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第74話 心ってものは、こんなにも脆い。

「いや、お前冗談にしては・・・」


 ――度が過ぎている。

 絵里奈があんな噂を流すとは到底思えないし、なりよりこいつらは付き合っていないのがおかしい程距離が近い。何時だって一緒で、絵里奈と祐樹が離れている時なんてここ最近見て――――ここ最近?確かに、絵里奈と祐樹は最近一緒じゃない時間が多いように見えた。日頃感じていた違和感はこれだったのか・・・。だけど、それだけで決断するのは流石に早計過ぎる。

 いやだって、あの絵里奈だぞ・・・?


「・・・祐樹、俺はあの噂を全く信じてない。信じていないけど、お前が女子を強姦したって噂、嘘だよな?」


 あんな噂1ミリも信じていないが、一応聞いてみなければいけない。

 祐樹が女子を強姦したなんて、最初聞いた時は耳を疑った。こいつがそんなことする奴じゃ無いことは、俺は知っているし、なにより絵里奈が一番知っているはずだ。この2人の一番近くにいた俺だから分かるが、絵里奈と祐樹の関係はそんな浅い関係じゃない。もっと強固で、画一されて、深いものなのだ。

 

 だが仮に、もし万が一祐樹が絵里奈を強姦したならば、俺は――。

 

 しかし。


「・・・う”ぅっ、うぅ」


「っ!」


 俺が祐樹へ問いかけると、祐樹はわなわなと体を震わし、嗚咽にも似た声を出しながら蹲り頭を抱えだした。


「うっうっう”ー。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。」


 まるで何かに取り憑かれたかのように、祐樹は「ごめんなさい」を連呼する。


「おい祐樹!どうした!?」


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


「落ち着け祐樹!」


 武流は蹲る祐樹を揺すりながら、カタカタと震える祐樹の体を必死に抑えた。

 

 なんなんだよ、なんなんだよ畜生っ・・・!なんで祐樹が、俺にとっての太陽みたいな奴が、なんで、こんな姿に・・・。

 武流の目尻は自然と涙が溜まり、それはゆっくりと滴り落ちていった――。


「ふーふーふー」


 うわごとのように繰り返してた言葉は、一体この数分で何回発せられただろう。武流のお陰か、祐樹は次第に落ち着きを取り戻し、呼吸すら忘れるほどの連呼をしていたため、ゆっくりと息を吸っては吐いていた。

 

「ふーふーふぅ・・・」


 力尽きた祐樹はそのまま武流の腕の中に倒れこみ、夢の世界へと入っていった。


「ゆうき、ごめんな」


「・・・」


 既に別世界に入った祐樹には、その声は届かない。

 

「こんなに顔もやつれてよぉ・・・」


 祐樹の目の下の隈は、何日もろくに寝ていないことを如実に表していた。

 武流はゆっくりとした動作で祐樹を抱え、しわくちゃになったベッドの上に祐樹をそっと寝かした。


「お前が、そんなことするはずねぇよな」


 だから俺が、なんとかしなければいけない。

 祐樹には言ってないが、俺はこいつに散々助けられた。

 

 だったら今度は、俺の番だ――。



 ◇


 

「私ね。本当に馬鹿だったから、どうしようもない程のアホで、最低な女だったから・・・。武流君に教えてもらった『愛の終着点』って言う本を読んで、変わらなきゃって思って・・・」


「俺が好きな本・・・」


「うん、覚えてないかな?」


「・・・うーんすまん」


「そっか・・・」


 絵里奈は瞳に若干の失望の色を宿した。

 教えた記憶もあるようなないような。『愛の終着点』は元々担任から教えてもらった本だった。あの本は”愛”という酷く哲学的なものに対して、作者視点から掘り下げていく内容だった気がする。俺の好きな本の一つで、この間もちょこっと読んだ。


「ということは、あの本に感化されたって事か」


「・・・うん、そう。別にあの本が悪いって訳じゃないけど、きっかけは確かにそうだった。」


「あの本、結構捻くれてるからな・・・」


「はは、ブーメラン刺さってるよ兄ちゃん」


 うるさいな。俺は捻くれてなんかない。あくまでも、俺は正常だ。うん、正常だ。


「・・・けど、後になった気付いた。私は”選択を間違えた”んだって」


「・・・そう」


 要するに、絵里奈は自分から祐樹を遠ざけたかったのだろう。理由は知らないけど。

 だからあんな噂を流したのか・・・。

 でも――。


「なんで、色んな選択肢があるのに、私は・・・」


「――後悔しても遅いって、何回言えば分かるんだよ」


「っ!?」


 武流は今までに出したことのない位低い声を出し――こう言った。


「いつまで経ってもウジウジしやがって。自分が仕出かした事なんだから最後まで突き通せよ。変わる変わるって言っても、実際は覚悟が足りないんじゃないか?今だって、今更そんな話してきてよ。本当に変わりたいんだったら、もっと”行動で示せ”。」


「・・・」


 絵里奈の涙腺は既に決壊寸前だ。


「うわぁ・・・。兄ちゃんがイキってるよ・・・」


 おい千恵!今いい所なんだから少し黙ってろ!

 俺は隣の悪女を目で制した。


「ハッキリ言うがな、俺はお前らのイザコザは割とどうでもいいんだよ。俺には全くダメージ無いからね。俺を巻き込むなって話だ」


「・・・ッす」


 絵里奈は鼻をすする。必死に我慢しているが、その表情は余りにも痛々しい。

 

 はぁ、頼むから最後まで泣かないでくれよ・・・。


「一人は親友を裏切り、のうのうと生きてきた女。一人は親友に裏切られ、絶望の末にロリコンに走った男」


「・・・」


「あり得ないほどの仲良しが、今じゃ両極端だ。俺も考えたよ、どうしたらこいつらが仲直りするのかって」


 でもよ――


「お前らが変わる気ないんだもん。それは無理な話だったよ」


 高校になって2年間も同じクラスだった癖に、たったの1度も会話をしなかったこいつらに俺は心底呆れた。絵里奈は変わり果てた祐樹に驚き、祐樹に関しては”見てすら”いなかった。

 祐樹はあの絶望の淵に立たされた時、必死に何かに縋りついた。何故なら、あの時の祐樹は()()()()()()()()()生きることが不可能だったから。あいつが生きることに意味を見出し、そして生きてくれるなら、俺はなんだってよかった。

 だから俺は小さな脳で考えた。どうしたら祐樹の心が回復するかって。

 

 そして俺の行き着いた答えが、そう―――2次元だったのだ。

 あいつはどちらかと言えば脳筋の部類で、超体育会系のスポーツマンだった。だが俺はその線は諦めていた。多分祐樹には続けることが不可能だと思ったからだ。

 でも俺は心底驚いた。まさか祐樹があそこまで2次元にはまり込むは。今じゃ立派なキモオタだ。いやキモスギオタだ。ほんと、まじで引いた。

 

 けどまぁ、俺は祐樹が回復してくれるんだったら結局なんでも良かった。

 だから―――嬉しかった。

 あいつが画面の向こう側にいるキャラに笑っていてくれるのは。

 ほんと、あの時は大変だったからね。毎日のようにあいつの家に行ってアニメ鑑賞会みたいなもの開いて。最初こそあいつは遠慮気味だったが、俺がしつこい位に迫ると折れてくれた。

 そして気付いたらロリコンになってた。怖かった。


「俺は学んだぞ絵里奈。本気で祐樹に向き合って、本気で自分に向き合ったら時、人は進化するって」


「しん、か・・・?」


「ああ、お前らから見たらあんまり変わってないかもしれないけど、俺は確かに変わったよ」


 祐樹に向き合っていく内に、俺は自分が成長している事に気づいた。

 それは、とてつもなく小さな成長だったけど。

 俺は――驚いた。


「な?千恵」


 俺は同意を求めるため千恵に問う。


「絵里奈ちゃん、兄ちゃん嘘言ってるよ」


「っておい!良いとこだったのに何言ってんだお前!」


「痛!何すんの兄ちゃん!」


 こいつ、いい雰囲気だったのに!

 俺は千恵の頭を掴んで軽くひっぱ叩いた。


 すると―――



「ふふっ」



 ――絵里奈は止めどなく溢れる涙を隠そうとせず、屈託の笑顔で”笑った”。



「・・・」


 ああそれでいい。

 それでこそ、人間は成長する。

 


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