第10話 英雄の空ー16
身を潜ませ遠くの物見櫓を見つめる。
あそこだ、あの一点だけは...
どうしても越えられない、
櫓の上には若い兵士が見張りとして立っていた。
あそこだけは、『潰さなくては』通れない。
迷う時間は無い、戸惑う時間は許されていない。
俺の技術なら容易い、例えあの敵兵が『傷あり』でも
奴が気付かぬまま終えれば関係ない。
最初から分かっていたはずだ。
こんな場面は必ずある。
親父がくれた技術なら、容易く...
(時には、何が楽しいかで決めろよ?)
親父、あんたの言う通りだ、
ちっぽけな人間には分からない、選択肢なんか無いんだ。
俺は櫓の足元まで近づきハシゴを登る。
落ち着いて、自分の手足を動かす。
音を立てず、風の動きに体を合わせハシゴは微かに揺れる。
「風が強くなったかな?
まったく、退屈な仕事だよな。
早く終わらせて、あの娘と、フフ、フフフ」
ギシッ
兵士が気付かぬ為の許された1歩、
音を鳴らしながらしっかりと踏み込む。
ドスッ
「あ、ああ...」
若い兵士は俺の顔を見ながら何かを口にしようとした。
グッ、グッ...
俺の手に握られたナイフはその声を握りつぶす。
最早ナイフはその役目を果たし終えていた。
兵士の生命は全ての力を失う、終わっている。
終わらせた、兵士は何を言おうとしたのか?
ひょっとしたら遺言かも知れない。
ひょっとしたら国に恋人がいるかも知れない。
ひょっとしたら深い緑色の瞳を持った恋人が、
無意味な想像だ。全部俺が終わらせた。
若い兵士をゆっくりと櫓の床に置く。
兵士の身に着けた兜だけを貰い身に着ける。
辺りを見渡し安全なルートを確認し、櫓を降りる。
そのルートを迷わず駆け抜ける。
しばらく走って敵の陣地を抜ける。
陣地を抜けて直ぐに森に入る。
木蔭に身を隠し一息つく。
ここからは獣道を行く事になる。
しばらくは、誰も殺さずに済む...
さっきの兵士で何人目だった?
逃げるルートは何度も敵の陣地で塞がれていた。
その間何人も、中には女の兵士もいた。
さっきの若者は何と言おうと...
吐くな、吐くな、逃げる為の体力を...
「オ、オエエエエ、エッ、ゴホッゴホッ
うう、ううう」
何を守れって?
分かってる、降る雨粒の全ては救えない。
小さな人の手で救いきれるものか。
零れるのは必然だ。全ては守れない。
冷静に、感傷は捨てろ。
何かを守る為に終わらせた人生たち、
俺の側で零れ落ちた命、何度もこの手で。
ひょっとしたらこんな場所に来なくても、
戦場に来て血を流さなくても何か出来たんじゃないか?
いいや、届くわけが無い!
間に合わず、命が零れ続けるだけだ。
それをシラビュウスと眺めるだけか?
俺には後悔する暇も、その資格も無い。
水筒から水を少量口に含み口を濯いで水を捨てる。
方角を間違えずにこの森を進めば、
森を抜ける頃には敵の陣地はずっと減っている筈だ。
森を抜けてからどれだけ走った?
あとどれだけ走れば辿り着くんだろう?
頭が、ぼやける...
「おとうさん、おとうさん」
分かっている、今考えているじゃないか?
俺はもう泣けない、すり減ってしまって。
もう何も無い、無くなってしまった。
シラビュウス、俺は変わってしまったよ。
「おとうさん...
おとうさん、いやだ、いやだよぅ」
分かっている...分かっている。
悪いのは全部俺だ。
農家の父親と娘、この地に逃げ込んだ敵兵。
分かっているよ、俺は迷ってしまった。
見捨てて走り抜けるべきだった、
大儀とやらに辿り着く為にはこんな寄り道など。
それでも飛び出し、敵兵を殺し、
間に合わず、父親の方は死んだ。
貴重な時間も体力も失った。
そして一人を見殺しにして、
1人をこの手で殺した。
力さえあれば、もし俺に刻印の力があったら
...間に合ったのか?
それでも結果は変わらないのか?
力ある者達は見失い、
窓の外の雨に濡れる孤児の事など
気にも留めない。
もし俺に力があったら俺も
そんな風に、誰かの痛みなど、分からなくなって。
「おとうさん...」
雨は、止まないのか?
彼女に言ってあげたい。
無駄なんだよ、父親の骸にしがみつき
そんなに泣いても、零れ落ちたら帰っては来ない。
俺は笑いそうになってしまった。
あの時、婦人の亡骸の前のシラビュウスの様に。
何も言えず、俺はその場を立ち去った。
まだ走れる。走らなくては。
走る、殺す、必要とあらば。
必要?どれだけが必要なんだ?
俺がそれを決めるのか?
太陽の国まで走ると決めた時から
心を殺した、自分の体を顧みる心を、
まるで、単純な作業の連続を、
自分の体を道具の様に動かし、時に手入れをして走ってきた。
いつの間にか、散る命に涙も流せなくなっていた。
助けてくれ、シラビュウス...
頭がぼやける、思考は真っ白に染まって何も考えれない。
俺は生きたまま走っているのだろうか?
もう死んでしまって俺は今、地獄を走っているのかも知れない。
何も考えれない。
走りながら、今更涙が零れてきた。
誰の為にも流してやれなかった涙が。
ー永遠の平和が続くであろうー
嘘を、ついたな?
ーその平和は人々の願いと意志の力が作り出したー
嘘を、お前は嘘をついたんだ。
ー我ら人の魂には慈悲と勇気が宿っているー
俺だってそう信じたいさ。
ーその宿命と恩恵を知り、真の覚悟を持てばー
足りなかったというのか?
俺にこれ以上どうして欲しい?
ー叶わぬ願いなど無い。我らは、奇跡の子だー
嘘を、嘘ばかりつきやがって、
本当は守れない者ばかりじゃないか。
俺が途中で手に入れたのは大きめのローブだった。
それを身に纏う。
下水を通って国に入ったから良い具合に汚れている。
これなら貧民街の浮浪者に見えるだろう。
侵入しても油断できない、部隊との合流失敗、
追手が来るまでの不自然な速さ、
味方の中に敵がいて、特務隊の任務内容が漏れている。
久々の町は平和そのものだ。
戦争などあったのだろうか?
俺は夢でも見ていたのでは?
全部、夢だったら...
だが、
俺が辿り着いたこの太陽の国の中に敵はいる。
まだ油断出来ない、セバル大臣に会わなくては、
体が言う事を聞いてくれない。
自国に辿り着いた事を体が喜び、安堵している。
今すぐぶっ倒れたいと早る。
せめて信用できる誰かに会わなくては。
「おい、そこのお前。
ここらじゃ見ない風貌だな?」
この、声は。
「最近人さらいが多いからな、
悪いがローブを捲って顔を見せて貰おうか?」
男の方へ歩く、体は大きく揺れながら
少しづつ前へ進んでくれる。
「お、おい、お前大丈夫か?」
あと一歩、体が動かない、届かない。
「おい!」
俺は前のめりに倒れていた。
それを俺の元部下は受け止めてくれている。
「ミ、ミルロ...」
「隊長!?隊長なのか?
あんたこんな所で...どうして。
いや、待ってろ、直ぐ医者に見せるからな!?」
「ミ、ルロ、セバル大臣に...合わせろ。
医者は、後だ」
「何言ってんだ!早く医院に行くぞ!」
「ミ、ルロ...頼む、全て、無駄になる」
ミルロは少し口に詰まり、考える。
直ぐに考えを纏め、
「わ、分かった。医院には行く。だが俺が付き添って
医者以外誰も近づけさせない。
大臣は爺さんに連れて来てもらおう」
悪く無い考えだ。そう伝えようとするが
口を開くのが億劫だ、疲れた。
俺はミルロに笑って見せた。
「おい、隊長!?しっかりしろ!」
ミルロの声が聞こえる、もう大丈夫だ。
「爺さん!爺さん!!早く来てくれ!隊長だ!
隊長が帰ってきた!!」
次回は8月2日金曜日に投稿予定です。




