第14話 それぞれの決意、それぞれの帰路-5
動物の毛色が変更してあります。
「おお、走ると危ないぞ!」
「ごめんなさい!」
船員とぶつかりそうになるが、辛うじて避ける。
モコの実を持った動物はまだ視界の中には納まっている。
小さな影の動きは素早い、
時々止まって辺りをキョロキョロと見回してくれるが、
それでもフラナタ達との距離はどんどん離れていく。
何とか見失わない距離を保っているが片手で引っぱているユイリーの手も
次第に重くなっていく。
「ハア、ハア...フラナタ、
もう走れないよ!」
「待って、ハア、ハア、ユイリーほらあそこ!
あの部屋に入って行ったわ」
小さな影は遠くの方で少しだけ隙間の開いた船室のドアに
すべる様に入り込んでいった。
「あの船室、片側にしかドアが無いみたい。
あれなら追い詰められるよ。
ユイリー、ほらもう少し」
「う、うん。でも捕まえられるかな?
あの子凄く速いよ?」
「大丈夫、こっちは二人いるんだから」
「うん、そうだね...噛まないかな?」
二人が船室のドアに近づき、フラナタがゆっくりとドアを開ける。
ドアの中は薄暗く思ったより広い。
「どうフラナタ?誰か人はいる?」
「暗くて良く見ないわ、どうやら個室みたいだね」
個室を宛がわれる人物といえば相応の資産家や相応の血統の者、
あるいは重傷患者か。
「ごめんください、早朝に失礼します」
薄暗い部屋からは誰の返事も無い。
備え付きの家具なども置いてあり、
こんな立派な部屋が空き部屋とは思えないが。
「キー、キー」
「フラナタ、あそこ、あそこの角に居るよ」
部屋の奥から鳴き声がする。
そちらを見ると部屋の角で小さな影は微かに体を動かしていた。
部屋の奥は増々暗くて良く見えないが影の形を見ると
その動物は果実を器用に両手で持っている様だ。
「ゆっくり近づいて刺激しない様に、
逃げ道を塞ぐように動こう、
ユイリーはそっちをお願い」
「うん」
ギシ...ギシ...
慎重に歩いていても床が音を鳴らしてしまう。
その音を受けて動物の動きがピタリと止まる。
ゆっくりと、出来るだけ距離を縮めなきゃ。
グッ...
「え?」
不意にフラナタの細い腕が掴まれる、ユイリーじゃない。
ユイリーは離れた位置にいるし、手の大きさが違う。
この大きな手は大人の手だ。
突然の事で声を失う。
だが不思議とその掴んできた手を振り払う気は起きなかった。
その握って来る手が余りにも力無く、
でも必死に掴んで来たからかも知れない。
「分かって...いる。
ああ...分かっている。
悪いのは...俺だ」
その手は傷だらけで、
手の先を見て行くと、
包帯に巻かれた腕、どうやら右腕の様だ。
そして肩と首、首元で包帯は途切れ生傷の跡が幾つも見える。
そしてその奥では、
虚ろな目がこちらを見ていた。
「何も守れない...雨は...」
静かに、一滴だけ、涙が零れた。
この人は、
何を失ったんだろう?
この時代では、誰もが何かを失う。
私は、両親を...
この人も『何か』ではなく、
『誰か』を失ったのかも知れない。
「パン...ドラ」
心臓が止まる程の、恐ろしい名前、
私は村を、ユイリーを守らなくては。
「パンドラ、そこに...いるのか?
教えてくれ、お前は狂って...いるのか?
何故、笑える?
俺は、もう、笑えない、二度と...」
「フ、フラナタ?そっちに誰かいるの?」
「キー、キー」
「あ、フラナタ、そっちの方へ行ったよ!」
小さな影がフラナタの足元へ向かってきたが、
それを制止する気は起きない、
その影の動きが逃げる様な速さでは無かったからだ。
影はフラナタの手を掴んだ人物が寝ているベッドの上によじ登って、
その人物の枕元に持っていた果実を置いた。
その動物は全身が真っ白な毛色で耳が長く
一つだけの黒い瞳でベッドの上の男を心配する様に見ている。
片方の目は大きな傷跡で塞がれている。
「あなた、その人の為にモコが欲しかったの?」
「シラ、ビュ...ウ」
男の瞼はゆっくりと閉じて行き、
彼が意識を失っていくのが分かる。
フラナタは零れ落ちそうな彼の手を握り、
優しくベッドの上に戻してあげる。
「うんん...誰?
誰かそこにいるの?」
ベッドの向こう側から声がする、女の、
年老いた女性の声だ。
ギイイ、
「わ!」
陽の光が部屋に入り込む、誰かが入り口のドアを大きく明けた様だ。
驚いたユイリーが少し大きな声を出してしまった。
入り口からは一人のお爺さんが入って来る。
そのお爺さんがユイリーの方を見て怪訝そうに尋ねた。
「何だお前ら、勝手に入ってきちまったのか?」
「あ、あの違うんです、勝手に入っちゃったけど、
あの、その子が私達の果物を持ってちゃって、それで...」
ユイリーが陽の光に照らされた白い動物を指さすと
老人は呆れた様にパチンッと自分の額を叩いた。
「ああ、またやっちまったのか、
本当にお前って奴は、しょうもねえ悪ガキだ。
ばあさん、寝てんのか?またそんな所で」
「ええ、いつの間にか座ったまま寝てたみたいですねぇ」
「また魔法使ってたのか?
あんま無理するんじゃねえって言ってるだろう?」
「ごめんなさいね、只、ついこの人が辛そうでねぇ。
左腕が痛むみたいなんですよ、
昨日の夜も酷くうなされていたものですから」
「まったく、それじゃあ婆さんの方がまいっちまうよ。
さあ、起きてくれ、また小僧が悪さしたみたいなんだ」
そういうと老人は窓と外側の雨戸を開ける、
一気に部屋は明るくなった。
「そうなんですか、行き倒れたこの人を」
「ああ、説明が面倒だから俺達の息子って事にしたけどな。
それよりお嬢ちゃん達、悪かったな?
ほれ小僧、とっとと嬢ちゃんたちに返してやらねえか」
老人が手を伸ばすが、その動物は果実を掴んで離さない。
「キー、キー!」
その子は怪我人の体の後ろに隠れて顔を出し、
老人に向かって舌を出して見せた。
「こいつぅ」
「あの、フフ、良いんです。
良かったら貰ってください、
私達は部屋に戻ればまだありますから」
「そうかい?すまないなあ、そうだ菓子が残ってたんだ、
代わりに持っていきなよ。怪我人とジジババじゃあ、少し硬くてなあ」
私達はモコの実の代わりに沢山のお菓子を頂き部屋を後にする。
「お二人は聖都まで行かれるんですね?
どうかお気を付けて、あの人、良くなると良いですね」
「ああ、ありがとうな」
「お嬢ちゃん達も気を付けてね、
村まで近いみたいだけど子供だけじゃ危ないからね」
見送ってくれたお爺さんとお婆さんに別れを告げて私達は歩き出す。
両手でモコの実とお菓子をいっぱいに抱えて。
「荷物、軽くするつもりだったのにね。
アハハ、増えちゃった」
ユイリーは楽しそうに笑っている。
「そうだね、
リコ達にあげても多すぎるから私達も頑張って食べないとね。
さてと、寄り道でリコたちの部屋が遠くなっちゃったね」
「うん、私達の部屋と一緒に出来たら良かったのにね」
「しょうがないわよ、昨日の騒ぎで船員さん達も忙しそうだったし、
私達の下船までまだ時間はあるけど、早めに会って渡しておきたいわね」
少し歩くと私達は人だかりにぶつかる。
聞きなれた元気な声が聞こえてきた。
「さあ、昨日は迷惑かけちまったからな!
今日はオマケしとくぜ!お客さん方、好きなだけ見てってくれ!」
「いらっしゃい、いらっしゃい!」
「いらっしゃーい!安いですよー!」
「おう良い声だぞリコ、クノス、お前ら商人の素質あるかもなぁ」
「いたね」
「うん」
次回は1月31日金曜日に投稿予定です。




