第一話 攫われたヒロイン
「アナタハー、神ヲー、信ジマスカー?」
帽子を被った変な外国人に私が声をかけられたのは、友人と待ち合わせた公園のベンチにてであった。
「信じるって言われたら、人並みには信じてる、かも…」
「オー、アナタ、見所アルヨー。神ノ家ニ入ル資格アルネ」
「え、マジで?」
人の良さそうなその外人とのんびり異文化交流をする私。ちょっとは賢く見えるかしら、と思っていたのも束の間、会話は第三者によって遮断された。
「マジで、じゃねーよ、カンナの馬鹿! お前、宗教勧誘されてんだよ、行くぞ! Sorry! We are busy!」
現れたのは、私が待ち合わせをしていた友人、西園寺健斗である。黒髪の、少し地味だが、整った顔立ちをしている眼鏡の男。絵に描いたような優等生の彼は、多少性格はキツいが面倒見がよく、なんだかんだ長くツルんでいる幼馴染である。
「Oh…」
「ちょ、痛い、耳痛い!」
キッと見知らぬ外国人を睨みつけ、健斗は私の耳を引っ張りながらその場を後にした。
20××年、ニホン。信教の自由の定められたこの国では複数の宗教が同時に存在し、国民それぞれが己の信じた神を自由に信仰していた。…まあ、信仰しているといっても、ほとんどの国民が別に何も信じていないのだけども。
「最近宗教勧誘多いんだから、気をつけろよ」
「悪い人じゃなさそうだったけどなぁ」
かく言う私も健斗も、無宗教。宗教嫌いの健斗と違い、私は必要性を感じないだけだけども。約束のカフェに向かう途中の歩道で、並んで歩いている彼は、さっきからご機嫌斜めである。
「宗教をやる人は基本そんな感じだろ」
「うわーすごい偏見。別に宗教は自由だし、そんな目の敵にしなくても良いじゃん…」
私の言葉に、健斗はさらに不機嫌になって、ビシッと私を指差して言った。
「良いか、お前は確かにちょっと人類超越するような腕力の持ち主のゴリラ女だ」
「はぁ…」
だいぶ失礼なこと言われているけど、私は気の抜けた返事で受け流すことにした。
「でもな、それを知っているのは俺や周囲の人間だけなんだよ!」
「へぇ…。というか、それより、健斗」
「それよりってなんだっ! お前、見た目はその、結構、かわ、可愛いんだぞ…。その自覚を持って、だな」
もごもご言う健斗を、私は空返事でやり過ごしていた。それよりって言われたけど、さっきから私は彼の後ろにいる人達が気になってしょうがないのだが…。
「いつも周囲を気にしておけ、この鈍感! もご」
「目標、捕まえたぞ!」
さっきから気になっていた、彼の後ろ、道路に止まっていた大きな神輿車みたいな乗り物。その中からわらわらと出てきた白装束達が、あっという間にこちらに来て健斗の口元に布を当てた。
「車に乗せろ!」「女はどうする?」
そのまま彼をヒョイっと神輿車へ連れ去った奴らからの注目が、一緒にいた私の方へ一心に注がれる。
「俺達がジンジャの一派だとはバレるまい、無視だ!」「はーいっ」
良いお返事である。私は華麗にスルーされ、神輿車に奴らが乗り込む。
そのまま何事も無かったかのように、わっしょいわっしょいと奴らは去っていった。
「…」
残された私は、ぼんやりとその後ろ姿を見つめながら、ポツンと呟いた。
「で、なんだっけ。ジンジャ一派だっけ?」
持っていた携帯から、電話をかける。
「…あ、もしもし、西園寺のおじさん?」
まあ、なんだ。攫うなら私にしとけという話だ。