第16話 運命は眠り
「次の木を右に避けて真っすぐ歩いて...」
横目に大岩を2つ数えてから左に曲がる、
その先には猟師のお兄さんが罠を見に来る場所だ。
私は少し頭を低くして茂みの裏を回る。
少し歩くと材木の仮置き場がある。
その先の切り株に座っていつも朝食を食べる木こりのお爺さんが居る。
私は土が隆起して出来た段差を通って小走りで大きな木の影に入る。
「大きな木の根を3本跨いでっと」
目の前に見えてきたのは長老の家、わたしを引き取って育ててくれているお婆ちゃんの家だ。
この時間はこの道順で行けば誰にも会わずに家に帰って来れる。
裏手のドアを開けて家の中に入る。
お婆ちゃんはもう起きていると思うけど。
家の奥から話声が聞こえる、お客さんかな?
「フム、こんなモンかのう」
「有難うございます長老殿」
「もう随分動ける様じゃが今日一日くらいは無茶をするでないぞ?」
「はい」
「しかしその背中、大したモンじゃ。
それ程の物を、お前さん一体どうやって...」
「ええ、色々と経緯はありまして、
長老殿、この事は内密に願えませんか?」
「...良いじゃろう、その人間の体の事は他言せん。
それは呪術師としての最低限の心がけじゃ。
しかし、相当な苦しみがあったじゃろう」
背中?苦しみ?
色んな事が聞こえて来る、中にいるのはお婆ちゃんと、タコリスだ。
聞こえて来る話には気になるものが多いが、これ以上聞いてしまうのは良くない気がする。
私は部屋の中を見ない様に声だけで呼びかける。
「お、おばあちゃん?」
「おや?」
「誰か...居るんですか?」
「怖い顔をするでない、案外気が小さいのう。
ほれ、出ておいでユイリーや」
「う、うん」
入っても良いのかな?そう思いながら中に入るとタコリスがこちらを見て椅子に座っていた。
さっき聞こえた声は少し怖い感じがしたが、今のタコリスの表情は穏やかなものだ。
服はもう着ている。
「ユイリーおはよう。
お邪魔しているよ」
「うん、おはようタコリス」
「ユイリーや、どうしたんじゃ?」
「お婆ちゃん、裏の林でキノコを採ってきたの」
「おおそうか、それじゃあ二人共待っておれ、
今なんぞ暖かい物でも作るからの、タコリス、お前さんも朝食を食べて行きなさい」
「そうですか、それじゃあお言葉に甘えて」
テーブルに座って窓の外を眺める。
ここから見えるのは家の裏手、村とは反対の林が見えるだけだ。
朝の日差しが差し込むが木々に遮られるせいで大人しめの明るさで丁度良く感じる。
「どうぞ」
「ありがとう」
俺とユイリーはユイリーが持ってきてくれた紅茶を一緒に飲み始める。
長老殿は食事の支度をしてくれている。
「体はもう大丈夫なんだね?」
「ああ、お陰様でね。長老は立派な呪術師の様だ。
二人で過ごしてどれくらいになるんだい?」
「4年だよ、お婆ちゃんとは血の繋がりは無いんだけど
私のお父さんのお師匠さんだったんだって」
「ユイリーのお父さんも呪術師だったんだね?」
「うん、元々片親だったんだけど病気でね、死んじゃうちょっと前に
この村に来てお婆ちゃんに私の事を頼んでくれて、その後すぐにね」
「そうか...」
「そんな顔しないで?大丈夫だよ、
お父さんがここのお婆ちゃんに預けてくれて本当に良かったと思ってるの。
お婆ちゃんは優しいし、フラナタやリサもいるし」
「そうか、そうだね」
タコリスは優しい声で応えてくれるが少し心配しているのが分かる。
村の皆からの私への扱いに気づいているんだろう。
嬉しいけど余り心配を掛けたくない、私は話題を変える事にした。
「ねえタコリス、この村はどう?
小さいけど静かで良い所でしょう?」
「そうだな、良い所だと思うよ。
メシも美味いしな」
「フフ、タコリスもオルトさんもご飯の事ばっかり褒めてくれるね?」
「ス、スマン、正直俺達は常に金に苦労してるからな、
腹空かせてる事が多いんだよ」
「アハハハ、それじゃあ村で一杯美味しい物食べてってね?」
「ああ、そうさせて貰うよ」
「ねえ、タコリス」
「なんだい?」
「あのね、こうやっていると楽しいよね?」
「うん?ああそうだな、君やフラナタ、リサさんや長老殿、皆良い人だからな、
話しているだけで俺もオルトも凄く楽しいよ」
「そ、そうだよね?そうでしょう?
だったらさ、楽しいと嫌な事も忘れちゃうよね?」
「ユイリー?」
「あのね、タコリス。
大切な事ってそういう事だと思うの、
私のお父さんが死んじゃった時も周りの大人が言ったの、
『パンドラさえ居なければ』って。
でも私にはそんな事どうでも良いの、お父さんは死んじゃって悲しいけど、
でも、私にはフラナタもいるし、リサやお婆ちゃんだって居るから、
だから、だからね...」
伝えたい、伝わって欲しい。
フラナタみたいに上手く喋れないけど、
目から涙が零れそうになる。
「忘れちゃった方が良いんだよ、きっと...
ふ...復讐なんて、
だって、帰って来ないもん、お父さんは帰って来ないんだよ?
死んじゃった人は帰って来ないから、
だから、ね?タコリス」
堪えきれずに涙が零れてしまう。
それを見てタコリスは穏やかな表情で私の手を握った。
「心配させてしまったね?ごめんユイリー」
「良いの、私の事なんか...」
タコリスは自分の持っていたハンカチを私に渡してくれる。
「ユイリー...秘密を守れるかい?」
次回は明日、3月21日の土曜日の夜に投稿予定です。




