもしれない。
「わかったわ、私の負け、取り敢えず面接は合格ね」
降参のポーズをとる。
「それでも私の心を満たせるかは分からない」
「ぜひ、ライクじゃなくてラブの言葉を言わせてちょうだいね」
フッと彼女を挑発するように笑う。
彼女は緑茶を飲み干し、
「上等」
と一言。
はて、お互い恋心を知らないというのに乙女になることは出来るのだろうか?
改めて彼女の顔をまじまじ見てみる。
褐色の肌、丸いクリクリとした大きな目、奥二重に長いつけ睫毛、
毛穴のない小鼻にぷっくりとした艶のある唇、少し高いが不快感はない声。
しっかりと化粧された顔、明るい茶色にサイドポニーテール。
私とは正反対の容姿だ。
「血液型と年齢、誕生日は?」
「O型で、15歳、8月24日生まれ」
「紗耶香は?」
「A型の16歳、8月30日生まれよ」
「一緒に祝えるね」
「もうそろそろ帰った方がいいんじゃない?」
時計を見ると7時近くを指していた。
「そうだね、お茶までご馳走になっちゃったし」
さてと席を立つ史夏を、玄関まで見送る。
「ねぇ!」
不意に後ろを向いてきた彼女の顔が、私の眼前まで迫る。
少し足りない身長、上目遣いの目線、悪だくみの顔。
「キスしてみてもいい?」
「・・・いいわよ」
言うと同時に唇を重ねられた。
初めてにこだわりを感じたりはしないが、
期待してたものは淡白であり、何も感じられず、
キスをしたという感触が唇に残った。
(感情を乗せずに恋人の真似をしても、虚しいだけね)
(それに女同士でだなんて、なんか変な感じ)
「どうだった?」
「なんにも感じられないわ、普通は嬉しいのかしら?」
「多分、嫌な気持ちもしない?」
「もう少し時間をかけないと分からないかも」
刹那、今度は私がお返しといわんばかりの抱擁を重ねる。
面を食らった表情は実に愉快だが、
逃れられないように頭の後ろに手を回し、離さない。
「ふぅ・・・」
湯船に浸かり天井を見つめながら、今日のことを思い返す。
少し面白い子とは感じているが、結局他の子と同じだ。
唇に指を当て、『特別な接吻』を思い出す。
引け腰の彼女は自信満々だった態度とは逆転していて滑稽だった。
(多分私は恵まれてるけど、欠落しているんだろうな)
紗耶香の家庭はシングルマザーで、母は仕事で帰りが遅く、
まともに話すのは休みの日ぐらい。
娘の為にとサポートはしてくれているが、正直鬱陶しく感じる。
多分必死に愛を伝えてる、愛そうとしているのだろうが、
その気持ちの原理が分からない、自分にはないから。
(無償の愛っていうのかしら、そういうのって)
勿論それは恋とは違う感情からくるものだろうが、
大切な人との繋がりという観点で同じなのではと私は思う。
つまり、その部分が欠落しているのが、最大の悩みかもしれない。
昔から勉学も運動もやればできるし、欲しいものは母がくれた。
小中、求めていないものが寄ってきた。
それらを好こうとしたが、好意の気持ちは理解できなかった。
何故、須藤紗耶香という人間に好意を抱いたのか?
その気持ちが気になり、羨ましくなった。
自分には生み出せない、理解できない感情。
だから『好き』を演じてみようと高校に入ってから、様々なタイプと付き合った。
この一年、沢山『デート』して会話もしてみた。
好きになろうと相手に合わせて行動してみた。
でもダメだった、ただそれだけだ。
心揺れない自分の気持ちに、不安や恐怖が湧き始めた。
「どうすればいいんだろ」
言語化も出来なければ共有も出来ない。
「冴島史夏・・・」
あの子が鍵となるかもしれない。
「紗耶香、今日も部活?」
「ええ」
昨夜の出来事がなかったかのように、彼女は私の所に来ていた。
「なになにあの子、紗耶香の新しい彼女かな?」「かわいそー」
放課後の教室、一部の生徒は私達の関係を察しているようだった。
「また終わるの5時過ぎになるでしょうし、また明日ね」
「ねぇ、アタシも一緒の部活入ろうかな」
「ウチの部活、結構厳しいわよ?」
「それなら遠慮しておく、ねぇ、今度の土日暇?」
「日曜日なら空いているけれど、どこか出かけたいの?」
「そのとーり!」
とりあえず日曜日は空けておいてねと言って、彼女は帰ってしまった。
(いつも思うのだけれど、これはデートという行為に該当するのだろうか)
「三年生も受験で抜けた今、私達が後輩を引っ張っていきましょう!」
部長の言葉に皆気持ちが引き締まる。
(受験ね・・・)
この時期は日が落ちるのが早いので、部活動も早々に切り上げられる。
一年生は新人戦があるが、それも少し先ということで
彩は私に久々にお茶でもどうかと誘ってくれた。
「何?いきなり浮気?」
校門からスッと現れたのは史夏だ。
てっきり帰ったかと思っていたが、
私のことを待っていてくれたのだろうか?
「あの、改めまして『都築彩』っていいます、よろしくね」
「アタシは『冴島史夏』、同じ一年だしタメ語でいーよ」
向かいに座る彩にチラッと目線を送られる。
それはそうだ、今まで付き合った人間を紹介することもなかったし、
ましてこんなキャラに合っていないような女の子と一緒にいるのだ。
私達は近くのファミレスで軽くお茶することにした。
「えーっと、二人はその、どういったご関係で?」
わざとらしく尋ねる彩、もちろん私と史夏の関係は知っているが、
「紗耶香はアタシの彼女だよ」
キッパリと断言し、私の肩に手をかけ抱き寄せる。
彩の表情がヒクつく。
「あーそうなんだ、知らなかったなー、でも可哀想だなー」
「紗耶香先輩って、彼女出来てもすぐ別れちゃうからなー」
「心配ありがとね、でも大丈夫」
肩を組まれたまま顎を掴まれ、突然キスされる。
「ちょっと!」
流石に彼女を突き離す。
二人きりならまだしも、ここは公衆の面前。ましてや・・・。
「あっあっあっ・・・!」
文字通り言葉を失い絶句する彩。
「アタシ達昨日からこんな関係だし、別れるとかないよ」
それを決めるのはアナタじゃない。
チラリと店内を見渡すが、見られてはいないようだ。
「あのね史夏、キスするのはいいけど場所を考えなさい」
紗耶香は諭すようにアタシに言うが、彼女にとってはトドメの一撃だったようだ。
(ふーん)
この彩という子も紗耶香のことが好きなのであろう。
しかし当の本人を間近で目にしているからこそ、告白なんて夢のまた夢。
それなのに昨日付き合い始めた同学年のどこの馬の骨とも分からない奴に、
愛しの先輩の唇が奪われる光景を目の当たりにしたのだ。
そのショックは計り知れないだろう。
「それじゃアタシ達、この後もっと親睦を深めるから先行くね」
史夏が帰ろうとするので、私も席を立つ。
「今後とも応援よろしく~☆」
彼女は伝票を手に取り、レジへ向かった。
「彩、大丈夫?」
大丈夫なワケがない。
この須藤紗耶香という人物は私の憧れで、思い人で、偶像だった。
彼女のことは誰よりも知っていたから、手は出さずに、深く観察して、
出来る限り一緒の時間を増やして、良き理解者、パートナーになり、
いつかその気持ちに気が付いて、特別な存在だと認めてほしかった。
けどこの女性は私のことをこれっぽっちも『特別』とは思っていない。
別に今更それはどうでもいい。
彼女はなんとも思わない人間と『接吻』を交わした。
ふざけるな。
(私はそんな気持ちが伴ってない行為認めない)
「先輩・・・」
しかし目の前の彼女に、アイツと同じことをして欲しいと頼みたい。
一瞬でもあなたと交わり、確かめ合いたい、お互いの気持ちを。
「先輩私は・・・」
言葉に詰まる。
「なんでアイツとキスしちゃったんですか?」
そんな私を見つめる彼女は目を伏し、
「また今度ゆっくり話しましょう」
そう一言だけ残し、離れていった。
「すごいもの見ちゃった」
生徒会の仕事で帰りが遅くなった少女は帰宅中、
ふとファミレスの店内に見知った顔があるのに気が付いた。
(あら、あの子は・・・)
窓際の席に同じ高校の制服を着た女子達が見える。
(同じクラスの須藤さんよね、後の方はどなたでしょう?)
なんとなく気になり、そのまま彼女達を見守る。
「まあ!」
須藤の隣に座る女子が、彼女にキスする。
「あらあら、大胆ですわね」
修羅場という一大事を目撃してしまった。
その後彼女達は店を出ようとしたので、自分も見つからないよう帰路に就く。
(須藤さん、まさかそっちの気があるのかしら?)
確かに彼女はよく告白されるという、
しかしすぐに別れているから、ただの目立ちたがりだと思っていた。
(明日が少し楽しみね)