偶然見てしまった
「昨日の任務はご苦労だった、ゼファー」
「はい、有難うございます」
「早速だが、コリウスは暫く飛べない事になった」
ゼファーはそれを聞いて昨日の空のことを思い出す。
「何かあったんですか?」
一応しらを切っておくゼファー。
「彼女の尿から薬物が検出された。よほど怖かったらしい。帰ってきてからも震えていたからな……燃え尽き症候群だよ、まだ若いんだぞ…ま、昔はそんな言葉じたい無かったが」
もし彼女が遠距離爆撃ではなくCASだったら、もっと酷くなっていただろうか……それともマシだっただろうか……。
「君たちの爆撃のおかげで敵は戦線を後退させたよ、陸軍から感謝されている」
それは良かった。ゼファーは思う。だが、何かありそうだ。
「それとは別に、監視任務の依頼が来ている。ダスクライト地区の監視だ」
「監視、だけですか?」
ゼファーは思わず聞き返してしまった。
「いや、もとは前線基地なのだが、基地司令が不在でな。もし現れたら吹き飛ばしてやってほしい」
「了解しました。ところで、それは今日ですか?」
「ああ、本日1400時にクリスティー大尉と交代で入って欲しい」
隊長に言われゼファーは腕時計を見る。12時を少し回ったところだ。食事に行けそうだ。
「了解しました。上級曹長のかわりの要員はいるのですか?」
「ああ、言い忘れる所だった。ディートリヒ中尉だ。暫くは二人で飛んでもらう」
「了解です」
ゼファーは敬礼で返すと食堂に行き食事をトレーに乗せ、席に座る。
「俺はディートリヒ。空軍では遠距離爆撃の1000時間飛行経験がある。皆は?」
ディートリヒが隣に座り声を掛ける。
「俺はもともと輸送隊に居たんだ。ただの運送業だよ。刺激が欲しいなら、ここしかない」
それを言ったのは隊で一番ガタイの良いハイメ少尉が言う。次にゼファーが口を開く。
「CAS派遣を6回、飛行時間は3000時間。……CASでは用済み、3000フィート上空から狙い撃ち。なんか調子が狂うわ」
ゼファーが言うとディートリヒは頬杖をついて
「危険がないならそれだけ家族の時間があるんだし、良いじゃないか」
ゼファーはそれに対し、ため息で返した。
「目標上空です」
ゼファーが交信を始める。それと同時にマップアームに入れた資料を見る。
「この座標は既に600時間の偵察記録があります。差し出がましいのですが、住所が違うのでは?」
『情報屋の確かな情報だ』
管制室に戻ったクリスティー大尉が通信で言ってくる。その確かな情報で600時間か。ゼファーはため息を吐きながら建物の周りを見る。複数の軍人が歩いているのが見える。特に動きはない。だが、一際目立つ勲章を下げた男が居たのでズームする。
「標的ですか?」
『いや、標的は小太りだ。こいつじゃない』
ゼファーは「違うのか」と小さく漏らしたが、その男が気になり注視していた。
「あれは……捕虜…ですか?」
『確認する。視点固定を』
ゼファーは言われた通りに視点を固定し、すり鉢旋回に入る。顔をそらしてもゼファーには見えている。縛られているのを見ると捕虜で間違いないと思うが、念の為である。暫く注視していると、男が女性捕虜を殴り始めた。流石にゼファーは腰に手を伸ばした。CASをしていた頃の癖だ。だがそこに銃はない。見ている事しかできないのか。そう思っているとその男は女性捕虜に覆い被さりはじめた。
『クソ野郎だが、標的じゃない』
それに殺傷力の高い武器しか今のゼファーにはなく、発射するわけには行かなかった。ゼファーには文字通り見ているだけしかできなかった。
「見てられない……」
『これが戦争の一面という訳だ。目を逸らすなよ』
クリスティー大尉に言われ、唇を噛みながら目を開ける。
長くも短くも感じた。
もし、平時なら夫婦の営みとでも言ってごめんなさいする所だが、ソレとは違うソレが終わった。
『今のお前に任務続行は無理だな。ハイメ少尉、代われ。ディートリヒ中尉は継続だ』
暫く無心になっていたら無線が入っていた。
『ゼファー、聞こえたな?帰投しろ』
「了解です」
ゼファーは大きく旋回すると、基地へと戻る帰路へついた。