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その後のパンドラ  作者: 緑谷トンビ
1章 罪は雲と、罰は水辺に
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第14話 それぞれの決意、それぞれの帰路-2

空は澄み渡り、気候は穏やか。

日差しはとても優しく、元気な鳥の声が聞こえる。


ハナミズキがその枝条の両手一杯に小さな花を実らせ。

その香りで春のそよ風を彩る。



この小さな村に家を建てようやく私達の旅も終わる。

これからは冒険とは無縁の、のんびりとした日々が続いていくのだろう。


そんな私の想像は今朝の騒動で打ち壊された。

私が二階で髪を結んでいると下の階から大きな物音がしたのだ。


恐る恐る下に降りていくと、そこには本の山に押しつぶされそうな彼が倒れていた。

私が慌てて彼を抱き起し、体を痛めていないか心配すると

彼は笑って誤魔化した。だが頭には小さなたんこぶが出来ている。


私は濡らして絞った布を彼の額に当てがいながら

一体この本の山は何なのかと尋ねた。


すると彼は全部娘の為の本だと言う。

呆れた、買い物の帰りに古書店で良い値段だったと

大量に買って来たのだ。娘にはまだ早いのに...


彼は勝手に買って来てしまった事を謝りながら

私に本の有用性を語る事で許して貰おうとする。



この白い本を読んであげればきっと優しい子に育つ、

この灰色の本を読んであげれば思慮深い子に育つ。

この薄紅色の本に出て来る花運びの鳥たちが空から降らす

花びらの通り雨はきっと娘を驚かせるだろうと、


最初は彼の弁明を聞いている筈だったのに、

彼の楽しそうな顔を見ている内に私は思わず笑ってしまった。

今回も私の負けの様だ、私は彼に議論で勝った事が一度も無い。

いつも最後は彼の必死な様子に笑ってしまう。


私は彼が大切な事を忘れていないかと反論する。

私達の娘はまだお腹の中だ、本はまだ読んであげられない。


すると彼は、

『お腹の中に居ても聞こえる筈だ。これから毎晩僕が彼女に読んで聞かせてあげるよ。

そして教えてあげるんだ、お腹の中に居ても一人じゃない、僕たちは3人一緒なんだと』

そう言って彼は白い本を持って熱弁する。

私は笑いながら彼に降参を告げる。


きっとこれからの日々はこんな風に賑やかな日々が続くのだろう。

私と、彼と、そしてお腹の中の私達の娘。


占いのお婆さんが言うにはお腹の子は女の子。

この子の名前は、




「この子の名前はフラナタ」


私はその日記を閉じ空を見上げる。

澄んだ夜空には無数の星が輝いていた。

船室の壁に掛けてあるランプからの明かりは、

船の緩やかな揺れに従って甲板の上で私達の影を揺らす。



隣の彼も壮大な星空を眺めながら静かに座っている。


「どうだった?タコリス」


「ああ、とても優しそうなご両親だね」



私が人気の無い甲板で日記を読んでいると

タコリスが私に声をかけた。彼は夕方から船長室で長い間、

昼間の騒動について説明をさせられていた。


船が全部で3隻も沈んでしまったが避難の手際も良く、

幸い乗員と乗客に大した怪我人は居なかったそうだ。



タコリスが何の本かと尋ねると私は母が生前に綴った日記である事、

そして私の両親がずっと前に2人とも事故で亡くなっている事を伝えた。


するとタコリスは彼の父親も今はこの世に居ない事を私に教えてくれた。

私は只何となく、彼の慰めになるだろうかと、母の日記を読んで聞かせたのだ。

ひょっとすると一人で読む寂しさを紛らわせたかったのかも知れない。


「退屈じゃなかった?」


「いや、久々に故郷を思い出して懐かしい気持ちになったよ、

 ありがとうフラナタ」


「そう、良かった。

 こちらこそ聞いてくれてありがとう、タコリス」


タコリスはふと私の指を見る。


「フラナタ、変わった形の指輪だね?」


日記を持った右手の人差し指にしている指輪がランプの明かりで余計に輝いていた。


「これはね、両親がくれた指輪なの」


「そうか、大切な物なんだね」


「うん」


その指輪は二つの宝石と二つのリングが絡まる様にして

一つの指輪になっている。

私達は指輪の話と共にしばらく夜の静けさの中で互いの両親の話をしていた。








「クソがあ!」


バシャア!


ベッセの拳による怒りは大河の水が受け止めたが、

柔い水の手応えではその役目を果たすには不十分だ、

消化不良の腹の虫は暗い靄の様にベッセの顔を歪める。


その八つ当たりの音と、ベッセの表情に『殺し忘れのサメ』は

バツが悪そうに大人しい、彼はベッセ達を運んだ事を褒めて貰えると期待していたのに。


「これこれ、サメが怯えておるじゃないか?」


「うるせえジジイ、てめえ盗める者はキッチリ盗んで来たんだろうな?」


「当たり前じゃろう?やれやれ、何も持って帰らんかった割には

 偉そうじゃのう?ほれ、とっとと上がらんか」


老人は大河に伸びた桟橋の淵から水面のベッセに手を伸ばす。


「クソ、ドアフルの野郎が規格外の馬鹿じゃ無けりゃよお!

 あんな奴と組むんじゃなかった、二度と顔も見たくねえ!」


「ホッホッホ、まあそうカッカしなさんな、

 まだしばらくは歩かにゃならんぞ?」


「早く飯を食って体を休めたい、その村はどの辺りだ?」


「ここから見えるんじゃないかのう?

 ほれ、あの明かりが見えるか?あの辺りじゃよ」


「明日には着くな、だが、あの辺りか...嫌になるぜ」


「どうした?」


「あの方角はアホのドアフルが飛んでった方角だ」









「おーい」


声の方を見ると二人の人影が歩いて来る。


「オルト、ユイリー」


「よおフラナタ、タコリスに昼間の事怒られてたのか?」


そう言ってオルトは笑って見せる。

私はハッとして隣のタコリスを伺う。


「そう言えばそうだったな」


タコリスは頬杖を突いて私をじっと見つめた。

彼は私の無謀な行動を怒っているのだ。


「あ、あれ?ヤブヘビだったか?」


オルトは焦って取り繕おうとするがもう遅いだろう。

私は観念してタコリスに許しを請う。


「本当に、ごめんなさいタコリス」


「俺に謝っても仕方が無い、もし何かあったら君の周りの人に

 俺はどんな風に謝れば良い?」


「タ、タコリス、フラナタは私の為に...」


「ユイリーは黙ってろ。今後もフラナタが無茶をする様なら

 次はどうなるか分からないんだ。ユイリーが心配だったのは分かるが

 後先考えないと誰かを悲しませるかも知れないよな?」


「そうだね、全面的に非を認めます。

 もう二度とあんな無茶はしないわ」


彼の顔を伺うがまだ表情は和らがない、

あれだけ制止されながら危険な行動をしたのだから

確かに説得力は無い。


オルトが気を使って声をかける。

「よしよし、タコリスは行商のヘボッぷりを怒られて

 フラナタは無謀っぷりを怒られた。

 おあいこだよなぁ」


それを聞きタコリスの顔はやっと強張りを解いてくれた。

だが少し諦めた表情にも見える。

「はぁ、そうかもな」


「ごめんねタコリス、オルト」


オルトがタコリスの肩を叩きながら明るく返事を返した。


「良いって、みんな無事だったんだからさ。

 でもあんな無茶はもう止めてくれよ?

 俺ああいうの弱いんだから、ハラハラしちゃったよ。

 危ない事はさ、ぜーんぶタコリスがやってくれるからな?」


「オルト、お前な...」

タコリスは友人からの絶大にして無責任な信頼を受け

片手で頭を支える。



「ねえオルト、背中の方はどうだったの?」

私は早めに話題を変える事にする。実際にオルトの背中の事は心配だった。

生身で刻印の炎を受けたのだから。


「おお、それがさ、医者がびっくりしてたよ。

 火傷の痕とかも無くってさぁ、もう全然痛くねーもん。

 応急処置が良かったんだろうってさ、

 フラナタとユイリーのお陰だよな」


「お、お陰だなんて...私のせいで、

 私が余計な事さえしなければ...

 ごめんなさい、オルトさん」


ユイリーの表情は暗い、彼女は付きっ切りでオルトの

看病をしていた。


「良いって、もう気にすんなよ。

 ほら、そんな顔すんなよユイリー、お前はさ、

 自分が攫われて怖い思いしてんのに皆の助けなろうって頑張ったんだろ?


 それをさ、後悔し過ぎるのは良く無いぜ?

 次は動かずにいようって諦めるより次はもっと上手くやろうってまた頑張れよ。

 背中のちっちゃい火傷なんかむしろ男には拍が着くってモンだからさ」


そう言って笑うオルトにユイリーは何度もお礼と謝罪をした。



タコリスは立ち上がって言う。


「さて、二人共今夜はもう寝ろよ、俺達ももう寝るからさ。

 明日は俺達の目的地に着く」


「タコリス、本当にパルクアの村に向かうの?」


「どうしたフラナタ、そういえば昼間も何か言いかけていたな?」


「うん、そうだね...

 二人共、村に行くかは私の話を聞いてから決めてくれない?

 パンドラの話よ」 


次回は1月24日金曜日に投稿予定です。

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