第14話 それぞれの決意、それぞれの帰路-3
頬に当たる夜の潮風はもう随分と冷たくなっている。
体が冷えてしまう前に話を終えた方が良いだろう。
フラナタはタコリスとオルトに向かって話し始めた。
「最近になってこの辺りに噂話が流れ始めたの、
パルクアの村には魔神が逃げ込んだらしいって」
「魔神」
タコリスの呟きを最後に少しの静寂が生まれる。
そういった静寂に人一倍耐えられないのはオルトだ、彼がフラナタに訊ねる。
「魔神ってさ、パンドラが開けた箱から出てきたって言う
魔神だよな?その魔神がパルクアの村にいるのか?」
「あくまで噂よ。
パルクアの村にはね、『愚者の迷宮』っていう曰く付きの洞窟があるの。
その洞窟には、壁に古代語で道しるべが無数に刻まれているの。
とても広く深い洞窟の、入り口から最奥までびっしりと。
でも、その古代語を解読すると全部でたらめな道しるべなんだって。
『狂った道しるべが訪れた者を惑わせ、永遠に閉じ込める。
聖者も、罪人も、悪魔も、皆等しく』
そういう言い伝えがある場所なの、
迷ったら誰であっても二度と出てこれないって。
そこに一体の魔神が迷い込んだっていう噂が流れたの」
タコリスは船外の暗い波を見つめながら呟く。
「魔神は箱から解き放たれて各地に逃げ延びたという。
誰も出てこれない様な迷宮なら隠れて
体力を回復させるのに都合が良いだろう。
有り得ない話じゃないかもな」
「有り得ないわよ」
フラナタは自分が身に着けていたケ-プを
少し薄着のユイリーに着せながら話を続ける。
「良い?全部あくまで噂で、あくまで言い伝えに過ぎないわ。
壁に刻まれた古代語なんて気にしなければ良いだけよ。
そうすれば惑わされるも何も無いわ。
そもそも古代語なんて今じゃ読める人も限られているし。
実際、パルクア村の人たちは何度もその洞窟に入って
その洞窟から生きて出て来てるんだから。
確かに外見よりはずっと広くて深い洞窟だけど、
それほど複雑な内部構造じゃ無いから。
ただ道を覚えれば良いだけよ。
オルト、そんな場所に魔神が逃げ込んでいたらどうなると思う?」
「ん?どうなるんだ?」
「お前な、ちょっとは考えるふり位しろよ」
「降参する速さが俺の強みだからなぁ」
「フフ、本当よね、これじゃ問題の出し甲斐が無いわ。正解はね、
そんな誰でも出入り出来る場所に魔神が居たら直ぐに
近隣の王宮騎士が駆けつけるか、
今なら魔法教会が村の安全の為に現地に赴くでしょうね。
でもそんな騒ぎは今まで無かった」
「そっか、成る程なぁ」
「だから魔神がその『愚者の洞窟』に居るっていうのも噂話に過ぎないのよ、
でもね、
この付近に『不知火の町』と呼ばれる
今は廃墟になった場所があるんだけど、
近頃そこに大罪人パンドラが訪れたっていう情報が流れたの。
もしそれが本当なら、魔神討伐の旅を続けるパンドラは
パルクア村の『愚者の洞窟』へ魔神の存在を確認しに来る
確率が高いわ。
だからよ...」
先程まで笑顔だったが今、
タコリスとオルトを見つめるフラナタの表情は険しい。
「どんな理由でそうなったのかは分からないけど、
不知火の町はパンドラの力で壊滅的な打撃を受けたそうよ、
もう誰も居ない町だけどね。
パルクアの村でも同じ事が起きないとも限らない。
危険だわ、二人共あの村には行っちゃダメ」
「ふう」
フラナタの話を聞き終えて、オルトはため息を吐いて頭を掻く、
タコリスは深刻な表情だった。そして呟く。
「そうか、やはりパンドラが...」
「タコリス?」
タコリスの顔を覗き込むフラナタには、
不思議と嫌な胸騒ぎが訪れる。
「あのな、フラナタ、俺達はさ...」
「オルト、良いよ。
俺から話す」
タコリスはこの場で最も幼いユイリーの顔を見る。
そして意を決した様にフラナタを真っすぐに見つめた。
「フラナタ、俺達の、いや、
俺の目的はパンドラなんだ。
俺はパンドラを殺す為にここまで来たんだ」
「お...おい、タコリス、あのな?
ユイリーもいるんだぜ?
もうちょっと言い方がよ...」
「そうだな、怖い話を聞かせているのは分かってる、
だが最後には皆が知るんだ。
パンドラが死ぬ事を、そして俺が殺した事を」
夜の風を一層冷たく感じた。
心が寒くなる。そんな少しの間の沈黙だった。
ユイリーは不安な表情でいつの間にかフラナタの手を
強く握っていた。
フラナタはその手を少しだけ強く握り返し
自分の存在をユイリーに知らせる。
そしてタコリスに話し出す。
「理由を聞いても良い?」
タコリスは俯いて言い難そうに口を開く。
「理由は無い、ただ、殺すんだ」
「ひょっとして復讐かしら?」
「ああ、そうだな...そんなところだ」
「そう、タコリスもそうなんだね。
そんな人が今の世の中には無数にいるんだわ。
パンドラに恨みを晴らしたい人達が。
タコリス、貴方には貴方の事情があるんだと思う。
だから私が言うのはとても身勝手な事かも知れないけど、
残念だわ、タコリス」
「ああ、そうだな。軽蔑されても仕方ない」
「あ、あのな?えっと、フラナタ」
気まずそうにオルトが説明をしようとするが
上手く言葉が出てこない。
「良いんだよ、オルト。
これで良いんだ」
「あのなぁ、お前は率直過ぎるんだよ。
もっと出来る言い訳もあるし、ていうかすべきだろ?お前は。
フラナタ、実際さ、事情はあるんだよ、俺達にもさ。
それをその、説明は難しいんだけどよ」
「オルト、きっとそうなんだろうね。
生半可な決意じゃないのはタコリスの顔を見れば分かるわ。
でもね、だから私は...」
フラナタはユイリーの手を握ったまま少し前へ出て
二人の青年に告げる。
「改めて、二人が村に入る事を禁じます。
パルクア村の現村長である、
フラナタ・ビサリカの名を以って」
「フラナタ、お前がパルクアの?」
「そうか、どこかの村の、と聞いていたが、君が」
次回は明日、25日土曜日に投稿予定です。




