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加工不可

 大学の人間関係はツイスターゲームだ。あちらこちらで重なって、無理な体制で体を痛める遊び。

 イベントサークルに所属していた時は特にすごかった。同級生の中村女子がふたつ上の佐藤先輩と交際していた。彼らは半年間幸福なカップルで、その後は百年戦争時のイギリスとフランスのように常に戦争状態だった。

 おだやかな田舎の大学でもサークル内部は常に昼ドラ模様で、鳴海は毎度うんざりしていた。


 それでも楽しかった。


 あの毒は、彼に対等な役割をあたえた。同じ大学生として、はじけるねずみ花火のように楽しむだけの時間だ。

 それが欲しかったのだ、ずっと。




 目を覚ますと天井にオレンジ色の化物が張りついていた。

 鳴海は布団に横たわったまま、まぶたを閉じた。すばやく左に側転して、布団ごと簀巻(すま)きになる。触手が数本たれ下がり優雅に降りたった。


「せまい家である」


「なんでここが分かった」鳴海は寝おきの頭を必死で働かせた。「後をつけたのか」


「地球人には認知できぬ方法だ。言ってもワカラヌ」


 鳴海は身体を半回転させて布団から出た。「で、なんか用なのか」


「旭が幸福になっていない。作戦、失敗したな?」


 あれから3日がたっていた。次の作戦を練る必要があると分かっていたが、行動を起こす気になれなかった。


「ゼミの集まりがあるから、終わったらそっちに行く」と言い、床をぺたぺたと打ち鳴らす触手から目をそらす。


「ほう、ソンナ悠長でよいのか」


 よくはない。内心で否定する。しかし正直なところ自信を喪失していた。

 旭は人間の形をした宇宙人だ。そう改めて実感していた。まるで自分には理解できない。


 最初から順調に行くはずがないと頭では理解しているが、想像以上に前途多難だった。


「俺の見通しが甘かった」と口をひらく。

「だからちょっと待ってくれ。アンタらの家に行くまでにマシな方法を考えるから」


「ふむ」ナポリタンは触手を輪っかにした。「まあ、かまわぬ。ナイ知恵を絞って考えろ」


 鳴海は1階におりた。染みだらけの壁にかかった時計は午前9時をさしている。ランチの準備は終了しており、店内にはだれもいなかった。両親と由美は用を済ませに出かけているのだろう。


 後をついてきたナポリタンが「オマエの家、旭の家とちがうな」と言った。


「飲食店だから」


 鳴海は冷蔵庫を開けて卵とベーコンを手にとった。賞味期限が切れている。鼻を鳴らしてフライパンに火をかける。

 シンクに触手が2本乗った。ナポリタンは料理する手元をのぞきこみ「加工した食べ物を、さらに加工するのか」と言った。


「焼くとナニが変わるのだ」


「卵とベーコンが、ベーコンエッグになる」


 鳴海はぶすっと答えて、卵を両面焼きにした。


「卵がエッグになる。違う国のモノになるのか。面白い。加熱する。言葉が変わる」


「……そっちのほうが美味いしな」


 フライパンの火を止め、野菜室からトマトを出して薄く切る。


「旭はソノまま食うぞ」


 食パンにベーコンエッグとトマトを乗せる。


「加工する地球人、加工しない地球人、ドコに違いある?」


「面倒くさがりか、そうじゃないかだろうな」


「料理は面倒クサイのか」


「長期的に考えれば自炊のほうが安あがりだけどな。焼いたり煮たりするだけでいいんだから。外食は金がかかるし」


 キッチンのそばに木製のテーブルセットがある。ぼろぼろの座布団が敷かれた椅子にすわり、牛乳と一緒に朝食を食べる。


「鳴海、地球人は長期的なモノ望むのか」


「は?」


「脳みそが悪いな、鳴海よ。旭に足りないモノ、長期的なモノではないぞ。長期的なモノ、変わらないモノ、違うぞ」


 鳴海は足元をじろっと見つめた。触手の集合体に顔はないが、目が合っている気がした。


「長期的なものが、変わらないものだろ」


「違う。幸福は長期的なモノではない。満たされることは必要だ。だがカワキは違う。オマエ、カワキを旭に与えようとした」


「渇きって、アンタも欲を発見するべきだって言ったじゃないか」


「言った。しかし違う。考え直したぞ。旭、様子おかしくなった」


「なに?」


「考えている。旭は悩んでいる。オマエのせい」


 彼は察した。この苦言を伝えるために、わざわざ自宅まで来たのだ。


「旭のトコロへ行け。幸福、目指せ。約束、果たせ」


 ナポリタンを無視して皿を洗う。言葉にしようがしまいが、どうせ思考は読まれてしまうのだ。自分の生活にまで口を出されるいわれはない。




「なんで着いてくるんだよ」


「ムリヤリ引っぱるのはダメ、旭に言われた。だから見はりだ。旭のモトへ行け」


 正午近く、校内は夏季休暇のわりに学生が多い。右手に4階建ての建物が見えてきた。大きな大学のため、建物まるまるが食堂になっている。鳴海はカフェの窓辺に近づいた。


 理央はテーブルにひじをついて携帯を見ていたが、彼に気づくと「おはよう」と手をあげた。


「ぜんぜん来てないな」


「昨日遊んでいた子たちがね。始発まで飲んでたみたいだよ」


「理央は行かなかったんだ」


 昨晩ゼミの飲み会があった。鳴海は散財を嫌って断ったが、めったに誘いを蹴らない彼女が断わるとは意外だった。


「んーなんかね」彼女は顔をしかめた。「最近、居心地わるくて」


 鳴海の気がそれた。ナポリタンが隣の椅子に這いあがろうとしている。


「みんな就活が終わって気が大きくなってるのか知らないけど、なんかなあ。悪口が多いっていうかさ。雰囲気が好きじゃない」


 ナポリタンをにらみながら「前からあんな感じじゃなかったっけ」と言う。


「最近、政治の話とかさ、変な話題で盛りあがるじゃない。それが嫌なの」


「いいことだと思うけど」


「ポジティブな話ならね」


「ナニモノ」とナポリタンが触手を理央の顔へ伸ばした。慌てて叩きおとすと理央が目を見開いた。


「え、なに?」


「蚊が飛んでた」


 ナポリタンをねめつける。触手は宙をふよふよと漂っている。顔がないので分からないが、反省しているようには見えない。

 彼女は怪訝そうにしていたが、気をとりなおして、

「鳴海はそういうこと言わないじゃない。だから一緒にいて気が楽だよ」と猫のように伸びをした。


「まあ。でも、これからはそういう話題から逃れられないかもな。政治とか。社会人になるわけだし」


「なんか真面目ふうだね」彼女は茶化した。「たしかにそうかも。でも、あんなふうに悪口だけ言う人たちと一緒にはされたくない」


「いいことを言えばいいだろ、理央がそう思うなら」


「うーん」


 彼女は苦い顔をした。


「できれば、なんにも言いたくないな。関係ないことにぐちぐち言う必要ないじゃない。善人ぶるつもりもないよ」


 鳴海は口を真一文字にむすんだ。理央は困ったように笑い、ほおづえをついた。


「めんどくさいじゃん。自分のことで精いっぱいだよ。あいつらみたいに他のことに目を向ける余裕なんてない……ダメかな?」


「ダメじゃないと思う」と即答する。


 しかしナポリタンが「ダメだ」と横やりを入れたので、眼球だけを動かして、だまってろと念じてみる。

 しかし「地球人、オマエが思うほど物事は無関係ではないぞ」と喋りはじめる。


「連結。連鎖。オマエの意図の外にあろうがなかろうが、全て関係する」


「ナポリタン」


 思わず声を荒げると理央が目を丸くした。冷や汗をかきながら「いや、ナポリタン食いたいなと思って」と弁解する。


「急だね。食べたらどう? どうせ、あいつらすぐには来ないだろうし」


「そうだな、行ってくるわ」


 席を立つ。ナポリタンがついてきた。食券機の前で「口はさむなよ」と注意する。


「我の声、聞こえぬ。鳴海がアヤシイ動きをするのが悪いのだ」


 鳴海は口元をひきつらせた。千円を入れてボタンを押す。

 列に並び、受け取った皿に盛られた麺は黄色がかっていた。


「これが我か」とナポリタンが興味深そうに言う。

「これも加工ずみ。加工前、なんだったのだ。卵とベーコンはベーコンエッグ。ナポリタンはナニから進化した」


 給水機の順番待ちをしながら、ほかの学生に聞こえないように、

「小麦。トマト。ピーマン。玉ねぎ。あと調味料がもろもろ」と言う。「これにはウィンナーが入ってる。うちのはベーコンだが」


「なぜベーコン」


「つけあわせにウィンナーを入れると邪魔だから」


「ふむ、言葉関係ない。なぜナポリタン」


「ナポリふうって意味なんじゃないか」


 ぶつぶつと会話をしながら、理央の元へもどる。彼女は食事をする鳴海を楽しそうに見つめながら「ねえ、それおいしい?」とたずねた。


「あんまり」


 芯が固い。おそらくすべてのパスタメニューを同じゆで加減で調理しているのだ。まずくはないが美味くもない。

 そう話すと、理央は「アルデンテだからちょうどいいんじゃないの」と言った。「わたしも家で作るときは、ちょっと芯を残してゆでるよ」


 鳴海はなにも言わなかった。


「ナポリタンって日本料理なんでしょ」と彼女は話しつづけた。

「ふしぎだよね。イタリア料理っぽいのに。イタリアンもどきでナポリタン」


「けっこうそういう料理多いけど」


「まあね。どうでもいいか」


 話題が切りかわった。鳴海はナポリタンを食べつづけた。体が重かった。


 アルデンテはどのパスタにも適応するのだろうか。そんな考えが頭をよぎる。

 イタリアンのような日本料理が存在する理由はどうでもいいのだろうか。

 ようやく食べおえた。記憶に残らない味だ。


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