第3話 汚れた夜明け
「パンドラさん、パンドラさん」
女は少しも反応しない。声が小さすぎたか?
しかし眠っている見張りには出来ればそのままでいて欲しい。
ドサッ
...見張りだろうか?
女は昨夜、夜明け前に起こせと言っていた。
夜明け前に、と指定するからには
何か助かる見込みがあるのかもしれない。せめてそれを確認するまで
見張りには来ないで欲しい。
だが音がしたのは見張りがいる辺りでも無く、
残りの野党が訪れるであろう入り口の方向でも無い。
どこだ?
赤い棚、グレムリンがいない。
奴は確か次のエサを探して食器棚の中を動き回っていた。
最後は棚の上部、その最下段の奥へ。
落ちたか?ボロい食器棚だ、穴でも開いていたのだろうか?
「キー、キー、キー」
初めて聞く奴の鳴き声は情けない嘆きの声だった。
食器棚の下部からだ、閉じ込められたな。
あの戸を内側から開ける力はヤツには無いだろう。
出られないとなると。ガキの体力でどれだけ持つかな?
せいぜい2、3日か。
若い才能がこんな場所で終わるのは勿体ないが
俺もみっともなく捕らわれている身だ。
仕方ない、死ぬ時はただ死ぬだけだ。
あっけなく、何の意味もなく。
こんなものは何度も眺めてきたはずだ、何も出来ずに。
「諦めろ、お前は終わりだ」
俺は忘れる事にする。それが良い、それしか出来ない。
俺は隣の女に声をかける。
「パンドラさん、パンドラさん。
もうすぐ夜明けになりやすがねぇ、どうしましょうか?」
俺は少し声を大きくして呼びかけた。
「ううん...」
起きない、少し唸っただけだ。この女、この状況で寝ぼけやがって。
馬鹿馬鹿しい。
「おい、クソ女。
呪われて世界中から見捨てられたマヌケ。
死ぬ前にその白い肌で楽しませてくれよ」
黒く長い髪はボサボサで顔を殆ど隠して野暮ったい。
だがその奥の顔は悪くない。細い顎に耳元からの汗を歪みの無い曲線が運んでいる、
小さな唇の下には赤い傷跡があるが不思議と似合っている気がする。
生気を感じさせないが気の強そうな目が良い。
今は長いまつげで閉じていて大人しい。泥で汚れた顔を洗えばもっと美人に見えるだろうに。
耳や首元で高そうな宝飾品が光っている。だがセンスを感じない。
取って付けた様に女を無理やり輝かせている。成程、確かに下品に男を誘う娼婦だ。
女はその方が旅をする上で都合が良いと言っていた。
「...フウ...フゥ...」
女は汗を垂らして少し荒い息遣いを聞かせるだけだ。
起きないか、この怪物なら助かる見通しも立つかと思ったが。
俺も寝ちまおうか?
案外その方が楽かもな。
「ハァ...もう...夜明けか?」
寝起きとは思えない程に割とはっきりした声だ。
「おやパンドラさん、お目覚めは如何がですかい?
暗い夜が明けてもうすぐ朝だ。このまま寝ぼけてたら俺達は良い気分で死ねる。
あんたがそのつもりなら良いがよ、せっかくだ、起き掛けのジョークでも聞きたい。
神が俺達を殺し損ねる話とかはどうだ?」
俺は強がってみたが今日死ぬのは俺だけだろう。
奴らは殺すためにわざわざ命がけでこのバケモノを狙ったんじゃない。
パンドラは世界中の金持ちからも興味を持たれているだろう。もちろん最悪の、悪い意味で。
恨みを晴らしたい連中の慰み物か、
あるいは世界でたった一つ、最上級の呪いを研究したいのかもしれない。
何にせよ上手くやりゃあ大金が手に入る。
クソッ、俺は道中で殺せば足が着くから、
寝る前に殺せば朝臭えから次の日殺されるだけだ。
「イヤな夢を見た」
女はぼんやりと床を見つめながら呟く。
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次回はグロテスクな表現が入るかと思います。
お読みになる際はお気を付けてお読み下さい。