右と左と上と下
当然、基地では喧嘩になった。名前で気がつくべきで、我々が花の名前と認識している名前を背負った者はエルフであり、プルーマがその名前を背負う場合はエルフに帰属している。つまり、ここに集められたプルーマはエルフ側という事になる。
「恩知らず!」
口喧嘩そのものに意味はなく、聞き流すつもりだった。だけどどうしてだろう、最後の一言だけは私の気に触った。
「確かに私に優しくしてくれた人は多いですよ。ええ、大勢います。でも、私に乱暴を働いた人はもっと多いんですよ。車に変なステッカーを貼られた事はある?ショッピングモールで押し倒された事は?電車で身体をまさぐられた事は?指一本動かせなくなるほど殴られた事は!?無いでしょう!?」
ゼファーが次の言葉を発しようとした時には彼女の一撃が腹部に直撃し、怯んだゼファーを殴り倒しマウントを取って拳を振り下ろしていた。
当然見ていた人間たちは楽しそうに見ていた。ゼファーはその拳を手のひらで受け止め、なんとか牽制し、相手を転がすようにどける事ができた。しかし、ヨレヨレと膝を立てて起き上がろうとする頃には相手の膝が顔面に直撃しており、ゼファーは地面を転がっていく。
「おまっま、待ちなさ……ああぁぁ!」
相手はゼファーの残っている翼を乱暴に掴むと、足を使ってその骨をへし折っていた。もはやゼファーは悲鳴を上げるだけのナニカになっていた。折れた骨を握ってグリグリと回すように動かしていた。
さすがにマズイと思ったのか、見ていた人間たちが止め、ゼファーは医務室へ運ばれた。
そして、ゼファーは両翼を失い、羽毛の翼を失ったゼファーは鋼鉄の翼を受け取った。そのため、ゼファーは召喚魔法により推力を得て翼に風を受けて飛び上がる訓練が始まった。
地面を蹴り、いつも通りに滑走路を走り、翼を広げ、召喚魔法を展開し……そのまま顔面で地面を滑っていった。
「まぁ、これなら傷跡も残らんよ」
人間の医療は進んでおりエルフのそれとは明らかな差があった。そうでなければ義翼なんて作れないであろう。
「それと、利き腕も作ろうか?」
「いえ、片腕で慣れたので大丈夫です」
ゼファーは軽く挨拶をして再び滑走路に立った。
そして顔面で着地した。
「おかえり」
医務室へ行くと嫌味を言われた。
「すみません、何度も……」
「なに、いいさ。人間は空を飛ぶのに飛行機に乗る。君のように顔面で地面を走ったり、顔面で着地するようなバク転をした飛行機に乗っている人間はまず死ぬ。何度も失敗をして何度も挑戦できる人間はいないんだ。その失敗を活かすのはいつだって次の人間だ。そうやって失われるノウハウも多い」
「人間は不思議な人が多いですね」
「ん?私が?冗談、私は普通だよ。もっとも、ここに来たエルフやプルーマは皆同じことを言うがね」
怪我の治療をして貰う間、医務室の先生の話を聞いているゼファーは不思議な気持ちになった。
「そうだ、君に見せるなと言われた新聞がある。新聞は嘘も多い。だから、君の目で自分の故郷を見に行きなさい」
新聞には「エルフ帝国はプルーマ王国に侵攻。数十万人が犠牲か」と書かれている。
「有難うございます先生」
ゼファーは軽く挨拶をして三度滑走路へ。
「翼ぶっこわしたって?」
ゼファーは横転して翼の修理にハンガーを訪れていた。
「すみません…」
「いいさ。機械はすぐに治るからな」
ゼファーの背中から翼を取り外し、幾つかのパーツを外し再び新品パーツに取り替え、あっという間に修理が終わった。
ゼファーは何度目か分からない滑走を始めた。地面を蹴り上げ、推力を与えてから身体を水平に。胸が地面に触れるスレスレで翼は風を受け止め、ゼファーを大空へと押し上げていった。
無心になって高度を上げていった。片眼鏡の高度計が2万フィートを指した時に我に返り水平飛行に入り、まっすぐゼファーの故郷へと向かった。
「管制、今から故郷を見に行っても?」
『止めても行くんだろ?その高度なら迎撃もされまい。見るだけなら許可しよう』
「有難うございます」
新聞は真実を伝えていた。
それを確認したゼファーは目を閉じ涙を振り切るように旋回し基地へと戻った。
ゼファーはハンガーで蹲り涙を流していた。
「ま、羽女も故郷がアレじゃこうなるか」
「他の羽女もアイツに焼かれてキレてたし、戦争なんてこんなもんかね」
人間たちの話し声が聞こえ、慌てて立ち上がり敬礼をした。
「あ、いや……すまん…」
「あーそうだ、お前、シャワー浴びてこいよ」
人間に言われ、ゼファーは涙をシャワーで洗い流す事にした。
「ではでは国民、皆殺し」
「なぜです?なぜです? 私はアナタの言うことを聞いたのに約束を破るだなんて酷いです」




