第12話 灯、乱流の前に消えず
タコリスが構えた槍の先でベッセと呼ばれた男は
構えを取りながらも緊迫感の欠けた落ち着き払った表情だった。
「おいクソガキ、お前舐めてんのか?
その槍の布、とっとと取れよ。
動きも鈍る、威力も死ぬ、
どうせならしっかり足掻いてからくたばれ。
どうも身の丈に合わない品を持った商人らしいじゃないか?
その槍が上物なら俺が貰ってやる、
布を取れ、待っててやるよ」
タコリスはそれを聞くと自身の槍を一瞥し、
それでも巻かれた布を取る事なく僅かにベッセとの距離を縮めた。
「チッ、何を迷う事があるんだ?」
「なあベッセ!気になってるんだがよ!?」
「ちょっと待ってろドアフル!今このガキ始末するからよ!」
「いや、待て!そのガキに話がある!」
ドアフルという大男は船室の端に立ちタコリスに向かって話しかける。
汚れた衣服にボサボサの長い髪、無精髭を蓄え、
まるで山賊が山からそのまま下りて来たかの様な風貌だった。
「お前何で追ってくるんだ!?」
タコリスは構えを崩さずに答えた。
「何言ってんだ!?女の子攫っておいて!」
「おい違うぜ!俺達は攫った訳じゃ無い!
事情があんだよ!」
「どんな事情だよ!?怯える女の子無理やり運ぶ事情なんてよ!」
「それがあんだよ!えーっと何だったっけなあベッセ!?」
「チッ、教えただろう!?
そのガキは病気なんだよ!
刻印持ちは定期的に刻印の研究者であり専門家『呪術師』に
刻印の調整をさせる必要がある。
田舎者にはそこん所が分かって無いんだ!
だから俺達が無理やり連れてくしか無いんだろう!?
つまりこれはそのガキの為、良い事なんだよ!」
「そうか!そうだった!ダッハッハッハ!」
「あとなドアフル!本名で呼ぶなと言ってるだろう!?」
「おおそうだった!お前はカラスだよな!
でもよ、お前は偽名だが、俺は偽名を使わなくて良いのか!?」
「...ああ、そういやそうだったな」
ベッセは面倒くさそうに少し考えこむ。
およそ信頼している仲間への受け答え方にはタコリスには見えなかった。
そして軽い調子で言った。
「忘れてたぜ!」
忘れていた?そうだろうか?ひょっとしてこの男は
ドアフルと言う巨漢の男をいざという時、
身代わりにするつもりなんじゃないのか?
タコリスはこの二人の関係性に疑問を感じていた。
「おいおいしっかりしろよ。
お前、副頭領なんだからよ!」
「副頭領?何の事だドアフル!?」
「言ったじゃねえか、二人で義賊になるんだろ!?
そしてこの俺が頭領だ!そうだろ!?」
「クックック、ヒヒ」
ベッセはドアフルに顔を見せぬまま
歪んだ笑顔を目の前のタコリスにだけ晒した。
「ああそうだった!そうだったぜ!
お前が頭領で、俺が副頭領、そうだよなドアフル!?」
「忘れんじゃねえよ!ベッセ、お前案外バカな奴だなあ!?」
「本当だな!俺はバカな奴だ、かたじけねえよ頭領!」
ベッセは歪んだ笑顔のまま声を落として話し出す。
近くのタコリスには聞こえるが、屋根の上のドアフルには聞こえないだろう。
「どっちがバカだよ、クク、
偽名で呼べと言ったのをもう忘れてやがる。
なあ小僧、考えられるか?
酒場で飲みながら吹いたホラを全部信じてやがる」
ドアフルは悩みが全部吹っ切れたかの様に
意気揚々とタコリスに話しかける。
「そういう事だからよ!
このガキは俺達ドアフルとベッセの
義賊が連れ行くぜ!もう追ってくんなよ!?」
「オッサンよお!馬鹿な事言って無いで
その子放してやってくれよ!あんた騙されてるぜ!?」
「ダーハッハッハッハ!バカ言え!
ベッセ、俺はどうすりゃ良い!?」
「ああ、お前は船団の後方へ行け!あっちだぞ!?
間違えんなよ!?」
大男は船団後方に体を向けて景気の良い声を上げる。
「おうよ!
...義賊か、楽しそうじゃねえか!なあベッセ!?」
「ああ全くだ!頼んだぜ頭領!?」
ドアフルは船団後方へとユイリーを連れたまま走って行った。
「フハハハハ!ヒーッヒッヒッヒッヒッヒ!」
ドアフルがその場を離れるとベッセは我慢していた分の
笑いを吐き出してからタコリスに話しかける。
「まったく楽しいぜ、ああいうバカを動かす言葉なんざ幾らでもある。
たった二人で義賊だと?ヘヘッ、時代を考えろ。
悪徳は世に満ち満ちたりだ、義賊じゃ食えねえ。
お人好しの馬鹿は食うんじゃなく食われるのが必然よ。
まあ、お陰で生き易くなった連中もいるだろうな」
「お前みたいな人間の屑がかよ?」
「おお、悪徳バンザイよ、パンドラ様様だな?」
バガアアアアアン!!
激しい音と共に吹き荒れたのは離れた位置から飛んで来た
幾つかの木片や板、船を形成していた残骸達だった。
隣の船が前身と後身を真っ二つに分けて沈んでいく。
その破壊の粉塵の奥から巨大な影がこちらへ進んで来る。
「キュエエエエエエエエエ!!」
「海竜がここまで来たか、
クソガキ、早めに終わらせるぞ?
命が惜しけりゃとっとと失せろ、
あのガキは諦めるんだな」
「ふざけんな、誰がお前なんかに渡すもんかよ」
タコリスは構えた槍に力を込める。
目の前の剣士の力量に不安を感じていた体の戸惑いは、
今怒りに変わり強張った姿勢を逆に少し落ち着つかせていた。
次回は12月27日金曜日に投稿予定です。
時間は遅くなると思います。




