第10話 英雄の空ー17
俺が目を覚ましたのは城に近い王立医院だ。
最初はディッケスの知り合いの古びた医院に
匿う様にして運ばれたらしい。
その後現れたセバル大臣の指示によって
この王立医院に運ばれた様だ。
目を覚ましたのは国に帰還してから
5日も経った後だった。
「本当に良かった、そうだ、
ディッケスの爺さんも呼んでやらないとな」
目を覚ますと俺のベッドの側にはミルロがいた。
「そうか、ディッケスにも世話になった...んだな?」
俺は何とかミルロに言葉を返す。
俺が眠っていた5日間、体は随分と危険な状態だったらしい。
限界を超えた疲労、敵兵から受けたいくつかの傷。
生死の境をさまよい峠を越え今に至る。
医者が言うにはまだ油断は出来ず、
しばらくは入院が続くらしい。
「ああ、爺さんな、随分動いてくれたんだ。
知り合いの医者に話をつけ、そのまま城まで走って
セバル大臣を呼んできてくれてよ。
俺が隊長を担いで医院に着く頃には
隊長を受け入れる態勢も出来てセバル大臣も
直ぐに来てくれたよ」
「そうか、助かったよ。
最初に会えたのがお前達で
本当に良かった」
「ああ、本当だ。
セバル大臣から言伝でな、『任務は無事完了した』だとよ。
良かったな隊長、だから今はゆっくり休むと良いさ」
「そうか」
どうやら宝玉は無事にセバル大臣が受け取った様だ。
「しかし、本当に任務をやり遂げたんだな。
やっぱスゲーよ隊長は、これで戦争が終わるんだろ?
本当によ、なっちまったんだな。
隊長、あんたは英雄だ。
これでもう誰も『傷無し』の事を馬鹿になんか出来ない。
全部隊長のお陰だ」
ミルロが喜んでくれるのは嬉しいが
少々くすぐったいな。俺は少し笑って返す。
「よせよ」
「ハハ、あのな隊長。
実はよ、めでたい事がまだあるんだ。
俺もよ、やっとなれたんだよ」
「ミルロ、お前まさか?」
「ああ、俺も今は警備隊隊長だ」
「そうか!...そうか!」
ミルロが、あのいつも投げやりな表情だった俺の部下が。
自分の思いやりと誠実さを持て余してた若者が。
「良かった、やったな!?
お前、良く、良く頑張ったじゃねえか」
「ああ、あんたのお陰だ。
それにな、それだけじゃ無い。
ディッケスの爺さんもな、今は
城内見回りに異動になったんだ」
「ディッケスが?」
「ああ、まあちょっと寂しい気もするがよ。
爺さんの体を思えば町の見回りより
ずっと安全で楽だろう?」
「そうか、そうだな。
その方がディッケスにとって良いだろう」
地獄の様な悪夢から目を覚ますと
そこには部下が、いや俺の信頼する友人がいて
良い話ばかり聞かせてくれる。
俺は、悪夢から目を覚ましたんだ。
目を...
「どうしたよ隊長?考え込んだりしてさ」
「ミルロ、雨は、上がるんだな」
「隊長...」
「これからは雨が上がって、
日の光が俺達を照らしてくれる」
「ああ、そうだな。
きっとそうだ、これからは良い事が続くよ」
ミルロとの話が一区切りついた頃、
俺は我慢出来なくなってミルロに尋ねる。
「ミルロ、会えて嬉しいぜ、でもよ、その...」
「あ、ああ、そうだよな。
良いんだよ隊長!
シラビュウスさんだろ?
そうだよな、今隊長が誰よりも会いたいのは
シラビュウスさんだろう」
「いや、すまんな」
「良いって。ただよ、俺も会って欲しいモンだが
団長はどうしても出なきゃいけない
会談があるみたいでよ。
以前から団長の父君から頼まれていた仕事が
今日は断り切れなかったらしい」
「...そうか、仕方ないな」
「そうしょげんなよ。
昨日までは付きっ切りだったんだぜ?
朝も夜も、泊まり込みでずっとだ」
「そうだったのか」
「今日も団長から頼まれて俺が来たんだ。
それまでは俺も爺さんもたまに顔を出すだけで
遠慮してたのさ。
意識が無いとは言え折角の二人きりの時間だからな」
「そうか、シラビュウスが」
彼女の事を想うと自然と笑みが零れる。
悪い癖かな?まあ良いだろう、今くらいは。
「ヘヘ、ニヤケちまってよ。
無理も無いがな。
明日にはまた顔を出せるそうだ。
それまでの辛抱だぜ隊長?
ああ、それとよ、セバル大臣も良く顔を出すんだ」
「大臣が?」
「ゼタの様子はどうかってな。
ヘヘ、いつの間にか親公認ってか?」
「さあ、どうだろうな?」
「イヤとは言わないだろうさ。
婿として迎えるには今回の任務は
申し分無い功績だろ?」
「ああ、そう願うよ」
それからはしばらくの時間ミルロが側にいてくれた。
俺は寝たままの姿勢でミルロの話を聞いていた。
夕方過ぎにミルロは身なりを整え俺に言う。
「じゃあ俺はもう行くぜ、夕方までここに居たからな
夜の見回りをしないと、
爺さんも今日は帰って奥さんの看病するらしい。
隊長、今夜は一人になるけど
大丈夫だよな?」
「ああ大丈夫だ、
任務が終わった俺を今更狙う理由なんか無い。
ありがとうな、ディッケスにも宜しく言っておいてくれ」
「それと隊長の持ち物は全部そこの袋に入っている。
大した荷物は無かったがな、一応だ」
「分かったよ、ありがとう」
ミルロは去り際に開いていた窓を閉め
飲み水を一杯用意してくれてこの部屋を去った。
窓を閉めるときほんの一瞬険しい表情で外を見る。
きっと就任したばかりの隊長の仕事について考えているんだろう。
去り際の背中が頼もしく見える。
本当に良かった。
俺はその後運ばれた夕食に手を付けたが
少しだけ食べ、その食事の殆どを残してしまった。
日が落ちる頃俺は早々と眠りに着いていた。
俺は夜中に目を覚ました。
辺りは静まり返り、人の気配も感じない。
夜の風に当たりたい気もしたが
体はまだそれ程自由に動く訳では無い。
風に当たりたい?違うな。
本当は今すぐにでも彼女の顔が見たいんだ、俺は。
考えるのは止めよう、早く寝て、
明日は一番に彼女の顔を見るんだ。
だが気持ちが高鳴っているのが分かる。
少し水でも飲んで落ち着こうか。
俺は上半身をゆっくり起こし側の小さなテーブルに手を伸ばす。
暗い視界の中を水の入ったグラスを探す。
様々な形の影の中、どこかに...
違和感に、気づく。
テーブルの向こうの大きな影が動いている。
この影は、人影?
「起きたか?ゼタ」
この声は
「セバル大臣?」
「このタイミングで目を覚ますとは、
運が良いのか、悪いのか?」
セバル大臣は気が付けば驚くほど俺の近くにいた様だ。
後ろにも誰かいる。
あれは確か、この医院の院長だ。
「大臣、こんな夜中にどうしました?」
「なに、義理の息子の顔を見に来た。
それだけだよ」
「そ、そうでしたか。
あの、その様に言ってくれて
嬉しく光栄に思います」
「当然だ。お前は良く役に立ってくれたのだからな。
どれ、私の息子の顔を見せてくれ」
「はい、その今回の任務ですが、
本当に上手くいって良かった。
これでもう、俺達の国は...」
大臣の右手がキラリと輝く。
俺は咄嗟に体を反転させベッドの脇に転がり落ちる。
ベッドの上で籠った小さな音が鳴った。
ドスッ!
床にそのまま激突させた鼻から血が噴き出す。
「ブッ!!グ、アア」
「ふう、外したか。
どうした?息子よ。
私に顔を見せてくれ」
見上げると大臣は片手にナイフを握っている。
俺はそれを転がり避けたが受け身を少しも取れなかった。
「顔をぶつけたか?余り動くなゼタ。
すぐ終わる」
「だ、大臣!何を!?」
「しばらくは静観していたのだがな。
命の危険もあると聞いていたから期待もしていたのだ。
そのまま逝ってくれればこの上ない結末だったのだが、
流石にそこまで上手くはいかない。
余り手駒を増やし過ぎるのも良くない。
最後くらいは私が手を下さなくてはな」
「大臣、一体なぜだ?」
「...喜べゼタ、お前程この国に忠義を示した騎士は
未だいなかっただろう。宝玉を盗み出し、
その宝玉で戦争は終わる。我々にとって最上の条件で。
宝玉、そうあの賢者が遺した兵器は敵国に
無数の屍の山を築くだろう。
その大きな痛手は恐怖となる。
二度と月が太陽を見下ろそうなどという気は起るまい」
「兵器だと?大臣、あんたは...」
「それだけでは無い、お前の功績はわが国だけでは無く
敵国にも伝わる。恨みの象徴だよ。
今回の功績、そして罪は全てお前の物になる。
停戦、からの和平の流れがよりスムーズになるだろう。
シナリオもしっかり出来上がっている。
後は語り部の仕事、主役のお前には退場してもらう手筈だ。
さあ、動くなよ?
フフ、お前は本当に良い息子だよ」
「バカな、約束...は」
俺は言いながらその疑問の馬鹿さ加減に気づく、
体を動かし大臣から逃れようとするが思う様に動いてくれない。
「無理をするな、医者からも聞いている。
少しづつ動くのがやっとだろう?」
大臣がベッドを回り込み近づいて来る。
俺は手探りで動き、側にあった椅子を倒す。
椅子の上の袋から俺の荷物が散らばる。
「どうしたゼタ?何かを探しているのか?
私にナイフでも投げつけるか?
フフ、惜しいとは思うよ、本当に惜しい才能だ。
お前の父も私にもっと協力的だったら。
だが仕方ない、お前にはここで死んでもらう」
「あ、ああ...」
ゴクリッ
「さあ、顔を見せてくれ...どうした?
動きを止めて、もうあきらめたか?
...おい、院長。
ゼタの目が動いていない」
「なんですと?...
大臣、脈がありません」
「峠は越した。お前はそう言ったな?」
「た、確かに容体は安定したと思われたのですが、
急な緊張と激しい動きで心臓に負担がかかったのかも
知れません。...一応毒物の類を再検査してみますが、
申し訳ありません、大臣に無駄足を踏ませるとは」
「フ、フフフ、フハハハハ。良いのだ院長よ。
ゼタよ、お前はどこまで出来た息子なんだ。
敵の暗殺者の仕業に見せかけるつもりだったが
その手間すら無くなった訳だ。勝手に死んでくれるとは。
緊張と激しい動きか...
戦場での恐怖が蘇って錯乱したのだろう。そうだな?」
「はい、皆にはその様に、その時のショックで死亡したのだと伝えましょう」
「うむ」
「ですが、宜しいのですか?受勲式が行えなければ
宝玉を盗んだのがゼタだという宣伝流布の効果が薄れますが?」
「構わん、世界中に知れ渡る必要などない。
月の国の民衆にだけその事実が密やかに流れれば良いのだ」
その男は俺の体を起こし持ち上げる、そしてベッドの上に降ろした。
俺の体にシーツをかけなおす。
その仕草はまるで本物の父親の様に見えたかも知れない。
二つの足音が遠ざかっていく。
俺は、明日、一番に起きて、彼女の顔を...
次回は8月9日金曜日に投稿予定です。




