第62話 今必要なのは、解毒剤①
「これうんまいっ・・・!」
「人の金をなんだと思ってんだこいつは・・・」
「人の善意は素直に受け取っとくもんだよ?兄ちゃん」
「お前が素直過ぎんだよ」
「まぁまぁまぁ、私としては千恵ちゃんが喜んでくれたら嬉しい、かな?」
「・・・それならいいけど」
「ねっ?」
うっぜ―なこの女・・・。
口周りに付いたチョコとホイップクリームが余計俺を苛立たせた。
◇
そもそもなんで俺が今スイーツカフェなんて洒落た場所にいるかと言うと、千恵が唐突に「カフェに行こう!」なんて言ったからだ。
千恵は俺と約束した待ち合わせの時間にピッタリと来た。それはいつもの事だから何とも思わないが、今日限りは遅れてもらいたかった。ただでさえ修羅場に巻き込まれたってのに、千恵が混れば余計この場が悪化すると、俺の第六感が告げていた。
そしてそれは良くも悪くも当たっていたようで、千恵は最初こそ困惑気味の顔をしていたが、修羅場を見て数舜、突発的に意味の分からない発言をした。
――え?
当然ながら困惑したのは俺を含めた2人。
絵里奈に至っては素っ頓狂な顔をしながら、雀の涙ほどの疑問の旨を零した。
あ、今祐樹は完全に自分の殻にこもってるんで話なんて掛けても無駄だ。こうなると祐樹は手を付けられない。――祐樹は既に、心が壊れている。
でもよくもまぁあの状況でそんな事言えたもんだ。
蹲る祐樹に、涙を流す絵里奈。そして偶々居合わせた俺。なんでこんなタイミングでこの2人に出くわさないといけないのか。自分の悪運の強さを今一度再確認したところで、俺はまた嘆息した。
千恵なりにあの状況を打開してくれたのかもしれないが、なにゆえカフェなのか。しかも最近流行りの【Sun Jeriol】だし。あんまりいい思い出ないんだよねここ。
「で、なんであんな事になってたの?」
千恵が興味が無さそうに、絵里奈から奢ってもらったチョコパフェをチューチュー吸いながら問いかける。
「・・・」
「・・・まっ、別に興味が無いからいいけど」
絵里奈はカフェに来るまでの道中、出来るだけ何でもないように振舞ってはいたが、それも結局は無駄の努力。目元は赤くなり、寸前まで泣いていたのは周囲の人間にバレバレである。
・・・千恵は今、興味が無いから良いと言ったが多分嘘だろう。そもそも興味がないなら自分から誘わないはずだ。
こいつはそういう分別が出来る女なのだ。厄介なことにね。
「・・・あ、そう言えば、”グランドアイドル”おめでとう千恵ちゃん。予想はしてたけど、やっぱり1位だったね」
居心地の悪い沈黙に耐え切れなくなったのか、絵里奈は若干苦し紛れの話題を持ち出す。
「あ、うん。ありがとうございます。――でも私モデルなんて全く興味ないし、どうでもいいんだけどね」
「?・・・そ、そうなんだ」
”あれ?でも物凄く喜んでなかった?”と絵里奈は頭の中で考える。
「でもめっちゃ喜んでたじゃん」
あ、思ったこと口に出してしまった。
「・・・うるさい」
「・・・」
理不尽である。
「そう言えば絵里奈先輩も去年スペシャルアイドルだったよね?」
「う、うん」
「あ、別に馬鹿にしてるわけじゃないよ。だって2年連続3位以内になる方が凄いんだもん」
「そう、だね・・・ありがと」
「別に」
「あと千恵ちゃん。別に先輩呼びしなくてもいいよ?そんな硬い仲じゃないんだし、というか今も殆どタメ口だけど」
「うーん、それもそうだね。でも学校ではちゃんと敬語で話すよ?」
「うん、それでいいよ」
千恵は、俺と祐樹と絵里奈がよく一緒に居たこともあり、昔から絵里奈とは仲が良かった。小さい頃はよく一緒に遊んでいたのを目にしていたが、やはり時間が経つにつれ、その回数は次第に減っていった。
まぁ、減らない方がおかしいんだけど。高校生にもなって小学生の頃のように遊び惚けていたら流石に馬鹿過ぎるだろう。
「で、千恵は何でカフェに行こうなんて言い出したんだ?」
「うーん・・・なんでだろ?」
「・・・」
でたよ。千恵お得意の”なんでだろ?”こいつはこれを言えば何とかなると思っているのか、よく多用する。
そしてその、顔をちょっとだけ斜めに角度付けて、人差し指を下唇に付けるのをやめてくれ。あざと過ぎて目も当てられない。
こいつは顔が整っているが、実の妹がこういう動きをすると背中がゾワゾワっとして鳥肌が立つ。絵里奈がやったら多分華になると思うが、やはり妹にはそういう行為、兄としてはやめて頂きたい。
だって俺がしたら絶対千恵は気持ちが悪いと言う筈だ。そう、それと同じ。
「強いて言えば・・・祐樹先輩を見てられなかった、かな」
「っ・・・」
あの後、漸く落ち着くを取り戻した祐樹は、いきなりスッと立ち上がり、何を考えているのか分からない、曇った目をこちらに向けてきた。
いつもは髪の毛で目元は見えないが、頭を掻きむしったせいか久しぶりに祐樹の顔の全貌を見た。
――そして相変わらず、イケメンだった。
これは誇張とか、幼馴染だから贔屓しているとかではなく、多分――いや確実に、祐樹がオタクではなく普通の髪の毛で、普通の生活を送っていたならば、【トーソーモデルズ】の”グランドアイドル”に選ばれていただろう。
これは――確信できる。
そして祐樹は、何も言わずにその場から去っていった。
絵里奈は今度ばかりは何も声を掛けることは無く、ただ、立ち竦むことしか出来なかった――
「相変わらずだったねぇー祐樹先輩」
「・・・ごめん」
「いや私に謝れても困るけど・・・」
千恵は、あの出来事を知る、数少ない人間の一人だ――
「・・・まぁでも、結局は祐樹先輩自身が変わんないと、意味ないんじゃないかな。いくらこっちが声掛けたって、あんな調子じゃね」
「・・・」
ああ、全くもってその通りだ。
祐樹自身が変わらなければ、変わろうと思わなければ、絶対にこの状況は進展しない。
今のあいつは、絵里奈という毒に犯されている。その解毒作業を”毒”本体である絵里奈が行ったところで、余計に悪化させるだけだ。自分で解毒できるかは、あいつのメンタルと意地に掛かってる。
だが少なくとも―――今の祐樹には無理だ。




