第12話 灯、乱流の前に消えず-5
「おいタコリス!このガキは医者に診せたら返してやるからよ、
お前退けよ!それでこの喧嘩は無しだ!」
「あんたが諦めてくれ!あんたは信頼する人間を間違えてる!」
「おいドアフル!勝手な事言ってんじゃねえぞ!
こいつを2人で始末してとっととズラかるぜ!?」
タコリスはベッセを睨み叫んだ。
「てめえは黙ってろ!義賊だ何だと人を騙して子供を攫って、
てめえの声は聞いてて不愉快だ!」
「ほらみろ、そこの槍使いは聞く耳持っちゃいねえ、
良いのかドアフル!?刻印は呪術師に長く診せないと暴走する事もあるんだ!
そのガキ、間に合わなくなるぜ!?」
少しづつ、少しづつ大きくしていく、
最初は小さく、リコに見せた時と同じくらいの大きさ。
ッボウ!
私の目の前で炎は生まれる、ドアフルという人の大きな背中の後ろで、
この場所なら誰にも見えない。
このまま炎を大きくしていって、私を抱えたこの人にぶつければ、
私が逃げ出せる、そうすればタコリスは動きやすくなる。
何も無理して戦う必要だって無い、皆で逃げる事だって出来る。
「どうするんだドアフル!?」
「だあああ!うるせえな!!分かった!ああ!やってやるよ!」
ドアフルという人は意を決した様だ。
肩に抱えた私に向かってか、呟く様に話し出した。
私は彼の背中に作った炎が見つかるんじゃないかと焦る。
背中の炎は今、大人の人が握ったコブシくらいの大きさになっていた。
「ったくよお、『傷あり』だからって医者にも見せねえで
まだ小せえガキじゃねえか。
お前もいじめられてたのか?俺も村じゃ厄介者だったんだ。小さな村でよ、
あいつら『傷無し』共は俺に勝手にビビって、
寄ってたかって大人数で襲ってきやがった。
でもな、俺は負けなかったぞ?全員ぶっ飛ばしてやったんだ。
ユイリーつったか?お前もへこたれんじゃねえぞ。
今俺達が医者に診せてやるからよ!」
この炎をこの人に...
どうしよう?これをぶつけたらどれくらい熱いんだろう?
当たり所が良く無かったら、
ひょっとしたら深刻な火傷をするかも知れない。
「刻印があるからってよお!舐められてたまるか!!」
この人も、私と同じなんだ...
ドアフルはタコリスに向かって刻印の攻撃を放つ、
タコリスは構えた姿勢を沈め、跳躍して避けようとする。
「おおっと!どこ行くんだクソガキ!?」
「ックソ!」
避けようとした先に剣を構えるベッセ。
タコリスはその場を動けずにドアフルの攻撃を槍で受け止めた。
ガンッ!...ガンッ!...ガンッ!...ガンッ!
タコリスはドアフルの刻印が放つ衝撃に耐えながら、
再び身動きを封じられる。
「良いぞドアフル!そのまま続けてろ!俺が仕留めてやる!」
ユイリーからはドアフルの背に遮られタコリス達の戦いが見えない、
だが、会話の内容からタコリスの危機を感じた。
この炎をあの帽子の男にぶつけなくては、でもここからじゃ
タコリス達が見えない、タコリスに当ててしまうかも知れない。
ユイリーが作り出した炎は徐々に大きくなっていく、
その成長はいつの間にかユイリーの意図しないものに変わっている。
少しづつ、その炎のコントロールは難しくなっていた。
ベッセはタコリスに向かって走り出す。
タコリスはベッセの方へ目をやり、ドアフルの攻撃を凌ぎながら、笑った。
「どうしたクソガキ!?余りの恐怖でイカレタか!?
安心しろ、一瞬で終わるぜ!」
「何か勘違いしてないか!?2対1だと!?
本当にそうか!?」
「何!?」
「今だオルト!!」
「ガッテン...承知だあ!!」
ベッセの背後から何かが飛んでくる。
ボンッ!
その物体はベッセの目の前で破裂し、一気に黒い煙が溢れだす。
「商品の中にあった煙幕だ!持ってきてよ、ハアッ、ハアッ、正解だったな!」
オルトはベッセの後方で息を切らして立っていた。
不意に少女の声が呼びかける。
「オルト!」
「おお、フラナタ!ちゃんと無事だったな!」
オルトが目をやると幾つか置かれた樽の物陰にフラナタは隠れていた。
煙幕の煙は瞬く間に船の上を煙で埋め尽くす。
「しかしこれ、ちょっとやり過ぎたか?何も見えねえ。
フラナタ、そこから動くなよ!?
タコリス!大丈夫か!?
...ていうかこれってさ、援護になってんのかなあ!?」
ダッダッダッダッ!
真っ黒な視界の中で甲板の音が響き渡る。
タコリスの声が聞こえた。
「悪くねえぞ、オルト!」
「そ、そうか。良かった!」
どこかからベッセの叫びが聞こえる。
「行ったぞ!ドアフル!!」
「めんどくせえ!伏せろベッセ!!
おおおおおおおっ!っっらあああああ!!」
何も見えない視界の中でドアフルの声が響き渡る。
「な、何かヤバそうか?」
危機を察知してオルトは身を屈めた。
次の瞬間、頭上の黒煙が消し飛ぶ。
見ると遠くのドアフルが片腕を力一杯横なぎに振った後だった。
ドアフルの前方、腰から上は煙幕が全て消し飛び太陽の光が辺りを照らしている。
ドアフルの刻印の力で振り払われた黒煙、
その解放された視界の中にタコリスの姿は見えなかった。
ダッダッダッ!
「まだガキが動いてるぞ!ドアフル!」
低い位置に立ち込めている黒煙の中から屈んでいたベッセが立ち上がる。
ドアフルは辺りを見渡す。
「どこだ!?あいつはどこに?」
ガンッ!!
ドアフルの脇下からタコリスが重い槍の一撃と共に姿を現した。
タコリスの槍の柄がドアフルの腹を突いている、かに見えた。だが、
「あっぶねえ、ダーッハッハッハッ!惜しかったじゃねえか?タコリス!」
「クソッ!」
その一撃はドアフルの横腹を突く寸でのところで止まっていた。
ドアフルはタコリスの姿が一瞬見えただけで防御の動きを済ませていた様だ。
この男、カンが鋭い。
「グッ!」
タコリスは苦しみの声を漏らすドアフルの刻印の力は槍ごとタコリスの両手も同時に
強力な力で握り込んでいた。
「槍の間合いは厄介だったぜ、お前の攻撃を受け止めてもお前の体は手の届かない所だったからな」
ドアフルは握り拳を作って片腕を上げる。
「だが今はよ、随分と近くに来たじゃねえか、タコリス!」
タコリスの顔に向かってドアフルの腕が振り下される。
その時、ドアフルの顔面が真っ赤に照らされた。
ブワッ!!
「うおおお!?」
顔の真横を炎の塊が掠めて飛び去る。
その炎は上空に上がったかと思うと、
ドアフルの元へ再び襲い掛かって来る。
寸での所でドアフルに当たらず、炎の塊はドアフルのすぐそばを通り過ぎて行った。
あ、当てない様に、驚かせるだけで良い。
当てない様に、ドアフルっていう人にも、タコリスにも、
でも、炎が言う事を聞いてくれない。
炎をここまで大きくした事は今までに無かったから。
コントロールが、効かない!
巨漢のドアフルの頭一つ分くらいの大きさに育っていた炎は
ドアフルの周りを乱暴に飛び回っていた。
「な、何だ!?この火はお前がやってんのか!?」
当てちゃダメだ、もし誰かに当たったら...
ドアフルの側を行き来する炎をタコリスも躱しながら、
ドアフルと距離を離さない様に一定の距離を保っていた。
当てちゃダメだ、当てちゃ、お願い、もう諦めて!
ブワッ!
え?
ユイリーの目の前には炎の塊が迫っていた。
誰かに当てない様にと集中するあまり、
いつの間にか自身の体を守る事を失念していた。
「バカ野郎!!」
ドアフルは体を反転させる。
危うくユイリーの顔は自身の作った炎で焼かれるところだった。
ドアフルは息を、体勢を立て直す。捕まえた筈のタコリスは今ドアフルの間近で
槍を構えて立っている。
「クソ、面倒くせえ」
ドアフルはユイリーの生み出した炎とタコリスを交互に睨む。
炎をドアフルの刻印で消してしまいたいが、その隙にタコリスが踏み込んで来るかも知れない。
遠くからベッセの声が聞こえる。
「お、おいドアフル!そのガキ暴走している!
捨てろ!海に捨てるんだ!!」
その声を聞き声のする方を見てドアフルは、
肩の上のユイリーをベッセに向かって放り投げた。
「ベッセ!受け取れ!そのガキを守れ!!
俺はこの槍使いの相手だ!」
「ざ、ざけんな!この俺に、ドアフルてめえ!」
宙を飛ぶユイリーの体を追う様に炎の塊も飛んでいく。
その炎を追う様に海竜の起こした流水が空を飛でいる、
そのままぶつかれば炎を消す事が出来るかも知れない。
だが流水は炎のスピードに追い付きそうに無かった。
「ッ!!」
炎がユイリーの目前に迫る。
その時、乱暴にユイリーの体は攫われていた。
ユイリーを両腕で受け止めた白い髪の青年は迫る炎とユイリーの体を
自身の体で遮った。
ボンッ!!
ユイリーを両腕で抱えたままオルトはしばらく宙を飛び、
ダンッ!!
船の甲板に着地する、そのまま足の踏ん張りが効かずに
ヨロヨロと側の船室の壁に向かって流される様に歩いて行く。
オルトの顔は太陽からの逆光で殆ど見えなかったが
苦しそうに食いしばった口元だけが見えた。
ユイリーを抱えたままバランスを取り体を反転させ船室を背にする。
オルトは船室の壁で体を支えて何とか倒れるのを踏ん張る。
オルトに抱えられたままユイリーは太陽が彼の顔を照らすのを見た。
「よーし...ナイスキャッチ!」
彼はそう言ってユイリーにいつもの笑顔を見せた。
「あっぶねえな...」
ホッとした顔のドアフルにタコリスが迫る。
「おお、ケリつけるかあ!?」
ドアフルはタコリスを見て楽しそうに笑った。
タコリスは渾身の力を込めて踏み込む。
「フッ!!」
腹にため込んだ息を吐き出しながら
高まった集中力で研ぎ澄まされた一撃を放つ。
ガンッ!!
ドアフルはその一突きを刻印の力で受け止める。
「よーし、最後の力比べだ!!来い!タコリス!!
...んん?」
気付くとそこにタコリスの姿は無く、
空中で制止した槍が浮かんでいるだけだった。
ドカッ!!
「ようやく当てたぜ、お前の体に!!」
響き渡る音、
抉る様な鈍い衝撃、
ドアフルの腹に拳を当てたタコリスがそこに居た。
まだ足元に残っていた黒煙に潜り込みドアフルの目先まで
タコリスは詰め寄っていた。
「てめ、え...槍を、囮に」
タコリスはそのまま片手でドアフルの腹を支え、
もう片方の手でドアフルの肩を掴む。
「うおおおおおおおおおおお!!」
タコリスの体に大きな体が作った影がかぶさる。
ドアフルは手足をジタバタと動かすが、まるで抵抗になっていない。
ベッセは信じがたい光景を離れた場所で見ていた。
「マジかよ!?あのドアフルの巨体を持ち上げやがった!」
タコリスはドアフルを掴んだ手に力を込め
踏ん張った両足の力と同時に全身の力を一気に体中へ巡らせる。
「頭冷やせ、ばかやろおおおおおおおお!!」
その巨体は宙を飛び、船の外へ放り出された。
次回は1月14日火曜日に投稿予定です。




