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その後のパンドラ  作者: 緑谷トンビ
序章 二匹の虫
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第10話 英雄の空ー22


「キー...キー」


そいつは倒れた自分の小さな白い体を

ゆっくりと四つん這いになって起こした。

そいつの顔が見える。


全身真っ白な毛色、長い耳、

そして黒い目、開いているのは片方だけだ。


「お前はあの時の、ウサギモドキ...」


もう片方の目は大きな生生しい傷で塞がっていた。

その傷から流れる赤い血が白い毛並を濡らしている。


「おあいこよ...」


振り返る、俺の目の前の女は白いローブに身を包み

教会の窓にもたれ掛かって自分の胸を片手で抑えている。



女の胸を抑えている手の甲から赤い血が細い線になって流れている。

その血は何かの噛み跡から出血している様だ、

このウサギモドキの仕業か?


「驚いたわ、精霊も魔力も宿らない下等な悪魔。

 私には存在を感じ取る事が出来なかった。

 でもそんな子が、あなたの為にそんなに怒るなんて」


その子供のグレムリンを見ると

四つん這いになったまま、その目に敵意を帯させローブの女を睨んでいる。


「キー、キー!」


「お、お前が、どうして、なんでだ?」




「『谷越えのレック』には話の続きがあるの」



そうだ、思い出した。


そのおとぎ話、


俺はパンドラと共に戦って、

教会に潜み取引相手を見つけて、

この不気味な女から逃げようとして、

捕まって、そして...


「谷を越えて疲れ果てたレックを、

 魔女は家に入れて紅茶を一杯飲ませ休ませたの。

 レックと紅茶を飲みながら魔女は言ったわ。

 

 『レックよ、お前の美しい心は何処へ行く?

  夜は明けない、人々は愚かだ。

  際限無く永遠の夜を汚し続けるだろう。


  良いかい?レックよ、

  この夜の汚れをお前の心が拭いきれなくなったら

  もう一度私を訪ねなさい。


  私と一緒に人々を永遠に眠らせてしまおう。  

  そうすれば二度と

  この夜が汚される事は無いだろう。


  人々の心は汚れた闇に染まって最早救えはしない。

  お前の美しい心はその絶望をいつか見つける。

  そうしたらまた、私を訪ねなさい』


  そしてレックは自分の村へ帰っていく」



女の顔はやはりローブに隠れて見えない。

しゃべり続けながらも胸に手を当てたままだ。

俺の振り抜いたナイフが当たったんだろうか?



「レックが村に帰った後、彼は夜明け前に眠りに着く。

 

 やがて重ね夜の呪われた夜が明け、

 次の日、レックは遅くまで眠り、

 目覚めたのは夕日が沈む頃、


 夕焼けの燃える様な輝きの中でレックは

 村の大人達に問い詰められたわ。

 『何故、村の宝を持ち出したのか?』と

 レックは村人から宝を取り戻す様に言われたの。


 村を救ったレックは罪を問われもう一度

 魔女に会いに行くことになる。

 『谷越えのレック』の話はここで終わっているの。

 ねえゼタ、あなたはどう思う?

 レックはどんな未来を選んだのかしら?

 

 村人の為にもう一度罪を重ねるのか?

 魔女に言われた様に人の心の夜明けを諦めるのか?」



「う、うるせえ、ウンザリだ」


この女、俺の『夢』にも出てきた。

白い炎で全てを焼き尽くそうと、居た。

木と同化して観ていた時と同じだ、

なら、この女は、俺の過去を?


「俺にかまうな、お、お前の話なんか、聞きたくも無え」


「フフ、どうしたの?何をそんなに怯えているの、ゼタ?」


「黙れ!お前に、お前なんかに!...」


不規則になった鼓動が、呼吸が、

何度も俺の心臓を持ち上げては揺さぶる。


「ねえゼタ、どうしてパンドラの為に戦ったの?」

女はゆっくりと窓から腰を離し立ち上がる。



「キー!キー!」


俺の隣のウサギモドキは警戒して鳴き声をあげる。

「うるせえ!!あの女にまたやられたいのか!?

 お前もどっか行っちまえよ、何なんだ、一体?」



「不思議よね?赤の他人の女の為にあなたは命を懸けて戦った」


女が歩いて近づいて来る。

近づいてローブに隠れた顔の口元だけが見える。


「黙れ、聞きたくない。

 お前、お前、見たのか?俺の...」


言葉が続かない、見られたのか?

俺の罪を、俺の愛も、友情も、恐怖も、

あの悪夢も、俺の愚かな願いも。


俺の問いを聞き女の口元が笑った。



「ゼタ、痛みは心地良い、そうよね?

 自分が裁かれている実感、あなたはその苦しみに飢えている。

 だからあなたは自身の命を弄ぶ...」


見られている、やはり、この女に全てを見られた。

 

「もしも、もしもあなたの言う所の酔狂で、

 あなたがうっかり死んでしまったら、

 

 その時あなたはどれ程安心して眠りに着けるのかしら?

 本当はその安らぎを期待している、探している。

 

 あなたは、かわいそう」



「だ、黙れ!!お前に何が分かる!?

 あ!?何が分かるって言うんだ!!」



女に叫びながら俺の右手は側の長椅子を掴んだ。

掴んでいないと、倒れてしまいそうだった。

不安定だ、どうしていいのか分からない。


女は1歩2歩と近づきながら段々と腰を落とし

上半身をもたげさせる。

窓際に居た時の様に自分の胸に手を宛がう。



「う、うう、かわいそう、とても...とても...」



そう言いながら低い姿勢のまま俺に近づいて来る。

苦しそうに見える。やはり俺のナイフは当たっていたのか?



ポタリ、ポタリ、



女の顔から水が何滴か零れ落ちる。

泣いているのか?



「お、お前...」



ポタリ、ポタリ、ポタリ、ポタリ、パタ、パタ、パタ、


パタパタパタパタパタパタパタパタパタパタパタ



「な、何だ?それは...」


涙なのか?それにしては異常な量だ。

異様な量の水が女の顔から零れ落ち、雨音の様に床で音を鳴らす。


「可愛そう、ああ、なんて、ああ、

 あなたは、救いたかったのよ、

 ああ、ゼタ、優しい人。


 何度見たの?救いの無い絶望を...

 何度触れたの?明日の無い体温に...


 かわいそう...

 ク、クク、ククク」



とても暗い声で、その女は...



「フフフフフフ、ハハハハハハハハ」


ふと気づくと俺の頬が濡れていた。

暗い声が部屋に響き渡る。


「あははは、あははは、あはははははは、はははははははははは」


「や、やめろ、あ、ああ...」

涙?なんだ?泣いているのか?俺は?



「失ったのに、無力さを知ったのに、あなたはまだ!

 夢を見ている!探している!期待している!」


「やめろ...お前に何が分かる?」



「何も救えなかったくせに、あなたは探している...救うべき誰かを...」


「ちがう、俺は...」



ガタンッ!


俺の右手は長椅子から滑り落ち、

俺は尻もちを着いた。

ローブの奥から女の顔が俺を見ている。



「どうして?もう分かったでしょう?

 みんな無意味に奪われて、無意味に死んでいく。

 誰もがそれを理解するのに、誰もが受け入れるのに、

 あなたはまだ縋り付いて離さない」


「や、やめろ、うるせえ!俺を...俺を...見るな」


涙が止まらねえ、俺は泣きながら懇願しているのか?こんな女に!

「く、くそっ!ちくしょう!」


「全てが消えていく。繰り返す歴史が証明している。

 私達は生み出し、自らを食らいつくす。

 人の欲望と愚かさが全てを飲み込む、

 誰も... 逃れられない」



女は自身の顔を隠したローブに手を掛ける。

ローブをめくり女の顔の全てが見えた。


「たくさん、泣いてしまったわ。

 あなたは可哀そうな人、だから私達は

 とても沢山、泣いてしまったの」


赤っぽいブラウンの髪が揺れ、

その隙間から女のスラっとした鼻、

少し小さな口、そして綺麗な赤い左目が見える。



そして、右目は一体、どこだ?



「ゼタ、あなたはかわいそう、

 そんなにも自分を救ってあげたいのね。

 その優しさの行き場を求め彷徨い続ける」



一体、どこに?どれがお前の右目なんだ?



女の顔面の右側には、無数の宝石が埋め込まれていた。

その金色の宝石の一つ一つに、女の赤い右目が映っている。

それら全てが俺を見ていた。


「や、やめてくれ、俺を、俺を、

 見るな...」



「ゼタ、レックはもう一度魔女と会う。

 さあ、私と一緒に全てを燃やしてしまいましょう?

 あなたの苦しみも、行き場の無い願いも、全て。


 人は私を『朧目の魔女』と呼ぶわ。

 こっちへいらっしゃい、もう一度私と、一つに」



「やめろ、俺は諦めたく...いや、罰して欲しいのか?

 やめてくれ、見ないでくれ、俺を...」


泣きながら子供の様に力無く、

俺は魔女が歩いて来るのをただ、

眺めていた。


魔女の手が俺の頬に伸びる。


終わらせてくれる、それで良いのか?

分からない。



ッパン!



突然女の手が何かに弾かれる。

女の手を振り払った小さな影が俺の目の前で着地する。


「キー!キー!キー!!」


そいつは四つん這いで毛を逆立たせて

残された片目で魔女を睨んで威嚇する。


「お前...」


何故立ち向かう?お前に勝てる訳無いだろう?

俺を守っているのか?


やめろ、そんな価値なんか無いんだ。

ミルロ、ディッケス、俺を終わらせてくれ。

悪夢だ、誰も救えない...



「いけない子ね、お仕置きしてあげなきゃ」


女はゆっくりとウサギモドキに向かって、

人差し指を立てて見せた。



ガチャンッ!



いつの間にか投げていた。

長椅子の上にあった火の着いた燭台。



「あ、ああ...」


俺は泣きながら目の前のウサギモドキを拾い上げる。


「う、わああああ、あぁ、あああああ!」


ヨタつく足で振り返り、走り出す。

そのまま部屋を抜け出したが走った勢いを止められず、


バンッ!!


階段の手すりに激しく体をぶつけると、

痺れる様な痛みが全身に走った。


「ぐう!ああぁ...」


ぼやけた感覚の中、右手に掴んだ

小動物を落としていない事を確認する。


それに遅れて、ギィ、ギィ、と足音が聞こえた。


「フフ、どこへ行くのゼタ?

 どこにも逃げ場は無い、

 どこに逃げても、汚れた夜は終わらない」


女の声が聞こえる、笑っている、この俺を。



俺は手すりに体を預けながらウサギモドキを

左手の包帯の間に押し込んだ。

圧迫された左手が痛みだす。


そして暗い階段を駆け下りる。

転びそうになりながら、その勢いのまま、


ガチャアンッ!!


階段の踊り場にあった窓ガラスに飛び込みブチ破る。

体は教会の外へ投げ出され、


ドサッ


パンドラとバレンが戦っていたのとは反対側の

教会の裏庭に俺は落ちた。


フラフラと立ち上がり、ヨロヨロと歩き出す。

目の前には林の獣道が続いている。


これが、今の俺に残された逃げ道、

走り出す。


「ハア、ハア、ヒュー、ヒュー」


走って揺れる度に呼吸がしずらくなる。

前に進む度に俺の命が零れる音がするみたいだ。


走りながら弱まっていく感覚の中に、

教会からの魔女の笑い声が聞こえた気がした。

次回は9月13日の金曜日に投稿予定です。

次回で序章が終りになる予定です。

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